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はぐれヒツジ  作者: えむ
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第5章

 そうして俺たちは、2時間ほど電車に揺られて『帝京夢ランド』という遊園地に到着した。

 来る途中で気付いたのだが、折原の姿は案外誰にでも見えるようだ。切符なしで改札を通らせようとしたら駅員さんに止められた。

 浮いてるところを見られでもしたら厄介なことになる、と思い冷や汗をかいたが、歩くときは普通に歩いていてくれたので何事も無くなんとか目的地に到着した。

 ここに来ることは昨日電話した友達の入れ知恵だった。奴曰く『女の子楽しませたいならここじゃね? 明日平日だし』とのことだった。

 そう、今日は月曜だった。おかげで来客は少なかった。授業をサボる羽目になってしまったが。まあ今日はテストの日程がなかっただけでも良しとする。

「へぇーすごーい!」

 折原が夢ランドの入口を見て感嘆とした声を上げる。

 確かに色々と装飾が施してあって金がかかってそうだ。

「ここ来たの初めて?」

「はい、小さい頃行きたいとは言ってたんですけど両親は連れてきてくれなくて」

「そっか」

 何も言えなくなる。

 それでも無理矢理言葉を引き出した。

「まあ、俺もそんなに詳しいわけじゃないからまったり回ろうぜ」

 そう言ってチケット売り場に向かって歩き出そうとするが後ろから服を引っ張られて停止する。

 折原が不思議そうな目でこっちを見つめていた。

「目立つのにとっておきの場所って……」

「ああ、あれ嘘」

 俺はニヤリと口元を歪める。

 そのまま手を引っ張り彼女をチケット売り場まで引っ張っていった。

 彼女は少し頬をふくらませていたが気にしないことにした。


「見て、ニッキーがいる!」

 折原は入場するとすぐに目を輝かせてマスコットキャラクターを指差す。

 これは予想以上の反応だ、と内心でほくそ笑む。

「握手でもしてくれば?」

「え、でも……」

「いいんだよ。ほら、暇そうじゃん」

 そう言って彼女の背中を軽く押してやる。

「うん、行きましょう!」

 彼女は俺の手を引っ張ってニッキーの元へと歩き出した。

「俺も行くのかよ……」


「さて、何乗ろうか」

 ニッキーとの握手を終え、満足そうな顔の折原に場内マップを見せながら尋ねた。

「私、何でもいいです。金子さんが乗りたいやつに」

 まあそうくるとは思っていたが、少し考える。

 乗りたいやつと言ってもな……

「ジェットコースター大丈夫?」

「私ジェットコースター乗ったことないんです」

「え、そうなの?」

「はい、中学に入ってからずっとひきこもってましたので……」

「じゃあ乗ってみる?」

 俺は少し遠くに見える小さめのジェットコースターを指差す。

 見ると、やはり折原は不安そうな顔をしていた。

「怖くないですか?」

「ここのジェットコースターはそこまで怖くはない、らしい」

 そう言って俺は少し苦笑いした。まあ他人の受け売りだから胸張っては言えない。

 彼女はうーん、とうなりながら腕を組んで考え込んでいる。

「まあとりあえず行ってみようか」

 そう言って白く細い腕を掴んでさっき指差した方向へ歩き出した。


 ジェットコースター乗り場までたどり着くと、早足で受付まで折原を引っ張っていく。

 だが、平日であるのが幸いしたか、そこまで人は多くなく、並んでいる人は数人だった。

「これならすぐ乗れそうだな」

 ひとまず安堵して一息つく。

 昨日友人に待ち時間は特に気をつけるように言われたからだ。会話が途切れて気まずい雰囲気になると最悪だと。

「なんか意外と高いですね」

 折原はコースターのレールを見上げてつぶやいた。

 彼女の肩が少し震えた。

「怖い?」

「ええ、少し」

「ま、初めはそんなもんだよ」

 その時、コースターが発着所に戻ってくる。

 俺たちは係員に案内され、コースターに乗り込む。

 安全確認が終わり、コースターが発進し、急なレールの坂を登り始める。

「落ちるときに大声で叫べば目立てるかもよ?」

 俺は意地悪く横に座っている折原に耳打ちする。

 彼女は頬をふくらませて、ぷいとそっぽを向いてしまった。

 その瞬間、コースターが下に向けて傾き、今登ってきた高さを一気に下りはじめた。

 横に服を引っ張られる感覚で横を見ると、折原ががっちりと俺の袖を掴んでいた。

 その顔は恐怖で少し歪んでいた。

 思わずニヤリとするが、すぐに眉をひそめた。

「きゃああああああああああああああ!」

 彼女は突然嬉しそうな顔をしながら大声を上げた。

 鼓膜が破れるかと思った。


 その後も、俺が折原を引っ張りまわす、といった感じでアトラクションに乗ったり食べ物を買って食べたりした。

 彼女は嫌がる様子もなく俺についてきて楽しそうにしていた。一昨日、彼女を初めて見てから1番表情が人間らしい気がした。

「お、パレード始まるみたいだ」

 そう言って次は彼女をパレードの通る道に引っ張っていく。

 遠くからだんだん音楽が聞こえてくる。

 よく見ると、パレードの列がこちらに向かってきているのが見えた。

「ほら、あれ」

「ホントだ、すごい!」

 前方はパレードを見ようと集まった人で混雑しており、彼女は背伸びしてもっとよく見ようとしていた。まあ浮いているのだが。

 と、その時突然折原の身体が傾き、前に倒れそうになった。

「ひゃあ!?」

「すみません!」

 後ろから男性と女性の声が聞こえてくる。

 折原の足下を見ると5歳くらいの女の子が尻餅をついていた。

 どうやら女の子が後ろから突っ込んできてしまったようだ。

 折原は、というとなんとか態勢を立て直し倒れずに済んでいた。

 だが、お尻の辺りに何やら白いものがついてしまっていた。

「冷たー」

 見ると、5歳女子の左手にはソフトクリームらしきものが握られていた。

 どうやらそれがぶつかったときに折原についてしまったようだ。

「本当すいません」

 駆け寄ってきた親と思われる男女がペコペコと頭を下げてくる。

「あ、大丈夫です。こちらこそ……」

 折原は折原でなぜかペコペコ頭を下げている。

「ほら」

 俺はハンカチを取り出して折原に渡してやった。

 ペコペコ頭を下げながら親子が去っていく。

「大丈夫か?」

「うん、たぶん」

 いつの間にか、パレードはすぐ目の前まで来ていた。

「わあー」

 折原は再び背伸びして、パレードの方に向き直った。

 だがその表情はさっきまでより少し曇っていた。


 パレードはすっかり見えなくなってしまって、周りにいた人もぞろぞろと散らばっていった。

「次、どうするか……」

「金子さん、ちょっとトイレ行ってきていいですか?」

「ああ、いいよ」

「ちょっとさっきのソフトクリームのベトベトもついでに洗ってきます」

 見ると、折原の顔が少し赤っぽくなっているように見えた。

「じゃあ、あのベンチに座って待ってるよ」

「はい……」

 そう言うと彼女は小走りでトイレまで走っていった。

 よっぽどトイレに行きたかったのだろうか、そんなことを考えながらベンチのところまで歩いて行き、腰掛ける。

 そのまま、約10分が過ぎた。

 折原は戻ってこなかった。

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