ルディク・アルサンディア
◇
次々にあがる報告に、テーブルに手を打ち付けて、それでは飽き足らずにテーブルの縁を蹴り飛ばした。
重たい木製のテーブルは倒れこそしなかったが、衝撃で上に乗っている書類がばさばさと落ちる。
「ルディク様、落ち着いてくださいまし」
俺の背にそっと手を当てて、マチルダが言う。
大きな瞳が心配そうに潤んでいる。
背中を撫でる手や甘い声に冷静さを取り戻して、俺は眉間に皺を寄せたまま深く息をついた。
俺の前で、報告に来た斥候が怯えたように小さくなっている。
「つまらない報告をした罰だ。投獄せよ」
「はっ!」
兵に命じると、斥候は両手を掴まれて連れていかれる。
何やら喚いていたが、斥候など他にいくらでもいる。
国境の戦場、オーランド軍の侵攻してくる最前線で我が国はオーランドを退けた。
その報告を受けた時、フィエルは嘘をついていたのだと腹を立てた。
ジルスティート商会で売っていた万能薬が手に入らなくなり、戦況は劣勢である。援軍を求むと、うるさいぐらいに手紙が送られてきていたのだ。
兵なら十分に送っている。国費を使い徴兵をして。
だがそれでも足りないのだと言う。
マチルダが顔をしかめて「国境も守れずに何が辺境伯でしょう。領地を取り上げてしまいましょう」と言っていたので、そのつもりでいた。
役立たずめ、と。
だが、オーランドの軍を追い払ったのだという。やればできるくせに、兵と金ばかりをせびって、あの嘘つきの詐欺師がと腹を立てた。
しかし、次の報告はもっと信じられないものだった。
兵をひかせたのは、呪われた我が兄シェイドだという。
俺が幼い頃にはすでに幽閉されていたから、顔も見たことがない兄だ。存在だけは知っている。
その兄が戦場に現れて、呪われた力を使ってオーランドの兵士たちを倒した。
それはさながら神のような姿だったと、胡乱なことを口にする伝令兵を俺は投獄した。
兄は呪われている。王家の恥である。
神などであるわけがないのだ。
そもそも塔に幽閉されているのにどうして外に出ることができるのだ。
外に出ることができれば、それは幽閉とは言わない。
更に腹の立つことに、兄の傍らにはキャストリンがいたのだという。
確かに俺はキャストリンに兄に嫁げと命じた。
それは、呪われた化け物である兄が、キャストリンを食い殺すだろうと思っていたからだ。
しかし、キャストリンは無事で、更に言えば空飛ぶ不思議な動物に乗っており、負傷した兵士たちに万能薬を届けたのだという。
それはさながら女神のようであり、二人は仲睦まじく戦場に降り立ってアルサンディアに勝利をもたらしたのだという。
そんな腹立たしいことがあってたまるか。
マチルダはそんな報告は嘘だといい、マチルダの両親はそれに同意した。
母上は青ざめて、「ごめんなさい、シェイド」とばかり繰り返すようになった。
そして、次々とろくでもない報告が俺にもたらされた。
オリヴァーが謀反し、シェイドを王だと呼んでいる。フィエルがそれに同調し、辺境はアルサンディアに反旗を翻した。
アルサンディアからの亡命者を積極的にフィエルが受け入れるようになると、辺境に近しい貴族たちがそれに従いはじめた。
今では塔こそが王の城であり、辺境の地がアルサンディアの首都のように、愚かな民たちが振る舞いはじめているのだという。
「お姉様が、シェイド様を惑わしたのです。それ以外に考えられません。万能薬とは魔道具。魔道具を作れるのは魔女の弟子。お姉様は私たちに隠れてコソコソと魔女と通じていたのです」
「マチルダは知っていたのか?」
「知りません! 私はお姉様と違って嘘つきではありませんから……!」
「そうだな。俺たちは、キャストリンに騙されていたのだ。しおらしい態度をとっていたが、腹の底では舌を出していたに違いない。悪辣な魔女なのだ」
俺は震えるマチルダを引き寄せる。
柔らかい体を抱いて、唇を重ねようとすると、ノックもせずに執務室の扉が開いた。
そこには、幽鬼のような顔をした母上が立っていた。
「ルディク……! また投獄を!? サフォン様の代から仕えてくれている臣下を、どれだけ投獄するつもりなのですか……!」
「これはこれは、母上。お言葉ですが、父上の代からの古いものたちは使えないものばかりだ。役立たずを投獄して何が悪いのです?」
「牢はあなたが投獄したものたちでいっぱいだといいます。ろくな管理もされずに、皆飢えていると」
「罪人に与える食事などありません」
「あなたが! そんな風だから、皆、シェイドの元へと行ってしまったのです!」
今まで俺を一度も叱ったことのない母上が、別人のように怖い顔をして怒鳴った。
俺の腕の中で、マチルダが震えている。
「魔女の祝福は本当だったのです、あの子は賢く強く、賢王になるだろうと祝福を受けて生まれました。幽閉など、間違っていた」
「あなたがいまさらそれを言うのですか。俺に王になれと、王は俺だけだと言って俺を育てたあなたが!」
「私は間違っていました。ルディク、目を覚ましなさい。キャストリンは本当に、罪人だったのですか?」
あぁ、母上は、マチルダのことまで疑っているのか。
目の前が赤く染まる。これほどの怒りを感じたのは初めてだった。
「母を牢に入れろ。食事も水も与えるな」
「ルディク!」
「うるさい、黙れ!」
兵士たちが母を連れて行く。
マチルダが「大丈夫ですよ、ルディク様。ルディク様は王なのですから」と俺を抱きしめた。
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