黒の魔女とマリちゃん
魔物操りの笛の音を響かせながら、私はクイールちゃんに乗ってマリちゃんとシェイド様と一緒に惑星の墜落地の中心へと向かう。
魔女の住処に近づくにつれて、不毛の大地から、うねった木々がはえた趣のある景色へと変わり始める。
黒々とした木々の生い茂る道なき道を私たちはすすんでいく。
徒歩で訪れるのには大変な場所だけれど、私にはクイールちゃんがいるし、シェイド様はふわふわ浮いているので、結構あっさり魔女の家と思しき場所に辿り着くことができた。
それは三角形の屋根の、可愛らしい家だった。
ころんとしていて、どことなくきのこに似ている。
外壁には手のひらの形ににた緑色の蔓植物が纏わりついていて、赤い三角屋根には大きな黒い鳥がとまっている。
私たちが玄関の前に辿り着くと、黒い鳥はばさりとはばたいて、どこかに飛んで行った。
私はマリちゃんを抱いて、クイールちゃんから降りる。
クイールちゃんは体の大きさを小さくして、私の隣へと浮かんだ。
「ここが黒の魔女の家ですね」
「こんなにあっさり辿り着いていいものか」
「いいんですよ、シェイド様。目的地さえ分かればまっすぐすすんだほうがいいのです」
「お前が優秀だからだな」
「まぁ! ありがとうございます。シェイド様が呪われていてくださったおかげで、私も魔女の家に、はじめて来ることができました。正直少しわくわくしています」
「それはよかったな」
魔女って、襲ってくるのかしら。
突然家を訪れた人に襲いかかってくるのかしらね。
魔女は呪具をつくるけど、呪具の効果で災難が訪れたとかそういう逸話は聞いたことがあるけど、魔女に危害を加えられたとか、そういう話は聞かない。
そもそも魔女に会ったとか、そういう話は聞かないのよね。
呪具だって、そんなにすごくたくさんあるわけではないもの。だから――正直よくはわからない。
私が扉を開こうとすると、シェイド様が私を制した。
私の体には触れられないから、片手で、待て、みたいな仕草をされた。
お預けをくらった犬みたいな気持ちになりながら、私は一歩さがる。
危ないかもしれないから、先に入ってくれるつもりなのね。
シェイド様が扉をノックしても、反応はなかった。
扉に手をかける。ドアノブを掴んで、手前に引いた。
「わぁ!」
「なんだ?」
思わず私は声をあげる。
叡智の指輪がきらりと光り、突然ジョセフィーヌの小箱があらわれる。
小箱は勝手に開いて、中の黒々とした宝石が嵐のように巻きあがり浮かび上がった。
宝石は黒い煙になり、黒いドレスを着た女性の姿に変わっていく。
はっきりとした姿ではなくて、靄のかかった女性のような姿だ。
その女性がシェイド様をすり抜けるようにして扉に触れると、扉はあっさりと開いた。
扉が開くと、その女性の姿をした靄は消えてしまう。
空っぽになったジョセフィーヌの小箱が地面にとさりと落ちる。
私はそれをひろいあげて、叡智の指輪の中にしまった。
「呪いの塊が、なくなってしまったな」
「はい」
「また、吸うか?」
「いえ、いいです。私はちょっと反省しているのですよ、シェイド様が困っているのに、興奮している自分に」
「興奮してくれてかまわない。呪われているのが私の価値だろう」
「またそんなこと言って。駄目ですよ、シェイド様。シェイド様はシェイド様というだけで価値があるのですから」
扉の奥に広がっている部屋はそんなに広くない。
魔道具精製の窯と、小さなキッチン。テーブルとソファ、二階に続く階段。
その全てが埃を被っており、何年も前に誰もいなくなってしまった廃墟のようだった。
「魔女、いませんね……」
「そう簡単には会えないか」
「残念です。でも、何か手がかりがあるはずなので、探してみましょう!」
さっきの女性は、私たちを中に誘っているように見えたのに。
黒の魔女は私たちを招待してくれたのではないのかしら。
シェイド様を励ますように声をかけて、私は部屋の奥へと踏み込もうとした。
するりと、私の両手からマリちゃんが抜け出して、私たちの目の前のテーブルの上にちょこんと座った。
「マリちゃん?」
「今度は猫か」
「どうしました、マリちゃん」
再び黒い靄が形となって、マリちゃんの周りにあつまっていく。
マリちゃんの体に吸い込まれるようにして、黒い靄が消えていった。
次の瞬間、テーブルの上に足を組んで――若い女性が浮かんでいた。
先程は黒い靄だった女性と同じ姿だ。
黒いドレスに、形のいい足。ヒールのある靴。
魔女というのはこうあるべき、というような、美しい姿をしている。
「マリちゃん……」
「なんて鈍感なのかしら、キャストリン」
「マリちゃんが罵倒してきた……」
やれやれと、マリちゃんが変化してしまった女性が、肩を竦める。
シェイド様は私を庇うようにして一歩前に出た。
「お前が魔女か」
「そうよ。シェイド、大きくなったのね。私があった時は――あなたはまだ、うまれてもいなかったもの」
「ずっと、猫の姿でキャスの傍に?」
「それは違うわ。マリちゃん――マリーンは、私の使い魔。私はもう死んでいる。これは私の記憶、力の残滓。マリちゃんが言葉をしゃべることができたのは、私の力があったから。今、私が話をすることができているのは、キャストリンが私の力を宝石にして、私の使い魔のマリちゃんをここにつれてきたから」
魔女は歌うように言った。
それから、私をどこか――愛しそうに見つめた。
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