序章:キャストリン、婚約破棄される
にわとりの卵ぐらいの大きさの、つるんとした赤い宝石がはめこまれたネックレスが、私の眼前で揺れている。
それは王家の至宝と言われている『乙女の血の首飾り』だ。
禍々しい名前とは違い、特に何の力もこもっていない。ただただ大きなルビーを磨いただけの代物だ。
値がつけられないぐらいには高価ではあるのだけれど。
それを持っているのは、私の従姉妹のマチルダ。
お母様とお父様が馬車の事故で亡くなり、グリンフェル公爵家を継ぐためにやってきた叔父夫婦の娘だ。
「お姉様、お姉様の部屋から王家の至宝がみつかりました。グリンフェル公爵家に産まれ、王太子殿下ルディク様の婚約者でありながら窃盗を働くなど……嘆かわしいことです……!」
豪奢な金色の髪に春の花のような薄桃色の瞳をしたマチルダは、私と同じ年。
両親が亡くなって叔父夫婦に連れられて我が家にやってきた時から、年齢が同じということもあってかマチルダは私を目の敵にしていた。
その清楚で愛らしい見た目とは裏腹に、嘘をつき人を陥れることをなんとも思っていないような、趣深い性格をしている。
「見損なったぞ、キャストリン。マチルダから聞いている。貴様はグリンフェル公爵家を支配し、マチルダを自分の僕のように扱いイジメ抜いてきたそうだな! その上王家の至宝を盗むとは!」
「この恥晒しめ!」
「盗人の子供は、どこまでも盗人なのよ!」
マチルダの隣で、私の婚約者のルディク様がたいそうお怒りになっていて、その背後には腰巾着みたいにくっついている叔父アルゼンと叔母シーナの姿。
彼らは私が十歳の時、公爵家にやってきた。
アルゼン叔父様は父の双子の弟で、双子でありながら先に生まれた父が家督を継いだのを、ずっと『盗人』だと言って怒っていた。
シーナ叔母様も同じで、グリンフェル公爵家は裕福だったけれど、分家であるアルゼン叔父様は事業に失敗して多額の借金を抱えていた。
だから、裕福なグリンフェル公爵家を逆恨みして、やっぱり『盗人』と言って亡くなったお父様を罵っていた。
家の中で居場所を失い、マチルダの僕のように扱われていたのは私のほう。
口答えすれば馬用の鞭で背中を叩かれたし、食事も満足にさせてもらえなかった。
薄暗い屋根裏が私の居場所だった。
そんな私がルディク様の婚約者に選ばれたのは今から三年前。
私が十五歳の時だ。
公爵家との繋がりを強めるための婚約で、私が選ばれたのは──今は亡きお父様と、一年前に亡くなった国王陛下が友人関係にあったから。
といっても──。
「貴様のような不吉な黒髪と、恐ろしい赤い目の女など、俺ははじめから嫌いだったのだ。マチルダの話を聞き、なおさら貴様に嫌悪感を抱くようになり……しかし、亡き父上からの命令だ。我慢をし続けていた。だがもう限界だ!」
ルディク様の声が、大広間に響いた。
何も今日、婚約破棄をしなくても。
だって今日は、ルディク様と私の結婚式。
大広間には貴族の皆様が勢揃いしていて、私は白い婚礼着を着ている。
婚礼着に着替えて大広間に入った途端に、この断罪劇は始まったのよね。
まぁ、つまり、最初から計画されていたってわけ。
今日は国中の貴族が集まるし、王妃様もいらっしゃる。
私の罪を詳らかにして、婚約破棄をするにはうってつけの舞台だったのでしょうね。
内々に処理すると、どこかで不満が生まれるかもしれないし。
だったら皆の前で、私を罪人として吊し上げて、今は亡き国王陛下の王命に背くことの正当性を、皆に見せつけたかったんでしょう。
いいわ、別に。
だって、ルディク様に嫌われてることなんて、知っていたもの。
私はお父様によく似た黒い髪と赤い瞳がすごくすごく、とっても気に入っているけれど、ルディク様はマチルダみたいな豪華な金の髪が好きみたいだし。
そのうち何か起こるかなって思ってたのよ。
マチルダは、あることないことルディク様に吹き込んでいるみたいだったし。
ルディク様は私に最初から優しくなんてなかったし。
むしろマチルダばっかりに構っていたもの。
だから、私は──泣いたりしないし、うつむいたりもしない。
窃盗罪を押し付けられるなんて思ってなかったけど、このまま順調に結婚できないだろうなって心のどこかでわかってた。
叔父様も叔母様も私のことが嫌いで、公爵家としてのプライドはものすごく高い人たちだから。
私が王妃になるなんて、許せないでしょうねって思ってた。
「キャストリン、貴様を呪いの塔送りとする。あそこには呪われた我が兄がいる。貴様には兄の花嫁になってもらう」
「花嫁……?」
「あぁ。あの化け物もひとりぼっちで寂しかろう。せいぜい仲良くするんだな」
「ふふ……お姉様、よかったですね! ルディク様は寛大なお心で、お姉様の罪をお許しになられるのです。王子様と結婚できるのですから、お姉様もさぞ幸せでしょう」
「不吉な見た目の貴様と、化け物ならばきっと似合いだろう」
ふふ。あはは。いいきみだ。あははは……!
まぁ、なんてかわいそう……!
化け物の花嫁だなんて!
顔を合わせた途端に食われてしまうでしょうね!
大広間には嘲りと哀れみと、さまざまな感情がこもった笑い声があふれた。
人の不幸は、蜜の味といいますし。
皆、私の不幸が楽しくて仕方ないみたいだ。
これでこそ、人間。
人間の趣深さだわ。
私はできる限り、悲しくて苦しくてどうしようもないみたいな顔をした。
だって──そうしないと。
口元がにやにやしてしまいそうだったからだ。
どんな罪になるのかしら。国外追放とか。投獄とか、処刑とか。
いろいろ考えたけれど、まさか『呪いの塔』送りになるなんて。
あの場所は、私の憧れ。
いつかいきたい聖地巡礼スポットのうちの一つだった。
まして『呪われ王子』と結婚をさせてくれるなんて。
花嫁って、生贄ってことだろうけど。
それでもいい。構わない。
だって──呪われ王子に、一度でいいから会ってみたかったのよ、私……!
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