第二十一話:豊田鉱山その一
すっかり陽も暮れたころに到着した豊田鉱山は、驚いたことに大きな街だった。
周りを堀とバリケードに取り囲まれ、橋を渡ったその中には宿屋や食事処、発掘品の買取所とか道具屋が軒を連ね、そこかしこから盛り上がる声が聞こえてくる。
遥曰く、建物の多くは宿屋らしく、宿屋街という通称で呼ばれているらしい。
「うをっ、すげーな」
「ほんとほんと、とても鉱山とは思えないですね」
阿古川哲也も鈴音ちゃんも活気のある街並みに興奮している。
かくいう俺も二人と同じだった。
大通りを挟んだ両脇に並ぶほとんどの建物から明かりが漏れ、道にも結構な数の人間の姿があった。
「いや、ほんとスゴイな」
「あとひと月もすればもっと凄くなるわよ。とりあえずは宿を確保しなきゃね」
遥のなじみの宿があるということだったので、とりあえずはその宿に行くことにした。
今の時期なら、まだシーズン真っ盛りではないので、ほぼ空き部屋はあるそうだ。
まあ、空いてなかったらなかったで、ほかの宿屋をあたればいいだけのことである。
「わたしは荷馬車を預けてくるから部屋取っといてくれる」
「了解」
「二人部屋を二つだからね」
木造二階建ての大き目の宿屋の前で荷馬車から降り、遥の荷物を受け取って、俺たち三人は片開きのドアを開けた。
正面にカウンターがあり、中年の女の人がその向うに座っている。
少し気の強そうな感じがする。
「三人かい?」
カウンターの女の人がいきなり話しかけてきた。
「あ、いえ四人です。二人部屋を二部屋借りたいんですが」
「何日泊まるんだい?」
「とりあえずは十日ほどお願いしたいんですが」
「十日だね。食事は朝と夜だけどどうする?」
「こちらで食べさせてもらいますあ、それから今日の夕食もお願いできますか?」
「じゃぁ四人分で一万四千二百円、食堂はあっちだからね。この紙にサインしてくれるかい」
渡された二枚の紙に俺と鈴音ちゃんがそれぞれサインし、鈴音ちゃんと阿古川哲也から三千五百五十円ずつ受けとり、一万四千二百円とサインした紙を女の人に渡した。
遥の分は俺が立てかえておいた。
「部屋は二回の二〇一号室と二〇二号室、これがカギだから無くさないように。分かったね」
「はい」
カギを受け取ったあと、とりあえず部屋に荷物を置き、再び一階に降りる。
少し遅れて鈴音ちゃんも降りてきた。
しかし、まだ遥は戻ってこなかった。
「遥先輩はまだ戻ってこないようだな。空、俺は席を取りにいくけどお前はどうする?」
「そうだな、遥が来るまでここで待ってるよ」
「わかった。鈴音ちゃん先に行こう」
「はい」
夕メシの席取りに食堂へと二人が去った後、しばらくして遥が戻ってきた。
「部屋は取れた?」
「ああ、今日の夕飯メシと十日分朝夕メシ付で一人三千五百五十円だった。遥の分は立て替えといたよ」
「そう、ありがと。じゃあコレ、ところでみんなは?」
「食堂に席取りに行ったよ」
「じゃあわたしたちも行こうか」
遥から立て替えた分を受け取り、カウンターを見て左にある両開きドアを開ける。
食堂は四人掛けのテーブルが六卓、それに十人くらい座れるカウンターがあった。
その半分ほどに人が埋まり、酒も出ているようでにぎやかだ。
「可愛い姉ちゃんがいるじゃねぇか。一杯付き合ってもらおうか。なんなら夜の相手でもいいぜ」
「おいやめろ」
「ガキはスッこんでろ」
どうやらモメごとのようだ。
酔っ払いが小女に絡んでいる。
しかもその小女は見知った顔だった。
鈴音ちゃんだ。
阿古川哲也は酔っ払いに詰め寄っている。
そして。
額に井形を浮かべた遥が、酔っ払いの前にズイズイと進み出た。
「わたしの連れに何か用か?」
とたんに、鈴音ちゃんに絡んでいた酔っ払いが硬直した。
そして、血の気が引いたように青ざめ、ガクガクと震えだす。
さらに、何人かの客たちが遥を見てざわつきはじめた。
そのなかの客の一人が叫ぶ。
「く、狂乱の堕天使ッ!」
なんだかものすごく恥ずかしい言葉を聞いた気がする。
どう考えても遥の二つ名だろう。
そんなことを思っていたら、遥の表情筋がピクピクと引きつりだした。
額の井形も大きくなったような気がする。
そして、恥ずかしい二つ名を叫んだ男のほうに、遥がギギギと効果音を伴うような雰囲気で首だけを回した。
叫んだ男は、あまりの恐怖に怯えたように腰を抜かし、後ずさりしていく。
遥は、表情はそのままに再び鈴音ちゃんに絡んでいた酔っ払いに顔を向けなおした。
「ヒィッ!」
すると、酔っ払いも腰を抜かして後ずさりをはじめ、くるっと体を反転して這うように逃げ出した。
鈴音ちゃんと阿古川哲也は、遥に視線を貼りつけたまま固まっている。
食堂にいた客たちは静まりかえり、ゴクリと生唾を飲みこんだ。
その様子を見て、なんだか今まで遥に男がいなかった理由が、わかった様な気がしてきた。
おそらくは発掘師たちであろう屈強そうに見える男たちが、ここまで遥に怯えているということは、過去に彼女が武勇伝をやらかしたということは間違いないだろう。
いったい遥は何をやらかしたのだろうか?
まぁ、俺には関係ないことだから、遥が何をやらかしたとしても気にはしないが。
しかし、今の遥に触らないほうがいいのだろうか?
そうも考えたが、ままよと遥の怒気で固まってしまった空気を緩和すべく、彼女の前に進み出た。
パチン、
と、軽いでこピンを遥にくらわす。
すると、遥はハトが豆鉄砲を喰らったようなキョトンとした顔になり、やがて、やらかした感いっぱいの表情で慌てはじめた。
「い、いまのは違うからね、空、いまのは」
なにが違うのかさっぱりわからないが、こんな遥が可愛いと思ってしまう俺は異常なのだろうか。
それもまあいいさと、慌てふためく遥の頭をヨシヨシとなでる。
しばらくそうしていると、カァァァっと顔を赤くした遥が恥ずかしさを隠すように、席に座っておとなしくなった。
俺も遥の隣に座る。
「あ、あのっ、ありがとございました遥先輩」
お礼を言った鈴音ちゃんは、なにやら遥を尊敬のまなざしで見つめている。
しかし、阿古川哲也はすこし引き気味だった。
遥は今だうつむいたままだ。
なんだか雰囲気がぎこちない。
しばし無言の静寂が辺りをつつんだ。
ほかにもいる客たちからも声が聞こえてこない。
そんなときだった。
グゥ、
と、阿古川哲也の腹の虫が鳴く。
すこし間をおいて、遥がクスッと笑う。
俺と鈴音ちゃんも釣られて笑い出す。
ナイスだ、ナイスタイミングだよ阿古川哲也。
俺たちの雰囲気が弛緩したからだろうか、周りの客たちからガヤガヤと喧騒が響きだした。
そういえば俺も腹が減ったなと思い、店の人を呼ぶ。
「すいませーん。注文いいっすかー」
翌朝、昨夜は何もなかったかのように俺たち四人は宿を後にした。
昨夜のハプニングについては、遥の新たな一面が見られたことに俺は満足している。
なぜ満足したのかは恥ずかしいから言わないことにする。
俺だけの秘密だ。
さておき、ようやくこれから念願の発掘開始といきたいところではあるが、そう簡単には問屋が卸してくれない。
ここでひとつ一般的な発掘のやりかたというか手順を説明しておくと。
ほとんどの場合、発掘師たちが単独で発掘にあたることはなく、パーティーとかクランとかそういうものを組んで集団で発掘をおこなうことになる。
ソロで発掘に行く場合もあるにはあるが、それは”気”力が高いベテランのみに許されることで、一般的なことではない。
理由は簡単で、発掘されるものが重くて一人では持ち運べないということもあるし、だいいち、一人で発掘場所を探索して、そこを掘って、掘り出したものを持って帰る。
なんてことを行うには無理がありすぎるのだ。
一人で持ち運べるほどに小さくて、かつ価値が高いお宝もあるにはあるが、ギャンブル性が高すぎて、道楽でもないかぎりやるやつはほとんどいないし、まともな商売にはならないのである。
妖魔や野獣に対しても一人で対処するひつようがあるので、一般的なレベルの発掘師がソロで行動することなどあり得ないのだ。
そんなこんなで俺たちは四人という少人数ではあるがパーティーを組んだ。
妖魔のだいたいの強さがわかれば、いずれはソロでも活動する予定だが、今は考えていない。
さておき、一般的には、十人規模でパーティーを組むことが常識になっている。
大きいところでは五十人規模の大規模クランまで存在する。
そして、そんな風にパーティーで発掘するにあたって、気をつける必要があるのが、いわゆる縄張りである。
大概の、というかほとんどのお宝は地下に埋まっている。
したがって、発掘師たちは坑道を掘るか、露天掘りして発掘作業を行うのであるが、研修のときのように、他人が掘った坑道に入って発掘するということは稀なことなのである。
とどのつまり、縄張りとは坑道の入り口とその周辺ということになる。
違う場所から、別のパーティーが狙っていた同じお宝を掘るということは、縄張りを犯すことになるわけだ。
もちろん、すでに発掘が終わって放棄された坑道の続きを掘ることに問題はない。
しかし、ほとんどの場合は徒労に終わることになる。
研修のときに出てきた車やバイクは、遥曰く、あらかじめ協会のほうでとあるパーティーに協力してもらって残しておいてもらった、いわば置き土産だったらしい。
俺が見つけた新幹線は別になるが。
さておき、そんな理由で俺たちが掘る場所は、まだだれも手を付けていない場所ということになる。
そして、まだだれも手を付けていない場所には、当然道などあるはずがない。
豊田鉱山のように大きな鉱山は、未踏の場所にでもあらかじめ、何本かの道が軍と強制労働の囚人たちによって作られている。
その道を通って、目星をつけた場所の近くまで行き、森に分け入ってお宝の存在を”気”によって探っていくのだ。
そしてお宝の反応を見つけた場合、必要なときはそこまでの道を造って荷馬車を進め、発掘を開始するのである。
そんなわけで俺たちは今、豊田鉱山の宿屋街を西へと抜け、大通りをそのまま西へと直進していた。
さすがに町の近くはほとんど発掘が終わっており、すでに埋められた更地や、点在する森が残るだけだった。
さらに道を進むと、次第に森が増え、そして至るところから左右に脇道が伸びている。
どこかの脇道に入り、そこから探査をはじめてもよかったが、縄張りのこともあるし、パーティーを結成してはじめての発掘ということもあって、どうせなら自分たちで新しい道を切り開こうということになった。
豊田鉱山は、大公の陽一さんが二十一世紀当時の記憶を頼りに発見した鉱山であり、発見されてからまだ三十年弱しかたっていない、わりと新しい鉱山である。
そのおかげだろう、宿屋街をぬけて三十分も荷馬車で進めば、ほとんど脇道を見かけなくなった。
「なあ遥ぁ、もうこのへんでいいんじゃない?」
「うーん…… 空がそういうならわたしに異論はないけど、こればっかりは運だからね。鈴音ちゃんと哲也君はどう?」
「俺はOKです、遥先輩」
「わたしはどこでも遥先輩についていきます」
「異論はないようね」
ということで、荷馬車を適当場所で左に寄せて馬をそのへんの木につないだわけだが。
当然それは道の左側、すなわち南側、すなわち海側を探査するためだった。
もちろんこれは俺の記憶によるものだが、海側のほうが都市が発展していたからにほかならない。
豊田といえばかつてのホームタウンである。
工場とかの位置がわかればウホウホなのだ。
しかしあいにく、ここがかつての豊田のどのあたりなのかはさっぱりわからない。
ランドマークになりそうな建物がもし見つけられれば鬼に金棒になるが、そんなものが見えるはずがないのだから。
なにごともそうそううまく行くとは限らない。
しかしそれでも、俺の心が萎えることなどなかった。
いや、分からないなら分からないで、楽しめばいいのだ。
本来俺は、トレジャーハントができるというだけでも幸せなのだから。
「じゃあ予定どおりわたしと鈴音ちゃんが残るから、まずは空と哲也君で調査お願い」
「了解」
「行ってきます遥先輩。期待して待っててくださいよ」
遥と鈴音ちゃんが荷馬車に残るのは、妖魔や野獣から馬を守るためである。
さすがにこの辺りになると、野盗が出張ってくることはまずあり得ない。
それは、”気”力百に満たない者がほとんどの野盗たちには、このあたりに出没する妖魔や野獣に対処できないからからだ。
それに、万が一野盗が襲ってきても、遥一人でじゅうぶん対応可能であり、鈴音ちゃんが残った理由は、先発の俺たち二人が成果を得られなかった場合に交代するためでもある。
さておき、俺と阿古川哲也は、遥と鈴音ちゃんを残して森の中に分け入ったのだった。
お宝発見の大いなる期待を抱いて。