第十九話:パーティー結成
空たちが新人研修に参加していたころ、一花は三島鉱山の北北西、富士宮市に張られた防衛線に赴いていた。
富士宮防衛線は、富士山跡地から湧き出てくる妖魔を食い止めるための最前線であり、富士大公国最大の鉱山、豊田鉱山からの主要輸送路と三島鉱山に回り込んでくる妖魔を食い止めている。
そこには富士大公国軍の三分の一にあたる兵力が配置されており、富士大公国すなわち御殿場南方の防衛線に匹敵する規模を誇っていた。
「――妖魔どもに大きな動きは見受けられません。カテゴリー二以下の群れは散発的に襲撃してきていますが」
「そうですか、わかりました。引き続き警戒を怠らないように。カテゴリー四以上が現れたら直ちに報告なさい」
「ハッ」
十数キロにわたる防衛線、その中央付近の少し奥まった位置にある丘の上に設置された天幕。
その天幕を後方に、一花は富士宮防衛司令官からの報告を受けていた。
一花の前方には先のとがった丸太で組まれたバリケードが、延々と防衛線に沿って設置されており、左右を見渡せば高い監視用のやぐらが距離を置いて建てられている。
空が発掘師の研修を受けることを知った一花は、万が一を心配して視察に訪れていたのである。
しかし、万が一とはいえ、もしカテゴリー四以上の妖魔の流入を、たとえ一匹でも許してしまえば、甚大な被害を被ることになるのは過去の歴史から明らかだった。
強さのたとえでいえば、山小屋で空と遥が倒した四匹の山猿は、ボス猿も含めてカテゴリー二に相当する。
あの時の山猿は妖魔ではなくただの獣であり、力は強くタフで頑強ではあるが、その凶暴性においては、妖魔に比べておとなしい部類にあてはまるのだ。
山猿ももちろん妖気に侵されれば妖魔化するが、妖魔化した場合はカテゴリー三相当の強さにあたる。
それでも、空が最初に殴り殺したボス猿が妖魔化したとしても、カテゴリー三の枠を超えることはなく、カテゴリー四以上の妖魔がいかに強く恐ろしく、絶望的な存在であるかは想像に難くないだろう。
ちなみに、妖魔及び野獣の強さはカテゴリーは零から五までに分けられており、カテゴリー四の妖魔であれば百人規模の軍隊でなんとか討伐が可能になる。
カテゴリー五に相当する妖魔は、始祖クラスの強者か、最低でも千人規模の軍隊でなければ相対することができない災害級の凶悪さを誇る。
「一花様、襲撃の峠はすでに越えていると思われますが」
「ええ…… それでも、万が一があってはなりません」
脇に控えている藤崎は、いつになく慎重な一花の横顔を真剣なまなざしで見入っていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「準備できた? 空」
「うん、見てのとおりいつでも出発できる!」
「そっ、ならさっさと行くわよ」
研修が終わって数日が過ぎた。
研修で手に入れたお金で馬一頭と荷車も仲間たちと共同で買い入れた。
万全の準備を終えて今日俺は発掘師としての一歩を踏みだす。
興奮してほとんど眠れなかったが、待ちに待ったトレジャーハントのはじまりだ。
鴻ノ江食堂を遥とともに陽の出るまえに出発し、発掘師協会の前で待ち合わせた仲間二人と合流した。
「なぁ空」
「なんだ?」
「いきなり豊田は早くないか?」
「大丈夫ですよ。なんたって特級発掘師の遥先輩が一緒なんですから。それに空さんもいるんですから。心配性ですね哲也さんは」
「い、いや鈴音さん。俺はただ……」
「あぁ情けねぇ。あのとき俺につっかかってきた勢いはどうした」
「んなこと言っても。カテゴリー二の妖魔が出るんだろ?」
「ごく稀にだけどね。もし出たときはわたしと空がいるから大丈夫だよ」
「はぁ、まあ遥先輩がそういうなら……」
東の地平線から陽が顔をだし、ガタガタと子気味良い振動の中で話している俺たちを照らしていた。
ただひとり馬を扱える遥が御者台に座り、俺と阿古川哲也、鈴音ちゃんが荷台に座っている。
研修が終わって発掘品の売り上げをもらいに遥と協会にいった際、出くわした阿古川哲也と御堂鈴音ちゃんとパーティーを組むことになった。
そのまま協会でパーティー登録し、その勢いで豊田鉱山に行くことになったのである。
メンバーはその二人に俺と遥を入れて四人だ。
「にしても哲也、ずいぶん恰好が変わったな」
「ああ、大金が手に入ったからな。装備一式新調したんだ。お前のおかげだけど」
「ははっ、あの時はずいぶんみすぼらしかったからな」
「そうですね、ずいぶんカッコよくなりましたよ」
「い、いやぁ……」
俺と遥、そして鈴音ちゃんは研修と時とほとんど同じ装備だったが、鈴音ちゃんにカッコいいと言われ照れている、阿古川哲也だけは真新しい装備で身を包んでいた。
真新しい黒いブーツに黒い革製のパンツ、白いTシャツ、その上からこい茶色の革製の、ポケットが多く付いたベストだ。
背負ったツルハシまで新調している。
これから四人だけではじめて発掘に行くという少し興奮ぎみの雰囲気のなかで、荷馬車に揺られて移動するというゆっくりとした時の流れを俺は楽しんでいた。
陽はすでに登りきり、春の暖かな日差しが心地いい。
そんなとき、不意に遥が話しかけてきた。
「ところで空、操縦してみない?」
「ん~、そうだなぁ。昼メシ終わったらやってみるよ。教えてくれる? 遥」
「うん、もちろんいいよ」
「わたしにも教えてください遥先輩」
「あっ、俺も俺も」
「そうねぇ、じゃあ交代で教えてあげる」
そんなこんなで和気あいあいとした昼食ののち、俺、鈴音ちゃん、阿古川哲也の順で荷馬車の操縦を遥に教えてもらった。
そして順調に豊田への道をたどり、陽が沈みはじめた夕暮れ時。
「ここでいいわね」
そう言って遥が荷馬車を停めた場所は、道から少し外れた大岩の隣である。
豊田までの行程は今日を入れて二日。
ここは静岡を過ぎたあたりだ。
静岡方面にも鉱山はあるが、今回の目的は豊田での発掘なので二日がかりの移動になる。
静岡の鉱山なら一日でたどり着けるようだ。
「じゃあ野営の準備をはじめよう」
パーティーのリーダーは遥が務めている。
発掘師になりたての俺たち三人からしてみれば、特級発掘師の遥は大先輩なのだから当然のなりゆきだった。
俺が遥に向かって遥先輩なんて言ったら拗ねられてしまった。
阿古川哲也とか鈴音ちゃんが遥先輩と呼ぶのには自然な対応してるくせに、俺には先輩と呼ばれたくないようだ。
遥の指示に従ってテントを二張り設営する。
俺と阿古川哲也、遥と鈴音ちゃんがペアを組むことになったのは当然の結果だ。
設営作業が終わると、俺と阿古川哲也が薪を集め、遥と鈴音ちゃんが夕食の準備。
荷馬車があるので水は樽に入れて運んできたのだが、それでも量が限られるので贅沢に使うことはできない。
二日分の飲み水と今日の夜、明日の朝昼の食事と洗い物、それに今日の夜に体をふくために使う。
二人がかりで一夜を過ごせるだけの十分な薪をあつめ終わったころには、鍋の中に水と、切り分けられた食材が別に準備してあった。
今日の夕食は肉と野菜のスープにパンである。
出発前の準備をしているときは、飯ごうでご飯を炊くのかと思っていたが、遥曰く、炊飯は水を大量に使うから水場がない場合はパンが普通なのだそうだ。
荷馬車があるから樽を二つ持っていけば済む話だが、そこまでして米を食べる必要もないだろうということだった。
豊田に着けば宿屋もあるらしいので、一日我慢すれば済む話である。
「あ、待たせた?」
「ううん、大丈夫。今終わったとこ」
「じゃあさっそく火にかけようか」
そう言って俺は集めた薪にマッチで火をつけた。
陽はとっくに沈んでおり、空には星が瞬いている。
炎の勢いが強まり、そして安定する。
しばらくして鍋の中のスープがぐつぐつと煮立ってきた。
食材を順次投入し灰汁をすくう。
頃合いを見て遥が塩と醤油だけで味を調える。
今の時代ではコショウが手に入らないし、香辛料は種類が少なく貴重品らしい。
鈴音ちゃんは貴族の家に育ったので料理は初体験だったそうだ。
だから味付けは遥の担当だ。
「うん、こんなもんかな。どう? 鈴音ちゃん」
「あっ、美味しいです。遥先輩は料理もお上手なんですね。尊敬します」
「えへへ、料理は得意なんだ」
「山小屋でもずっと遥が料理してたもんな」
「へー、そうだったんですか。そういえば遥先輩の家は食堂でしたね。俺も今度食べに行こうかな」
「あ、わたしも行きたいです」
「じゃあ発掘が終わったらわたしの家にみんなで行こうか」
鈴音ちゃんがスープを取り分け全員に配る。
「「「「いただきます」」」」
冷ましもせずに阿古川哲也がスープに口をつける。
「あちちっ、でも…… うめぇ!」
「そう慌てるなって。でも確かに美味いな。山小屋で食った鍋よりシンプルだけどコレはコレで確かに良い」
「うん、美味しい。さすがは遥先輩です。わたしにも今度教えてくださいね」
「まあ、これからパーティー組むんだから鈴音ちゃんもきっと上手になるよ」
「そのときは空さん、わたしの料理食べてくださいますか?」
「あたり前じゃないか。俺たち仲間なんだし」
「あっ、俺も俺も」
…………
そんな感じで楽しい夕食が終わり、鍋や食器を洗ってたき火を囲む。
食後の至福感と少し肌寒い外気、そこにたき火の温かさか加わって心地いい。
研修のときも野営をしたが、あのときは人数が多かったし、引率はいたしで、なんか学校の行事のようなそんな感覚があった。
それはたしかに修学旅行とかオリエンテーリングとか学校のみんなと行くキャンプとかも面白かったが、今は違う。
気心の知れた少ない仲間たちと大自然の中で自由に、しかし、妖魔という驚異が存在する緊張感の中で野営をするという、なんというか、俺が生まれた時代ではまず経験のできない、貴重と言ったら語弊があるかもしれないが、なにか特別な体験をしているという感じがして楽しかった。
「空、そろそろわたしたちは寝るよ」
「そうだな。じゃあ予定どおり俺と哲也で見張りをするよ」
「空が”気”の解放してても妖魔は襲ってくるから気をつけてね」
「わかってる」
「もし妖魔が出たら遠慮なく起こすのよ」
「うん、わかったよ」
「じゃあ空さんも哲也さんもがんばってください。時間になったらちゃんと起こしてくださいね」
「おう」
「おやすみ遥、鈴音ちゃん」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
遥と鈴音ちゃんがテントに入り、たき火の周りには俺と阿古川哲也が残された。
道中全力ではないが、ある程度の”気”を開放して野獣避けをしていた。
おかげで野獣には遭遇していないが妖魔は別らしい。
今も放出の量は変わっていないが、遥曰く妖魔は”気”に引き寄せられる傾向にあるそうだ。
この辺りには山小屋近辺と違って妖魔が出没すると遥は言っていた。
特に夜はその傾向が強いらしい。
ならばなぜわざわざ妖魔を引き寄せる”気”の解放をするのかといえば、このあたりは夜行性の野獣のほうが圧倒的に多いらしく、解放していたほうが危険度は低いとのことだった。
「なあ空、前から気になっていたんだが、お前一花様と仲、良いらしいな」
「なにをいきなり」
「いや、いろいろ噂になってるからな」
「どんな?」
「仲睦まじく手を組んで歩いていたとか、すでに婚約してるとか……」
やっぱり聞いてきたか。
いずれは聞かれるだろうと思っていたことだけに、心構えはできていた。
しかし、事実と違うところは訂正しておいたほうがいいと思った。
「一花と俺は幼馴染なんだ」
阿古川哲也の目が見開かれる。
「……ということは大公様とも」
「ああ、陽一さんと希美花さんとは親しくさせてもらっていた。陽一さんたちが迷い人だっていうことは知ってるよな」
高科一家が神話の時代、つまり二十一世紀からの迷い人であること、すなわち始祖であることは有名な話らしい。
これは陽一さんからも、遥やヒカル爺からも聞いた話だ。
「で、俺もその迷い人なんだよ。お前たちが神話の時代って呼んでる時代、そのときに俺が住んでいた家のお隣さんが高科一家だったんだ……」
俺が高科一家とどんなふうにおつきあいしていて、この時代に飛ばされて出会ってからのことも、当たり障りのないところだけ話した。
しばらくのあいだ阿古川哲也は俺の話をじっと聞いていた。
「そうだったのか。どおりで」
「婚約はしていないがな」
「でも、仲良いんだろ?」
「それは否定しない」
「まったく羨ましい限りだぜ。遥先輩とも仲良いし、鈴音ちゃんもお前のことよく見つめてるし」
「鈴音ちゃんが俺のことをどう思っているはまだわからない。けど、なるようにしかならないいんじゃない」
「まったく、モテる男はいいよなぁ。いずれはお前、貴族にでもなるんだろ?」
「そうなるかもしれないけど、なるようにしかならないさ」
「もしお前が貴族になっても、俺たちは仲間だよな」
「ああ、それは間違いない。お前のほうから敵対しないかぎりはな。それはそうと――」
その後も俺と阿古川哲也はどうでもいい話を続けていた。
そして、交代の時間ももうそろそろか、というときだった。
解放していた俺の”気”に何かが反応したのである。