46-勝機-
勝つ確率が低くても、光明は必ずある。
それが勝機だ。狙え。
「どんどん行くぜ?」
木好さんはそう言ってから俺に向かって拳を振るう。彼の右手は相変わらず燃えている。
俺はそれを間一髪で前方へ避ける。本棚があるせいで、こちら側は、縦長な部屋へと変貌してしまい、行動が制限されている。避けるのが難しい。
いや、待て。こういう部屋にはスプリンクラーがあるものじゃないのか?
そう思って天井を見る。
・・・・・・あった。でも、どうして作動しないんだ!?
「スプリンクラーなら作動しないようになっている。魅陽とか言うメインコンピューターで制御されているんだ」
「・・・・・・」
だとすれば、今は作動していないはず・・・・・・。いや、待て?あそこには今、今日元さんと魅陽は「居る」。だから、作動はしてしまうんだ!!電源が切られたからといって、全ての電力が供給できていないわけでない。だってじゃないと電気すら消えてしまう。恐らく、20階以上の階のみ、電気を供給しているんだ。
「くっそ・・・・・・」
「諦めな。そして虎郷を返せ」
「・・・・・・何言ってんだよ」
俺は立ち止まってから言う。
「虎郷はお前の物じゃなくなっただろ!!お前が取り返す権限なんか無いんだ」
「ああ。無い。だが、お前らのところにおいておくのは癪なんだよ。別に俺の物にしたいわけじゃないけど、お前ら・・・・・・いや」
木好さんはそこで一拍置いた。
「お前の横においておきたくないんだよ」
「・・・・・・何・・・・・・!?」
「元々、お前が火水に声を掛けなければ、俺とコイツは永遠の愛で平和に終わったはずなんだよ。なのにお前が関わった所為で、俺が犯人だってばれて、火水を殺すことは出来なかった」
「・・・・・・」
「お前が俺から何もかも奪ったんだよ!!」
木好さんは右手を俺に振り下ろす。俺はもう一度、後ろに避ける。そして座り込んでいる虎郷の横に並んだ。
「虎郷!しっかりしろ!お前の問題だろう!」
「・・・・・・」
「虎郷!」
俺は何度も名前を呼ぶが反応が無い。
本人が現れるだけでショックはこんなにも大きいものなのか・・・・・・!?
・・・・・・いや、違う。この場所だ。
あの図書館にそっくりなこの場所が、虎郷の神経を呼び覚ましているんだ。
フューチャー・ライン・・・・・・ファントム・ダーツ。
それで不運な未来を見ているのかもしれない。
「俺がお前を助ける。だからそこで待ってろ!」
俺はそれだけ言うと、立ち上がって、走りこむ。
「な・・・・・!」
突然の俺の行為に対応できなかった木好さんは、そのまま俺が懐に入るのを許した。そして左手で木好さんを殴る。
瞬間、右手の炎が揺らぐ。俺の左手で情報を送信する事で体の内部が狂い始めている証拠だ。
「くそが!」
鳩尾を蹴られた。俺の体は、ずれたように後ろに吹き飛ぶ。
「調子に乗んなよ!」
木好さんは走りながら、燃えている右手を構えている。
「波!」
俺は左手を突き出した。久しぶりの衝撃波飛ばし。
「!?」
木好さんは意表を突かれて、そのまま後方に吹き飛ぶ。
さっきから不意打ちしか出来ていないのが情けないが、俺にはその手しかない。
「ふざけた攻撃を!!」
木好さんは怒る。すると
「!?」
木好さんは今度は体まで燃やし始めた。靴は燃やさないように調節しているし、服も燃えない。
「俺だって成長してる。これ以上、お前の好き勝手させっかよ!」
木好さんはそう言って俺に向かって走り始めた。
マジかよ・・・・・・。
床に左手を当てて、壁を作る。
が、
「訊くわけ無いってわかってんだろ!!」
突っ込んできただけで、それは溶かされる。
そして燃える拳は俺の胸部を思い切り突く。
「か・・・・・・」
痛い。そして熱い。俺はそのまま飛ばされた。
でもここで止まるわけには行かない。俺の仕込みはまだ完了していないから。
俺は、受身を取って床に着地し、左手で何個もの壁を作っていく。
「全部無駄なんだよ!!」
「やってみないと・・・・・・わからないだろ・・・・・・」
痛い。肺までやられたか?
そう思ったときには、全ての壁が溶けていた。これ床は溶けてしまわないのか?と思ったが、よく見たら溶け始めている。
木好さんの拳は、今度は見事を空を切った。
俺を虎郷が引っ張ったから。
「・・・・・・私が・・・・・・諦めるわけには行かない」
虎郷は震えながらそう言った。
「・・・・・・そうだな・・・・・・」
「私が死ねば事は丸く収まるのに・・・・・・」
「・・・・・・ダメだ。絶対に」
俺はそう答えてから、その場を離れる。木好さんの追撃が来たから。その木好さんは
「大丈夫。お前は俺が殺してやる」
と言い放った。
「・・・・・・!」
虎郷の精神がまた揺らぎ始める。
・・・・・・くっそが!!
「畜生!」
俺は横の壁を左手で叩いて、こちら側に伸ばして壁を作った。正確には壁というより、ハードルのバーのような感じだ。そしてその壁の一部でで剣を作る。
「まだ分からないのか!」
木好さんは走る。
「こんなものは、俺の熱で!」
こちらに向かって突っ込んでくる。
「一瞬で溶か――」
どぎゃしゃ
と。
木好さんはその棒に顔をぶつけた。
俺はその棒を飛び越えて、剣を右手に向かって伸ばす。
「くっそが!」
木好さんは顔を左手で覆いながら、右手から炎を出す。
俺の周りを炎が通過する。
しかし、めげるわけには行かない。俺の最後の『不意打ち』だ!
俺はそのまま剣を突きたてた。
ズシャァ!!
「いってええええええ!!」
木好さんは叫ぶ。俺はその剣を床に貫通するまでつきたてる。
「種明かしだ」
俺は指をさす。木好さんは見ていないかもしれないけど、気にしない。
それは、黒くこげた壁だった。
「あれは、俺が最初に床で作った壁をアンタの右手が貫通して、俺が避ける事によって勢いそのままあの壁にぶつかった時に出来た痕だ」
木好さんは痛みを抑えながらもそれを見ている。
「あの壁がアンタの高熱に耐えれた。それを見て俺は、理由は分からないが、アレは高熱に耐えられるって分かった。だから、アレを使った。でも、慎重なアンタが、簡単に引っ掛かるとは思わなかった。それで思いついた。アンタに、俺の出したものは溶かすことが出来るって思わせればいいってな」
そう。
あんなにしつこく、勝てない壁を出し続けたのは、コレのための仕込だった。
「ぐ!」
体に激痛が走る。
・・・・・・くっそ。痛ぇ・・・・・・。死にそうだ。
その時だった。
「・・・・・・くっそがぁぁぁ!!」
木好さんはその状態から身を無理やり捩って、立ち上がり、走り出した。
「!!」
虎郷の方に向かって。
右手は燃え盛る拳に成っている。
「お前も俺を狂わせた!責任もって死ね!」
右手を座り込む虎郷の頭蓋に向けて振るった。
ドガァ!!
あぁ。くっそ。
「・・・・・・嘉島君・・・・・・!?」
木好さんと虎郷の間に割って入り、その拳を背中で受けた。