006 聖夜+出会い=永遠
「事故で弟を亡くしてから、父親と母親の仲がぎくしゃくし始めてね」
――どちらが悪いと言うわけではないんだ、と語る彼の手を握り締めて私は先を促した。
あれから、私たちは公園から近くの喫茶店に場所を移して話しをしている。
「うん……ほんの少し、目を離した瞬間の事だったんだ」
家族で出かけた時、彼の両親が一瞬だけ目を離した隙に弟さんは事故にあったらしい。
それから、彼の両親の関係が拗れ始めたのだと。どうして目を離してしまったんだと自らを責め、やがてそれを相手へ向けるようになってしまった。
私に声を掛けた理由も、両親が浮かべていた“辛くて、辛くて、たまらない”って顔と同じだからだったと。
「俺の手前もあるから、頑張っていたみたいだけど……」
それでも限界は訪れてしまい――。
彼は母親に引き取られる事となる。そして彼女は彼を連れ、弟さんを思い出してしまう土地から逃げるように出て行ったと言う。
当時、彼の両親は泣きながら何度も彼に謝ったそうだ。そんな両親を前にして嫌だと言えるわけがない。
(そんな中でも、精一杯、しゅうちゃんは約束を守ろうとしてくれていた……なのに私は……)
何も知らないまま彼を責めて、彼を忘れようとして――。聞けば聞くほどにあの時、彼を詰ってしまった自分が情けなくなって、私は顔を俯けた。
そうすれば、彼は私の頭に手を乗せて「気に病む必要はない」と言う。その言葉に釣られるように顔を上げれば、いつか見た泣きそうな笑顔に私の胸は締め付けられた。
「俺も頑張ったんだけどさ、無駄に両親を苦しめるだけで……そんな時に両親と同じ顔をしてたちーちゃんを見かけて、もしこの子を笑顔にできたなら、両親も笑ってくれるんじゃないかって……」
――ようは自己満なんだ、と自嘲する彼の手をあの時と同じように握り締めて、私は笑った。彼が思い出させてくれた、とびきりの笑みだ。
「全然、自己満なんかじゃないっ! しゅうちゃんが声を掛けてくれたから、私、笑えるようになったの。友達だってできたし、親戚の人とも仲良くできるようになった」
それはきっと、私一人ではできなかった事。彼が手を引いて歩いてくれたからできた事。
切っ掛けがどうであれ、私は救われたのだ。それを、卑下して欲しくない。
彼の少しだけ見開かれた瞳を覗き込んで告げれば、ゆっくりとした瞬きの後、微かに震える声が「ごめん」と言う。ううん、と頭を軽く振って応えれば、握っていた手を逆に強く握り返された。
「ありがとう……」
そうして吹っ切れた表情を浮かべる彼にほっと安堵の息を吐けば、次いで湧いてくる悪戯心。ムクムクと膨れ上がる誘惑に負けた私は、ウィンク付きでおどけてみせる。
「それに、彼氏だってできたんだから!」
「――――っ!? それは…………反則だろ……」
言った途端、彼は目元を真っ赤に染めてそれを慌てて隠した。そんな彼の様子に、私まで恥ずかしくなってくる。だけど、今更言わなかった事になどできないから、怒った風を装って照れ隠しにした。
「……それで、しゅうちゃんはどうなのよ」
私にだけ言わせて! と言うように頬を膨らませれば、長い指で抓まれて「ぶふぅー」っと間抜けな音が唇から零れる。
……この瞬間の心情を言い表す言葉は、おそらく――ない。真っ赤になって声もなく口を開閉する私は、餌を求める鯉の図、だった。
クスクスと肩を揺らす姿を恨めし気に睨み付ける事しかできないと言うのに、一頻り笑った彼は――。
「…………俺もできたよ、とびっきり可愛い彼女がね」
……と、私にとって、これ以上ない爆弾を落としてくれた。顔だけと言わず、全身、爪の先まで熱い。自分から仕掛けたくせに、今はそれをちょっとだけ後悔していた。――が、それも沸き上がる歓喜ですぐに塗り替えられた。
(う、ううう嬉しいけど、嬉しいんだけど、凄く、恥ずかしい……!)
沸騰した頭でごちゃごちゃ思い身悶えて、彼が握る手に力を込める。さっきまで冷たかった彼の手も、今は燃えるように熱い。まるで私の熱が移ったみたいに……。それがまた喜びに変わり――。
私たちは無言で瞳を合わせ、更に深く指を絡め、微笑みあった。
――今度こそ、この指が、温もりが、笑顔が消える事はない。
きっと、永遠に――。
―――― fin.
……おまけ……
「……そう言えば、しゅちゃん、私のケー番、知ってたっけ?」
「…………ちーちゃんがゲーセンを飛び出した後、飯島に聞いた」
「香織に? そっかー。香織、落ち込んでなかった?」
「……いや、元気に杉山を殴ってた」
「えっ……!?」
「俺も殴られそうになったよ……“千紗の仇っ!!”って」
「だ、大丈夫!? しゅうちゃん怪我は……」
「大丈夫。何とか手で受けられたから……しばらく手が痺れたけど……」
「そ、そう……でもそれで、よく教えてくれたね」
「事情を全部説明したら、何とか」
「そっかー……じゃあ、香織に全部知られてるんだ……なんか、恥ずかしいかも」
「俺はちーちゃん泣かしたら、再起不能にするって言われたけどな……」
「………………」「………………」
……おわり……
最後までお付き合い下さり有り難うございます。
連載中、予想以上のお気に入りに、私自身びっくりしていました。
本当に有り難うございます。
以下は簡単なキャラ設定です。
●浅海千紗/21歳
・少し抜けてるヒロイン。
・ゲームがやたらと強い(ただし、クレーンゲームを除く)。
・幼い頃に両親を事故で亡くしている。
・両親は駆け落ち同然だった。その為、親族からはよく思われていない。
・姉夫婦に同情的だった叔母(ヒロインの母親の妹)に引き取られるまで、親族中を盥回しにされていた。
・幼い頃に出会った修一に恋をするも、それを恋だと自覚する前に別れる事に。この時のショックから、記憶に蓋をしてしまう。
・ちなみに7月生まれ。
●葛城修一/20歳……旧姓:結城修一
・少しヘタレなヒーロー。
・クレーンゲームが得意。
・幼い頃に弟を事故で亡くし、両親の関係が悪化。両親の間を取り持とうとするが失敗。
・そんな時分にヒロインを見かけ、彼女を笑顔にできたなら両親も笑ってくれるはず……と考え、声を掛けるに至った。
・両親の離婚により、名字が結城から葛城に変わっている。
・以前よりヒロインの事を探していたが、同じ大学に通っていると知ったのは入学から二年後。
・ちなみに2月生まれ。
●飯島香織/21歳
・ヒロインの親友。ヒロインと同じ大学に通っていたが、専攻が違っていた為、学内で会う事はほとんどなかった。
・空手やら合気道やらの段持ちで、腕っ節が強い。
・以前から杉山に口説かれており、満更でもなかったが、面白半分に語られたヒロインの一件で見限った。
・ヒロインに電話している傍で、杉山をボコボコにしていたらしい。
・ヒロインの電話番号を聞きに来た修一をも殴り倒そうとした。
・ちなみに4月生まれ。
●杉山
・ヒロインの彼氏だったが、本命は香織で、ヒロインはそれまでの繋ぎだと思っていた。
・ヒロインと香織が親友だとは知らずにちょっかいを掛け、後に怒り心頭の香織にボコボコにされた。
・修一とそれなりの付き合いがあったが、ヒロインとの一件から縁を切られた。
・大雑把な性格で、事ある毎に修一に頼っていた。縁を切られた後は、今まで頼っていたツケが巡り巡って留年した。
・そんな、台詞すらない、ただの当て馬。




