『妹を宮廷占星官にするため、お前が神託を偽造したことにする』と婚約者に告げられました――三年前の予言書に、昨年発明された紙が使われています
「三年前の凶作を予言した神託は、お前が偽造したものだ。罪を認め、宮廷占星官の座を妹へ譲れ」
婚約者である第一王子アルフォンス殿下が、青い表紙の予言書を机へ叩きつけた。
王宮の審問室には、殿下と私の両親、妹のセシリア、神殿長、それに十二人の貴族が並んでいる。窓の外では、明日の戴冠式を祝う旗が風にはためいていた。
私は予言書を開いた。
王国暦四百十八年、麦の月。南部に長雨あり。川は溢れ、収穫は半ばを失う。
確かに私の筆跡だった。署名も、王立天文台の印もある。
「この神託を根拠に、あなたは三年前、南部の小麦を早く刈り取らせた」
セシリアが悲しそうに言った。
「雨は予言どおりに降りました。けれど早刈りした麦は品質が落ち、多くの農家が損をしました。お姉様は偶然当たった予言で名声を得たのです」
「偶然ではないわ。星の位置と海風の記録から計算しました」
「だが、その計算帳は焼失した」
父が吐き捨てた。
一年前、天文台の西棟で火事が起きた。観測記録の多くが失われたのは事実だ。
アルフォンス殿下は予言書を指した。
「昨日、天文台の旧書庫から原本が見つかった。筆跡鑑定人も、お前が書いたものだと認めている。神託を偽造して農家を混乱させた罪は重い」
「それで、私との婚約を解消し、セシリアを妃になさるのですね」
「彼女には本物の星見の力がある。偽りで地位を得たお前より、王妃にふさわしい」
妹は生まれつき、流れ星が現れる夜を言い当てることができた。華やかな力だった。毎晩数字を並べ、風向きと気圧を測る私の仕事より、ずっと神秘的に見える。
母が私を睨む。
「素直に認めなさい。罪を償えば、家族として見捨てはしません」
「処刑を求めるつもりはない」
殿下が寛大さを示すように言った。
「占星官を辞し、北の修道院へ入れ。明日の戴冠式では、セシリアが新しい宮廷占星官として吉兆を告げる」
私はもう一度、予言書へ目を落とした。
文字ではなく、紙を見た。
白く滑らかな紙面に、光を受けて細い銀の繊維が浮かんでいる。
「お断りいたします」
「まだ言い逃れをするのか」
「この予言書は、三年前には存在しません」
部屋が静まった。
私は一枚を窓へ透かした。
「銀糸紙です。北方のルグラン製紙所が昨年発明し、王室文書に採用されたのは六か月前。三年前の予言書に使えるはずがありません」
殿下の顔が強張った。
「紙を取り替えたのだろう」
「でしたら、古い紙から私の署名と天文台印を一字の乱れもなく移した方法をご説明ください」
「それを考えるのが審問官の仕事だ!」
「同感です」
私は扉へ目を向けた。
「ですので、王立文書院の鑑定官をお呼びしました」
扉が開き、灰色の制服を着た三人が入ってきた。先頭に立つのは文書鑑定官ディートリヒ・ルグラン。銀糸紙を発明した製紙所の次男でもある。
「失礼いたします。宮廷占星官イリーナ・ベルク様から、王室文書偽造の疑いがあるとの届け出を受けました」
「誰の許可で入った!」
「国王陛下の許可です」
ディートリヒが封書を示すと、殿下は黙った。
鑑定は、その場で始まった。
紙の銀糸には、製造年と工房番号が織り込まれている。予言書に使われていたのは、三か月前に王宮へ納められた一組だった。
天文台印も本物ではない。縁に小さな欠けがある。火災後に作られた新しい印の特徴だ。
「筆跡はイリーナ様のものを模していますが、数字の七だけが異なります」
ディートリヒは、予言書と私の報告書を並べた。
「イリーナ様は七の中央に横線を引く。偽造者は文章では真似ていますが、降水量の欄で二か所、横線を忘れています」
セシリアが青ざめた。
「そんな細かな違いで、私を疑うの?」
誰も妹の名を口にしていなかった。
神殿長がゆっくりと彼女を見る。
「セシリア嬢。なぜ、ご自分が疑われたと思われたのです」
「だって、私を占星官にするための審問なのでしょう?」
「まだ任命は決まっていません」
妹は口を閉じた。
文書院の職員が、予言書を包んでいた布から金色の粉を採取した。戴冠式用の装飾に使われる金砂だった。現在それを扱っているのは、王子宮の工房だけだという。
アルフォンス殿下が椅子を蹴って立ち上がった。
「もうよい! 偽造でないなら、イリーナは無罪だ。それで終わりだろう」
「終わりません」
ディートリヒは予言書を封印箱へ収めた。
「王位継承に関わる人事を動かすため、王室文書を偽造した疑いがあります。国王陛下の御前で正式審問を行います」
私は机に二通の書類を置いた。
「こちらは婚約解消への同意書。こちらは宮廷占星官の辞職届です」
「無実なら辞める必要はない!」
「無実の臣下を、証拠が整う前から罪人と決めた王太子に、天候予測を預けることはできません」
「私が王になれば、命令一つで戻せる」
「星は命令では動きません」
私は両親と妹を見た。
「家族も同じようですね。私が修道院へ入れば、すべて思いどおりになるとお考えだった」
母が立ち上がる。
「待ちなさい。誤解だったのよ。あなたも明日の戴冠式へ――」
「欠席いたします」
私は審問室を出た。
その夜、戴冠式は延期された。
◇
正式審問で、偽造の経緯はすぐに明らかになった。
アルフォンス殿下は、民衆に人気のあるセシリアを王妃に据えたかった。だが私との婚約を一方的に解消すれば、王家の信用を損なう。そこで私を罪人にし、婚約解消と職務交代を正当化しようとした。
予言書を書いたのは、王子宮の書記官だった。報酬として爵位を約束され、私の過去の報告書を半年かけて模写したという。
セシリアは計画を知っていた。
「お姉様の予言で損をした農家がいるのは本当です」
妹は最後まで訴えた。
「私なら、もっと皆が希望を持てる神託を告げられます」
「希望で雨は止まらない」
国王陛下の声が大広間に響いた。
「早刈りをしなければ、収穫は半分ではなく八割失われていた。品質低下への補償を削ったのは、予算を祝宴へ回したアルフォンスだ」
三年前、私は損失補償も含めて提案していた。殿下が報告書の後半を議会へ提出しなかったのだ。
判決により、アルフォンス殿下は王太子位を外され、王領の一つで十年間、治水事業を監督することになった。飾り立てた宮殿ではなく、毎年川が溢れる土地である。
セシリアは宮廷での神託を禁じられ、神殿の観測学校へ入った。今後、星見を公に告げるには、天文学と気象学の試験に合格しなければならない。
父は王子宮への協力を問われて官職を失い、母は私へ何通も手紙を送ってきた。
私は一通にも返事をしなかった。
◇
半年後、私は北方のルグラン製紙所にいた。
占星官を辞めた私を、ディートリヒが気象記録院の院長として招いてくれたのだ。
北方には百二十年分の製紙記録がある。紙を作るには、気温、湿度、川の水量が重要だった。記録を整理すると、それはそのまま北方の天候史になった。
私たちは各地の農家と観測所を結び、毎週、雨量と作物の状態を共有する仕組みを作った。神託ではなく予測。外れる可能性も、判断の根拠も、すべて公開した。
最初の春、雪解けが例年より十二日早かった。
私は洪水の危険を知らせた。住民は堤防を補強し、製紙所は原料を高台へ移した。
三日後、川は溢れた。
流された家は一軒もなかった。
「予言が当たりましたね」
堤防の上でディートリヒが言った。
「予言ではありません。観測と計算です」
「その言い方をすると、少し嬉しそうですね」
「大切な違いですから」
彼は笑い、懐から一枚の紙を取り出した。
薄い青色の銀糸紙だった。光へ透かすと、銀の繊維が小さな星座を描く。
「新製品ですか?」
「試作品です。製造年も工房番号も入っていません」
「それでは公文書に使えません」
「私文書に使うつもりです」
紙には、彼の字で短い文章が書かれていた。
来年も、その次の年も、あなたと同じ空を観測したい。
「これは、求婚書でしょうか」
「偽造を疑いますか」
「筆跡は本人のものに見えます。ただし、日付がありません」
ディートリヒは慌ててペンを取り出した。
「今、書きます」
「それから署名も」
「もちろんです」
「返事の期限は?」
「できれば、川が次に溢れる前までに」
「では長すぎますね」
私は彼からペンを借り、求婚書の余白へ署名した。
「お受けいたします」
ディートリヒは、偽造予言書を見抜いた時より驚いた顔をした。
「こんなに早く決めてよいのですか」
「根拠は半年分あります」
私の計算を疑う前に読み、誤りがあれば理由を示し、正しければ立場に関係なく採用する人だった。半年あれば、判断には十分だ。
北方の空には、雨上がりの星が浮かんでいた。
三年前の予言書に、昨年作られた紙は使えない。
けれど今日書かれた約束なら、明日から積み重ねていける。
私は銀糸紙の日付を確かめ、今度こそ間違いのない未来へ署名した。




