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火葬係の憂鬱

 人間の先祖は昔、真っ裸で獣の咆える世を何とかして生き延びてきたらしい。どうやって生き延びたのかは解らないが、きっと人間臭く数に頼って生き延びたのだろう。それこそ人間は何時まで経っても進化しない生き物だということを証明することになる。つまり人間にも和という武器は存在したわけだが、しかし残念ながら今の私の手にあるのは二つの頼りないライターだけである。

 まずは、立ち上がらなければ。これは悪夢だと、目をそむけていても何も始まりやしない。始まりもしないんだから終わるわけがない。終わらせることが出来ない。まるで脱出ゲームの主人公になった気分である。

 もちろんこの悪夢のような風景が全てゲーム画面であれば私はこうしてこのライターのみという明らかに武器としてはとても役に立てそうもないものしか装備していないことを別に嘆くこともないだろうが、ここでゲームオーバーになってしまえばきっと待ってるのは暗い暗い死だけだ。

 漠然と消えたいと思うことはあっても自殺に至るまででもないし、それになんだか損をした気分になる。それにまだ欲しいマンガだとかゲームだとかまだそろってない、そんな理由でいつだってそれを振り切るのだが、そういえばゲームの主人公達はどうなのだろう。彼らもやはり死にたくないのだろうか。

 私にそんな事を考えろと言われてももちろん答えなど出るはずもなく、それ以前に自分のおかれている状況を把握するべきであろう。

 ここは普段通い慣れ過ぎてウンザリしているような中々歴史のある、悪く言えば結構オンボロな学校である。そしてこれもまた見飽きた自分の所属する二年E組の吉原白水の席である。普段と違うのはやたらと薄暗く、電気は十回くらい電源を点けてみてもだめ、同じクラスの人間が、学校にいるべき人間が誰一人としていないこと。水道は出るが嫌な鉄錆びのにおいがする水が出るだけでとても飲めそうにないこと、鏡は……正直もう二度と見たくない。空が黒と紫をしているのだからこれは明らかに異常事態だが、さほど慌てていなかったように見える。普段会話もしない男子に話を振られた時のほうがよっぽど慌てる。それよりも今は秋冬の冬よりである。あったかぬくぬくの布団に居たのにこんな寒いところに放り込まれたら怒りの叫びの一つや二つ、あげたくなるものだ。

「寒ぃなこんちくしょー!」



 教室を出て右側にはA組からD組までの教室が並んでいて、それはそれでそびえ立つ巨塔の様な威圧感を放っている。とりあえず、これが脱出ゲームなのだとすればとことん調べて脱出に必要なアイテムを手に入れる必要があるだろう。二年D組の扉に手をかけて思い切り左へスライドした。もちろん動くはずもない。それどころかガチャガチャという鍵の動く音もしない。試しにあり得ない方向へ、右へスライドする。ガラリ、と音を立ててすんなり開いた。

「逆だっただけ……ですか……」それもまた微妙に切ない。

 文化祭が近いからその材料がその辺に転がっているはずだ。残念ながらD組は、出し物という出し物は特にないらしく、アイテムとなりそうなものに思い当たりがない。角材などはないだろうか。角材があればライターの火をつけてしばらく照明の代わりに出来る。生憎タクラスの出し物まで把握していないがきっと2年生の中で一クラスくらいあるだろう。なければ一年生や三年生のところを回る他ないが。 それにしてもD組は机の整理整頓がどうやらなっていない。おかげで足をあちこちにぶつけて何か最初から詰んでる気がするのはきっと気のせいではない。ここでその代わりに得られたものは頑丈な紙だけである。代償が大きすぎる。

 結論から言うと、D組以外はどこのクラスも開かず、目的の角材は二年生では入手が出来なかった。

 渋々二階、つまり一年生のクラスへ不法侵入する事を覚悟し、階段付近に来たところで明かりが見えた。

「人……?」

 少しずつこちらに近づいてくるその明かりの持ち主はどうやら人の髪を持っているらしい。人と同じ髪を持ってこそいるが、服装が明らかにおかしい。白っぽい布を無造作に巻いているだけで、それこそ芸術的な絵画に出てくる天使のようである。

 どうする。危害を加える雰囲気があればライターでそのビラビラした布に火をつけて焼き殺すか。そんな雰囲気は今のところ感じられないが。

「ぬぬぬ……」

「あれ、おねえさん迷子ですか?」

 身長は私のほうがはるかに上で、その(服装が)天使のような少年は右手に大きな火をくべた杖を持ち、左手にもたいまつを持っていた。

「なんなの……」

「初めての人に対して第一声が『なんなの』なんて失礼にも程があります!どうせ20年も生きていないペーペーのクセに!」なっ……。

「なんだとクソガキ!私よりもよっぽどペーペーなクセして!」

 極寒の教室に放り込まれて以来の腹の立ちようであるが、次のセリフで怒りの熱が一気に冷めた。

「せっかくここから出る方法を教えてあげようと思ったのにさ」

「すみませんでした、私は迷子です」



「吉原ヴァイスヴァッサー?変な名前」

「僕の名前が変なら白水の名前も十分変な名前になるよ」なぜだ。

「とりあえずどうすればここから出られるんだ」

 あぐらをかきながら、あくびをして答える。

「簡単さ。ここでの人生を終わらせる。どんな死因であれ、僕が君の魂をそちら側に持っていってあげる」

「あら、ワタクシの手元にライターが……」

 こいつ本当は私をおちょくって楽しんでるんじゃないだろうな……。

「冗談じゃないよ、事実だ、事実。僕は他にもどり方を知らない」

 小声で付け足す。「そのために僕までここに連れてこられたんだから……」

「ヴァイサー?さ、『火葬係』って言ってたじゃない、火葬係ってなんなの」

「ヴァイサーなんて呼ばれ方はじめてしたよ、なんかむだにカッコイイし……」

 と観想を軽く口にしてからトーンを下げて言う。

「火葬係は死者の亡骸を抱えて、自分自身に火をつけて身体を火葬して死者の魂を上へ持っていくんです。火葬係はそのためだけに生まれて自分の身体を燃やすのです」

 一人に付き一人が付く。自らの身体に火を放つのは熱く痛く苦しい。

「その為だけに……」

 その為だけに生まれ、子孫を残す。

「カミサマは人間に対して優遇しすぎなんですよ。いつだって苦労するのは、苦しむのは僕たちなんです」

「……なんでそんなシステムを作ったのかね、カミサマだかなんだかも」

 ブータン人は死を恐れない。らしい。もしかしたら違うかもしれないが、大半の宗教では私が信じない死後がある。

「刃物とかないの。首切る」

「……。刃物は……」

 杖の先端、火の灯った所がすっぽり抜け、そこから銀の刃が鈍く光を反射させる。

 それを受けとると首にあて、思いきり引いた。


 *


 そんな悪夢を見たのだから目覚めは最悪である。微妙に首も痛いし。

 意識を失うその直前にはもう少年は服を燃やしていた。耳鳴りのように聞こえたのはもしかしたら彼の断末魔だったのかもしれない。

 目を開けて、現実を始めよう。きっとそこにはいつも通りの日常があるはずだから。

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