【競作】インチキ売りの骨董屋
第六回競作イベント開催!! 今回のお題は『お守り(ロザリオ、パワーストーンなども含む)』です!
では、どうぞ!!
ある日の真夜中、時間にして26時頃。俺はふらふらと帰路についていた。残業の帰りで、クタクタに疲れていたため、意識は朦朧とし、危なっかしい足取りで物騒な夜道を歩いていた。
すると道中、見覚えのない骨董屋を横切った。何故か不思議と目がショーウィンドーに吸い寄せられ、飾られている品々を見てしまう。
別に俺には、観察眼や『味のある物の違い』なんてわからなかったが、骨董屋の向こう側にある物に魅力を感じてしまっていた。初恋の感覚に似ている。
気付くと俺はドアを潜り、入店していた。
店内は、『そういう店』だけに古めかしくて高そうな物が所狭しと飾られていた。手巻き式の腕時計や不気味な西洋人形、使えるのか怪しいばかに大きなカメラ、燭台、アンティークの椅子、机。一般生活用品としてではなく、観賞用に飾るような品がたくさん並んでいた。
ひとつ不思議なのは、他の店と比べると品の並び方がおかしかった。まるで、品物ひとつひとつが、俺が入店した時からずっと睨み付けてくるような、そんな置かれ方をしていた。振り返ると何かしらが俺を見返していた。カメラのレンズやシルバーの飾り、また鏡などが、不気味に俺を見ていた。
「いらっしゃい」
気が付くと、俺の正面に小柄な男が立っていた。
闇色のスーツを着たその男は、まるで髑髏が愛想笑いをしているかのような表情を顔に貼り付け、不気味に微笑んでいた。
「もしかして、ここのご主人ですか?」
相手は静かに頷いた。
幽鬼の様に痩せ細った主人は俺を見るや、にこりと微笑み、近くのソファに座るよう言ってきた。骸骨に皮を貼った様な顔をしているので、若いのか年寄りなのかわからなかった。背筋が不自然なほど伸びており、老人には見えない。しかし、声の感じから察するに、70は超えていそうだった。
「ウチに来るのは初めてだね」
いつの間にか目の前のテーブルにコーヒーカップが置かれていた。香ばしく香琥珀の液体を、遠慮なく飲む俺。
「ウチが何を売っているのか、知っているかい?」
「骨董品ですよね。なんか、よくわからないですけど、高そうな物が沢山で、その……どれも魅力的ですね」
答えると主人はふふふ、と笑った。近くの帽子掛けから外国風の羽帽子をひとつ手に取り、自慢げに俺の方に顔を向けた。窪んだ眼窩に嵌った目玉がギョロリと俺を見つめる。
「こいつは何だと思うね? これは、かのナポレオンが1821年、セントヘレナ島で死去するまで被っていた帽子さ。フランスの土に葬られるまでこの帽子はずっと彼と共にあり続けた。そう、ワーテルローの戦いから一緒だったのさ、この小さな戦友は」
「えぇ!?」
コーヒーを噴きだしそうになる俺。慌てて聞き返すと、主人は悪戯っ気な表情を作り、真っ白な歯を目立たせるように笑った。
「いいえ、ウソですよ。これはタダの羽帽子です」
また噴き出しそうになる。主人はそんな俺を見て、楽しそうに見つめていた。まるで命を弄ぶ死神の様な表情だった。
「でも、物にはドラマがあった方が面白いし、高く売れるでしょう? だから、私はこれをナポレオンの帽子、としてここに置いているのです」
正論でも言うかのような滑らかさで口にし、帽子を戻す。
俺はガッカリしながら深いため息を吐いた。
「いや、それはダメでしょう? 詐欺ですよそれは!」
少し怒りながら主人の間違いを指摘した。しかし、彼は微笑みを絶やなかった。
「では、何が本物で何が偽物か、あなたにはわかりますか?」
俺は首を傾げた。何を言っているのか、疲れた頭では理解できなかった。
「歴史ある骨董品とは、実用品としては使えないものばかりでしょう? もし、この帽子が本物のナポレオンの帽子なら、あなたはこれを被って外へ出かけますか?」
俺は少々唸りながら考え、首を振った。
「でしょう? 骨董品とはもう、使い物にもならないガラクタの様なものです。では、人はなぜそんなものに高い金を出して買おうとするのでしょう? それは、骨董品には『物語』があるからです。その物語に人は酔い、ついつい買って自宅に飾り、友人に自慢するのです。そして物語を語る。私はね、ここにあるガラクタたちに『物語』をつけて売っているんですよ。たとえインチキだ詐欺だ、と言われてもね」
「いいんでしょうか……それで」
「ウソから出た真実って言うじゃないですか。いつの間にか、名もなきガラクタが『ナポレオンの帽子』になったり『坂本竜馬の筆』になったり、あるいは『ケネディのマグカップ』になったりするんですよ。素晴らしいと思いませんか?」
俺は複雑な笑みを作り、頷いた。
だが、よくよく考えてみると彼の言葉にも一理ある気がした。たとえ本物だろうと偽物だろうと関係ない。こういった骨董品には『ドラマ』があるから価値があるのだ。なければ魅力は半減する。よっぽど精工に作られた芸術ならまだしも、汚いフランス人形だったなら、ただ不気味なだけだ。
『物語』これがあるから価値がある。彼の語ったセリフが心に沁み、なんとなく理解できた。
「さて、では」
主人はカウンターへ向かい、ショーケースから小さなブローチを取り出した。
「あなたは、このブローチにどんな『物語』を吹き込みますか? 私の店では『ヒトラーのお守り』って事になっているのですがね」
そのブローチは鮮やかなエメラルドグリーン色に光り輝いていた。丁寧に細工された銀縁が見事で、とてもインチキ商品には見えない。
「……いくらですか?」
「一応、30万円です。『物語』の値段はね。だが、あなたには3000円で譲ってもいい。ただし、『物語』を吹き込んでください」
正直、俺はブローチには何の興味もなかった。自分を飾る気もなければ、他人に送る気もない。きっと昨日の俺なら3000円でも高いと感じただろう。
だが、今この瞬間、俺はこのブローチが欲しくて堪らなくなっていた。幾ら出しても構わないから手に入れたくなっていた。まるで主人の魔力にでもかかったような気分だ。これが今までの意図だったのか?
俺は静かに頷き、ブローチと主人を交互に見た。
「このブローチの『物語』は……」
「で……あの骨董屋はもう潰れて、跡地は駐車場になっているんだ。少し寂しいね……え? 結局、俺があのブローチにどんな『物語』を付けたって?」
俺は椅子から立ち上がり、箪笥から銀色に輝くブローチを手に戻った。
「そのインチキ骨董屋で買ったブローチだ。そう、さっきまでの話がこれの『物語』だよ」
手の上のブローチを見つめ、ふふっと笑う。
「こいつのお陰で俺は今、物書きをやっているわけで……」
ってことで今回の作品は以上でございます!
如何でしたか? 感想・評価を頂けたら幸いです。
では、また次回お会いしましょう!!