エピローグ
御茶之水の一角に隣接する御茶之香に住まいして、御茶之香西斉と名乗る当代随一ではないが、随ニか随三の絵師が、宿下がりした日吉を、一枚絵にした。
しかも、鯔背な若者姿と、可憐な弁天様の二枚組みが評判となり、飛ぶように売れた。
以来、山王の申し子、「弁天の日吉」として、江戸中に知れ渡った。
水茶屋にでも出ているなら、一目見ようと、押すな押すなの大盛況になるだろうが、本人は、捕り物が面白くてやりたがる。
もっとも親は大反対。
山王祭りも無事に終了したある日のこと、本人はどこ吹く風とばかりに、鯔背な若者姿で今日も町内を見回っていた。
一人の虚無僧が近づいてくる。
虚無僧とは禅宗の一派である普化宗の僧であり、剃髪しない半僧半俗の存在である。
虚無僧の様相については、
「尺八を吹き喜捨を請いながら諸国を行脚修行した有髪の僧」とされており、「多く小袖に袈裟を掛け、天蓋という深編笠をかぶり、刀を帯した」と伝えられている。
深編笠に顔を隠し、偈箱は、江戸時代には、天皇家の裏紋である円に五三の桐の紋が入っており、よく知られている「明暗」などとは書かれてはいなかった。
小刀だけを腰に帯び、手に尺八と刀袋に入った小振りの刀を持っている。
日吉の目の前にたち、
「弁天の日吉殿か?」
別に危害を加えられるとは見えないが、用心しなから答える。
「そうですが、なにか?」
「勝手使いで申し訳ないが、故あって顔を出す訳にはいかぬゆえ、貴女にお願い致したい。」
虚無僧は、刀袋ごと日吉に持たせた。
「これを、近藤八郎殿に、お返しして下さい。」
「えっ、近藤様に・・・」
虚無僧は深編笠を持ち上げ、顔を見せた。
「あっ!!」
そこには、髷を切り落とされた風間党の吉川友衛門の顔があった。
第一話 了