第九章 停滞
剣で敵兵の首を叩き落し、シュウは叫んだ。
「一人も逃がすな! 逃がせば殺されると思えよ!」
狂相の笑みで、彼は誰より多くの敵を斬り捨ていた。剣を振るたびに返り血を浴び、死体を量産する。
こと戦闘に置いて、シュウの力は隔絶していた。この場では三対一でも、彼を殺せる者はいないだろう。そして、一対一なら一方的に屠ることが出来る。
シュウは力量の差を正確に理解し、敵を結束させる余裕を与えず、一人、また一人と。確実に戦力を削っていった。
「アレンとシードは左方から回りこみ、サイアスとワーレンはそのまま前方へ突っ切れ! レックスの隊が散らした連中を、端から潰して来るんだッ」
彼は自ら剣を振るいながらも、決して指揮を放棄しなかった。大まかな指示を仲間に与えた後で、近くにいた隊員を五人ばかり選んで連れ、敵の退路を断ちに掛かる。
的確な観察眼と、素早い決断力、豊かな行動力を持って、シュウは能動的に動く。こびりついた血と肉の脂で、すっかりなまくらになった剣を携えて。
――こちらの情報、持ち帰らせるのは、ちと面白くない。何も知らせぬまま皆殺しにした方が、敵の警戒心を煽れるだろう。
シュウの敵意を察知して、逃亡を計ろうとした兵がいた。正確には、本隊へ救援を求める使者であろうか。偵察隊であれば当然だが、まずどの地点でどれだけの敵兵に襲われたか、それを報告する義務があるはず。
もっとも、シュウはそれを伝えることを許さない。目ざとく伝令兵を発見した彼は、これを全力で狩る。退路を断つのは、そのためでもあった。
「よし、後は士官を排除してから、一人一人潰していくか」
指揮統率するものを失えば、百名程度の小集団など、烏合の衆に過ぎない。そしてシュウは、その理論に基づき、まったく模範的な行動によって、皆殺しを実現したのである。
「そちらも終わったか? レックス。……しかし、随分殺したな、お互いに」
「ええ、お互いに、直接斬り合って殺った数としては、過去最高になるんじゃないですか? ――とりあえず損害についてですが、最初に不意打ちで混乱させた分が効いてます。十三人動けなくなりましたが、百人程度を相手にした結果としては、上々でしょう」
結果だけを端的に述べるなら。
橋を落とす作業の途中、彼らは先行して来た敵部隊を察知。これを殲滅することに、成功したのである。
「しかし、随分小規模の偵察隊ですね。俺たちみたいなのと遭遇する可能性もあったんだし、こちらの力を推し量る上でも、もっと兵力に余裕を持たせていいはずですが」
「周りが騒がしくないところを見ると、周囲に敵はいないらしい。……迷っていた、なんてこともないか。ここから橋までは、道や環境の整備が不十分だが、そこまで複雑でもないはずだ」
狭道が続くので、まともに進めば隊列が伸びきってしまうが、これは別問題である。
敵指揮官が無能だった、と考えてもいいが、無能には無能なりの論理があろう。こういう細かい部分も見逃さず、つい考え込んでしまうのは、シュウの癖であった。
「――ま、今考えることでもないか。別働隊がここら辺を闊歩している可能性もある。さっさと作業を終わらせるか」
邪魔が入ったが、これで作業を続けられる、とシュウは胸をなでおろした。ここで活躍は、もう充分であろうと、身の程もわきまえていた。
だが、ここで挙げた功績も、最終的に負けてしまったのなら、意味がない。
本格的に勝利に貢献する為、奮闘しなければならないのは、むしろこれからの戦いにおいてであろう。
――次の行動については、姫様次第か? 一応色々と考えてはいるが、全ての策が機能できるとも限らん。……限らんが、どうとでもするさ。せいぜい、高く売りつけてやるとしよう。
その点に思いを致すと、この不遜な男も、いくらかの不利を悟らざるを得ない。
もっとも、だからこそ見返りは大きく、活躍する意味もあるのだと、理解していた。それゆえに、やりがいもあるだろう、と。
ガレーナが地の利を失っているとはいえ、戦力も物資も固められた今では、運用次第でどうにでも出来る部分は多い。地理に不慣れなままでいてくれる時間も、そう多く残されてはいないだろう。
有能で勤勉な人間ほど、経験の蓄積を現実へ反映させることが上手い。そしてセリアらにとっては忌々しいことに、ガレーナ軍はそうした人間に恵まれている。だからこそ、シュウは短期間で、出来る限りの戦果を上げようとしたのだった。
「順調すぎたツケが、ここが出てきたか。……なにもかもが上手くいく、ということには、なってくれないらしい」
舌打ちして、ガレーナの小隊長は現状を嘆いて見せた。
先攻した偵察隊の全滅を、現場にたどり着くまで悟れなかったのは、厳密には彼の責任ではなかった。
しかし、それでも彼は悔やむ。警戒を怠らなければ、察知できたのではないか。油断なく、互いに連携できる位置にいたなら、同僚の失敗を補助できたかもしれないのに、と。
――上司も自分も、補給の方にばかり、目が行っていた。敵の妨害は、そちらに限定されていると思い込んでしまった。……いや、一応それなりの数を偵察に投入しているのだから、前方での敵の工作を、警戒しなかったわけではない、のか。問題は、現場での協調性の欠如。ここまで身内が不甲斐ないとは、参謀連中も予想していなかったのだろうな。
誰一人逃げられなかった事実をかんがみれば、シュウの指揮は見事だったといえるだろう。まったく慈悲の欠片もなくやりとげた、という意味で。
「敵の指揮官は、皆殺しの手管には長けているようだ。突出した隊をいち早く叩き、戦果を固執せずに早々に退く。……こちらに情報をつかませない為とはいえ、よくここまで徹底できたものだ」
もっとも、だから相手を賞賛しよう、とは思わない。この惨状を作り出した敵将について、想像することはあれど、やるべき事は変わらない。
彼はガレーナの士官であり、そうである以上は地位に応じた責務が存在する。男は自身が受けた教育に相応しい、結果を出さなくては成らない。具体的には、現状の分析である。
「ユージン小隊長殿、我々も早々に帰還するべきでは? この惨状を報告しなければまりませんし、敵の部隊が近くに潜んでいる可能性もあります」
「いや、どうかな。襲うつもりなら、すでに仕掛けてきてもいいはずだ。その気配がないということは……もう敵部隊は逃げたと見ていいだろう」
男の名は、ユージンと言った。まだ三十を過ぎたばかりの下級の士官であるが、十五で軍に入ってからずっと、距離を空けることなく身を置き続けている。
その年月を生き続け、鍛えられ続ければ、一種の迫力が身に付く。それは、小隊を率いるには充分すぎる物であった。
しかしあいにくと容姿に関しては、筋肉がつきにくい体質らしく、その軍歴に反して体つきは華奢である。体面して話してみると、精悍で凛々しい印象を相手に与えるのだが、一見してそれを見抜ける人は少ないだろう。
「少し、探ってみるか」
「当初の予定通り、ですか?」
兵の役目は、命令に従って、その任務を果たすことにある。これを骨の髄まで叩き込まれている兵卒は、ユージンの判断に異を唱えなかった。
「当初の予定からは、すでに外れている。馬鹿が一名、何を焦ったのか前に出すぎた。その結果がこれ、だ。……誰に対抗意識を持っていたのかは知らんが、独断で動いていい理由にはならないというのに。中隊長殿にどう言い訳するつもりだったんだろうな? 今更だが」
「はぁ」
ユージンの中に、後悔はすでにない。あるのは反省と、この事態を引き起こした同輩への悪態だけだった。
冷静に考えてみれば、部下を無駄死にさせた相手に同情を抱く必要など何処にあろう。
教訓さえ頂ければ、もう用はない。以後気に掛けるべきは、現場の情報のみである。
「いや、いい。聞かなかったことにしてくれ。とりあえず、周囲を探ろう。なるべく、出来るだけ前の方を」
そもそも、偵察と言うものは情報を探って、持ち帰ることに意義があった。前の部隊が壊滅したからといって、これを容易に投げ出すことは、なるべくしたくない。
当初の目的に立ち返るなら、彼らも犠牲になった隊の連中も、地理の確認と、接触したならば敵兵の動きまで報告する義務がある。
殲滅されたという結果も含めて、任務の範囲内。ユージンはこれを確実に届けた後ならば、さらなる結果を求めて進むことも出来るのだ。
「前の方、でありますか?」
「そうだ。橋の状態を見極めて報告するくらいは、しておきたい。私の想像通りなら、おそらく――すでに手遅れだろうが」
兵の疑問に、ユージンが答える。それが、ギリギリの許容範囲であろう。失敗例は目の前にあるが、何事も柔軟に判断すべきである。今ならおそらく可能だと、彼は結論付けた。
別部隊が皆殺しにされたことと、現場の検証結果。それらを書面に記し、伝令兵に持たせて後方の野営地に向かわせる。
一つか二つは潰されてもいいように、三人を別々に動かした。これで、最低限の義務は果たせたと言える。自分たちが帰って来れなくなったら、その事実そのものが情報となるだろう。
……幸運なことに、ユージンらはそんな不幸に見舞われることには、ならなかったが。
――河を見れば案の定、か。トリアにも結構な人材がいるらしい。なかなかどうして、あなどれない。
そうした上で、大河を掛ける橋の崩壊を確認する。
小さな隊の、小さな出来事であったが、その内容自体は今後の戦略を左右するものと成った。
ユージンの報告から、もっとも簡単な道程を歩めないことが発覚したのだ。地の利に恵まれていないガレーナ軍は、新たに進軍経路を見出さねばならなくなる。
安全を確保する手間と、行軍にかかる疲労と消費をかんがみれば、まさにシュウが狙ったとおり、ガレーナ軍は余計な時間を浪費することになるだろう。
それがトリア王国の寿命を引き伸ばす鍵となるのか、あるいは悪あがきに終わるのか。全ては、両者の対応次第。どう転ぶかは、今はまだ未知の範囲に収まっていた。
ユージンが、シュウの残した爪痕を目にしていた頃。
しっかりと壊しておいた橋の向こう側で、シュウは改めて思案していた。
「建てるより壊すほうが簡単なのは、了解していたが……案外簡単に処理できたもんだな。あと二時間も手間取っていれば、補足されたかもしれん。我ながら、危ない橋をわたったもんだ」
「壊したのも橋なだけに……ですか。くだらないことを言ってないで、さっさと王都に向かいましょう。行動は早いに越したことはないと、言っていたのは貴方の方ですよ?」
シュウとレックスが、減らず口を叩く余裕を持てている。
安全の確保は、それだけ重要なものだといってよい。確実な道程を失ったガレーナ軍は、シュウを追跡できない。これでようやく、彼らも未来について、真剣に思いを致すことが出来る。
――王都へと凱旋……というには、まだ早いか。ガレーナ軍を退けた訳でもなし、単に足止めをしただけ。それだけでも充分すぎる戦果だろうが、さてあの姫様以外に、これを評価する奴が、どれほどいるのかね?
無論、目端の利くものならシュウの働きを、喜ばしく思うだろう。たとえば、外交に携わる官吏や、政治を統轄する宰相殿であれば、一時の敵軍の遅れがもたらす効用を、しっかり理解しているはずである。
侵攻軍の速度が緩めば、降伏や抵抗の為の根回しに割ける時間が増える。敵国との外交の落とし所を探ることもできる。またあらゆる努力が無に帰したとしても、祖国滅亡の間際まで、自身の矜持を全うしたという事実くらいは作ることができよう。
だが問題は、シュウの同僚となるであろう軍人たちが、その功績を認めてくれるかどうか、である。ぽっと出の人間が、狡い戦果で非常識な昇進を遂げたら、誰だって怪しむ。
これで怪しまれた結果、後ろから刺されては間抜けすぎる。叩けばほこりが出る身であるシュウにとっては、無視できない現実であった。
「よし、決めた」
「……何がですか?」
「いただく褒美を、だよ。そうだな、やはりアレだな。ここは一つ、独立部隊の設立と、その隊長職を願い出るとしようか」
シュウにとっては、その方が都合がいいのだ。下手に高位の役職を受け取るよりは、自分の判断で動かせる部隊を持った方が、手柄を立てるにも都合がいい。
セリアの口ぞえだけで、それが可能かは微妙な所だが、褒美として望みうる最高の品がこれであることは、疑いなかった。
出る杭は打たれるというものだし、いかに戦功を立てようと難癖は付けられるのだろうが、そんなことは今考えるべきことではない。
「そうですね、それはいい。……まあ、今はともかく、無事に帰還することです。峠は越えましたが、油断していると、思わぬところから反撃を食らいやすくなります」
「帰るまでが戦争です、ってか? ――レックス、お前、もう少し肩の力を抜いたらどうだ。俺が決めたことは必ず実現するし、俺が褒美を頂く時は、いつだって引き出せる限界までぼったくれると決まっているんだ」
「そこまで自分を信じられるというのは、幸せなことですね。……せび見習いたいのですが、根が小心者の自分には、無理みたいです。一応、上手くいかなかった時のことは、考えているのでしょうね?」
レックスは、シュウの言葉に半信半疑の様子であった。
確かに、シュウは根拠のないことは言ったことがなく、これまでに断言したことは、常に実行しつづけていた。だから、まったく信に置けない、とまではレックスも思っていないだが――。
いささか、ことが大きくなりすぎている。全てを把握しようもない彼は、シュウの行動にいくらかの危うさを感じずにはいられなかったのだ。
「欲張りの悪党ほど、思考を重ねに重ねて、最悪の事態を避けようとするもんだ。その点は信頼してくれているものと、思っていたが?」
レックスは、あえて答えなかった。沈黙したままでも、真意は伝わるとわかっていたから。
傭兵にしろ、賊徒にしろ、そんな無法者どもの上に立つ以上は、傑物であらねばならない。そして、そんな傑物の元で片腕として働くなら、あらゆる意味でその当人を理解しなくてはならない。仮にレックスがシュウを理解しきれていなかったなら、ここまでたどり着く前に逃げているだろう。
「なら、これ以上は追求しません。……指示があれば、遠慮なくどうぞ。私の力でよければ、いくらでも使ってやってください」
結局の所、レックスはシュウと一緒に働くことが、嫌いではないのだ。
だからここぞと言う所で、甘くなる。信頼している、ということは、こういうことなのだろうかと、時折思うこともあった。
そして、二人は敗残兵を連れて、セリアより遅れて王都にたどり着く。ここでまた一悶着起こるとしても、セリアとの繋がりがある以上、悪い扱いはされまい。
レックスは、そう思っていた。彼だけが、そう信じていた。
ユージンの報告を受け取ったガレーナ軍は、戦略の見直しを迫られた。
王都へと直進できる、大河の橋が破壊された為だ。この確認を取ったガレーナの軍首脳部は、シュウらの予測どおり進路を変え、拙速でも王都の陥落という目的を固持する姿勢をとる。
橋を再建してから、一気に大兵力を渡す手もあったが、ここ一番の詰めの段階で、余計な時間を食うことを嫌がったのである。
「我々は勝ちつつある。ここで無闇に停滞して勢いを削がせるより、とにかく兵を動かして、勝利への道程を進めるべきだ」
という意見が、慎重論よりもやや優勢であったこと。
何より、初戦で立て続けにトリア軍を打ち破ったことで、ガレーナ軍は兵力においても相手を上回っていること。
補給をシュウに叩かれながらも、いまだ大きな破綻はきたさず、今度も全軍を食わせる目処が立っていること――などが、決戦を急ぐべき理由としてあった。
またその中でもっとも大きな理由としては、政治的な保身が挙げられよう。
「この遠征は、トリアを併合し、この広大な土地をガレーナの国家機構に取り込むために行われている。いわゆる侵略だが、それだけに繊細な問題を抱えている。――つまり、我々がガレーナにそむいて、トリアの土地を私物化し、兵もろとも独立する可能性がある、ということだ。無論これは暴論に過ぎないが、この手の謀略を敵が使ってくる可能性は常にある。これでもし国元の群臣が踊らされ、王にまで猜疑心を持たれたなら……我々の立場は、ひどく微妙なものになるぞ」
「それが過剰な心配であるとしても、侵攻にやたらと時間を掛けてしまえば、それは軍の汚点となりうる。文官どもに、『勝ちが決まった戦争をだらだらと長引かせて、戦費を拡大し、国庫を圧迫させた』などと言われたくはない。……この戦で完勝すれば、その功は多大なものとなる。ガレーナの利益も大きなものだが、論功行賞でその膨大な利益の分配を迫られることもまた、間違いないだろう。これを嫌がり、少しの落ち度でも大げさに解釈され、褒美をケチられてはかなわない」
これら高級士官の悩みは別としても、勝利を味わい続けているガレーナの臣民は、こんな戦争など早々に終わらせて、手厚い恩賞を授かりたいと考えていたのは間違いない。
土地の問題程度で歩みを止めるくらいなら、多少の危険は承知の上で、進攻に踏み切ろう。それが、ガレーナ遠征軍の上から下まで統一された見解であった。
ユージンという、ただ一人の例外を除いて。
「急ぐのはいい。道を変える事自体は問題じゃない。問題は……最初にあまりに劇的に勝ちすぎたために、誰もが敵を舐め始めている、ということだ。目の前の難事より、甘い未来に思いを寄せてしまっている、ということだ。――こうなれば余計な欲を抱きがちになるし、劣勢になってもその現実を直視しなくなる。一つ歯車が狂えば、大勝が大負けに転じかねないぞ」
さりとて、そんな事を公言すればユージンの方が処罰の対象になるだろう。一人で勝手に呟くだけならともかく、同僚やら上司やらにこの懸念を伝えた所で、誰も退こうとはしないのはわかりきっていた。
ガレーナ軍に、慎重さが欠けているわけではない。まだ冷静な判断力を失ったわけでもなく、後方の安全に関してはより気を使って対応することが、もう決まっている。
ありがちな武器の補給不足や餓えに悩まされることは、おそらくないだろう。この点、ユージンとて疑ってはいなかった。彼自身、ただ漠然とした不安があるだけで、実際に軍の動きに異議があるわけではないのだ。
――そう、何か好ましくないことが起こるとしたら、これからなのだ。恐れるべきは戦術的な失敗ではなく、多分もっと別の何か。……何か、か。くだらん。結局、取り越し苦労ではないか。
結局ユージンは、余計な事を考えず、仕事に集中することを選んだ。
彼は小隊を統率し、トリア軍と戦わせる義務がある。兵の士気を下げず、敵を殺す勇気を与えるのは、これで結構難しいものだと、彼は考えていた。
ユージンの武勇は人並み程度であり、智謀にもあまり自信はない。何より才気で人を引っ張れるような人間ではないから、カリスマ性など求めた所で無駄だと理解している。
だから誰よりも努力し、誰よりも己を律することに長けていなければ、人を率いる資格などないのだと思い込んでいた。たとえ、二十名程度の小隊であっても、彼はその理想を堅持することを選んだ。
それが、唯一の生き延びる道であると、本能で悟っているかのように。
――もし敗北しても、無様な敗走、無益な全滅だけは許さない。そんなくだらん所まで、誰かに似る必要はない。
どうしてここまで、末端の下級指揮官に過ぎない自分が警戒しなければならないのか。
それを疑問に思いつつも、無視することだけは出来なかった。胸の内から根拠のない不安が拡大していく様は、不可解であったが……ユージンは自分を偽れる人間ではなく、過剰な警戒心を維持し続けた。
そして兵と共に、王都への道のりを歩む。トリアへのとどめとなるべき一撃を、加える為に。
この根拠のない不安が、ユージンの特別な感性、あるいは本能による危険探知であったのだと知るのは、もう少し後のことになる。
有能で勤勉な人間ほど、経験の蓄積を現実へ反映させることが上手い。
ユージンほど、この定義に当てはまる人間も、そういないだろう。彼はこれまでもそうであったし、これからも変わるまい。
だが彼を評価する人間は常に変わりえるし、実際に数ヵ月後、劇的な変化を見せることになるのだった。
早めに投稿……といいながら、二週間かかりました。以後も月に二回くらいが限界になりそうです。
最近本気で、筆の早い人が羨ましく感じますね。
とにもかくにも、ようやく動き始めた、という気がします。
以後は劇的に物語を進めていく、つもりです。さっさと終戦まで一気に書き上げたいのですが、どうにもならなかったその時は、どうか勘弁してやってください。
では、また次回で。感想には餓えておりますので、出来れば適当にでも書いてやってくだされば、嬉しく思います。