ルディクとの対決
あやしく、激しく、炎が焚かれている。
その炎に照らされて居並ぶのは、ルディク様の軍。
王家の紋章である鷹の描かれた旗を堂々と掲げて、陥没地帯の崖の上に並んでいる。
兵士たちは、矢の先に油が染みこみ炎がつけられた火矢を構えている。
その火矢が一斉に放たれる前に、シェイド様のつくりあげた水の渦が、火矢を吸い込み消し飛ばした。
ルディク様がとうとうせめてきたのだと、オリヴァー様たちから報告を受けた私とシェイド様はすぐに塔を出た。
そこにはすでにルディク様の軍がいた。闇夜にまぎれて進軍してきたのだろう。
フィエル様が「斥候を放っていたのですが、連絡は受けていませんでした。恐らく、捕縛されたのでしょう」と謝っていた。デルフィフィス監獄の件から、王都の守りはいっそう厳しくなったのだという。
見張りが気づいたときには既にもう軍がすぐそこまで迫ってきていたのだと。
フィエル様たちが兵士たちを起こし、軍をまとめあげている。
街の人々を守るために、兵士たちが配置についた。
私とシェイド様は、ルディク様とその隣にいるマチルダ、それからルディク様の保護者のように傍にいる叔父アルゼンと叔母シーナと対峙している。
ルディク様の軍勢が、再び火矢を構える。シェイド様が手を握りしめるようにすると、全ての鏃から炎が掻き消えた。
「無駄だ。ルディク、諦めろ」
「崖下に街をつくるなど、愚者の行うことだ。お前一人で守れるとでも思っているのか、シェイド!」
「街をつくれと私が指示したわけではない。街に住むのは、ただの民だ。兵士同士の戦いならまだ理解できるが、民を攻撃するなどどうかしている」
シェイド様が首を振った。
それが小馬鹿にされたとでも思ったのだろう。ルディク様は怒りの形相となり、大声をはりあげた。
「俺のおさがりを侍らせていい気になるなよ! 王は俺だ! お前ではない!」
「キャスは私のものだ。私の花嫁であり、キャスの心ははじめからお前になどはない。お前のおさがりという言葉は間違いだな」
あくまで冷静に、静かに、シェイド様は言葉を返す。
冷静であればあるほうが、この場ではより――威圧と威厳に満ちている。
「王になりたいと願ったことなど一度もない。私はここで、静かに暮らしていた。だが、お前が道を違えたのなら、私が王として民を守る必要がある」
「呪われた、役立たずの、王家の恥さらしが!」
「私は呪われている。だが、呪いが役に立つのなら、それでいい」
「キャストリン! 裏切り者の魔女め」
「魔女だとずっと隠していたのね! 私たちが育ててやった恩も忘れて、こともあろうにルディク様に反旗を翻すなど!」
「シェイド様はお姉様に騙されているのではないですか? お姉様は魔女です。うそつきで、最低な、魔女」
叔父夫婦とマチルダが、私を罵る。
なんともいえない感情が、胸にわきあがる。
彼らは私の身内。それが、恥ずかしいという気持ち。罵倒されて、苦しいという気持ち。罵倒される姿をシェイド様に見られたくないという気持ち。
あぁ――そうだったわね。
私はずっと。私は、ずっと我慢していた。
どんなときもずっと。自分と世界を切り離して、何が起きても大丈夫だって思ってた。
私にはマリちゃんがいて。私には、黒の書があって。
呪物の収集と魔道具作りと。ともかくいつも忙しくしていた。
もちろんそれは楽しいことだった。死んだつもりで生きてみれば、私の外側には知らない世界がいっぱいに広がっていた。
でも――。
私は悲しかった。苦しかった。本当は、本当は――。
「あなたたちが――っ」
私が叫ぶまえに、ぞわりとした強い風が吹き抜けた。
マリちゃんが私の手の中から夜空に向かって飛びあがる。
私は手をのばした。マリちゃんが、落ちてしまう。
けれど――マリちゃんは空中で一回転すると、黒い霧へと姿を変えた。
黒い霧は、私のよく知る方々の姿になる。
それは、私のお父様だった。
ルーファウスお父様だ。それはお父様だとわかるけれど、その手も顔も、どことなく黒くくすんでいる。
『よくも、私を殺してくれたな、アルゼン』
ルーファウスお父様は風穴から響く低い風の音のような声でそう言うと、アルゼンの前に顔を近づける。
アルゼン叔父様は悲鳴を上げて、馬から落ちた。
『お前は馬車に細工をし、私とミケーネを崖下に落とした。ミケーネは骨が折れ、哀れな姿だった。私はしばらく生きていた。だが、傷から血が流れて、やがて死んだ』
お父様の声が、あたりに響く。
それは私がずっと、言えなかったことだ。
――叔父様たちは、お父様とお母様を殺しましたか。
なんて、とても口にできなかった。
だから。因果応報だと。罪には必ず罰があるのだと。そう、いいきかせていた。
『キャストリンは、私とジョセフィーヌの娘。そして、ミケーネも自分の子供として、大切に、愛していた。それを――お前たちは苦しめ、追い詰め、挙句の果てに国を乱した』
お父様の隣に、ミケーネお母様の姿があらわれる。
『キャストリンにしたことを、ずっと見ていた。許せない。許せない。可愛い私の子供に……!』
ミケーネお母様の体は、奇妙にねじれている。
その捻じれた体を、シーナ叔母さまにぐいっと近づけた。叔母様は悲鳴を上げて、その場にぺたんと座り込んだ。
マチルダはルディク様に抱きついて、ぶるぶる震えている。
お父様の隣に、もう一人の人影があらわれる。
それは黒い妖艶な魔女、ジョセフィーヌだった。
『黒の魔女を怒らせた。その罪は重い。お前たちには呪いがふりかかるだろう。一生消えない呪いだ』
歌うように、黒の魔女が言う。
それは人を苦しめることをなんとも思っていない、冷酷な魔女の姿。
けれどジョセフィーヌお母様が、冷酷な魔女ではないことを私は知っている。
お別れをしたお母様がどうしてここにいるのかわからない。
もしかしたら――ずっと私のそばにいてくれた、ルーファウスお父様やミケーネお母様に同情して、魔力をマリちゃんに残しておいてくれたのかもしれない。
いつか、恨みを晴らすことができるように。
『ルーファウスと、ミケーネの無念。投獄されて死んだ者の無念。キャストリンを苦しめた罪。全ての者たちの恨みを、私がかわりに晴らしてやろう。呪いには、呪いを』
指先がすっと伸びる。尖った爪が、ルディク様とマチルダを示した。
『害のない、動物となり――もう一度やりなおしなさい。そうね。蟻がいい。死んだら、今度は羽虫。羽虫として死んだら、今度は鼠。鼠として死んだら今度は――小石』
ルディク様とマチルダが、頭を押さえて悲鳴を上げて、苦しみ始める。
アルゼン叔父様とシーナが、地面にうずくまり呻き声をあげている。
その姿は、蟻になんで変わっていないのに。
まるで、起きているのに悪夢を見ているようだった。
「お母様、お父様……!」
『キャストリン、すまなかった』
『キャストリン、ごめんね』
お父様とお母様が、私の前から消えていく。
ルディク様の連れてきた兵士たちは、怯えたように命令もされていないのに逃げていく。
それを、待ち構えていたフィエル様の兵たちが捕縛する。
「ジョセフィーヌお母様……ありがとうございます、助けてくれたのですね」
『違うわ、キャストリン。まだわかっていないのね。これは、あなたの力』
「わ、私の……?」
『あなたには力がある。私と同じ、魔女の力』
「じゃ、じゃあ、どうやったらシェイド様の呪いをとくことができますか……!?」
『あなたの思うままに、動きなさい。あなたの望みは、叶う』
ジョセフィーヌお母様は、はじめからそこにいなかったかのように消えてしまった。
いつのまにか、私の手の中にマリちゃんが戻ってきている。
マリちゃんは何も起こらなかったみたいな顔で「なー」と、甘えたように鳴いた。
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