第十七話:発掘師研修その三
俺は遥と山岸さんに新幹線を探しあてたことを伝えた。
「それは本当なのか?」
「まず間違いないです。方向は俺が探った位置を十二時として、十時半の方向」
「空、その方向は私も探ったけど、何もなかったわよ。どれくらい奥にあるの?」
「俺がいた位置からも、遥がいた位置からも、奥に五十メートル強、下に五メートル弱だよ」
そう言った瞬間に、遥も、そして山岸さんも、大きく目を見ひらいて絶句してしまった。
少し間をおいて。
「ちょ、五十メートルって…… 空、あんたいつの間にそんな遠くの”気”を操れるようになったのよ。私だって三十メートルが精一杯なのに」
「俺も”気”の遠隔操作には自信がある方なんだが、それでも二十五メートルがやっとだ。空、お前デタラメ言ってんじゃねぇよな?」
「そんなことないですって。それに、十時半から一時半の範囲で半径百メートルの内側は調べましたから、かなり自信がありますよ」
「ひゃ、百メートルって…… 空、あんたに常識が通用しないのは分かってたけど、まさかそこまでとはね」
実のところ、俺が”気”を使って地中を調べられる範囲はもっと広い。
地中では”気”の操作を阻害する働きが強くなるが、それでも、”気”を細く長く伸ばして圧力を高めれば五百メートル以上奥深くまで探れる自信がある。
「まあいいわ。その位置なら地上に出ればぎりぎり確認できるかもしれない。まぁ、テメーには無理だろうけどな」
「ぁんだとぉ。自分がちょっとばかり”気”の操作ができるからって、自惚れてんじゃねぇぞ――」
きっと、この状態が二人のデフォなろだろう。
言い争いをはじめてしまった遥と山岸さんを見て、このとき俺はそう思った。
話を戻すと、野営の準備と夕食が終わったあと、俺たち三人でもう一度確認しに行くことになった。
地上側から新幹線の真上付近にあたる最も低い所まで行って、再確認するのである。
その位置からならば、遥なら確実に確認できるとの事だった。
山岸さんは無理かもしれないが。
そして、この話は確認が取れるまで他の研修生には口外しないらしい。
当然、再確認にも研修生は同行させない。
その理由は、余計な期待を抱かせないことと、研修生ではどうあがいても確認することができないから、ということらしい。
”気”で探る訓練にいいのでは? と俺は思ったのだが、はじめから無理だと分かっていることをやらせても、自信を失うだけでなんの理もないということだった。
遥と山岸さんへの報告も終わり、俺も野営の準備に加わって夕食を終えたのだが、俺たちの一班と遥たちの女子班は離れた所で野営をすることになっていた。
当然、野郎どもからは山岸さんに非難の声が上がったのだが、山岸さんの一喝によって非常に静かな夕食になった。
それは別にして、野郎どもからの妬みの視線も幾分和らぎ、俺的にはずいぶん気が楽になったのが嬉しかった。
ほんとはもっと和気あいあいとした雰囲気が希望なのだが、それはまだ贅沢なのかもしれない。
そして時は深夜になり、俺は遥と山岸さんを連れて密林の中を歩いていた。
坑道の入り口から直線距離で二百五十メートル弱のところに新幹線は埋まっている。
しかし、その二百五十メートルが遠いのだ。
平坦なところなどどこにもなく、獣道すら存在しない鬱蒼とした密林の中を、歩くというよりも、もがくと表現した方がしっくりくる状態で俺たちは奥へと分け入った。
そして、新幹線が埋まる真上にやっとの思いで辿りつくことができた。
俺はもがきながらも”気”を伸ばし、目標の位置だけは把握していたから、ここで間違いはない。
「この真下です。ここから東の方にかけて埋まっているはずです」
とは言ってみたものの、草や木で互いの顔を見ることすら難しいような場所では、足元の地形を把握することすら厳しい。
もともと深夜なので、辺りは暗闇に包まれているのだが、”気”で強化した視力と、”気”を感じる感覚とを合わせれば、十分に周りは見えている。
草や木の向こうはもちろん見えないが。
「これじゃ低い場所が分からんな。草木を払うからお前らは下がっていろ」
言うが早いか、山岸さんが俺と遥の前に進むと、東に向かって草木を払いはじめた。
が、それは草木を払うというよりも、地面から突き出た岩やコンクリートごと、ツルハシで薙ぎ払っていった。
岩やコンクリートが豆腐のように薙ぎ払われる様は、見ていてある種爽快な気分にさえ思えるほどだった。
「よし、これで分かりやすくなった」
俺たちの前方二十メートルほどを薙ぎ払った山岸さんは、そのいちばん深い場所に下りて片膝をつき、地面に手をあてて我先にと地中に”気”を伸ばしはじめる。
俺の横にいる遥は、どうやら直下の新幹線を把握できたらしい。
そして、できるものならやってみろと言わんばかりに山岸さんの様子を見ていた。
新幹線は俺の位置から直下約三十メートルのところに埋まっている。
三メートルほど低い位置にいる山岸さんからは、おおよそ二十七メートル下だ。
「ん!? たしかに何かが埋まっているが……」
「どうした? やはりお前では分からんか。私はここからでもはっきりと分かるぞ」
「これくらいのことでデカい顔すんじゃねぇ。ようし、見ていろ!」
悔しそうにそう言った山岸さんは、やおら立ち上がると、ツルハシを構えてその場を掘りはじめた。
それはもう恐ろしいまでの速度で。
そして、五分も経たぬうちに深さ三メートルほど掘り進め、再び地中を探りはじめた。
「あるっ! たしかにこの下に大きな金属の塊だ。しかもこの感触はアルミか?」
「ふんっ、そこまで掘ってようやく分かったか。だけど、アルミと気づいたことは褒めてやろう」
「ハッ、お前が褒めるとは珍しいこともあるもんだ。しかし、空、これは凄い発見だぞ。この遺物を掘り出せば、それだけでおそらく家一軒建てられるほどの金になる。まぁ、山分けだから取り分は二十分の一だけどな」
この時代の家一軒がどれくらいの価値なのか分からないが、その二十分の一であっても、俺にとって大金が手に入ることは間違いない。
それは置いておくとして、遥と山岸さんが新幹線を確認したことで、これを掘り出すことが確定したことになる。
明日はたぶん一日中穴掘りだろうな。
いっちょ女子たちに俺のパワーを見せつけて……
なんてことを考えていたら。
「鼻の下伸ばして何考えてるの? まぁいいわ。それにしても空、山岸が言った通りだけど、よくこんなお宝に気がついたね。”気”の扱いなんて全然ダメだった空が、一年もたってないのにここまで成長するなんて、考えてもみなかったわ」
「そんなことないよ。運が良かっただけさ」
「謙遜しない。いい、空はもう、私よりはるかに実力があるんだから、それを自覚してね」
遥はそう言うが、”気”の細かな扱いに関しては、彼女の方が俺よりはるかに格上だろう。
長年にわたる経験の差は、そう簡単に埋められるものではない。
俺にはただ、他の人より飛びぬけて強い”気”があるだけなのだから。
新幹線の確認がおわり、夜も明けた翌朝、朝食を済ませた俺たちは再び行動入口に集合していた。
「今日の予定を発表するぞ。だが、その前にお前らに伝えておくことがある。実は昨日――」
山岸さんによって、坑道の奥深くに巨大な金属塊が埋まっていることが告げられた。
そして、今日は一日かけてその位置まで掘り進めると発表されたわけだが。
「本当にそんなお宝が埋まっているんですか?」
「五十メートル先の遺物なんて、どうやって確認したんですか?」
などなど、ほとんどが野郎どもからだったが、矢継ぎ早に質問が投げかけられていた。
俺だって、何の根拠もなくいきなりこんなことを言われたら、疑問に思うだろう。
「まぁまてまて、順を追って説明するからよく聞くように。いいか、まずはお前たちにとって嬉しいことから伝えてやる。いいか、今回見つかったお宝は、それ一つで家一軒余裕で建ってしかもお釣りがくるほどの大物だ。分け前は二十分の一になるが、それでもお前らにしてみれば大金のはずだ」
なんか話に尾ひれが付きはじめているようだが、やる気を出させるためには、これくらい誇張した方がいいのだろうか。
現に、新人発掘師たちからは、どよめきの後に大きな歓声が上がっている。
「静かに! いいかよく聞け。今回のお宝は俺とそこの遥嬢が地上から確認をとったから間違いなくさっき伝えた位置に埋まっている。そして、このお宝の第一発見者はそこにいる空だ。お前らもすでに知っていると思うが、空は”気”力五桁の始祖と呼ばれる人間だ。特級発掘師の資格を持つ俺と遥嬢でさえ、坑道の奥からでは見つけられなかった遺物を発見した業績は非常に大きい。まさに大手柄だ。お前らは本当にツイている。今年の春に試験に合格し、そこの空と同組になったことをありがたく思え。いいか、空がいなければこのお宝は見つからなかったことを肝に命じておけ。そして、この幸運とそこの空に感謝しろ。いいな」
俺が見つけたことを伝えてくれたところまでは良かった。
しかし、ここまで持ち上げられるとは思っていなかった。
山岸さんが俺を持ち上げているあいだの時間が、居心地の悪いこと悪いこと。
俺からしてみれば明らかにやり過ぎであり、褒められるならもっと簡潔に褒めてほしものだ。
しかし、よくよく考えてみれば、山岸さんは野郎どもから妬みの視線を受けていた俺のことを気遣ってくれたのかもしれない。
そう考えると、案外いい人なのだろう。
現に、あれだけ妬みの視線を送っていた野郎どもの俺を見る目が、尊敬するような視線に変わっているのだから。
一人を除いて。
そして、女子たちに至っては、なにか崇め奉られるような不気味ささえ感じたほどだ。
現金な奴らだとも一瞬思ったが、これで妬まれずに済むと考えれば、それは些細なことであると俺は思った。
「今から発掘の手順を説明する――」
山岸さんの話をまとめると、昨日発掘を行った最深部から、お宝が眠る位置まで高さ四メートル幅五メートルで掘り進めるそうだ。
そして、最深部にあった広場まで、お宝を一気に引きずり出すそうである。
そのあと分解して馬車に運ぶらしい。
たしかにあのスペースなら新幹線の車両二台を余裕で格納できるし、分解して細切れにすれば、あの馬車でも運べるかもしれない。
こうして、俺たちは発掘作業に取り掛かったわけだが。
俺はというと、穴掘りの一番手を買って出ることにした。
目標位置まで、高さ四メートル幅五メートルの緩やかに下った穴を掘り進める。
途中には巨岩や大きなコンクリートの塊、さらに”妖気”だまりまであることが分かっていた。
今日一日で掘り進めるためには、”気”力が高い俺が頑張らないと、と、張り切ってツルハシを振りかぶったところ。
「俺はお前のことを見誤っていたようだ」
俺の横に来てツルハシをふるい出した阿古川哲也が、神妙な顔を掘削中の壁面に向けたまま、そうつぶやいた。
昨日あれだけ俺に敵意を向けていた男が、どうして急にこうなった?
と、ツルハシをふるいながらも阿古川哲也をガン見していたわけだが。
「家一軒建つほどの遺物、俺だったら黙っていて、後で掘りに来てひとり占めしていたと思う。それをお前は躊躇することなく山岸さんや遥さんに報告した。昨日の深夜に確認に行ったということなら、悩む時間などなかったはずだ。やっぱり、将来貴族になるような奴は考え方も立派なんだなと思ったよ。そして、俺は独り占めしたいと思った自分のことが恥ずかしくなった。お前は凄いよ……」
もくもくとツルハシをふるいながらもそう語った阿古川哲也は、謝ることはなかったが、何か吹っ切れたように作業を続けたのだった。
俺は阿古川哲也の話を聞いて、最悪だった彼の第一印象を一足飛びに引き上げていた。
一度でも憎いと思った人間を、そう簡単に認めることは俺ならばできない。
しかも、阿古川哲也は俺のことを称えてきたのだ。
なんと度量の大きいことだろうか……
「男に持ち上げられても気持ち悪いだけだ。だが、お前が悪い奴じゃないって分かったよ」
阿古川哲也は作業の間、二度と口を開くことはなかった。
俺の方も、べつに感謝の言葉を期待していたわけではないので、黙々と作業を続けることにした。
そして、一時間弱で十メートルほど掘り進めたとき。
そこには、進路を妨害するように巨岩が顔を出していた。
はじめから分かっていたことだが、俺はこの巨岩を取り除くまでは掘り進めようと考えていたのだ。
「でかいな。でも俺とお前で掘ればこの程度の岩」
「いや、コイツは俺一人でかたづける。一瞬で粉々にするからお前は見ていてくれ」
「そこまで言うなら見せてもらおうか。”気”力五桁の底力ってやつを」
現れた巨岩は、高さ四メートル幅五メートルを完全に塞ぐほどの大きさだった。
しかし俺が全力を出せば、それは豆腐となんら変わらない脆さでしかない。
というか、全力など出す必要すらない。
岩をツルハシで豆腐のように切り刻んだ山岸さんの”気”力が千二百だとするなら、”気”力五桁の俺なら十パーセントの力でも十分なはずなのだから。
ツルハシを手放し、巨岩の前に歩み出た俺は、腰を深く落として軽く右拳を引いた。
それは言うなれば空手の正拳突きの構えだ。
その構えから左手をつきだし、巨岩に”気”を送って形状を探っていく。
さらに、引いた拳に”気”を集め、巨岩を内側に向かって砕く様子をイメージする。
砕いた岩や塵が飛び散らないように、砕く様子が鮮明に見えるように。
「ハッ!!」
巨岩に拳を突きいれると同時に、イメージしたとおりに”気”を送りこんだ。
あたりは静寂につつまれ、ゴクリと生唾を飲む音が聞こえてくる。
そして、拳を引き抜くと同時に、巨岩は砂状化してサラサラと崩れ落ち、溢れだした砂が膝のあたりまでを埋めつくしたのだった。
「ふぅ」
砂となって崩れ落ちた巨岩があったところにポッカリと穴が開き、その奥五メートルほどのところに、丸く凹んだ土の壁が現れた。
とりあえず、ここまで掘ればそろそろ交代だろう後ろを振り返ると。
そこにはアゴを落として固まっている阿古川哲也の姿があった。
同時に、その後ろから男女の別なく大きな歓声が沸き上がった。
阿古川哲也を驚かせることができ、さらに歓声が上がったことで、まさにしてやったりの気分だ。
「い、岩が砂になるなんて、いったいどんな”気”の使い方をすればこうなるんだ?」
「岩全体に”気”を浸透させて、内側に向けて揺すりながら圧縮しただけだよ」
「だけだよって、そんなことが何故できる…… とは愚問だったか。”気”力五桁は伊達じゃないんだな」
砂に埋まった足を引き抜くように歩き、岩の前から離れた俺たちに声がかかった。
「よく頑張った。そろそろ交代するぞ」
声をかけてきた山岸さんのところまで歩いた俺は、巨岩のさらに奥から感じていたことを報告することにした。
「山岸さん、あと二、三メートル掘ると妖魔付きの”妖気”だまりがあります」
「そうか、報告ありがとう。お前たちは下がって休んでいろ」
俺の報告を受けても、山岸さんは特段気にするそぶりは見せなかった。
あの深さにある”妖気”だまりなら、山岸さんも既に気づいていたのだろう。
山岸さんはといえば、交代要員二人に簡単に耳打ちしただけだった。
そして、再会された穴掘り作業を横目に、広いスペースの端に一人腰を下ろして休憩していたら。
「あっ、あのっ」
昨日の戦闘時に、最初に俺にすがりついてきた小柄の女の子が声をかけてきた。
歳は遥よりも若干若く見え、黒くて艶のあるサラサラのショートヘアが良く似合っている。
「どうしました?」
「昨日はゴメンナサイ! わたし、ネズミだけは苦手で――」
彼女は御堂鈴音といい、歳はまだ十八ということだった。
いや、俺も十八だから「まだ」なんていう資格はないか。
しかし御堂といわれて、御堂虎次郎の名が頭に浮かび、気になって聞いてみると、腹違いの兄だという。
少しオドオドしているが、礼節があって人当たりが良く、しかも可愛い鈴音ちゃんと、あの御堂虎次郎が兄妹だとは、驚いたし不思議でもあった。
「――やっと十八になって成人したから、前から憧れていた発掘師の試験を受けたんですよ。でも、空さんみたいなスゴイ方と一緒に研修を受けられるなんて、本当にうれしいですッ!?」
「こんなところでなにをサボっている。それ、妖魔のお出ましだ。喜べ、またネズミ型の妖魔だぞ」
「イ~ヤァァァァァア!!」
奥襟を遥に捕まれて、鈴音ちゃんは無理やり引きずられていった。
あの怖がる顔がたまらなく可愛いというか、そそるというか、萌えるものを感じるが、どうやら、話し込んでいる間に”妖気”だまりに到達していたらしい。
そして、妖魔が飛び交う中に放り込まれた鈴音ちゃんはといえば、手当たり次第に”気”弾を投げまくっていた。
その後は、俺も土砂の運び出しに加わり、昼休憩を挟んで穴掘りは進められていった。
そして、多少のトラブルはあったが、夕方には目的の地点まで到達していた。
山岸さんの「出たぞ!」という大声を聞いた俺は、運んでいた土砂を放り投げて穴の奥まで走った。
みんなで掘り進めた穴の最奥。
そこには、ランタンに照らし出された、独特な流線型のフォルムが顔を出していた。