結構快適、塔生活
案の定、塔周辺の森には呪いによって変性した植物がたくさんはえていた。
ぐねぐねと捻じ曲がった木の枝や、人の顔が浮かび上がったキノコや、人の手みたいな形をした植物をわんさか収集した私の横を、つかず離れずの位置でシェイド様はふわふわ飛んでいる。
「シェイド様は歩かないのですか?」
「つい、癖でな」
「空に浮かぶ癖?」
「あぁ。この方が、他人との距離がとりやすいだろう」
「なるほど」
「そのようなものを集めてどうするんだ?」
「それは――内緒です」
私は決意したのだ。
シェイド様の呪いをといてさしあげようと。
でも、できるかどうかわからないから、まだ言えない。
私は呪いが好きなので、呪いをとくための魔道具を作るなんて考えもしなかったからだ。
とりあえず材料を収集して、試作品をつくって――まだ作成に取り掛かるには早いわよね。
ジョセフィーヌの小箱で集めた黒の魔女の呪いについて、もう少し観察したいし。
塔の最上階に戻った私は、小箱やその他の素材をテーブルの上に並べる。
シェイド様は椅子に座って、私を見ている。シェイド様の前にイドちゃんがお酒を置いた。
お酒と、クリームチーズとサメの卵のカナッペ。
街で買って保管しておいたものである。材料さえあればイドちゃんは何でも作れる。有能なメイドさんなのだ。
「これを、こうして、こうして……うん、できました!」
開いた黒の書を確認しながら、私は素材を精錬窯の中に投げ入れる。
窯の中に入れると、呪いが混じりあって新しい道具がうまれるのである。
不思議なのだけれど、そういうものらしい。
ジョセフィーヌの小箱の中は、黒い宝石でいっぱいになっている。それは黒の魔女の呪いを固めたものだ。
その宝石と、人骨キノコ、呪いの指先ゼンマイに、彷徨う英雄の剣の欠片、壊れた羅針盤を混ぜ合わせてできあがったのが、『黒の魔女の古地図』である。
手のひら大の巻物の形をしていて、開くと地図がある。
地図には黒い点がある。
それは――黒の魔女の居場所を示すものだ。
「シェイド様、少し遠くまでお出かけしませんか?」
「出かける――どこへ?」
「黒の魔女の古地図に載っているのは、黒の魔女の居場所です。呪いの元凶に会いに行けば、呪いの理由がわかるというものでしょう?」
「……何故、そんなことをする必要がある?」
「呪い、とけた方がいいかなって」
シェイド様は私の提案に、何故かとても難しい顔をした。
おかしいわね。もっと喜んでくれるかと思ったのに。
「お前は私の呪いを解きたいのか、キャス」
「キャスって呼んでくださるのですね」
「あぁ」
「シェイド様」
「キャス」
「えへへ……」
私は照れ笑いをした。
そういえば、男性から名前を呼ばれて恥ずかしい気持ちになるのってはじめてだ。
「私は、このままでいい」
「えっ」
「お前は、呪われた私だから興味を持ったのだろう? 呪いがとけた私に何の価値がある。王家からは見捨てられ、長年ここに閉じ込められてきた。呪いを失えば、私にはなにもない」
「……むぅ」
私は古地図を握りしめて、頬を膨らませる。
確かに私はシェイド様が呪われているから、喜んでここにきたのよね。
でも――。
「シェイド様、呪いがとけたら――なんと、私と手を繋ぐことができますよ」
「……呪いがとけたらお前は、私から興味を失うだろう」
「何を言っているんですか。私はあなたの妻です。シェイド様に何もなくても、私がシェイド様を養うから大丈夫です」
「まさかこの場所で、男としての情けなさを味わう羽目になるとは」
「手、繋ぎたくないですか? 私は繋ぎたいです」
「……繋ぎたいな」
素直に頷かれてしまった。
呆れた顔をされるかなって思ったのに。
なんだかとっても恥ずかしくて、私は俯いた。
「――なるほど。触れないとは不自由なことだな。お前のあたたかさを、感じてみたい。柔らかい体に、触れてみたいと思うのに」
「あまり言われると、照れてしまいますね……でも、でしたらやっぱり呪いを解くべきです。私、黒の魔女に会ってみたいですし。そもそも魔女に会うことなんてできないのですよね、普通は。どこにいるのか分からないので。たまたま、黒の魔女の呪いそのもののシェイド様から呪いを集めることができたから、魔道具を造ることができたのです。これってとっても、運がいいですよ!」
恥ずかしさを隠すように、私はまくし立てた。
かくして、私たちは地図の示す場所に向かうことになったわけである。
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