真夜中のタクシー
長旅からの家路の途中、電車が止まった。もうバスも運行していない時刻、周辺にすぐ泊まれるようなホテルもなく、車は走っていないどころか人通りもない。雨がしとしと降り続く。
ここがどこかも分からないし、公衆電話も見当たらない。
申し訳なく思った駅員がタクシー会社に連絡するが、30分経っても1時間経ってもタクシーは来ない。
車のライトが見える。「やっと来たか」と希望を抱いた瞬間、反対側の道路で止まり、他の乗客を拾って去って行った。「あの人は家族が迎えに来てくれたのだろう。」
また車のライトが見える。膝にかかるくらいの水飛沫をあげて駅前に止まる。「今度こそやっと来たか」安堵したのも束の間。
「一人当たり一万円だ。現金前払いのみ受け付ける」ぶっきらぼうに運転手がまくしたてる。足元を見られたもんだ。
でもこれでやっと家に帰ることができる。タクシーの中で私はうとうと眠りについた。田んぼ道を抜け、高速道路を通過し、私の住む街に辿り着いた。
タクシーの運転手は、行き先を尋ねなかった。一万円を払えばどこまでも連れて行ってくれるということか。
「このまま道なりに進んでくださいな」
「あいよ」ぶっきらぼうな返事。
「次の交差点を右折して、デリバリーピザを一枚受け取ってくださいな」
「あいよ」相変わらずぶっきらぼうな返事。
「その後Uターンして、反対側の道路沿いにあるハンバーガーショップでよくばりセットを注文してくださいな」
「あいよ」
「私の家に着いたら、温かい毛布を一枚掛けてくださいな」
「あいよ」
もうすぐ私の家に着く。
駅前のベンチに座る人影一人。
「お嬢さん、お嬢さん。タクシーが来たよ」駅員の声がする。
人影はもう動かないが、穏やかな表情。雨はしとしと降り続く。