寒がり
原付を駐輪場に駐めて、学生食堂に向かって歩き出した。3限が始まるまであと1時間程。朝食兼昼食をここで済ませるのが平日のよくあるパターンになっている。
昼休みの学生食堂はよく混んでいるが、見知った顔がポツンと1人で四人席に座っているのを見付けて、近付いた。
「よう!」
「隣、空いてる?」
「どうぞー」
同じ文学部の啓太だ。いつも友人と一緒に時間を過ごすタイプなのに、1人とは珍しい。
「信次、午後から授業?」
「そう。3限、山下先生」
「あー、あの先生の授業、単位取るの難しくね?」
「んー、まあ、そうだなー」
「俺も昨年受けたけど、『可』だったわー。周りで『良』取れたのって、佳菜子だけだったよ、確か」
「佳菜子って、松本さん?」
そうそう、と啓太はにこやかに頷いた。2人はクリスマスから付き合い始めたらしい。
「俺も前期は『良』だったけど」
「え、マジで?」
「まぁ、後期はどうかわかんないけどな」
箸を割って、いただきますと手を合わせた。
「信次は真面目だもんなー、俺と違って」
「あの先生の講義、面白いよ」
「俺にはよくわからん世界だった」
「そうか?」
「まぁ、講義を受けた理由が不純だし?」
ふと、以前に誰かから聞いた話を思い出した。
「松本さん目当てで講義決めてるって、ウワサじゃなくてマジ?」
うんうん、と今度は真面目な表情で啓太が頷いた。
「お前、馬鹿だろ」
「うるせー。バカップルに言われたくない」
「専攻は一緒?」
「違う」
「やっぱり馬鹿だろ。単位、今でいくつ取れてんの?」
「俺、文学部でホントに良かったわー。来年は必修だけでもいいくらい」
文学部はコース制になっていて、2回生からは各コースから専攻ごとに分かれる。俺も啓太も松本さんも同じ人間科学コースだが、専攻は哲学、地理学、心理学と、やっていることがまったく違っている。専攻ごとに必修科目で取る講義は決められているが、選択科目は単位数さえクリアすればなんでもありと、かなり自由なシステム。自分の専攻の講義を受けつつ、松本さんと同じ講義を受けるなら、相当な数の授業を詰め込んでいることになる。
「大変だねー」
「俺様の努力の結果だ」
「もっと早く告る努力をすべきだったんじゃね?」
「そーだな……」
しばらく無言のまま、啓太はうどんを啜り、俺は生姜焼き定食を口に頬張る。
「信次はっけーん!」
背後に気配を感じて振り返ると、かおるが立っていた。
「空いてるとこいい?」
「どうぞー。俺がいてもバカップルのお邪魔にならなければ」
「ビミョーにオジャマだけど、啓太だから許す」
「そりゃどーも。相変わらず、スゴイ格好だねー」
かおるは極端な寒がりだ。冬になると着られるだけ着込む。頭はニット帽に耳当て、マフラーが首にぐるぐる巻かれている。ニットのコートの下はパンパンになっているから、かなりの重ね着をしているようだ。下はパンツスタイルで、ぱっと見た感じはスッキリしているが、多分その下は同じように重ね着しているはず。保温性の高そうなモコモコしたブーツを履いている。
「だって寒いもん。こんな寒いのに、雪が降らないなんておかしい」
「メシ食べるときは、頭と耳とコートくらいは脱げ」
「やだ」
即答して、かおるは持ち込んだビニール袋からパンとペットボトルを取り出した。封を開けて大きな口でパンにかぶりつく。
「かおるちゃん、次、信次と同じ講義?」
「そうだよー」
「山下先生の講義でその格好はさすがにまずいだろ」
あの先生なら、講義を始める前にチクリと注意されそうだ。チクリで済んだらいいが、チクリチクリチクリぐらいになるかもしれない。
「講義中は頭と首とコートくらいは取るもん」
「当たり前だろ」
「っていうかさー」
啓太が箸を置いてから言った。
「山下先生の講義、文学部棟の201号室だろ? あそこ、一昨日くらいからエアコン壊れてるよ」
「え?」
「昨日、あそこで講義受けたけど、エアコン動かなくて、寒くて途中から俺もコート着たくらい」
「そうなの?」
「学務に聞きに行ったら、故障って言ってたよー。修理はしばらくかかるってさ。かおるちゃん、耐えられんの?」
かおるは頭を左右にブンブン振った。
「サボる」
甘えたこと言ってんな、と頭を軽くコツンと叩く。
「いやーだー。寒いのムリー」
「無理じゃない。冬に寒いのは当たり前」
「ムリムリ、サボる」
「カイロ買って来い。貼ってやるから」
かおるはしばらくブツブツ文句を言っていたが、購買に行って来る、と渋々立ち上がった。
「大変だねぇ、信次」
「お前もそのうち松本さんに振り回されるようになるよ」
「佳菜子は寒がりじゃないから大丈夫ー」
「寒がりじゃなくても、なんかあるだろ」
「まぁ、なんかあるだろうねー。そういうのがまた可愛いんじゃん?」
「……否定はしない」
啓太はニヤニヤ笑って背中をバシバシ叩いてきた。
「んでも、カイロでどうにかなるの? あれ」
「足首に巻き付けて、あと、腹と腰に貼れば、イケる。……多分」
「足首?」
「そう。かなりあったかくなるらしいよ。足先とかもいいらしいけど」
「へえー」
「かおるのことだから、タイツ履いた上に靴下履いてるだろうし、その間に挟む感じでイケるだろ」
「なるほど。んで、それは何情報?」
「ネットに書いてあった」
寒がり対策じゃなくて、冷え性対策だったけど。
「なるほどなるほど。ツンデレかよ、大変だねぇー」
ウケるわーと言いながら、啓太はさらにバンバンと背中を叩いてきた。俺は段々と恥ずかしくなって、顔が熱くなってきた。