60-人心-
「本日はお越しくださいましてありがとうございます」
「まるで貴方の家のように言いますね」
隼人はそう言ってほほ笑んだ。
「まあ、一条字様のいらっしゃる場所が私のいるべき場所ですから」
対して楊瀬さんは生真面目に答えた。
そのまま楊瀬さんは廊下を進んでエレベーターのボタンを押した。
「しばらくお待ちください」
そう言って楊瀬さんは正面を見たまま黙り込んだ。
数秒後、エレベーターが到着した。
「どうぞ」
そう言って楊瀬さんは俺と隼人を先に入れてから、中に入って⑥の数字を押した。
エレベーターが動き出す。
「どうもありがとうございました」
突然楊瀬さんはそう言った。
「はい?」
「一条字様のことですよ」
「……僕は助けられてはいませんよ」
「いえ、少なくとも自らの呪縛からは解放されたと、そう思いますよ」
「呪縛って……そんなに怖いものではないでしょう」
「どうですかね。ともかく、感謝はしていますよ」
そう言って楊瀬さんはほほ笑んだ。
と、ほぼ同時にエレベーターが到着した。
楊瀬さんはエレベーターの『開く』のボタンをずっと押していた。俺たちが出るのを待っているらしい。心配りがしっかりしている。
俺と隼人が出てから楊瀬さんもエレベーターから出る。
そして先を歩いて、621号室の前で止まった。
「ここです」
「ありがとうございます」
「いえ」
楊瀬さんは扉を開けると、俺たちが入ったのを確認してから扉を閉めた。
楊瀬さんは入ってくるつもりはないらしい。
「王城か」
と、中から声が聞こえた。
「ええ」
俺たちは中に入る。
そこには、椅子に座った一条字先輩とベッドに横たわって目を瞑っているシオさんが居た。
「見事助け出せたようで、安心です。正直偉そうなこと言っておいて、一条字先輩が居なかったらどうにもなっていませんでした」
「いや、貴様が目を覚まさせてくれた。ちゃんと周りを見なければならないということを教えてもらったさ。手始めに、コイツの――シオの復活を待ちたいと思う」
一条字先輩はそう言ってシオさんを見つめた。
「今寝たばかりだからな、できれば起こさないでやってほしい」
「分かりました」
そう言って隼人は持っていた果物と花を一条字先輩に渡した。
そのくだりの中で、俺は買ってきた物を病人用のテーブルに置いてカーテンを開けてと色々なことをしていた。
こうしてシオさんを見ると、姉を思い出す――もちろん、この選挙期間中も定期的に行ってはいたのだが、最近は隼人たちと一緒にいることが多く、母さんや妹、兄さんに任せっきりになってしまっている。
そう言えば、家族とは最近全然会っていないな……。ごたごたも醒めたところだし、一度家に顔を出そうか。
「……そうだ、王城、嘉島」
一条字先輩が言った。そういえば、一条字先輩が俺たちを呼ぶのにフルネームじゃなくなっている。心の壁が取り去られたということだろうか。
「選挙も終わったことだ……結果的には俺たちの負けなわけだから、お前らに会長の位置を譲らなければならないだろう」
「……」
「しかし、大丈夫か。俺の時のように簡単には行かないだろう。そして俺は失墜した身だから、これからが危ないが……まあ、それは俺でなんとかできるが」
「ご心配なく、大丈夫ですよ。ちゃんと策がありますから」
隼人はそう言って笑った。
「一週間後には完治するらしいので、学校でその日に正式発表といたしましょう」
「そうだな。では、また会おう」
隼人は病室を出て行った。
俺も2人に一礼してそのまま病室を出ていく。
そして一週間後。