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こんなことを自分で言うのもなんだけど、ろくでもない世界だった。
―――何であんたはそんな美人なの?横に立つと比べられて嫌なんだけど。
知るか。
美人に生まれたくて生まれたんじゃないのよ。
僻むな。自分を磨け。
―――あたしの好きな男があんたのことが好きだって言ってる!ムカつくんだけど!!
知るか。
振り向いてもらえない自分に問題があるんじゃないの?
私、全く関係ないじゃないの。
―――あんたが来ないなら合コンに行かないって男が多すぎる!!マジ迷惑!!
知るか。
自分たちの評価が私を上回らないだけでしょ。
それこそ関係ないじゃない。
そんなに合コンしたいなら、脳味噌を下半身に付けた男を探せよ。
―――麗香ちゃんさぁ、俺と付き合ってよ。俺となら釣り合うっしょ?
何様だ?
確かイケメンだ何だとちやほやされてるヤツだったけど、自信過剰すぎない?そんなイケてるとは思わないんだけど。
若い時の外の世界はこんなことが多かった。
そりゃあ、思春期の頃は異性が気になるものだし、付き合いたい、彼氏が欲しい、彼女が欲しいっていう希望があるのも分かる。
だけど、私にそんなものは必要なかった。
もっと正確に表現するなら、小さい頃からちやほやされたり、やっかまれたりするものだから、全く興味がなかった。寧ろ嫌気がさしていたとも言える。
―――今日も外に出てくるから、これで好きにしなさいね。
母親だ。
あの女は毎晩、男のところに出かけていた。
特定の男だったのか、それとも不特定多数だったのか。毎晩出かけていくから、話す機会もなかったこともあって分からない。
毎晩キャバ嬢みたいなドレスを着て、ばっちりメイクをして、アクセサリーを身に着けて出かけていく。
どこにそんな物を買う金があるんだと疑問に思っていた。
時に男のほうが家に迎えに来ることがあった。
時には若い二十代くらいの、派手で遊んでそうなチャラ男。
ある時は五十代くらいの、高そうなスーツに身を包んだ清潔な印象のオジサン。
ああ、この女はこういう風な連中と付き合っていて貢がせているんだ、と分かった。確か中学三年くらいの頃だったっけ。
外にも内にも、私の居場所はない。そう思った。
奨学金を得て大学を卒業した私は、とある商社に就職した。
特にやりたいというわけじゃなかったけど、初任給は良かったし、それなりに有名だったから苦労はしないだろうと思っていた。
大学の頃も男が寄ってきたり、やっかまれたりと鬱陶しかったから、就職後は可能な限りオシャレやメイクに興味がない女を演じた。
特定の人付き合いもせず、冷たい印象の女になりきった。
するとどうだ?
―――あの子、女捨ててるよね~。ダッサ。
今度はこういうことが始まる。
見た目に気を遣うとやっかむくせに、今度は蔑んでくる。
―――いくら何でもあそこまでダサいとナイわぁ~。
下心丸出しで言い寄って来た男どももこの感想。
どうにかしてモノにしたいと言い寄ってきていたくせに、見た目のレベルを落とせばこの評価だ。
まあ、その辺りは気にしない。
種類が違っても、学生の頃から言われ続けている内容とさほど変わらないわけだし、言われ慣れている。
これが自分の処世術だ。私はこのスタイルを崩すつもりはない。
―――久米さん、この仕事を今日中に頼むよ。今日中だよ。
社会人になって二年、三年くらい経った頃。
上司からの無茶振りが始まった。
書類の内容をPCに打ち込むだけの簡単な仕事。ただ、それも量による。
始めは少し多いくらいの量だったが、量が二倍、三倍と増えるようになっていた。
―――今日はさすがに音を上げるかな?
―――ありがとうございますぅ。じゃあ、ディナー行きましょ。
遠くから聞こえてきたのは、私に無茶振りをしてくる上司と、同期の女の声だった。
状況は分かった。シンプルないじめだ。
同期が嫌がらせをしたくて、上司を抱き込んだ。いや、逆に上司のほうが私を気に入らなくて、同期と結託して仕掛けてきているのか?
会話の内容からして前者で、恐らく不倫関係の一環になっているように思える。
まあ、そんなことはどうでもいい。どこの誰が不貞を働こうと、私には一切関係がないこと。
仕事なんか片付ければいい。大した内容でもないし、ちょっとの残業で片付く。
―――今日はこれね。
ドン、と私のデスクに置かれた大量の資料。
七年目に差し掛かると、投げられる量はエスカレートしてきて、ざっと七人分の仕事が飛んでくるようになった。
普通、こんな量の仕事を一人に与えない。
―――今度はどうだろうなぁ。
―――いい加減辞めてくれないかしらねぇ。ホント目障り。
仕事にかこつけたいじめはエスカレートしている。
まあ、それでも私は片付ける。残業時間は長くなっているものの、こなせないわけじゃない。本来の自分の業務をさっさと終わらせておけば、余裕は生まれる。それで対応すれば大したことにはならない。
この二人の関係、結構長く続いてるのよね。そこまで利害が一致しているのか、それとも私をいじめることでストレスを発散しようとしているのか・・・
どっちにしてもろくなものじゃあないけど、そろそろ飽きてきた。
どうせ投げられる仕事もあの女がやり残した・・・いや、わざとやり残したものだ。残すために仕事をしないにしても、よく暇を持て余さないなと感心する。
私もだるいことに変わりはないし、あの女と上司のいじめに付き合ってやるつもりもない。
何か仕返しができないか考えるようになった。
そんな折、
―――久米さん、今日合コンやるんだけど、来れない?急に一人来れなくなって困ってるんだぁ。会費はこっちで持つから、来てくれない?
そんな誘いがやってきた。
私生活でも会社でも孤立している私に、交流なんてない。
そんな私にこういう誘いを仕掛けてくるのは、単純な数合わせもあるだろうけど、見た目ボッサボサの私を出汁にして、男の気を引こうって魂胆だ。
話を聞くと、あの同期も来るらしい。
上司と不倫しておいて、他の男にも手を出すのか・・・なかなかたくましいわね。感心するわ。
ふと、これを利用できないか、と思った。
「いいわよ」
了承して、参加することにした。
そして当日、
―――おおっ、スゲェ美人じゃん!!
今までわざとボッサボサにしてきた髪も切って染めてバッチリ仕上げて、ちょっと高価な洋服を着て合コンに出た。
―――ヤッベェ、レベルたけぇ!!
―――は・・・?誰これ?
四対四の合コンで、男ども四人は大盛り上がり。
一方の女どもはドン引き。
まあ、見た目だけは昔から評価されているからね。どうでもいい評価だし、それのせいで不服な思いも腐るほどさせられた。
人間のベースなんて、いじったり、不健康な生活を送らない限り大して変わらない。私にとっては不本意なこの美貌も大して変化はなかった。
趣味って何なの?オシャレだし、服とかめっちゃ気使ってんじゃね?誰もほっとかないでしょ?
男たちは私に釘付け。
同期を含めた女たちは放ったらかし。
ちょっとだけ気分はいい。
でも、私にとってはどうでもいい。
「あんたたちなんかに興味はないわ」
財布から会費を出してテーブルに叩きつけて、
「大したもんじゃないわね。そこで縮こまった女どもとよろしくしなさいよ」
全員言葉を失ったみたいだけど、そんなことはどうでもいい。
「特にその派手な女、男なら誰でもオッケーみたいよ。おじさんでも誰でもイケるクチなんだから」
場を凍らせて、私は店を後にした。
翌日、
―――あんた、何様のつもりよ!!合コン、メッチャクチャになったじゃないの!!
同期たちに怒鳴りつけられた。
まあ、やったことがやったことだし、その点は文句を付けられても仕方がないけど。
ただ、私も私で言い分はある。
「メッチャクチャにしてやりたかったのよ」
そう。ただただ腹が立っていたし、
「あなたに恥をかかせてやりたくてね」
こいつが大嫌いだし。
とにかく、こいつらをぶっ壊してやりたくて。
その後、つかみ合いのケンカになってしまった。
結構な騒ぎになってしまって、例の上司を含めた上役と、大勢の社員が駆けつけて、強引にこの争いを収束させた。
―――言い分は分かるけど、久米さんがやったことは良くないねぇ。
私は上司に会議室に押し込められた。
結局、上司はあっちの肩を持つ。
それくらい分かっている。私もバカじゃないし。
だから、
「そうやって可愛い年下の彼女を守って、ご苦労様ですね」
と、伝える。
向こうはかなり頭に来たようで、なんやかんやと説教を垂れていた。内容は覚えていない。
「火遊びはほどほどにしておいたほうがよろしいかと」
いい加減鬱陶しくなったから、写真を渡した。
この日のために準備していた物だ。彼らは発情期を迎えたサルみたいなものだから、ネタを手に入れるのに大した苦労はしなかった。
彼はそれを見て言葉を失ったらしいけど、
「脅しはしませんよ。あなたを脅したところで、大した物も出てこないでしょうし」
所詮中間管理職。しかも、平より少し偉い程度。大した手当てもない。
そもそも、こいつらの下品な生活を出汁に楽しようなんて思ってもいない。
「今日限りで辞めさせていただきます」
私はこうして長く勤めた会社を辞めることになった。
これからどうしようかな・・・
当てもなくうろうろしているうちに、日付が変わってしまった。
何も考えていなくて、ただ自然とコンビニに寄ってタバコとライターを買って、橋の上で吸った。吸ったこともないけど、なんとなく吸ってみたくて。
吸って、溜息をついて、また吸って。
そんなことを繰り返していると、
―――あんた、死ぬとかじゃあ、ないよな?
話しかけてきた男が一人。
それが伸二だった。