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第十五話:発掘師研修その一

 二級発掘師新人研修初日。

 三島鉱山の入り口にあたる集荷場で昼食を済ませた俺たちは、乗ってきた馬車に再度分乗して鉱山の大通りを東進していた。

 馬車は十トン車の荷台程度はある大型のほろ付きであり、馬一頭で軽々とこれを引いている。

 さすがにこの時代の馬は文字どおり馬力が違うようだ。

 山岸さんによれば、集荷場に戻るまでに、この馬車に発掘品を満載できれば上出来らしい。

 掘り進められた鉱山であっても、一週間あればその程度の量は、運が良ければだが発掘できるそうだ。

 ということは、これから一週間鉱山で野営することが確定したということだった。


 集荷場から見た三島鉱山は、深い森を大通りが分断しているように思えたのだが、いざ大通りを進んでみると、森に見えたのは集荷場周辺の半径五百メートルほどであり、その森を囲むように堀が掘られ、水がたたえられていた。

 なぜ集荷場周辺に森が残されているのか、山岸さんにその理由を聞いてみた。


「ああ、集荷場の周りはろくなもんが採れなかったんだ。理由はあとで説明するが、森が残っているのは整地が後回しになっているだけだ――」


 なにか特別な理由があると思って期待していたら、後回しにされただけという味気ない答えが返ってきた。

 堀で囲まれているのは、土木工事に携わっている人たち、すなわち”気”力の低い人たちが宿泊しているからであり、彼らを妖魔から守るためらしい。

 まだ何十年か先の話になるが、鉱山全域の発掘を終えたのち、全てを埋めもどして整地し、三島鉱山はひとつの都市になる予定とのことだった。

 鉱山の外縁では、公国軍と土木業者が妖魔や野獣除けの将来の都市を守る堀を掘っているとも言っていた。

 なぜ軍と土木業者が? と思って聞いてみれば、作業にあたる土木業者のほとんどは”気”力が百に満たない者たちであり、軍の護衛がなければ、危険で作業できないということだった。

 ちなみに、鉱山の整地作業も同時に進められており、鉱山内部にも土木業者や公国軍が常駐しているそうだ。


 馬車に分乗した俺たちは、鉱山の中央近くまで大通りを進んだところで左、すなわち北に進路をとった。

 山岸さん曰く、北にくらべ、南の方が出現する妖魔が弱く安全だというのがその理由らしい。

 鉱山東部はもう掘り出せるものがあまり残っていないそうだ。

 整地された鉱山は、というか、森を抜けてから鉱山中央部にいたるまでは、区画整理されたように道が作られており、ここがいずれは都市になるだろうことが容易に想像できた。


 しかし、馬車が北上するにつれ大地は荒涼となり、島のように残された森や、ぽっかりと空いた大穴がめだちはじめた。

 整地にはげむ土木業者や、それを守るように周囲を警戒する軍人たちも見かけるようになった。

 馬車は途中で三方向にわかれ、俺たちが乗る馬車ともう一台がそのまま北上を続けている。


 そして、集荷場を出発して二時間ほどたったころ、馬車は目的の発掘現場に到着した。

 研修を行う発掘現場は、小山の一部を切り崩した崖に、ぽっかりと行動の入り口が姿を見せていた。

 崖からは、かつての建物の一部だったのだろう鉄筋がむき出しになったコンクリートが顔を出している。

 ボロボロになったそのコンクリートを見ると、否応なしに二十一世紀の大都会を思いだしてしまう。


「ここがお前たちが入る坑道だ。しかし、その前にいくつか説明しておくことがある。いいか、お前たちは合格者の中でも”気”力が高い者が集められた二班だ――」


 さておき、坑道の入り口を前に、山岸さんが説明をはじめたわけだが。

 遥がインストラクターを務める女子たちの班とともに、俺たちの班もその説明を聞くことになった。

 その説明によると、俺たちが入ろうとしている坑道は、三島鉱山北部の中でも比較的強い妖魔が出現する地域らしい。

 なぜそんなところに入るのかといえば、それは俺たちが将来一級以上の発掘師になることを見越して、はじめから難易度が比較的高い坑道を選んだということだった。


「いいかよく聞け。ここでお前らが掘り出すのは主にアルミとガラス、それに銅のケーブルと樹脂だ。大型の機械や宝玉が出る場合もある。その他にもお宝は何種類もあるが、それは俺かそこの遥嬢にそのつど聞くように。そして、手当たり次第に掘っても効率が悪いことは分かるな。お前らもすでに予習していると思うが、地中には”気”だまりと”妖気”だまりがある――」


 ”気”だまりとは、その名の通り”気”が閉じ込められていたりして、その濃度が高い場所であり、”妖気”だまりとはその名の通り、”妖気”がたまっている場所らしい。

 ”気”には、物質の状態を保存する効果があって、その濃度が高い”気”だまりには、腐食せずに金属や樹脂が埋まっているそうだ。

 ”妖気”に関してはその逆で、”妖気”だまりにある金属や樹脂は、腐食したりボロボロになったりしているらしい。

 さらに、”妖気”だまりには妖魔が潜んでいることがあり、そこを掘る必要がある場合は、十分に注意して発掘作業を進めなければならないということだった。


「いいか、特にお前らは”気”力が高い。それを十分に活かして”気”だまりと”妖気”だまりを見極めろ。そして、お宝を掘り当てるんだ――」


 効率のいい発掘をするためには、自らの”気”を地中に浸透させて”気”だまりを見つけ、”妖気”だまりを避けていく必要がある。

 また、”気”だまりや”妖気”だまりは、地中にできたがれきの隙間などの空間であることが多く、それらの空間は、いたるところとつながっていたりするため、”妖気”だまりには、妖魔化したネズミや、物理手実体をもたない妖魔が潜んでいることがあるそうだ。

 そして、地中深くに行くほど、”気”だまりにしろ”妖気”だまりにしろ、その濃度が高くなる傾向があるらしい。

 すなわち、地中深い所で出現する妖魔ほど、手ごわいということだった。


「――以上で説明は終わりだ。ランタンは持ったな。坑道に入るぞ」


 俺が背にしているツルハシより一回り程大きなバチツルハシを背に担いだ山岸さんが、ランタンを片手に先頭で坑道に入り、男子班女子班の順で後に続いた。

 俺は男子班の最後尾で、遥は女子班の最後尾、つまり、しんがりを歩いている。

 歩きながら坑道の中を見わたせば、少しずつ下って曲がりくねった道の要所要所に崩落防止の木組みがしてあり、途中何か所か広いスペースを通り抜けて俺たちは奥へと進んだ。


 そして、おそらく坑道の最深部だろう広いスペースに出た。

 このスペースだけ天井が高く、一部に穴が開いているようで、そこから薄く光が射しこんでいる。

 壁や足元の土の中には大量のコンクリートやアスファルトが混ざっていた。

 おそらくここは、道路、それも陸橋か何かだったのだろう。


「ここがこの坑道の最深部だ。ここには神話時代の車が大量に埋まっていたと聞いている。いいか、車にはベアリングという軸受けや、僅かだが銅線やアルミが使われている。車に使われているガラスや鉄のキロ単価は安いが――」


 そのほか、バッテリーやタイヤ、エンジンなど、車には様々な部品があるが、それらの部品ほとんどは今の時代ではまず使えないゴミだということだった。

 もし使えるバッテリーやタイヤを掘り出せれば、それはそれで利用価値は高いとも言っていた。

 おそらく、車のエンジンなどは、電子制御ができない今の時代では、使えないシロモノなのだろう。

 ガソリンやオイルなどは、残っていればその価値は高いとも言っていた。

 そして、鉄などは、大量に発掘されるため、そのキロ単価は極めて安いと遥が言っていたことを思いだした。


「――ここがお前らがはじめて発掘をする場所だ。いいか、今回は研修だからな、前にも言ったように発掘したお宝は誰が掘り出そうと、お前ら全員で山分けだ。協力して作業にあたれ。野郎共の一班は右側、二班は左だ、手順どおりに作業をはじめろ」


 山岸さんの号令で、俺たち一班は右側の壁に、女子たちは左側に別れたのだが、右の壁に行こうとしたところで山岸さんに呼び止められた。


「空、お前は奥の正面から広範囲を探れ」

「なぜ俺だけ?」

「お前の”気”力が高すぎるからだ。他の新人たちに混ざるとお前の”気”が強すぎて、あいつらが”気”だまりを探れん」


 山小屋にいたときに”気”を扱う訓練漬けだった俺からしてみれば、ほかの新人発掘師が地中を探るために放出している”気”を避けて地中を探ることなど、それほど難しいとは考えていなかった。

 特に、魚釣りで培った離れた場所での”気”の扱いには自信がある。

 と、憤慨気味な気持ちになっていたら、顔に出てしまっていたのだろう、遥が口を挟んできた。


「コイツの言ってることは本当よ。いけ好かない野郎だけど、山岸はこと発掘に関してはプロ中のプロだから。まぁ、ヌケていることもたまにはあるが」

「余計なお世話だ。なんなら勝負するか?」

「アホかお前は――」


 この前協会で会ったときもそうだったが、この二人は顔を合わせるといつもこうなってしまうのだろうか。

 研修そっちのけで罵り合いをはじめた遥と山岸さんに、俺は呆れながらも、二人を見かえしてやろうと正面奥の壁に向かった。


 等間隔に並び、壁に手をあてて地中を探る新人発掘師たちに倣って、俺は壁の奥を探りはじめたのだった。

 このときばかりは、女子たちも真剣な表情で探りを入れていた。

 俺のほうはといえば、壁にかざした右手の平から”気”を放出し、壁の奥深くまで浸透させていったのだが……

 感じるのは土や石っぽいものばかりで、おそらく石っぽいものはガレキだろうが、”気”だまりも”妖気”だまりも感じ取ることはできなかった。

 もっと奥まで確かめてやろう。


 そう思い、”気”の通りやすさ、浸透していく感触をたしかめながら壁から十メートル、二十メートルと探りをいれていった。

 ここまで、正面の狭い範囲を調べたかぎりでは、”気”だまりと思われる感触は得られていない。

 こうなったら意地だ。

 そう思って”気”を細めてその圧力、浸透力を増加させ、さらに奥を確かめていくと。


「おや?」


 つい声を出してしまったが、今まで石や土しか感じられなかったところにいきなり空間が現れた。

 そしてその空間には、濃度の高い自然の”気”が感じられた。

 自然の”気”と表現したのは、空気に漂っている”気”と同じ感じがしたからだ。

 おそらく、いや、間違いなくこれが”気”だまりなのだろう。


 その”気”だまりの中を慎重に探っていくと……

 そこにはおそらくガレキというか石というか、石の中に金属の存在を感じることができたので、鉄筋コンクリートの壁とか柱が折り重なってできた空間だということが分かった。

 しかし、そこはその他には何もないただの空間だった。


 ハズレだ。

 ハズレではあるが、”気”だまりに必ずお宝が眠っていることはあり得ないことだろう。

 冷静に考えれば誰にだって予想できることだ。

 こんなことで気落ちしている場合じゃない。

 もっと奥まで、もっと広範囲を調べれば必ず何かにつき当たる。

 そう考えてまずはどこまで調べられるか、さらに奥まで、そして角度を変えて俺は探ったのである。


 そして分かったこと。

 それは、”気”だまりは地中の空間に在って、しかもその分布や大きさは非常にマチマチであるということだった。

 山岸さんが言っていた通りだ。

 さらに、途中何か所かに、得体のしれないおぞましい感じを受けた空間にもつき当たっていた。

 たぶんあれが”妖気”だまりなのだろう。

 ”妖気”だまりは”気”だまりよりもつき当たる頻度は少なかったが、その中のいくつか、特に広い空間には、動き回る存在を感じ取ることができた。

 間違いなくその存在は妖魔だと俺は考えている。


 ここまで俺が探った範囲は角度にして約三十度、距離にして百メートルの範囲だ。

 そしてその範囲で見つけた”気”だまりの中に、いくつかお宝らしき反応、すなわち、機械のような金属の塊や、ビルか何かだろう巨大なガレキの中に、窓枠のような金属や細長く長い金属を感じることができた。

 細長い金属は銅の電線かもしれないし、窓枠はたぶんアルミのはずだ。

 そして、そのそ近くには、おそらく大量のガラスがある。


 お宝らしき反応は見つけることができた。

 しかし、それはここからはかなり離れており、掘り進む労力と比較すれば、とても魅力を感じることはできなかった。

 そうとなれば、さらに探査範囲を広げるだけだ。

 そう考えて左前方四十五度の方向を探っていた時だった。

 五十メートルほどのところで探し当てた比較的大きな”気”だまりの中に、恐ろしく巨大な金属塊を見つけたのだった。


 その金属塊の形状を慎重に探っていく。

 斜めになっていて分かりにくかったが、長さはおそらく二十五メートルほどであり、奥行きと高さは三メートルを超えている。そして、その塊がつながったように二つ確認できた。

 内部はごちゃごちゃした空間になっていて、何かがあるのは分かるが、今の俺では何なのかよく判別できない。


 しかし、間違いなくこれは最高のお宝のはずだ。

 そして、その形状から想像できるもの。

 そんなものは、電車くらいしか思いつかない。

 最初はバスか飛行機かとも思ったが、翼のようなものはなかったし、バスにしては大きすぎるのだ。

 しかし、二十五メートルもの長さの電車など……

 あった!

 一つだけあった。

 このあたりには東海道新幹線が通っていたはずだ。

 そう、新幹線だ。


 新幹線の車体は軽量化のためにアルミが大量に使われていると聞いたことがある。

 この時代では、アルミはキロ単価の高い貴重品のはずだ。

 硬貨にも使われている。

 しかも、新幹線の車両二台分のアルミとなれば、その量はハンパないものになるだろう。

 さらに、新幹線に使われている材料はアルミだけではないはずだ。

 きっとその価値は、かなりのものになるとかんがえられる。

 いや、なってくれ。


 さておき、問題は途中に確認できた”妖気”だまりと、五十メートルという距離だが、そこはそれ、このお宝にはその距離を掘り進むだけの価値があると俺は思う。

 そんな時だった。


「遥先輩!」

「山岸さん!」


 女子たちと野郎どもからほぼ同時に声が上がり、いまだにののしり合いを続けていた遥と山岸さんは、それぞれ呼ばれたほうに駆け寄った。

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