キャストリンは快適が好き
あまりにも何もない空間に、私は衝撃を受けた。
しくしくしながらシェイド様を見つめると、シェイド様は出窓に座って、片足を曲げて抱くようにしている。
開いた窓が、シェイド様の髪を靡かせる。
高い塔の最上階の窓の開いた窓辺に座っているなんて、落ちそうで怖いのだけれど、シェイド様は空を飛べるので怖くないのよね、多分。
「シェイド様、おいたわしい……こんな何にもない部屋で一人きり。なんてひどい」
そこでふと、私は大切なことに気づいてしまった。
「シェイド様。窓が空いているし、シェイド様は空を飛べます。しかも、一階の扉を開いておくと言いました。外に出られるのに、どうしてこんな牢獄から逃げないのですか?」
私の質問に、シェイド様は伏せていた瞼を開いて、ちらりと私を流し見た。
「それに答えたら、お前は泣き止むのか?」
「はい」
「……私は赤子の頃から呪われていた。私の体は、触れ合った相手を傷つける。その呪いは、成長するほどに強くなった。幼い頃は、指先が切れる程度で済んだようだが、長じるにつれて相手に大怪我を負わせるようになってな」
「そ、それは……その、お、お辛い呪いですね……」
「興奮するか泣くか、どちらかにしなさい」
「ごめんなさい、呪いにはときめいてしまうのですが、シェイド様はおいたわしいので、私もどんな顔をしたらいいのか」
「正直だな、お前は」
「好きなものには正直でありたいと思っています」
私は胸をはった。
それが私の生きる糧なので、好きなものは好きだと伝えたい。
「私の存在が、皆を怯えさせて困らせる。私は存在しているだけで皆を傷つけてしまう。私をここに幽閉することを決めたのは父だが、私はそれを受け入れている。ここから出るつもりもないし、誰かに危害を加えたいとも思っていない」
「食事は? お風呂は? ベッドはどうしているのですか?」
「そこが気になるのか」
「だって不自由ですもの」
「塔は常に誰かに見張られているというわけではない。塔に繋がる跳ね橋は、いつもあげられているからな。もちろん、跳ね橋の向こうにある砦には常に何人かの兵士が駐屯してはいるが。兵士たちは、私の姿をもう何年も見ていないだろう。死んだと思っているかもしれない。食べ物も水もなく生きているとしたらそれは化け物だ」
「はい。でも、シェイド様は人間で、生きています」
「……私を人間だと思うのか?」
「ええ。だって、泣いている私を心配してくれますもの。私の会った中では一番のいい人です」
私が両手を握りしめて正直な感想を伝えると、シェイド様は大きく瞳を見開いた。
満月みたいな金色の瞳に、星の輝きが宿っている。
呪われてさえいなければ、もしかしたらシェイド様は王太子殿下のままで、私はシェイド様と婚約していたかもしれない。
そうしたら、ルディク様のように私を嫌ったりしなかったかしら。
もしもの話を、考えたって仕方ないけれど。
「妙な女だな、お前は。……ともかく、私は四六時中見張られているわけではないから、塔の外にある懲罰の森にいつでも行くことができる。森には野生の動物もいるし、植物もある。食事は、多少は手に入る。水浴びもできるし、どこでも寝ることができる」
「お洋服は?」
「あぁ。そうだなこれは……私の呪いには、魔女の使用できるものと同じ魔力がこもっている。魔力を使う方法を覚えて……服は、魔力で作っている」
「ということは、シェイド様は実質全裸、ということですね」
「なぜそうなる」
「呪いが魔力。呪いを消してしまえば魔力も消える。あとに残るのは、全裸のシェイド様です」
「年頃の女性がそういうことを言うのはやめなさい」
「はい」
シェイド様、きちんとしている。
きちんと怒られてしまった。
「でも、シェイド様。これから私と結婚生活を送るわけですから、このままというわけにはいきません。夫婦の寝室にはベッドが必要ですし、私は快適な空間が好きなんです。なんせ不自由な屋根裏部屋に八年もいたものですから、心が、快適さを求めているのです」
「……だったら、ここから逃げるといい」
「というわけで、ここからこの場所を、私たちの快適な新婚夫婦のお部屋へと変えていきますね!」
「おい、キャス」
「はい、あなたのキャスですよ」
私は叡智の指輪を掲げた。
実をいえば、私は、いつかルディク様に捨てられる日が来るんじゃないかなって思っていた。
そんな日が来なくても、ルディク様に嫌われていることを知っていたから、もし何かあったら逃げて、自由を手にしようと準備をしていたのよね。
いつか私の家を持った日のために、家具や、便利な魔道具を作り続けていたのだ。
「ベッド、かわいいランプ、クローゼットとお洋服、バスタブとシャワーセットに、ソファと、テーブルと椅子、キッチン!」
私の呼びかけに、次々と家具が現れる。
私の思う通りの場所に、かわいい花柄のベッドと、豪華なシャワー付きバスタブ、目隠しの衝立、クローゼットやキッチンや、ソファやテーブルセットが並んだ。
ランプや観葉植物、色とりどりのクッションや敷物が現れると、牢獄みたいな部屋がとっても華やかになった。
「……お前は、魔女だろう」
「魔道具師です。それよりもシェイド様。お部屋、賑やかになりましたね。とても快適になりました!」
公爵家の屋根裏を改装して、もし私がこっそり魔道具師をしていることを知られてしまったら嫌だったので、今までずっと大人しくしていたのよね。
理想的な部屋が出来上がり、私はソファにポスっと座った。
足を投げ出して両手を広げると、両手の中に黒猫が現れた。
黒猫は、マリちゃん。
マリちゃんもこっそり隠しておいたのよね。これで心置きなく、マリちゃんとも一緒にいられる。
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