58-幕-
「起きろ、海馬」
2、3回横腹をける。
反応がないので、もう一度。
「うぇけ」
「なんだその鳴き声」
海馬は静かに目覚めた。ことにしよう。
「起こし方としては雑過ぎるな……」
海馬は起き上がると、腹部を押さえた。一条字に狙われた傷がうずくのだろう。
「今、お前が蹴ったんだ」
「……さて、虎郷を起こそう」
「もう起きてるわよ」
そう言って俺を一瞥して、虎郷は雅のほほを何度か軽く叩いた。
「起きないのか?」
「一番油断していたようだから。恐らく、モロにくらっちゃったのね」
そう言って虎郷は、雅を背負う。
「ちゃんと言って聴かせたつもりだったが……」
「そういうところでは機転は聞かないらしいな」
海馬の発言に俺は続けると、雅を軽く見てから隼人の方を見た。
隼人は一条字――先輩と話をしていた。
「……負けたか」
「すぐに起きられましたが、一度気絶すれば負けだそうなので」
「……」
「次戦ったら負けますけどね」
「かもしれんな……」
一条字先輩は空を見上げている。
『終わったかぁ……』
気だるそうな声がしたかと思うと、放送からだった。
『管理委員会担当の、道理場 瀬文だ……。乱の奴がやらかしたようですまない……』
発言の割に全体的にだるそうである。
すべてのことを形式的にやっているような、そんな印象を受けた。
『全員一度気絶したから……生徒会チームの負けだ……』
「そう……か」
一条字先輩は言った。
『音河は後で解放する……もっとも……気を張りすぎて眠ってしまっているがなぁ……』
放送の声は少し笑っているようにも聞こえた。
いや、それよりももっと……事態は深刻か。
「間に合いませんでしたか……」
楊瀬さんの声がしたので振り向くと、楊瀬さんは入り口のところに華壱と籠目さんと一緒に居た。
『……時間だ……』
屋上の中心部が開いた。
そしてそこから1つの十字架が上がってくる。高さは10メートルはあるだろうか。その交差部分にシオさんがいるのが見える。
『……さぁ……敗者には罰を、だ……』
「……」
一条字先輩はその発言を聞いて目を瞑った。
「何やってるんですか?」
隼人が一条字先輩に尋ねる。声を大きくして少し強調して。
「敗者の定めだ……王の失墜としての……報いだな」
「……貴方はそこから考え直しましょう」
隼人は一条字先輩の横に座った。
「王だとか、勝ちとか負けとか……そんなのは関係ありません。どこにそんなのが関係するんですか」
「……何が言いたい……」
「楊瀬さん、華壱君、籠目さん……そしてシオさんは、貴方が王だから――貴方の命令だから一緒にいるわけではないでしょう。少しは考えればわかるでしょう」
「……だったら……何だというんだ……」
「他人のために必死になる人なんていません。それはただならぬ他人ではないから。貴方の威圧感に屈している家来や兵士ではありません」
隼人はそう言って隼人は立ち上がる。
「子どもの頃貴方に助けられた。その一点だけが、貴方たちの絆です。いくら駒扱いされても、いくら見下されても、その過去が貴方たちを縛る……当然、いい意味で」
隼人は歩き出した。
そして、振り向く。
「じゃ、今やることは何か。そんなの決まってますよ」
一条字先輩に諭すように隼人は言うと、そのまままた歩みを進めた。
『カウントを始めます。9』
「よし、やるか」
海馬は大砲を持った。
『8』
「拳でどうにかできるとは思わないけど」
虎郷はそう言って雅を静かに降ろす。
『7』
「破壊は得意じゃねぇんだけどなぁ」
呟きつつ俺も左手を構えた。
『6』
「お前ら……何するんだ!?」
華壱が叫んだ。
『5』
「逆に黙ってみてるっつーのか?」
海馬は笑う。かなり楽しそうに。
「え……!?」
「この時間がもったいない。早く始めてくれ」
隼人が言う。俺もうなずく。
『4』
そこで俺たちは同時に動く。
俺は左手で十字架の下の方から崩していく。俺が崩して弱ったところを虎郷が叩く。
海馬はスイッチを連打して様々な兵器を発砲する。
ちなみに隼人は何もできない。一条字先輩との戦闘で疲れたというのもあるが、そもそもそう言う系統の能力ではないのだ。
『3』
「まだ崩れないのかよ!!」
「そもそもそんなもろくは作られていないわ!!」
「何とかできねぇのかよ!! 海馬!!」
「俺任せはやめてほしいねぇ!!」
茶化しながらも海馬は真剣に大砲を連発する。
『2』
どうする。
どうする。
どうすればいい。
「はや――」
「傾けろ、嘉島奏明!!」
そう声が聞こえた。
反応している場合じゃない。やるべきは『傾ける』。その一点のみ。
「地面を狙え!!」
俺は言った。
すると虎郷が踵落としで十字架の根元のコンクリートを破壊する。
そして俺は左手でコンクリートの穴を広げた。
『1』
海馬がバズーカで十字架を押し出す。
少し傾いた。
このまま放置していたら、十字架は倒れる。シオさんにも負荷がかかる。
だからこそ、だ。
「任せた」
俺は言った。
「助かった」
そう言って十字架を四足ダッシュで駆け上がる。
一匹のライオンが、だ。
『0』
電流が走る。
十字架が雷を食らったように光り続ける。
「何が死なない程度だ……死ぬだろ、これは!!」
言うことしかできない。
今は、その雷のような電流を食らいながらもほぼ直角の十字架を走るライオンに賭けるしかないのだから。
「日下……入!! 貴様は絶対に『助ける』!!」