柴犬ライダー
無線でその要請を聞いたのは、深夜の巡回中の時だった。私は途方もないあり得ない聞き間違いをしたものと思い込んだまま白バイを駆って現場へ向かった。
(ミニバイクというのも珍しいが……中型犬が運転手だと言っていなかったか? どうやら、これは睡眠が必要なようだ。この件を片付けたら早めに帰ろう)
果たして、指示どおりに交差点の死角で待ち伏せし始めてすぐそのミニバイクを発見することとなる。
クレッシェンドのエンジン音を引き連れて、赤信号の交差点にためらいなく高速で進入する。
車が来てなかったため惨事は避けられたものの、肝を冷やす横断が有無を言わさずおっ始まる。
短く、長い一瞬だった。好きな女の子とのデート中、いきなり彼女が熱いヤカンを頬に押し当ててきた時のような一瞬である。
と突然、小さくずんぐりとしたタイヤが甲高く鳴いた。交差点のど真ん中。妖怪猿の断末魔のような不快極まる音を発散させながら後輪をスライドさせるミニバイク。
その運転手はずいぶん小さなシルエットで、頭は円い、光を弾くヘルメットを被っている(少し安心である)。極端に怪しむべき点として、彼(あるいは彼女)の手足はとんでもなく短く、なんだか小さかった。ハンドルに乗った両手などは、手というよりも棒の先といった形状に見えた。
座席の後部には尻尾が上向きに立っている。
顔は前方に長い。
ミニバイクは高速でターンしている。交差点をステージに変えるかのように、その中央でライトと信号待ちの車に乗った観客の視線を一人占めしている。
クラシックな型のパイプだらけのバイクである。その軽くも味わい深いエンジン音を覆い隠す高音。
キャキャキャキキキキャ!
後輪のみを滑らせる豪快な回頭の間、タイヤと路面からは白煙がもうもうと立ち上っていた。
耳を聾するタイヤの悲鳴がピタリと止む。そしてその瞬間、前後が反転し速度がゼロになりかけたミニバイクからは、思い出したようにエンジンの音が奏でられ始めた。それはなめらかなクラッチの操作によって短い間に心地良く変幻する。低音の唸りから、刹那の空白、あとは段階的に駆け上る七色のグラデーションである。
ミニバイクは来た道を走り去る。
私はその背中を見つめていた。
茶色い毛皮のみをまとったそのライダーは、その時片手を振って私に合図を送った……あるいはそれは幻覚なのかもしれない。
しかしあれは確かに中型犬だった。
私はよく知っている。
あの、ミニバイクも。
私が、買ったものだ。
そう……名前もこの私がつけた。
ミニバイクのミニュちゃんと、柴犬のジョンソニーと。
ああ……ああ……!
ジョンソニーにあんな芸を仕込んだ覚えはない。
少なくとも、彼は無免許だ。
そして、そして彼は紛れもなく……天才だ。