04-つまらない世界-
未来は変えられても、運命は変えられないらしい。
それは、+の未来を-にしたとき、未来は「変わった」と言える。
しかし、未来が変わったというその事実が「運命」である。ということらしい。
だから未来を変えることに意味なんて無いのである。
それでも変えようとしているのだった。
彼女の言葉を、頭の中で反復する。
変わらない 未来なんて つまらないから
俺と虎郷はまた、夜道を歩き始めた。
9月10日(土)の真夜中0:00頃である。
「歩いていたら、彼女が何か、見るかもしれない。それ待とうよ」
そう、隼人は言って、俺たちより先に外に出た。一体何をしに行ったのか。
「早く行くわよ」
虎郷にそう急かされて、俺も遅れて外に出た。
結局、今は俺と虎郷の2人で歩いている。しかし、何故だろうか。
俺自身が、この2人組みをもし見たとしても、この2人がカップルだとは思えないだろう。
違和感。
それは、俺は感情というものに渇いていて、それを潤す気もないから。
そして、彼女にとって、俺という存在はただの道具に過ぎないからである。
特に何を話すでもなく、歩いていた。
ので。
とりあえず先ほどの話を回想することにした。
「『フューチャー・ライン』」
隼人は重々しく口を開いた。
「先ほど君が言ったとおり、君の能力は『未来予知』だ。そして、それは便宜上『フューチャー・ライン』と呼ばれている。こういう能力者は原型だから、サイコキネシスが使えるね」
隼人は続けてそう言った。
「フューチャー・ライン?」
まぁ、当然の結果、虎郷は聞き返す。
それを待っていたように、隼人は答えた。
「未来に向かっていく道を見ること。という意味で未来を見る能力をそう呼ぶことにしたんだそうだ」
と隼人は言ってから、
「君は一体どんな未来を見てきたんだ?」
と唐突に質問した。
「答える必要は無いわ」
「あぁ。それもそうか。ソウメイ君」
「おう」
と。
俺は、彼女の手を取った。
流れ込む。
脳の中に。
「………銀行強盗、落盤事故、電車の脱線………本当に、事件や事故だけだな」
「!」
虎郷は俺の手を振りほどく。
「うぉ!」
俺の腕を下に向かって振りほどいたことによる衝撃で、俺は縦に1回転した。そして滞空状態にあった俺を彼女の右腕が的確に狙う。
「痛ェ!!」
俺は、隼人の横のソファーに激突した。
昔読んだ少年バトル漫画を思い出す。滞空中に攻撃を受けるのは何だかんだ初めてなような気がする。
「どうやら怒らせると怖そうだね。何か格闘技でもやってんのかな」
隼人は冷静に分析している。怖そうと言っている割に全然怖そうに思ってないようだ。
「その辺は後で聞いてみるよ」
痛みを我慢しつつ体を起こすが、ソファーからは動きたくない。ダメージは案外でかいのだよ。
「あなた・・・・・・何?」
何 というのは相変わらず変わっていない。
そう、それでいい。俺たちは、何かなのだから。
「この力は嫌いだ。だから、言いたくはない」
「そ」
………淡白な女だった。
「で」
隼人が口を開く。
「君は、その事件・事故に関わったわけだ」
「えぇ。それらに関わった人たちを助けようとした」
「……『ようと』ってことは、つまり」
「そうよ。一度も成功したことはないわ」
隼人の言葉を遮るように、続きを虎郷が言った。
「んー・・・・・・そもそも、願ったらなるようなタイプの力じゃないんだけれど・・・・・・」
そう言って隼人は考えるような素振りを見せる。
演技のような白々しさも感じるが、本気で思っているようにも見える。
それから、隼人は笑って
「ちなみに、君の名前の漢字は?」
と、尋ねた。
「『虎』に故郷の『郷』、火と水で『火水』で虎郷火水よ」
彼女は、そう言った。
「そうか。わかった」
どうも早々と分かっていたようで――つまり、先ほどのは演技に近かったようだ――そう呟いた。
そして、重々しく隼人は口を開いた。
「『ファントム・ダーツ』」
と。
「どうやら珍しいタイプのようだよ」
「どういうことだ?」
隼人の発言に、彼女本人より先に質問する。
「彼女の能力は『フューチャー・ライン』の進化・・・・・・というよりは、派生形に当る、『ファントム・ダーツ』だ」
隼人は笑った。
「君は『ネーム』だよ」
そう言ってまた笑った。
「『ファントム・ダーツ』は、悪い事件・事故限定で見る能力さ。そして、この能力を持った人には、ある程度の『意志』が存在する」
「意志?」
今度は虎郷だった。
「そもそも、『フューチャー・ライン』は、自分の得することに寄って行き、自分の不利益なところには、近づかないためにあるのさ。そういう自分勝手な能力なんだよ。でも君は、不利益なことに近づいていく。自分が危ないとわかっていながら、守ろうとする。だから、『フューチャーライン』は、『彼女は不利益なもの行く習性がある。なら、そちらに偏ればいい』という判断に変わって、『ファントム・ダーツ』に変わったのさ」
「待てよ、隼人」
俺は隼人に疑問をぶつける。
「そういうのは、まぁわかったけど。じゃあどうして『ネーム』になるんだ?そういう存在、性格ってことで、『ミラー』になるんじゃないのか?」
俺の質問に隼人は
「『こさと』だよ」
と簡潔に答えた。
「どういう意味?」
当の本人、虎郷が聞く。
「『こ【ざ】とへん』に火と水で『阦』と『阥』なんだけど、これは旧字体なのさ。これらは『陽』と『陰』という事。おそらく『陰陽師』だろう。『易者身の上知らず』って諺は有名だけど、実は、ほぼ同じ意味で『陰陽師身の上知らず』って諺もあるんだよ」
「あー悪ィ。その『易者身の上知らず』ってのを知らないんだけど………」
「『易者身の上知らず』というのは『占い師は他人のことは占う事が出来ても、案外自分の事は知らないものだ』という意味よ。話に水を差さないで、黙ってなさい」
怖いなー。
隼人と何処となく似ているような気がする。
えーっと、つまり『虎郷』のというのは『こざとへん』のことを表していて、それに『火』と『水』が合わさる事で、『陰陽』の旧字体を現している。それが諺になっている。
ってことで大体合っているな。よし。
「つまり『未来を見る私自身が、自分の事を良く分かっていない』ということ?」
「いやいや、まだまだ君の名前には、秘密が隠れているよ。ネームの中でも多いほうだね・・・・・・」
「『虎の尾を踏む』だよ。危険な事をわざわざ行う、危険を冒すということ。そして、『郷』という字。『三つの郷』の『六行』にもあるような性格が君には現れているようだ」
当然、俺が不思議そうな顔をしていると
隼人は
「後で自分で調べたまえ」
とため息をした。
「つまり、君の能力である『ファントム・ダーツ』は、君の名前から起こったんだよ」
隼人はそう言って締めくくった。
かと思うと、「それにしても」と続けた。
「ここまで言いえて妙な、名前は珍しいよ。この能力を手に入れるために生まれたといっても過言ではない。さらに君は、悪い出来事に首を突っ込む習性がある」
「・・・・・・・・・・・・」
「さっきも言った通り、そもそも、『未来予知』は、自分の得することに寄って行き、自分の不利益なところには、近づかないためにあるんだよ。そのために、アクターの原型としての『サイコキネシス』も使うことが出来る。それなのに、君は首を突っ込んだ。結局のところ、君の責任なのさ。結局一人も助けられないのに、人を助けようと努力する。無意味な事をするもんだよ、全く・・・・・・」
そして。
「自分の事も知らないで、勝手な事やるなよ」
隼人は、冷たく言った。
その発言にしばらく沈黙が流れたが、
「………つまらないから」
虎郷はそう呟いた。
「何が?」
・・・・・・隼人は聞いた。
「変らない未来なんてつまらないから」
彼女はもう一度。
しかし強く。
そう呟いた。
「こんな未来はあってはいけない。欲しくない。見たくない。だから私は何と言われようと、事件を止める。人を助ける。人が死ぬなんて………嫌だから」
そう言って、身を翻して玄関に向かった。
「ありがとう。私の力もよく分かったし、私がどうするべきかも分かったわ」
まぁ、あなたの言う通りにするつもりもないけど。
虎郷はそう続けると、リビングの扉に手をかけた。