20-WRと駒-
「いいよ。好きにしろよ」
音河の勧誘に関しては割と簡単に承諾を得た。
「俺や嘉島や東を助けてくれたお前には返しても返しきれない恩がある。お前の久しぶりのワガママだからな」
という言い分だった。
「それなら、俺も東先輩や今日元さんを助けるのには尽力したんですけど……」
「お前には謙虚さが足りん」
自己主張したら、叱られてしまった。
「……ありがとうございます」
それだけで俺達はWRを後にし――――ようとしたのだが、
「嘉島。ちょっと残れ」
と、今日元さんに止められた。
俺だけ残って、今日元さんのチェスに付き合った。
「何すか?」
駒を動かしながら話す。
「ん?いや、まぁ……ちょっとな」
「今日元さんにしては言葉を濁しますね」
俺の言葉に少し間を空けて、今日元さんは言った。
「……アクターが発動してすぐの人間の心は不安定なんだ。表面で元気そうでも、案外、中はズタズタだったりする」
夏休みを思い出す。そういえば、東先輩や今日元さんは長い間アクターとつき合ってはなかったな……。
「彼女の力になってやれ」
今日元さんは俺に向かって言った。
「……それは幼なじみの隼人や同性の虎郷の出番じゃないですか?」
「あぁ、そうだな」
「だったら――――」
「だからこそ、だ」
俺の言葉を遮るように言って、真っ直ぐ俺を見る。いつもなら照れていたが、今はそんな空気じゃない。
「彼女に今1番必要なのは、新しい環境だ。海馬は金持ちだから同じような空気を醸し出す。虎郷は同性。隼人に至っては、幼なじみだ。新しいのは場所だけ。周囲は何1つ変わっていない」
……なるほど。不安定な心を治すには、自然の中に行ったりするなぁ。似たような感じで、環境を変える……というわけか。
「でも、それなら東先輩でもいいんじゃ――」
「てことは、嘉島でもいいよな?」
……言い返したいが、一理ある。
「同年代ってのもピッタリだ。それに――」
と。
そこで1度口ごもる。
が、結局は最後まで言った。
「それに、お前と共通の話題があるだろう」
「…………」
「音楽だよ」
「俺は……音楽には疎いですから」
「避けているだけだろう?」
「……それは……」
「逃げずに受け入れろよ。お前はもう受け入れられるだけの器があるはずだ」
……。
確かに最近は仲間意識も芽生え始めた。受け入れられるキャパシティも増えたはずだ。だが――。
「それに、響花って名前も、お前の姉さんの名前を連想させるだろう」
「……でも、俺は――」
「チェックメイト」
見ると、俺の駒が完全に追いつめられていた。
「今のお前は過去に支配されて、こんな感じになっている」
俺のキングを指差す。
「…………」
「でも、支配を超えれば、勝てる戦いもあるさ」
と今日元さんはチェス盤を投げ捨てた。
「心配するな。お前の王城はしっかりしてる。虎郷は統率力もある。海馬も力強いし、東はいつも通りに頼りになるよ。さらに、音河まで入ってきたんだから、後は嘉島が努力するだけだよ」
「それだと、今日元さんが入ってませんよ」
「俺は最強の駒を使って戦うプレーヤーだよ」
と、今日元さんは快活に笑った。
「……フッ……」
俺も思わず笑う。
「じゃ、後は任せたぞ。兵士」
「了解」
そして俺は今度こそ、WRを後にした。