魔道具師キャスの成り上がり人生
私が――屋根裏でじっとうずくまり、ただ死を待つだけの日々からいかにして自分の足で歩きだしたのかまで話し終えると、シェイド様の持っているグラスがバリンと割れた。
割れたけれど、中の葡萄酒はふわふわ浮いていて、割れたグラスの散らばった破片が、するすると元の状態に戻った。
「シェイド様?」
「いや。それで、お前はどうしたのだ。それから」
「私はこっそり屋敷を抜け出しました。私が屋敷からいなくなっても怪しまれないように、素材を集めて、まず手始めに私と同じ形をしたドッペル人形を作りました」
「簡単につくれるものなのか?」
「とりあえず、素材集めからでしたが……黒の書には、素材の場所や作り方なども詳しく乗っていたので、結構簡単でした」
「そういうものなのか」
「はい」
私と同じ形をして、簡単な返事をすることができる人形が出来上がるまでは、あまり遠出はできなかった。
近くの古戦場やらいわくつきの廃屋やらで、土地に残る呪いによって変性した呪物をあつめて、屋根裏部屋へと持って帰った。
屋根裏部屋に足を踏み入れる者など誰もいなかったけれど、一応部屋の隅に隠しておいて、布をかぶせた。
夜になると屋根裏の小窓から窓を伝い、その先にある背の高い木にしがみつき、地面まで降りる。
そして朝が来る前には戻ることを繰り返していると、結構するすると、行ったり来たりできるようになった。
呪物を組み合わせて魔道具をつくることは本に書いてあったとおりに行えば、そんなに難しくない。
魔女は窯を使用する。窯にいれて混ぜると、それぞれの呪物の持つ魔力が反応しあって、呪具がうまれる。
呪具には人を不幸にする力がある。
これは魔女たちが、呪具を使って人を不幸にして恨みつらみの感情を満たして、魔力を持つ呪物を育てるためである。と、黒の書には書かれていたけれど。
これは本当かどうかわからない。
人の不幸が好きな人って結構いるものだから、もしかしたら単純に人々を不幸にすることが趣味なのかもしれない。
それに魔女たちも呪具ばかりではなく、魔道具も作っていたようだし。
ともかく私は魔女ではない。
魔女ではない私がつくると、呪物の持つ魔力が組み合わさって、魔道具ができる。
屋根裏に窯を運ぶのは大変だったから、はじめは廃墟で見つけた調理場の窯を使った。
窯であればなんでもいいらしい。そんなわけで、私を模したドッペル人形ができた。
「お前は……夜な夜な、一人で廃墟などをうろついていたのか? 危険だろう……!」
「危険ですが、こうして私は無事でいるので、いいじゃないですか」
「しかし。襲われたりはしなかったのか?」
「狼に?」
「狼だけではない。……男、などに」
「そんなこともあったような気もします」
「キャス……!」
「でも、無事ですし、返り討ちにしたので大丈夫です。私は痛いのが嫌いなので、ちゃんと護身についても考えていました。次に作ったのがこの子です」
私は「おいで、クイールちゃん」と言って両手を広げた。
ぽんっと、私の膝の上に丸い物体が現れる。丸い物体は、大きく伸びをした。
「きゅー」
「これはクイールちゃんです。護身用の魔道具です。大きくなって空も飛べます」
白くて丸いクイールちゃんが体をのばすと、それは小さな獅子の姿になった。
額に青い五芒星があるところがとっても可愛いクイールちゃんは、私が命じれば大きくなって私を守ってくれる。空を飛ぶこともできるので、屋根裏から抜け出すことが格段に楽になった。
「安心してください、シェイド様。あなたのキャスは、誰にも穢されていません。ちゃんと、清い身です」
「――それが、どうした。どのみち私はお前には触れられん」
「触りたいですか?」
「……どうでもいい。続けろ」
さっきまで凄く心配してくれたのに、シェイド様は投げやりに言った。
クイールちゃんはマリちゃんの隣で、大人しく丸くなった。
「そんなわけで、ある程度の自由を手に入れた私は、こっそりと家を抜け出しては、最初は黒の書に書いてあった通り、呪物や魔女たちの残した呪具の収集をはじめました。趣味です」
「黒の魔女の残したものも?」
「ええ。私のコレクションにあった気がします。といっても、魔女の残した呪具はそんなに数が多くありません。私は次に、街で情報をあつめはじめました。珍しい呪物を探すためです」
「……珍しい、呪物」
「はい。本にのっていないものもあるんじゃないかな、ということで。怖い話や、不思議な話、人々の噂などを集めては、その場所に赴いて探索する日々。でも、結構ただの噂だったり、空振りだったりすることが多くて……早々、本当の呪いには出会えないものなのです」
「物好きだな」
「はい。まぁ、そんな生活を続けていると、先立つものが必要になります。無一文では生活ができませんので。それで――商業都市グランベルトに行きました。地味で目立たない魔道具を売ろうと思いまして」
私は鏡に視線を向ける。
魔道具師とは、私一人ではない。数は多くないけれど、商業都市グランベルトともなれば、魔道具は少しは流通している。
私は他の魔道具師に会ったことはない。
魔道具師は特殊だから――皆、隠れて生活しているらしい。
表に出ることがあれば、その特殊性から、貴族に飼われたり、王家に飼われたりする可能性があるのだ。
皆それを嫌って隠れているのだと、ジルスティート商会の若き会長であるアベル・ジルスティート様に教えて貰った。
アベル様は私の取引相手だ。
せっかくなら一番大きなお店で商品を取り扱って欲しいなと思い、ジルスティート商会の門戸を叩いた。
アベル様はとても気さくな方で「呪物を集めてるって? 面白いお嬢ちゃんだな。そういや、海にも呪われた船が沈んでるんじゃなかったか?」と、商品を取り扱う約束をしながら、そんな噂も教えてくれた。
「……そこで、呪われた沈没船が出てくるわけか。……キャス。そのアベルという男は」
「取引相手です。でも、結構お金は稼ぎましたし、シェイド様を養えるぐらいには稼ぎましたので、もう商売はしません」
「……そうか。それで」
「それだけです。そんな生活をこっそりしていた私は、ルディク様の婚約者でした。ルディク様は私を大層お嫌いになっていて、まさしく婚礼の儀式の日、私は叔父夫婦と義理の妹に冤罪の罪をきせられて、ルディク様はそれを信じて、私に婚約破棄を突きつけて、シェイド様との結婚を命じられました。私、運がいいです。おかげで憧れのシェイド様に会えましたから」
私が話し終えると、今度は塔全体ががたがたと震えて、窓という窓がバリンバリンと割れた。
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