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「よし、張り切って行くか!」
「好きなだけ殴っていいんだろ?腕が鳴るぜ」
「調子に乗らないでよ、ちょっと」
「チョトマテチョトマテ」
本当にグレた連中を締めに行くことになるとはな・・・
いや、もう何も言うまい。
行くと決めたからにはキッチリやるだけだ。
となれば、足をすくわれんようにしとかないといけないわけだが、
「何だよ」
「張り切って行くのも、好き放題に殴るのも結構だが」
「いいんですか」
どうせ勢いが余っている連中だ。後で処罰さえ受けなければ、多少痛い目に遭わせたところで文句もないだろう。
好き放題に殴るかどうかは一旦置いておくとして、過剰に攻撃を加えるとどうなるか分からんから、この辺りの認識を合わせておきたい。
「ジェシカは大した攻撃力じゃないし、特に問題はないとして」
「あ?ケンカ売ってんのか?お?」
「キースは剣以外のスキルあるのか?」
問題はキース。
手甲で殴ったらそこそこ痛いだろうが、剣は痛いで済まない。
「無手スキルは習得してないんだよな・・・俺も若干困ってる」
となると、いつものように剣でサパッと斬るわけにはいかん、と。
「しょうがないな。納刀した状態で戦え」
「・・・鞘で殴るのか?」
「おう」
刃で斬り付けるわけにはいけないってなると、できることはいくつかしか思い浮かばない。
一つ目。峰打ち。
刀の背中で打撃を加える、大暴れする将軍様とか、頬に傷があるお侍さんなんかが有名な攻撃方法。これなら打撲させるくらいで、怪我をさせることはない。
ただ、キースの剣は刀じゃなく両刃の剣・・・刀身が全部切れるから、峰打ちができない。
二つ目。鞘で殴る。
剥き出しの刀身で攻撃すれば斬れてしまう。だからって剣でしか攻撃できない。となりゃあ、刀身を隠すしかない。だから納刀状態・・・つまり、鞘に納めている状態の剣で殴るってわけだ。
モンスター相手ならいくらでも傷つけていいんだが、その辺の小僧どもを締め上げるのに刃は要らない。本人にとっちゃあ不本意だろうが、今回はこれで行ってもらう。
「リオーネは魔法の加減、できるか?」
もう一つの心配はリオーネ。
「うーん、できなくはないけど、大怪我しないくらいまでとなると自信ないかなぁ」
魔法攻撃はかなり強力だ。
耐性があるかどうかの問題はあるが、モンスター相手に大ダメージを与えることができる火力だ。人間に撃ったらひとたまりもない。
まあ、実際に撃った人もいるんだが、アレの場合は加減が相当上手い。
火力の加減はできるが、そこは当人たちの力量差が当然出てくる。こう言ってしまうのは申し訳ないが、リオーネはヴェロニカと比べて火力も加減も未熟だ。人に向けて撃ったら軽い怪我で済まないだろう。
普段なら火力要員として重宝するんだが、今回は話が別か・・・
「リオーネは後ろで待機しててくれないか?」
「いつでも撃てるようにしておけばいいわね?」
「そういうこと。理解が早くて助かる」
人数の都合で、俺たちが劣勢になることもあるだろう。場合によっちゃあ大怪我を負う可能性もある。
後方で隠れておいてもらって、いつでもぶっ放せるようにしておけば、いざって時の保険になる。
そうならないのが理想だが、こればっかりは展開が読めないし、ある程度は仕方がない。
「私たちはどうしましょう?」
そして最大の問題。ヴェロニカとマーベルさん。
「奥さんたちは村にいてもらったほうがいいだろ?」
「・・・そうは言ってられんのよなぁ」
表向きはチンピラどもの締め上げだが、今回は怪しい夫婦の調査も兼ねている。俺たちにとっちゃあ後者のほうが圧倒的に大きい。
ぶっちゃけ、チンピラどもがどうなろうと知ったこっちゃない。さっさとリオーネに吹っ飛ばしてもらって本丸に・・・ってのができれば一番いいが、それができないから締め上げはする。
その奥にいるかもしれない例の夫婦・・・そいつらを見つけないことには話が始まらないわけだ。
「リオーネと一緒に待機しててください」
「分かりました」
最悪ヴェロニカがいるし、テレパシーでの敵感知をしてもらうのも、接近してきたチンピラの一人や二人、吹っ飛ばすのは造作もない。まあ、吹っ飛ばされたヤツの命は知らんけど。
調査も兼ねている以上、ヴェロニカに見てもらわないと仕方がない。世間的には赤ん坊を危険な場所に同行させるのはおかしいだろうが、ウチはウチって意思を貫くしかない。
「わたしの両親なのかなぁ」
口にしちゃあいないが、気分はあまり良くないだろうなぁ。
状況的には、チンピラと一緒にいる可能性が高いわけだ。
子供を捨てる非人道的行為をしているから今更とも思うが、それでも悪いことをしていると思いたくないのも道理か。
「よし、集会所まで遠回りで移動するぞ」
ここでも役に立つ、バードアイと踏破。
連中が周辺をうろうろしていないか、集会所までの見つかりにくい道を探す。
『うむ。スキルを上手く扱えているのである』
・・・どこかの猛禽が褒めてくれているが、一旦置いておこう。
「・・・迂回する。右から回るぞ」
集会所は小高い丘の上に建っている。
周りに薄く林があって、集会所周辺には植込みが植わっている。
隠れながら進むのはなかなか難しいが、表に人間が二人しかいないし、裏は誰もいない。
死角を狙いながら進めば集会所にたどり着くのはそう難しくない。
「よし、一気に詰めるぞ。なるべく音を立てるな」
「おう」
裏手から一気に集会所へ!
「止まれ」
集会所の壁に背中を向けて止まりつつ、
「・・・表に二人は変わらずか。あとは内部だが・・・」
バードアイで中を調べる。
中にいるのは五人か。
剣を持ってるヤツと、ナイフを持ってるヤツ、あとは杖持ちが一人いる。表の二人はそれぞれ斧とナイフ。戦闘要員は男だけか。
接近戦は三対四。うち一人がどっちかの魔術師の可能性が高い・・・数的不利なだけじゃなく、火力でも不利だな。
あとは例の夫婦は・・・
「・・・あいつらか」
集会所のフロアは教会みたいなイメージで、広いワンフロアに長椅子を並べていて、三段高く上げたところに教壇がある。
フロアに武装したチンピラども。教壇の奥に例の夫婦がいる。
事前に入手した情報どおり、見た感じはそれなりに整っている。ゴリゴリに着飾っているわけじゃあないが、村の人間と比較すると身なりには力を入れているのが分かる。
武器を持ってるようには見えない。ナイフみたいな携帯性が高い武器を隠し持っている可能性もあるが、そもそも戦う気が無いのか?
いや、油断はできないか。そいつらも魔術師の可能性がある。
リオーネは杖を持つようになったが、特に必要としていないから用意していないのかもしれない。だとすると、相当な実力者になってくるか・・・?
今はそこを考えても仕方がない。
本当にいるかどうか分からなかったから仕方がないにしても、いることを前提で聞いてくればよかった。
「後は・・・」
問題の女の子たちがどこにいるか。
集会所の一階にはいない。
「・・・なるほど」
集会所は平屋。ってことは地下か。
バードアイで地下を見られるように集中する。
地下に続く扉があった。そこを降りていくと、フロアの半分くらいの広さの部屋が見える。そこに女の子が四人、固まって座っていた。
見た感じ、酷いことをされているようには見えない。痩せ細ったようにも見えないし、この件が始まったのはここ最近のことなのか、もしくは食事だけは与えてもらっているのか。
その辺りは今気にすることじゃないか。
・・・よし、情報はざっくり手に入った。あとは・・・
「状況は分かった。一旦撤退しよう」
「あ?ここまで来ておいて退くのかよ?」
ジェシカのリアクションは分からなくもない。
だが、撤退する理由はそれなりにある。
「情報が少ない。少なくとも、チンピラどもの実力が知りたい」
武器を持っている若い連中。こいつらのジョブが戦闘系なのかどうか、実力がどれくらいなのかを知るのも重要だ。
少なくとも、数的不利は覆せない。村に残った連中の中に協力してくれるヤツがいてくれればいいんだが、初めて見る俺たちに救いを求めるくらいだから、大した実力のヤツはいないだろう。三対五は避けられない。
それに例の夫婦がいるわけだし、そいつらが何を考えているのかも気になる。
チンピラどもを扇動しているだけとも思えるが、武器を持った連中が攻撃対象にしていないところを見ると、明らかに煽る側だ。
戦うのかどうかも重要だが、何かの理由がなければそんなことをしない。話し合いでの解決の糸口になればそれが一番いいし、情報として知っておきたい。
「・・・撤退だな」
「おっ、聞き分けがいいな」
珍しくジェシカが同意していた。いつもなら殴りに行く姿勢は崩さないのに。
「数で不利なのは分かってるからな」
こいつ・・・成長してる?
「分かった上で殴り勝つのも悪くねぇが、こっちの命も大事だからな」
・・・成長してるのかしてないのか分からんな・・・
まあ、それはいい。いや、良くはないけど。
「退くぞ。林まで駆け込め」
せっかく退くんだから、もっといい状況に持っていきたいところだな。
もう一つ何かがあればいいんだが・・・




