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第二十話:副収入

 野獣避けに開放していた”気”に何かが反応した。

 それがゆっくり近づいてくる。

 距離は五百メートル、数は二十一、方向は東、その遠くに森が見える。

 妖魔ではない。

 生物の”気”だ。


「哲也」

「ん?」

「妖魔じゃない何かが近づいてくる。たぶん人だ。方向は向こう。俺は遥たちを起こしてくる。お前は見張っていてくれ」


 阿古川哲也は一瞬驚いたように目を大きくしたが、無言でうなずき、俺が指示した方向を凝視した。

 それを見て俺は遥たちの眠るテントに急いだ。

 こんな時間に大人数で、道じゃないところから一直線に向かってくる団体さんとなれば、まともな相手じゃないだろう。

 そんな予感めいたことを考えていた。


「遥、起きてくれ」


 寝入っている遥をゆすりながら声をかけた。


「ん、んー。もう時間?」

「時間だけどそれだけじゃない。東のほうから何かが近づいてきている。距離は五百メートル。数は二十一、妖魔じゃない。たぶん人だ」

「おかしいわね…… まさか」

「まさか、何?」

「たぶん野盗。もう一度よく探ってみて」


 言われたとおり慎重に”気”を探る。

 何度調べても人の”気”だ。

 しかし野盗とは面倒な奴らに目をつけられたものだ。

 ”気”を探った感じでは雑魚なのは間違いないが、ようやくもうそろそろ眠れると思っていたところへの厄介者たちの登場に、いらだちを覚えたのは言うまでもない。


「人なのは間違いないと思う。しかし野盗か、面倒だな」

「この時期にはよく出るのよね」

「なんで?」

「新人発掘師狙いよ。戦闘経験が浅い新人は狙われるの。まあ、奴らが狙ってるのは発掘師だけじゃないけどね」


 そう言いながら遥は鈴音ちゃんを起こしている。

 しかし、そんな遥には焦りも動揺も無いようだった。


「鈴音ちゃん、起きて」

「ん、んんーん。なんですか遥先輩? むにゅむにゅ……」

「野盗の襲撃よ」

「…………えっ? ええー!」

「しーっ、大きい声出さない」

「でも、野盗って」


 あきらかに狼狽している鈴音ちゃんに、遥は落ち着かせるようにやさしく言い聞かせる。


「大丈夫。野盗の戦闘力なんてたかが知れてるから」

「そうなんですか? でもわたし人と戦ったことは……」

「心配しないでいいわ。貴女の”気”力なら直撃を受けてもかすり傷ですむから。練習だと思っておもいきりやりなさい――」


 鈴音ちゃんの”気”力は自己申告によると千百ちょい。

 対して、今も近づいている野盗のうち、もっとも”気”力が高い奴で百五十あるかないか。

 なるほど遥の言うとおり、野盗を二、三人相手にしたところでかすり傷程度で済むだろう。

 阿古川哲也にしても八百五十ちょいの”気”力があるから心配する必要はないだろう。

 俺と遥で敵の人数を減らせばどうとでもなりそうな気がする。


「遥」

「ええ、分かってるわ」


 遥が鈴音ちゃんを落ち着かせている内に野盗の団体が百メートルくらいまで近づいてきていた。

 遥もそれに気がついているらしい。


「空、なるべく殺さないようにお願いできるかな」

「えっ、どうして?」

「時間がないから理由は後で話すわ」

「了解」


 発掘師の受験勉強で知っていたことだが、野盗のたぐいは襲われた場合殺しても構わない。

 人を殺したことなど当然無いのだが、野盗は殺す気で襲い掛かってくるだろうから、奴らを殺す覚悟はできていた。

 しかし、遥は殺すなと言う。

 理由は分からないが、ベテランである彼女の言うとおりにしたほうがいいだろう。


 遥たちのテントから出ると、野盗たちは視認できるところまで近づいていた。

 距離にして五十メートル。

 月明かりしか奴らを照らすものはないが、気で強化された俺の眼ではっきりと視認できる。

 阿古川哲也は、たき火を背にすでにツルハシを構えていた。

 遥と鈴音ちゃんも間を置くことなくテントを出てきた。

 鈴音ちゃんはテントの脇に置いてあったツルハシを手に取り、遥は金槌だけを右手に持っている。

 なるほど、野盗風情にツルハシは必要ないということだろう。

 遥がそう考えるなら俺は素手で十分だろう。

 ツルハシとか金槌を武器として使うほうが加減が難しい。


「えっ! 遥先輩、そんなのでいいんですか?」

「この程度の雑魚相手にはコレで十分よ」


 野盗はすでに目前まで迫っている。

 たき火を背後に左から俺、阿古川哲也、鈴音ちゃん、遥と迎撃態勢は万全だ。


「おいおい見ろよ。いい女がいるじゃねぇか。いいか、男のガキは殺せ、女は生け捕りだ」


 そう言った野盗の先頭に立つ大男。

 一人だけ軍人が持つような大剣を軽々と片手で持ち、ペシペシと剣の腹を左手のひらに打ち付けているその男がリーダーなのだろう。

  野盗たちは俺たちの前方十メートルくらいのところで足を止め、品定めするような、舐めまわすような卑俗な視線で遥と鈴音ちゃんに顔を向けている。

 俺や阿古川哲也には興味が無いようだった。

 大男以外の野盗たちは鉈やナイフで武装しており、身に着けている服もみすぼらしい。


「空、一人も逃がさないわよ。哲也君と鈴音ちゃんは無理しないように」


 そう言い放った遥がいきなり駆けだした。

 いや、駆けだしたというよりは野盗の中に飛び込んだというほうが正確だろうか。

 それも目で追えないほどの速度で。

 しかも、野盗のリーダーと思しき大男の顔面に左拳を突き入れたまま、その大きな体ごと集団の中に飛び込み、大男を頭から地面に叩きつけたかと思うと、その片足太ももを踏み砕いたのである。

 野盗たちは一瞬、自分たちの中央で大男を伸してしまった遥をあっけにとられるように見ていた。

 俺もあっけにとられている。

 阿古川哲也と鈴音ちゃんも同じだ。


 しかし、その後にとった行動は俺たちと野盗たちとで大きく分かれた。

 野盗たちの何人かは一目散に逃げ出したが、遥の近くにいた者たちは一斉に彼女に襲い掛かった。

 阿古川哲也と鈴音ちゃんは、遥に気をとられている野盗どもにツルハシを振りかぶった。

 俺はといえば、最初は遥たちの加勢に回ろうとした。

 実際に一人の足をけり折った。

 が、しかし。


 次々と遥たちに倒されている野盗たちを見て、考えを変えることにしたのである。

 足元に転がる石を拾い、逃げ出した野盗どもに向かって投げる。

 拾っては投げる。

 さらに投げる。

 投げる、投げる、投げる。

 もちろん全力ではない。

 ”気”によってコントロールされた石は、次々に逃げ出した野盗たちの背中に命中していった。

 石が当たった野盗は吹き飛ばされるように倒れ、動く様子はない。

 死んでもいない。

 遥たちのほうをふり向いてみれば、すでに戦闘は終わっていた。


「ふう、哲也君、鈴音ちゃん、こいつら縛ってくれるかな」


 やれやれ終わった、というかんじで俺のほうに歩いてきた遥に対し、阿古川哲也と鈴音ちゃんははぁはぁと肩で息をし、手を膝について下を見ていた。

 よほど力んでツルハシを振り回したのだろう。


「哲也君! 鈴音ちゃん!」

「「はい!」」


 遥に再度名を呼ばれて再起動した二人は、ロープを取りにだろう馬車へと走っていった。


「何か投げてたみたいだけど」

「ん? ああ、何人か逃げ出したからな。遥たちのほうは余裕そうだったから逃げたやつを仕留めてた」

「これだけ暗い中でよく当てられるわね。走って動いてるマトに」

「”気”で視てるからハズすわけないよ。投げた石も”気”でコントロールしてるし」


 俺の話を聞いた遥は、あからさまに呆れているようだ。


「まあ、空がやることに驚くだけ損だとは分かってるけどね」

「で、これからどうする?」

「空は逃げた野盗を運んできてくれる? わたしはやつらを縛っとくから」

「まかされた」


 逃げ出した六人を遥たちのもとに担ぎそして引きずり集め、野盗全員をロープで繋ぎ逃げられないようにした。

 瀕死の重傷を負っている者もいるが、死人はいないようだ。

 気絶していない者は怯えるような目で遥を見ている。


「遥、こいつらはここに置いていくのか?」

「うーん、そういうわけにもいかないんだよねぇ」

「えっ、じゃあ馬車につんで?」


 そう言った鈴音ちゃんは心底嫌そうな顔をしていた。

 阿古川哲也も同じだ。

 少し間をおいて。


「いや、わたしが馬で軍人を呼んでくるわ。それまで見張っててほしいんだけど」

「うん、それについてはわかったよ。じゃあ、富士の都まで戻るんだな」

「いや、ここからだと静岡鉱山が近いから時間はあまり掛からないわ――」


 遥によれば、今から馬で飛ばせば夜明け前に静岡鉱山まで行けるそうだ。

 そこから軍人を連れてくれば午前中に引き渡しはできるだろうということだった。


「じゃあ、できるだけ早く戻ってくるから」


 そう言って遥は行ってしまった。

 で、あとに残された俺たちはといえば、遥が戻ってくるまで仮眠をとることにした。

 野盗たちは大けがをしていて、かつ、ロープで繋がれている。

 もはや逃げ出すことはできない。

 一応、睡眠をとった鈴音ちゃんが見張りを続行することにして、俺と阿古川哲也はテントから寝具として用意していた布を取り出し、たき火の前で包り、いつでも動けるようにして仮眠をとった。




「――さん、空さん、起きてください」

「んー、あ、おはよう鈴音ちゃん」

「おはようございます」

 

 さわやかな朝、というわけにはいかなかったが、可愛い女子に起こされるというのは悪い気分ではない。

 さておき、目を覚ましてみれば、すでに朝陽が顔を出しており、遥が連れてきた軍人さんに野盗を引き渡している最中だった。

 阿古川哲也はすでに起きており、遥は軍人さんの代表と思しき人と話をしていた。

 そして、なにやら紙のようなものを受け取っている。

 遥と話をしている軍人さんの部下と思われる人たちは、野盗の折れた足に添え木をしたり、簡単な応急処置を行っている。

 野盗たちを縛っていたロープは、返してもらったのだろう、遥の肩にかかっていた。

 ここまで気がつかなかったということは、仮眠をとったつもりだったがどうやら熟睡していたようだ。


「わかりました。では、これで引き渡しは完了ということでよろしいでしょうか」

「ははは、そうだな。全員生きていることであるし我々も感謝している」

「では、わたくしたちはこれで失礼いたします」

「ああ、よくやってくれた」


 遥が対応していた軍人さんは、偉そうにはしていたが、猫田のような腐った人間ではなく、話もわかる人のようだ。 

 そういえばあれから猫田はどうなったんだろうか?

 そんなことを考えていたら遥が戻ってきた。


「さあ空、朝ごはんの準備よ」

「ふあぁ~、俺はもう一眠りしたいなぁ」

「ハイハイ、さっさと薪を集めてくる」


 遥にせっつかれた俺は、阿古川哲也とともに薪を拾い、遥と鈴音ちゃんが朝メシを作った。

 朝メシは、残った昨日のスープに水と調味料を足して温めなおしたシンプルなものだった。

 そして、朝メシが終わり、豊田鉱山へと馬車を向ける。

 野盗と軍人さんたちは護送用の馬車を待っているらしく、置いてきた形になった。

 そういえば、と、とあることを思い出し遥に尋ねる。


「そういえば遥、野盗たちを殺さなかった理由って何?」

「まだ話してなかったわね――」


 遥によれば、野盗とかの重罪人を捕えて軍に引き渡せば、報奨金がでるそうだ。

 報奨金は、罪人が死んでいた、つまり殺してしまった場合でもでるが、生け捕りにしたほうが多くなるらしい。

 理由は、罪人が受ける刑罰にあり、現代二十一世紀で死刑にあたる刑罰が永久強制労働刑という刑罰になるからということだった。

 永久強制労働刑は、文字どおり死ぬまで強制労働に処せられる刑であり、人間としての尊厳はもとよりほとんどの自由をはく奪されたうえで強制的に重労働を科せられる厳しい刑である。

 これは、街や都市を守る堀などの掘削にかかる人的労働力や、その他の危険な重労働を担う人材が恒常的に不足していることにあるらしい。


 そういう理由があって、重罪人を生け捕りしたときの報奨金が多くなるとのことだった。

 遥が軍人さんから受け取っていた紙は生きた野盗二十一人を確かに引き渡したという証書だった。

 この紙を軍の本部に持っていけば報奨金と引き換えてくれるらしい。

 ちなみに、今回の報奨金は一人あたり四千円であり、総額八万四千円。

 俺たち四人で分けると一人あたり二万千円の稼ぎになり、一般的な発掘師の日当と比べるとかなり多い金額になった。

 まだ貰ってないが。


「遥ぁ、こんだけ儲かるなら、野盗ハンターにでもなったほうがいいんじゃね」

「そんなに簡単に野盗は見つからないよ。軍だって定期的な見回りしてるわけだし。今回は運が良かったと思ったほうがいいよ」


 と、いうことらしい。

 


 そんなこんなで、野盗襲撃というハプニングはあったものの、その後は何事もなく陽が沈んでだいぶたったころに豊田鉱山へと到着したのだった。

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