地味子の殻を破る女帝
帝国で処刑された悪女エルサ。目覚めると、現代の孤独な少女・佐藤 愛に。
腕には無数の自傷跡。「……私と同じね。いいわ、あなたを私が最高に輝かせてあげる」。
死神から「1年以内に誰かに愛されなければ消滅する」と呪いを告げられる。
「愛されなければ、一年で消える。」
耳元で囁かれたその冷酷な宣告と共に、エルサ・フォン・クロイツェルは目を開けた。
(ここは……どこかしら。断頭台の上ではないの?)
視界に飛び込んできたのは、煤けた白い天井と、回る換気扇の音。かつて帝国の女帝として君臨し、戦火の果てに処刑されたはずの彼女が横たわっていたのは、豪華な天蓋付きのベッドではなく、湿った布団の上だった。
身体を起こそうとして、異変に気づく。
重い。腕が細く、力が入らない。鏡を求めて室内を這いずり、埃を被った姿見の前に立ったエルサは、絶句した。
「……これが、私?」
鏡の中にいたのは、脂ぎった長い前髪で顔を隠し、猫背で怯えたような瞳をした、見知らぬ少女だった。頬には古い痣があり、着古したジャージの袖からは、自ら付けたのであろう痛々しい傷跡が覗いている。
その時、視界の端に不気味な血のような赤色の数字が浮かび上がった。
【残り寿命:365日 00時間 00分 00秒】
『……聞こえるか、稀代の悪女よ』
頭の中に、性別も定かではない平坦な声が響く。
『貴様は死んだ。だが、その強欲な魂に免じて、一度だけ機会を与えよう。この少女、佐藤愛として生きる機会を。条件は一つ。一年以内に、誰かから「真実の愛」を注がれること。親愛、友愛、恋愛……形は問わぬ。だが、失敗すれば貴様の魂は今度こそ霧散し、無に帰す』
「愛……? 冗談ではないわ。そんな不確かなもののために、私が媚を売れと言うの?」
エルゼは鏡の中の自分を睨みつける。しかし、声は容赦なく続けた。
『忠告だ。自らの正体、あるいはこの呪いについて他者に明かそうとした瞬間、その心臓は弾け飛び、執行は即座に行われる。……賢明な選択を期待するぞ、悪女エルサ』
声が消えると同時に、猛烈な頭痛と共に「佐藤愛」の記憶が流れ込んできた。
学校での執拗な無視、心ない嘲笑、家庭での冷遇。この少女は、世界から「いないもの」として扱われ、自ら心を殺して生きてきたのだ。
「ふん……。愛されるどころか、存在すら認められていないではないの」
エルサは、愛の記憶にある「いじめっ子」たちの顔を思い浮かべ、口角を吊り上げた。かつて一国を恐怖で支配した女帝の魂が、少女の臆病な肉体の中で脈動を始める。
「いいわ。愛などという甘っちょろいもの、手に入れるのは容易いこと。跪かせて、縋らせて、奪い取ってあげる」
エルサは洗面台へ向かい、ハサミを手に取った。
視界を遮っていた忌々しい前髪を、迷いなく切り落とす。
現れたのは、磨けば光る宝石のような、佐藤愛の本当の瞳。
エルサはその瞳に宿る怯えを、冷徹な「意志」で塗りつぶした。
「佐藤愛は死んだわ。今日からは、この私が貴女の人生を最高に美しく、残酷に塗り替えてあげる」
翌朝。
古びたアパートを出て、エルサは登校した。
愛がいつも歩いていた、地面を這うような卑屈な足取りではない。背筋を伸ばし、顎を引き、周囲を「臣下」と見做すような優雅で堂々たる歩調。
教室のドアを開けた瞬間、騒がしかった室内が水を打ったように静まり返った。
「……え、誰?」
「佐藤……愛? うそ、あんな顔だったっけ?」
困惑するクラスメイトたちの中を、エルサは真っ直ぐに進む。
彼女の席には、マジックで書かれた「死ね」という文字と、枯れた花が生けられた花瓶が置かれていた。
エルゼは足を止め、その花瓶を手に取る。
そして、ニヤニヤと様子を伺っていた主犯格の少女・香織の目の前で、花瓶を逆さまにした。
床にぶちまけられる泥水。
悲鳴を上げる香織を、エルサは氷のような眼差しで見下ろした。
「……あら、失礼。掃き溜めにはゴミが似合うと思って」
「なっ……何よあんた! 佐藤愛のくせに!」
逆上して詰め寄る香織の腕を、エルサは最小限の動きで、しかし骨が軋むほどの力で掴み取った。
「佐藤愛? ……そうね、これからは、私を呼ぶ時は言葉を選びなさい。……雑草が、私のドレスに触れないで」
エルサから放たれる圧倒的な「圧」に、香織は言葉を失い、その場にへたり込んだ。
エルサの視界で、赤い数字が微かに、しかし確かに変動した。
【残り寿命:365日 +1時間】
「恐怖から始まる愛もあるのかしらね」
悪女の、命懸けの学園生活が幕を開けた。




