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シャムロック  作者: 土筆 怜右
1/4

一枚目が愛で、

 私はとある任務を任されている。にもかかわらず、二年という定められた期間で遂行することができず、途方に暮れている最中だ。

 任務を遂行することだけが取り柄である私は、完遂できなければ、首を切られるだろう。

 こんな時、体が勝手に向かう場所がある。色とりどりの蝶が舞う、クローバーの里だ。

 二年前、私と組んでいた元バディはこの場所を知らない。私だけしか知らない場所。なのに、階段を上がると、なぜか元バディが立っている。

「俺の名前は……」


 ***


 幼い私は人身売買の商品として誘拐されたらしく、三歳の頃に、名も知らない男に買われた。同じ牢にいた同じくらいの身長の男の子と一緒に。

 初めて見る外の景色、車という乗り物、人間以外の生物。けれど、私の心は全く揺れ動かない。

 当時の私はまだ、感情というものを知らなかった。

 カーテンで遮られていたため、車窓からの景色が見えなかったが、私は少しだけめくってしまう。そこから見えた景色は私の脳裏に焼きついた。

 手前から奥まで、左から右まで、ずらーっと緑が一面に広がっていたのだ。

 私が脱力するとともに、カーテンも元に戻る。

 車から降りるまで、その光景を瞼の裏に投影し続けた。

 車が停車し、名も知らない男に言われるがままついていく。地上から地下へ。深く、さらに深く。暗くて、鼻をツンと刺激する臭いが漂っている。

 どれほど歩いただろうか。距離も時間も気にしていなかったものの、足が小刻みに震えている。

 ドアを二つ開け、小さな部屋に入る。

 そこには、掛け時計と身長くらいの高さのテーブルと、その上には地図と何かわからない機械が置かれている。

「私は……マスター。君たちのような子どもを守るために活動している」

 突然話し出したため、聞く耳の準備ができていなかった。名前がマスター、だということしか頭に残っていない。

「君たちにも、その活動を手伝って欲しい。もちろん、今すぐにとは言わない。数年は基礎体力、基礎知識を……」

 話の主旨がわからない私は、聞くのを諦めた。他に何がしたいわけではなく、この話が無駄であると感じたのだ。

「今、この時から、君たちにはバディを組んでもらう」

 聞いていないことがバレたのか、マスターは語気を強めてくる。

「それから、名前を授けよう」

 名前……私は自分の名前を知らない。

 ネームタグをつけられたはずの足首を確認するも、なぜか外されている。

「君の名前は(あい)

 マスターが私の目を見て言う。

 愛。

 私は少しだけ違和感を感じた。

「君の名前は希望(きぼう)

 続けて、隣にいた男の子を見て言う。

 自己紹介を信頼の証だと思った私は、希望の方を向いて尋ねる。

「君の名前は?」

 しかし、希望は答えてくれず、部屋を出て行ってしまう。


 こうして、愛と希望のバディ人生が始まった。


 ***


 年月が経ち、私たちが連れてこられたのは、子どもに対する犯罪から、子どもを守る組織であることがわかった。

 中でも、人身売買をするトラフィッカーから守ることが、大半を占めている。

 警察でもなく、スパイでも探偵でも、ヒーローでもない。ボランティアが最も適切だろう。

 そんな私たちは警察への通報を盗むことで、情報を得ている。

 犯罪に片足を突っ込んでいるみたいだが、私にはどうでもよいこと。私はただ、任務をこなすだけ。希望と共にマスターの命令に従うだけ。ロボットのように。ペットのように。


 現場から戻ると、体が勝手にある方向へ向かう。

 一人で向かった先は、あの時、車内から見えた光景の場所だった。なぜ、ここへ来たのかはわからない。

 私は階段を上がり、緑を一望できる場所に立つ。

 けれど、何も感じない。何も感じないからこそ、ここに来た理由もわからないでいた。

 少しして、荒い呼吸と、軽い足音が聞こえてくる。

「どうして一人で?」

 マスターだった。

 私は何も答えず、じっと緑を見つめる。

「ここはクローバーの里」

 呼吸を整え、マスターは呟く。

「体が勝手にここへ連れてきたのなら、それは興味があったということだ。脳裏からこの景色が離れなかったのだろう?カーテンを少し上げて覗いていたのを私は知っている」

 きまりが悪く、私は視線を落とす。

「クローバーの葉にはそれぞれ意味があって……興味ないか」

 私はマスターの蘊蓄(うんちく)を聞きに来たわけではないため、話し始めたのと同時に階段を降りる。

 クローバー。帰りながら、心の中で何度も唱えた。


 さらに、年月が経ち、私が十四歳、希望が十六歳の年、私の心に変化が生じることになる。

 いつものように、部屋で待機していると、通信機が通報をキャッチする音が聞こえてくる。

 初現場で想像以上の働きをしたからなのか、それ以降、希望と二人で任務に向かっている。

 マスターの部屋で身支度をしながら、キャッチした通報を聞く。

『娘が……家に帰ると……メアリーです……赤ちゃんです……朝の十時まではいました……』

 必要最低限の情報だけを聞き取る。聞きながら、希望が時計と地図を交互に見ている。

(もう、空港に着いてしまったかもしれんな)

 私たちは幼い頃から同じ時を過ごしていたため、気付かぬうちに心でやり取りするようになっていた。声が届く、というより、メッセージが届くような感覚だ。

 現在、午後五時。

 子どもの誘拐は、基本的に人身売買が目的だ。売買自体はその国では行わず、他国へ引き渡される。

 この親がもう少し早く娘の行方に気づけば、こんな切羽詰まった状況にはなっていない。

(最短で向かえば間に合います)

 私は黒のマリンキャップに丸メガネ、ロングコートで身を隠す。キャップから少しはみ出る銀髪を手櫛でとかす。

 希望は黒のバケットハットに金髪をしまい、ロングコートで身を隠す。

 蟻の巣のように張り巡らされた地下を通ることで、私たちは最短で、どこへでも向かうことが可能だ。

 連中が順調に事を進めていたとしたら、あと一時間で離陸だ。

(ここから空港まで三十分。探すのに五分だと考えても、余裕はある。だが、なるべく、恐怖を植え付けさせないようせねば)

 子どもの誘拐は家庭環境が原因になるケースもある。そんな心が不安定な子どもが恐怖を植え付けられれば、今後の生活に支障をきたしてくる。

 それに、今回は赤ん坊だ。この先、何十年と生きていく世界が色褪せてしまう。

 子どもの心の健康を守ることも重要なのだ。

(では、行きましょう)

 黒い手袋をして、空港へ向かう。

 この国の地図は全て頭に叩き込まされた。スムーズに任務を遂行するために。


 時間通りに空港へ着き、私たちは旅行客を装い、メアリーを探す。

(奴らもプロだ。いかなる場所からでも警戒しているはずだ)

 心でやり取りできる私たちにとって、盗聴器も監視カメラも意味をなさない。

 側から見れば、口数の少ない旅行客である。

(あれを見ろ)

 希望の視線の先を追うと、男性が赤ん坊を抱えている。

(落ち着いているように見えるが、赤ん坊の唇が微かに震えている。泣き叫んだ後、大声で止められでもしたのだろう)

 私たちは近くを通り、横目で真偽を確かめる。

(ビンゴですね)

(ああ)

 人身売買で取り引きされる子どもは、足首にネームタグをつけられる。

 "メアリー"と書かれたネームタグが、くるんでいるタオルケットから少しはみ出ていた。

 それと、男性のポケットから別のネームタグも顔を出している。しかし、頭文字が"J"であることしか確認できない。

 これからもう一人攫うつもりなのか?いや、ここで食い止めさせてもらう。

 私たちは別室に入り、身動きを取りやすくするため、身を隠していた衣類等を脱ぐ。

(作戦開始だ)

 私と希望は別行動を始める。私は再び、メアリーの横を通る。

(今から、全力で泣いてください。我慢しなくて大丈夫です。私たちは味方ですので、ひどい目には絶対に遭わせません。あなたの力が必要なのです)

 不思議なことに、子どもには心のやり取りが届いている。

 メアリーは初めから私たちのやり取りに気づいており、横を通った時、私たちを目で追っていた。

 強引に取り返してしまえば、子どもに被害が及ぶ可能性が高まる。そうならないために、何かをきっかけに、奴らの隙を生む必要がある。

 こういった被害者の子どもへの呼びかけは基本的に私が担当している。

 伝わり方の問題なのか、希望が単に苦手なだけなのか、何か他に要因があるのかはわからないが。

 ただその代わり、希望は作戦の主導権を握ってくれているため、私をいつも誘導してくれる。

 私の呼びかけに応じたメアリーは耳が痛くなるほどの大声とともに、溜め込んでいた感情を溢れさせる。

「おい!もう泣くなよ!」

 メアリーを抱えていた男が手を上げると、希望はその手を掴む。振り払おうとしても、希望の力にはびくともしない。ならば、と騒ぎを立てようとしたのか、客に紛れ込んでいた他の連中が、一斉に希望へ襲いかかる。

 相手が何人いたって構わない。私と希望に敵う相手は誰もいないもの。

 白鳥のように連中の中心へ飛び、開いた足を回転させる。

 強く顎を打たれた連中が、次々と倒れていく。

 私が着地すると、希望は両手を上げていた。状況を瞬時に判断し、私も両手を上げる。

「お前ら!いつも邪魔してくるやつだな!動くんじゃねぇぞ!」

 銃を取り出され、距離を取られてしまっていた。

 子どもに対する恐怖を減らすため、私たちは武器を所持していない。そのため、私たちは反応せず、ただただ、奴の動きを見続けることしかできない。ただ、見続けているだけではない。現状を打破するための材料を探しているのだ。

(あと少しですから。私たちを信じていてください)

 銃口が希望から私に向けられた瞬間、希望は奴に向かって飛び出す。

「動くなって!」

 動かないだろうと思っていたのか、奴は焦って発砲してしまう。

 希望はかわしたものの、流れ弾を懸念した私は、銃口の向く先を予測し、その先にいる少年を抱えて移動させていた。

 希望は自分に向けられた銃を持つ手の動きだけを見て、二発目も華麗にかわし、足をかけて体勢を崩させる。間合に入った希望は、掌底に力を貯め、みぞおち目がけて放つ。

「ぐはぁっ……」

 奴はその勢いで壁にぶつかり、ぐったりと倒れる。宙を舞ったメアリーを、私が優しく受け止め、一件落着。

(警察が来る前にとっとと行こう)

 サイレンが聞こえてきたため、私たちは急いで脱いだ衣類等で自身とメアリーを隠し、メアリーの親元へ向かう。

(よくできました)

 安心したのか、メアリーは眠っている。

「ありがとう!」

「こら!急にどこかに行っちゃだめよ!」

 背後から聞こえた親子の声には振り返らず、私たちは走り続けた。


「メアリーー!」

 見上げるほどの豪邸から出てきたメアリーの母親は、私からメアリーを取り上げる。

「良かった……無事で……」

 笑顔の母親とは対照的に、メアリーは母親の顔を見ることなく、どこか不貞腐れているように見えた。

 メアリーを抱く母親を見て、勝手に口角が上がる。そして、加速する鼓動。

 初めての感覚だったため、尋ねようとするも、希望は口元を隠して先に帰ろうしていた。

 それから、ほんの少しだけ胸の辺りが温かい。まるで、太陽の下でアフタヌーンティーを飲んでいるかのように。

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