第十四話:発掘師としての門出
三月上旬、発掘師協会では二級発掘師士採用試験が行われようとしていた。
会場は二部屋あって、五十名程が入れる部屋に、それぞれ一杯になる勢いで受験者が集まりつつあった。
例年の受験者数は五十名程度だが、今年は倍の百名近い受験者の応募があった。
そしてその試験会場の片隅に、ドレスに身を包んだひときわ華やかな一団があった。
「ほらほら御覧になって、空さまがおいでになりましたわ」
「まあ、なんて凛凛しいお方でしょう」
「お聞きになりまして? 空様と一花様が近々ご成婚なさるそうよ」
「遥さまも空さまにお嫁ぎになるんですって」
「まあ、あの特級発掘師の遥様が?」
遥本人は全く自覚していないが、発掘師全体の一パーセントにも満たない特級発掘師である彼女は、発掘師を目指す者や多くの発掘師にとって、羨望の的なのだ。
さらに、発掘師自体が軍人同様、選ばれた者、すなわち一般人より”気”力が高い者しか就けない職業であることを考えれば、特級発掘師という資格が、どれほど特別な存在であるかは、容易に想像できることだろう。
公国の姫君一花と、特級発掘師の遥、そんな二人と親密な関係にある空の噂は、話に何本もの尾ひれをつけて公国中に広がっていた。
「素敵ですわぁ、すい星のように現れた”気”力一万を超える始祖様。一花様と遥様とご婚約なさるなんて。わたくしもその末席に加わりたいわぁ」
「でもご覧になって、ここに集まられた方々、女性はほとんどが空さま目当てみたいですわ。すごい競争率になりそうですわね」
「そのようですね。空様に子種を授けていただくためにはよほどのことがないと」
「そうですわね。でも、お近づきになるためは、わたくしたちも試験に合格しませんと――」
もちろん今の段階で、空と一花や遥が婚約しているという事実はない。
しかし、そんな噂をまことしやかに会話している華やかな一団の正体、彼女らは公国貴族の娘たちだ。
公国では、たとえ貴族の子供であっても、身分的には平民とかわらない。
貴族の世襲制を採用していない公国にあって、貴族になるためには、飛びぬけた”気”力と実績が必要なのだ。
したがって、貴族になれた者は公国民全体のほんの一握り、五十名にも満たない。
そんななか、一般的に”気”力が高い傾向にある貴族の子女は、公国軍に入隊するか、発掘師などの特別な職業に就くことが多い。
さらに、この時代の人々は、”気”によって強化されているため、その強さタフさに男女の差がほとんどなく、女性であっても男性同様の力仕事や、危険な仕事に抵抗なく従事しているのだ。
彼女ら貴族の娘たちは、確かに空の何番目かの妻の座を射止めようという、不純な動機で二級発掘師採用試験を受けようとしているが、たとえ空の妻になれずとも、発掘師というステータスにその価値を認めていた。
そしてさらに、空目当ての受験者は貴族の娘たちだけではなかった。
そのほか会場に集まった多くの女性も、空に熱いまなざしを集めていた。
そして、その様子を微笑ましくも呆れた様子で伺っている者もこの会場の片隅にいた。
「今年の盛況ぶりは凄まじいものがありますなぁ、五所川原会長。まあ、あの遥嬢が陥落したくらいだ。頷けんこともないですか」
「当の本人は全く気づいとらんようだが、ほとんどが空君目当ての女どもだろう。協会としては嬉しい限りだが、はたして長続きするかのう……」
「新人研修の班分けも考えておく必要がありそうですな」
「遥嬢も復帰するというし、面白くなりそうだのう。山岸、研修は頼んだぞ」
◇◆◇◆◇◆◇◆
三月になり、俺は心待ちにしていた二級発掘師採用試験を受け、無事合格することができた。
一花たち高科一家と再会を果たし、心に余裕ができた今の俺にとって、二級発掘師採用試験などお茶の子サイサイ、余裕のヨシ子ちゃんが赤子の手をひねるようなものなのだ。
俺が生まれた時代の今どきのギャルが、独特のイントネーションで、チョー余裕、マジウケる~とかのたまっているよりかは何倍も簡単だった。
彼女らが何にウケていたのか、まったく理解できないのは置いておくとして、これは別に合格したあとだから強がっているわけではないのだ。
前日にそわそわして眠れなかったこととか、当日緊張して、会場の様子をほとんど覚えていないことを知っている遥の前では言えないことだが。
さておき、試験に合格した俺は、当日に免状を交付され、そして今、いわば新人研修のようなものに参加している。
この研修は二級発掘師採用試験に合格すると、必ず受けなければならないものだが、何事も形から入らないと気が済まない俺にとって、うってつけのありがたいイベントだった。
これは断じて、合格者にに可愛い女子が多かったからとか、研修で彼女らにカッコいいところを見せようとか、あわよくばその結果、可愛い女子とお近づきになりたいとかいう不純な理由からではない。
名誉にかかわることだからもう一度言うが、断じてない。
前置きはこのくらいにして、研修に参加するにあたり、遥のアドバイスで発掘師七つ道具を俺は新調していた。
方位磁石、小さめのスコップ、タガネ、大き目のニッパー、金づち、ナイフ、そしてツルハシだ。
ツルハシは、発掘師にとって最も重要な装備であり、武器でもある。
敵すなわち、実体を持つ妖魔や野獣と遭遇した場合は、ツルハシで戦うのだ。
刀剣の所有は貴族や軍人にしか認められていないから、発掘師はツルハシで戦うしかない。
ちなみに、俺が選んだツルハシは、片方が平たいバチツルハシと呼ばれるものだった。
バチツルハシは尖った方で岩を砕き、平たい方で土を掘ることができる万能タイプのツルハシだ。
俺はそのツルハシを背負い、腰にはホルダーに入れたスコップと、金づちを提げ、デニムパンツに綿の白シャツ、その上からポケットが沢山ある革製のベストを羽織っていた。
ポケットには残りの七つ道具がしまってある。
試験があった十日後、陽が昇る前に協会に集合した二級発掘師採用試験合格者は、割り振られた班にそれぞれ分かれ、八台の馬車に分乗して研修が行われる鉱山に向かっている。
合格者は八十名弱であり、一つの班に十名から九名の新人二級発掘師が割り振られていた。
馬車は隊列を成して東に進み、正面から陽がのぼってきたころには、堀にかかるいくつかの橋を超えて大公国の生活圏を出ていた。
そして俺が向かっている場所。
それは公国の東、かつての三島市にあたる場所で、古くから遺物の発掘が行われている三島鉱山だ。
三島市といえば、大手樹脂メーカーや自動車メーカーの工場があったはず。
遥に聞いた話では、三島鉱山は二百年以上前から発掘が進められていることもあり、掘りつくされてはいないが、大物はすでに掘り出されているということだった。
しかし、と俺は思う。
人の手で掘り進めたとして、二百年程度で三島市全域を掘りつくせるとはどうしても思えないのだ。
きっとどこかに大物が眠っているはずである。
ちなみにこれは陽一さんから聞いた話なのだが、現在は西暦でいうと六千二百年程度なのだそうだ。
程度と言ったのは、正確な記録が残っていないからということであり、和国に残る歴史の記録を陽一さんが検証して推定した数値だからだ。
この数値が事実なら、俺は四千年以上シェルターの中に閉じ込められていたことになるが、それはもう過ぎたことであり、今の俺にはどうでもいいことだった。
話を戻すと、俺は今、三島鉱山に向かう馬車の中で、かつての遥の同僚であり、特級発掘師の山岸さんと、新人二級発掘師十名の中に混じっている。
そして悲しいことに、あれだけいた女子たちは、全員別の馬車に分乗しているのだ。
すなわちこの馬車には、むさ苦しい野郎共しか乗っていない。
しかも何故だか、その野郎どもは俺に向かって敵意丸出しの刺すような視線を送ってきやがる。
居心地が悪いことこの上ないし、俺が彼らに睨まれる理由など、皆目見当がつかなかった。
それは置いておくとして、特級発掘師として仕事に復帰した遥は、インストラクター兼護衛として別の班に同行している。
俺の班のインストラクターは山岸さんだ。
鉱山では妖魔が出没する可能性が大きく、新人発掘師だけでは対処できない可能性がゼロではないこともあり、護衛も兼ねたインストラクターが同行するらしい。
遥に聞いた話だが、三島鉱山で出現する妖魔は、その地形の関係もあって実体をもつものがほとんどで、主に野ネズミや野生化したイヌ、ネコが妖魔化したものであり、山小屋で襲ってきた山猿よりもはるかに格下だということだった。
ただし、ネズミの場合は数が多いので注意が必要なことと、まれに出現する大型の山犬には、妖魔化していようがいまいが気を配っておく必要があるそうだ。
俺が”気”を垂れ流していたら寄ってこないんじゃないの?
と、遥に進言したら、それでは研修にならないと至極ご尤もな答えが返ってきた。
もし実体を持たない妖魔が出現したら、”気”を放出して対消滅させればいいとのことだった。
有り余る俺の”気”をぶつければ、簡単に消飛ぶらしい。
ただし、よほどのことがなければ、自分に襲い掛かる妖魔以外は相手にするなとも言っていた。
出現する妖魔に対応できないようでは、発掘師としてやっていけないし、もしものことがないように、常にインストラクターが目を光らせているから、俺は割り振られた役目をこなすだけでいいらしい。
◇◆◇◆◇◆◇◆
一方、空たちが乗る馬車の後方、遥がインストラクターを務めることになった班の馬車の中では、うら若き乙女たちが恋の話に花を咲かせていた。
とは言っても、その対象は一人の男に絞られており、その男の恋人とうわさされる遥が同乗していることもあって、小声でのひそひそ話だ。
『空様と同じ班にはなれませんでしたね。残念ですわぁ』
『でもでも、遥さまの引率に当たったのはラッキーだと思いませんか?』
『それにそれに、空様は殿方だけの班でしたわ。条件はみんな一緒、全員にチャンスがありましてよ――』
彼女らは、空目当てに二級発掘師採用試験を受けて合格した貴族の娘たちである。
そもそも発掘師採用試験は、落とすための選抜試験ではないので、”気”力が基準をみたしていれば、少しの努力で合格することができる。
一般的に”気”力が高い彼女ら貴族の娘が合格することは、不思議でも何でもないのだ。
試験会場では、貴族の娘らしい華やかな服装だった彼女たちも、発掘師の研修に参加しているだけあって、発掘師らしくベストにパンツスタイルで、背にはツルハシを装備している。
そして、そんな彼女たちから少し離れた位置に、空目当てではなく純粋な気持ちで発掘師になった少女が座っていた。
艶のあるサラサラの黒髪を短くショートに切りそろえ、ゆとりがあるベージュのパンツに白いシャツ、その上にカーキ色のベストを羽織り、背には当然のごとくツルハシを装備している。
彼女も貴族の娘ではあるが、将来は自立して発掘師として生計を立てるという目標があった。
”気”力は発掘師になれるほどには高いので、軍に入隊するという選択肢もあったが、規律の厳しい軍よりも、自由な発掘師に魅力を感じていた。
そんな彼女の名は御堂鈴音。
あの、御堂虎次郎の腹違いの妹である。
しかし鈴音は、御堂家に在って、兄の虎次郎とは正反対の性格をしていた。
兄虎次郎は”気”力も高いが、それ以上に選民意識が高く、自分も身分的には平民であるにもかかわらず、たとえ発掘師であろうと自分以外の平民を見下す傾向があった。
彼にとって、貴族直系の長男であり、公国有数の貴族である御堂家の跡取り息子であるということが、その思い上がった性格を生み出しているのだ。
そんな虎次郎にとって、貴ぶべきは身分と教養、そして強さであり、自身は政治家としての道を歩んでいた。
政治家として実績を上げ、爵位を得て御堂家の次期当主としての面目を保つ。
そしてゆくゆくは、一花の夫になる。
これが虎次郎の目指すところなのだ。
さておき、そんな虎次郎を兄に持つ鈴音は、天真爛漫な性格の母のもとで育ったということもあるが、人を見下す虎次郎を快くは思っていなかった。
同じ屋根の下に暮らしてはいるが、二人の間に会話はほとんど無く、すれ違いの生活を送っていた。
彼女の父、現御堂家当主の虎徹は良識ある有能な男であるが、その忙しさもあって、ねじ曲がってしまった長男や、その他の妻や子供たちに接する時間が取れないことに悩んでいるのだった。
そんな環境で育った鈴音は、十八になって成人したことを契機に、昔から憧れていた発掘師になった。
そして、彼女の最も憧れる存在は、馬車に同乗している特級発掘師の遥、その人だった。
特級発掘師である遥は、一般人にはあまり名が知れていないが、発掘師や発掘師を目指す者にとって、憧れの存在なのだ。
憧れの遥が指導する班に割り振られた鈴音は、その幸運を喜び、また、一人静かに気合いを入れなおしていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
公国を出た馬車の隊列は、荒野と深い森を縫うように走る道を東進し、ようやく昼過ぎになって三島鉱山の入り口にたどり着いた。
鉱山入口は広場になっており、それを取り囲むように二階建ての建物が何棟かと、空の大きな荷馬車や、厩舎には何頭かの馬が入っていた。
八台の馬車からは続々と新人発掘師たちが降り、女性発掘師に囲まれた遥の姿もそこに在った。
さすがに遥は特級発掘師というだけあって、特に女性発掘師には大人気のようだった。
そして、馬車を降りた俺の目に飛び込んできたのは、深い森を南北に割くように続く広い道と、そこから伸びる幾筋もの分かれ道。
そして、森の所々にはビルの残骸だろうか角ばった建造物らしきものが顔を出していた。
鉱山というわりには山などどこにも見えないが。
「新人はここに整列しろ! いいか、班ごとにだ」
山岸さんが大声で叫ぶと、慌てるように新人発掘師たちが彼の前に八本の列を作った。
俺はいちばん右の列の最後尾に並んでいる。
遥をはじめ、インストラクターの人たちは山岸さんの後ろに並んでいた。
「いいか、ここは三島鉱山の入り口でもあり、発掘品の集荷場でもある。今からお前たちはあの建物で昼食をとって、その後は班ごとにそれぞれ研修に移ってもらう。期間は今日を含めて一週間だ。ここには宿泊施設もある――」
昼食を班ごとに分かれて摂った俺たちは、その間に三島鉱山の歴史や、鉱山の種類、鉱山に入ってからの注意事項、発掘品の取り扱い、今日の予定などを聞いていたのだが……
そのあいだ中俺に向けられていた視線のせいで、なかなか昼食がのどを通らなかった。
視線の犯人は昼食を摂っている新人発掘師のほぼ全員だ。
俺は彼、彼女らに恨まれることをしたような記憶はない。
いったいなぜ、これほどまでに視線の集中砲火を浴びるのか、気になって小さくなっていたら、山岸さんが耳元でコッソリその理由を話してくれた。
それも楽しそうに。
『お前、一花様と腕組んで歩いてたそうじゃないか。しかも遥嬢とも仲がいい。野郎どもの視線が痛いだろう? 全員お前を妬んでいるんだ。よかったなぁ』
冗談じゃない。
言われてみてようやく思い出した。
一時は危惧していたが、試験のせいで完全に忘れていたのだ。
俺と一花の関係が噂として広がることを。
しかも、遥との関係まで広がっているっぽい。
しかし。
『どうして女の人たちまで?』
『彼女らの視線が、妬みに見えるか? 全員お前狙いの視線だよ。この色男めが』
そう言って肘で俺を小突いた山岸さんは、それはもう楽しそうに笑っていた。
遥に聞いた話だが、山岸さんは独身じゃない。
だからこれほど楽しそうにしていられるのだろう。
他人の不幸ほど人は楽しいということを、このとき俺は身を以て実感したのだった。
確かに俺は、新人発掘師の女子たちにカッコいいところを見せようと息巻いていた。
それなら、野郎どもの妬みの視線は置いておくとしても、女子たちの熱い視線は喜ぶべきでは? と、思う人が多いかもしれない。
しかしそれは、カッコいいところを見せたあとのことであって、彼女らの視線は恐らく俺の”気”力や、将来を見据えてのものであることは間違いないだろう。
カッコいいところを見せて「キャー素敵ぃ」と黄色い歓声を浴びるのは至上の喜びだが、天からもらった才能、偶然手に入った才能だけをとって、いくらチヤホヤされても嬉しくもなんともない。
贅沢なエゴだと非難されてもいい。
チヤホヤされるのはそれなりの行動による、大義名分が俺は欲しいのだ。
その行動のよりどころが、たとえ天からもらった偶然の才能を使った結果であっても、大義名分あるのとないのとでは大違いだろう。
とかなんとか御託を並べてみたが、実のところ、これだけの数の女子たちにチヤホヤされるだけの免疫が俺にはなかったというのが、このとき素直に喜べなかった理由なのかもしれない。
そして、妬みの視線と熱いまなざしが注がれるなか、俺は今からはじまる発掘師としての人生に、これ以上悩みの種が増えませんようにと願っていた。