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聖夜の出会い  作者: 幸守舞
11/12/24〜25:聖夜の出会い【浅海千紗】
6/8

004 疑問+告白=真実

「……………………」

 無音の携帯をしばらく耳にあてたまま、私は茫然と立ち竦む。

「……ズルいよ、修一くん」

 ポツリと呟けば、カタコトと音を立てて私の心は転がっていくのがわかり、苦笑を零してしまう。

「私、馬鹿だから、あんな風に言われたら……」

 昨日、脱ぎ捨てたままの状態で床に広がっていたコートを掴むと、戸締りもそこそこに、私は家を飛び出した。

 白い息を吐き出しながら私は走る。数分で辿り着いた最寄り駅。運よく停車していた電車に飛び込んだ。

 目指す場所は決まっていた。そこに彼はいると。根拠はなかったけど、確信ならあった。

 女の勘とでもいうべきか、出会った公園のベンチで空を仰ぐ彼を見付けた時は、思わず笑ってしまった。

 そして、私はジャリジャリと音を立てる砂をブーツで蹴散けちらして進む。人気ひとけのない朝、それだけ音を立てれば空を仰いでいた彼も顔を上から前に戻し――固まった。

 目を見開いて「信じられない」といった表情で見上げる彼の視線を、ベンチから二、三歩手前で止まった私が受け止める。

「………………」

「………………」

 絡まった視線は外れることなく、私は彼を、彼は私を見続ける。そうして私も彼もなにも言わないまま、数分が過ぎた。

 ……いつまでも続くような気がした沈黙も、驚きから立ち直った彼が零した声によって破られた。

「……ど、して」

 掠れた声は聞き取り難くあったが、一言ぐらいならば唇の動きで読み取ることも容易かった。そして、そこに込められたであろう色んな思いも。

 例えばそれは疑問であったり、恐れであったり、期待であったり――。

 困惑の抜け切らない彼がなんだかおかしくて、私は少しだけ笑い目を閉じた。そして考える。……どうして彼に会おうと思ったのかを。

(どうしてかな? どうしてだろう?)

 彼との関係を最後にすることだって多分できた。

 なのに、それをしなかったのは、彼のすべてを否定できるほど、私が彼を知らないから。

(……だからそう、知らなければいけない気がした)

 その結果、傷が増えることとなっても。知らないことで、いつの日か後悔してしまわないように、大切なことを見すごしてしまわないように。

(なにより、私が目で見て、肌で感じた真実といえるもの――昨日の数時間は、とても、幸せだった)

 そうして出した答えに私は一人頷いて、再度、正面に座る彼を見詰め問う。

「昨日は……私も楽しかった。それが嘘でもホントでも――――だから、教えて」

 ……彼は言った。私を騙すつもりはないと、傷付けたかったわけでもないと。

(なら、どうして――?)

 揺れる瞳を覗き込むように見詰めれば、それを隠すように彼は俯き足元に視線を落す。

 それから肩を震わせるほど大きく息を吐いた後、ポツリポツリと言葉を紡ぎ出した。

「ずっと切っ掛けが欲しかったんだ。千紗と話す切っ掛けが」

 時折、こちらを伺うように挟まれる間に「うん」と小さく相槌を返し私は先を促す。

「千紗は……いつも杉山と笑ってて、俺がすぐ隣に座っても全然気付いてくれなくてさ」

 告げられる内容は、とても衝撃的で、そんな時でも場合でもないのに、私は頬に朱を上らせてしまう。

 俯く彼はそんな私に気付かないまま、話しを続けていた。

「それでもいいと思ったんだ。大学で、たまに見かけるだけで十分だって」

 一呼吸置いた彼は、膝の上にあった手のひらを握り込んだ。その際、穿いているジーンズの一部も巻き込んだのか生地に皺ができる。

「それなのに、杉山がゲームを……千紗で遊ぶとか言いやがるから……!」

 それから吐き捨てるように発せられた声は、紛れもない怒気を含んでいて――それを聞いていた私は、冷水をかけられたようにサッと頬の熱が引いていくのを感じた。

「我慢できなくなって、俺が奪ってやろうって」

 ぎゅっと布の擦れる音と共に、ジーンズに付けられた皺がさらに深くなる。

「杉山を許せないと思っていたのに、いつの間にか浮かれてたんだ、俺」

 握り込む手に、強い力を使っている所為か、はたまた別の理由か、彼は時たまその肩を震わせていた。

「ずっと千紗に話しかけたくて、でもできなくて。それがやっと叶うんだって」

 なのに――と重ねられた彼の声音に、私は胸を締め付けられる。

 気が付けば、右手でコートの胸元辺りを掻き集めるようにして握り締めていた。

「結局、千紗を傷付けて泣かせて、あの時と同じまま……」

(あの時――?)

 彼の物言いに引っかかりを覚え内心首を傾げるも、理由はわからないまま。ただモヤモヤとしたなにかが胸の内に広がっていく。

(……なに、これ)

 ……私はなにか、なにか大切なことを忘れてはいないだろうか。

 そんな、漠然とした焦燥感にドキドキと鼓動は早く、握り締める右手はじっとりと汗ばんだ。

「……約束をしたのに」

 約束――その言葉に私の胸は、ドキリと一際ひときわ大きく音を立てる。

「迎えに行くって」


『そんなの信じられないっ!! しゅうちゃんのバカっ、嘘吐きっ!!』


 それは、一体、誰の言葉であっただろうか……。

「たとえ信じてもらえなくても、俺の独りよがりだったとしても……」


『そんなの信じられないっ!! なにが悲しい思いをしたもの同士よっ、嘘吐きっ!!』


(あぁ…………)

 あの時の彼の傷付いた顔によく似た誰かを、私は知っている。

 あれは、そう――悲しくて悲しくて、蓋をしてしまった幼い頃の記憶。

 その中の誰かが『ちーちゃん』と、私を呼ぶ。

(ううん。私は、知ってる――あの声は――)


「……しゅう、ちゃん」


 思わず出してしまった声に、俯いていたはずの彼が、弾かれたように顔を上げた。

「千紗……?」

 まるで、なにかを期待する眼差しを向けられて――。


『ぼく、ゆうきしゅういちっていうんだ』

『あっ、俺は修一、葛城修一。こちらこそよろしく!』


 記憶の中の幼い彼が、目の前の彼と重なった。

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