アルスターの監獄
ルディク様には兄がいる。
兄王子の名前はシェイド様。
今から二十八年前に生まれて──生まれた時から呪いにかかっていたという、噂だ。
あくまで、噂である。
もちろん私は社交界にはろくに顔を出さない、というか、出せない立場だった。
叔父夫婦は私を半ば屋根裏に閉じ込めていたし、ルディク様の婚約者になってからもルディク様はマチルダをそばに置いていて、私のことはほぼ放置だったし。
だから私はシェイド様のことをルディク様から直接聞いたことはないし、当時を知る貴族の方々から話を聞いたわけじゃない。
お父様やお母様は多分詳しく知っていたのでしょうけど、私が幼い頃亡くなってしまっているし。
シェイド様のことは、お二人とも口に出すことはなかったんじゃないかなって思う。
十歳までの記憶なんて曖昧だから、覚えてないだけかもしれないけれど。
だから私が知っているのは、王国の人々に広く知られている噂だ。
『過去、アルサンディア国王は黒の魔女を怒らせた。黒の魔女は、祝福と同時に呪いをかけた。アルサンディア国王に最初に生まれる男の子は、優れた容姿と賢さを持ち賢王となるだろう。しかし生まれた瞬間に呪いにかかり、その全身には呪詛の紋様が刻まれて近づくものを皆、切り裂くだろう』
この噂、ちょっとよくわからない一節がある。
黒の魔女とは呪物蒐集家業界ではかなり有名な伝説の魔女のこと。
魔道具師皆の憧れ、言うなれば、アイドル的な存在。
アルサンディア国王とは、サフォン・アルサンディア様。
私のお父様と仲がよかったという、前王陛下。ルディク様と、シェイド様のお父様の名前だ。
アルサンディア様が何かをしてしまい黒の魔女を怒らせた。
それでシェイド様が呪いにかかったというのならわかる。
けれど、祝福と呪い、というのが謎なのよね。
だって、何かがあって黒の魔女が怒ったというのなら、祝福なんて与えないはずだもの。
まぁ、あくまで噂だし。そもそも呪いの塔に本当にシェイド様がいるのかなんてわからない。
呪いの塔は北の僻地にあって、そこはアルスター辺境伯家の所領だけれど、アルスター辺境伯領には天然の牢獄のような地形の場所がある。
深い森を抜けた先に、とても人の力では一度落ちたら登り切ることが出来なさそうな、崖がある。
崖の先は、小さな町ならすっぽりと入ってしまうぐらいに広範囲に陥没していて、その陥没地帯を囲むように周囲を高い壁が覆っている。
その中央に高い塔がある。
元々その陥没地帯──アルスターの牢獄は、罪人を落とす場所だった。
罪を犯した者の身包みを剥がして、縄で打って崖の下に落とす。
まず生きていないだろうし、生きていたとしてもその場所で長く生きられるわけもない。
けれど中にはものすごい生命力を発揮して生き延びる人なんかもいて、そういう人は兵士として取り立てる。
アルスターの監獄の中央にあるのは、監視塔である。
今は、そんなひどいことはしないから、古の遺物だけれど。
ひどいことをするものよね。
昔の人って残酷だわ。
でも、ま、昔も今も、人間なんてそう変わらないんだけど。
そのひどいことが呪具をうむ。
今はもう使われていない監視塔に、シェイド様が幽閉されているらしいのだ。噂では、そうだった。
アルスターの監獄ぐらい大規模な惨劇が起きていた場所って珍しいし、呪われた王子が幽閉されている呪いの塔──元々罪人の監視塔だなんて、私の趣味の業界では生きている間に一度は行ってみたい聖地の一つだったのよね。
でも、アルスターの監獄周辺は厳重に警備をされていて、近寄れないようになっているっていう、これも噂。
私は今まさに、そのアルスターの監獄が眼下に広がっている、壁の上へと立っている。
婚礼着を着たまま馬車で護送されてきたのよね。
「兄上の花嫁になるのだから、その姿でちょうどよかっただろう、ふははは」
みたいな感じのことを、ルディク様は言っていた。
もう会うこともないだろうし、きっとルディク様はマチルダと結婚をするのだろうけれど。
正直、あんまり興味はない。
私ははじめて目にする呪いの塔の、独特なおどろおどろしい雰囲気に夢中になっていた。
アルスターの監獄の中央にある塔と壁には、橋がかけられている。
てっきり、呪いの塔は陸の孤島みたいになってるのかなって思っていたけれど、元々監視塔だったのだから、連絡通路ぐらいあるのは当たり前だ。
兵士が駐屯するのに、陥没地帯にいるかもしれない罪人の間を突っ切っていくのは危険すぎるし。
「歩け、盗人め」
ドレス姿の私は、縄に打たれている。
その縄を兵士の方々が引っ張って、塔へと連れていく。
陥没地帯にも木々や草が生い茂っていて、塔の中のシェイド様の呪いの影響なのかしら。
草や木の実やキノコや動物などなど。
すごく──いい、呪われた素材に育っていそうだった。
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