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「・・・地獄はダメだろ、地獄はよぅ・・・」


 意識がスッとしている。

 あの夢から覚めたらしい。


 ベッドの感覚はしっかりしている。

 夢だと、体が宙に浮いているような感覚だったが、リアルというか、現実世界というか、そういう感覚があることが不思議に思えることがあるとは。

 全てはあの夢のせいだ。

 あっちはあっちで妙にリアルだったが・・・


「おはよう」

 ヴェロニカはすでに起きていた。

 いつものように、空中に水を作って、火炎放射で温めている。

「・・・おはよう」

 起きようとして気付いた。

 えらくだるい。

 そりゃあ、ヴェロニカと出会った森での一夜とは比べ物にならないが、それにしてもだるい。

 徒歩の疲れ、しかも赤ん坊を抱いての長距離移動。相当体力を使うのは分かっている。

 それを差し引いてもおかしいと感じるくらい疲れている。

「大丈夫かい?えらくうなされていたけれど」

「・・・マジ?」

「・・・?言葉の意味が分からないけれど、本当」

 この疲れの原因は夢か・・・


 しかし、だ。

 夢の内容をほとんど覚えてない。

 感覚がおかしいということだけは分かっている。

 ただ、それだけ・・・


 いや、いい思いもあったような気がする。

 こっちに来てあんまりそういう気分になったことがなかったから、余計にそう思えたような・・・


 クソッ!!

 思い出せないのが悔しいわ!!


「まあ、いいわ・・・食器の消毒をしますか」

「大丈夫かい?疲れてるようだし、わたしだけでもどうにかなるけれど」

「いや、そうは言うても最終的に俺も噛みますやん?」

 カップとスプーンを熱そうな水に浸けつつ、

「今日は表を歩き回るぞ」

「おお、いよいよボルドウィン観光だね!」

 あれ?観光しに来たんだっけ?

「ミルクを飲んで、キリもご飯食べて、街を練り歩こう!」

「歩くのは俺なんだけども」

「それが嫌だったら、わたしは宙に浮くけど、それでもいい?」

「それはやめとくれ・・・」

 こいつ、俺のいじり方を覚えてきてやがる・・・

 でもまあ、ヴェロニカをだっこしたりおぶったりするのも結構辛い一面がある。

 もうね、肩がバッキバキなんだわ。

 かと言って、浮遊させて連れて回るわけにもいかず・・・

 それができたら随分楽なんだけど、赤ちゃんがいきなり浮くわけもないだろうし。

 こういう話の流れになったらいつも思うが、扱いが本当に難しい。

「よし、できた。飲むか」

「いただきます!」


 *


 ヴェロニカの食事と、俺たち二人の身支度を終わらせて、街へ繰り出した。


 首都というだけあって、朝っぱらから人が多い。


 宿から出てちょっと歩いたところで、屋台を見つけた。

 作った料理を大皿に盛ってあって、好きな物を好きな量だけ取っていく、所謂ビュッフェスタイルだ。

 こういうところはこっちでも共通するシステムなんだろう。


「気合を入れて出てきたはいいものの・・・」

 軽く食べて、改めて街を眺めてみる。

 街の規模がでかい。でかいのはいいが、欲しい物がどこにあるのかが全く分からない。

 洒落た服が欲しいなら渋谷だとか、電子機器が欲しいなら秋葉原だとか、そういう風にある程度まとまってくれているわけでもない。

 まあ、それら二ヶ所にもうまい飯屋があったり、別のショップがあったりするだろうし、一概にそういう風に言えるわけではないが・・・

 歩いてみるが、見える範囲だけでも相当店が多い。

 多いだけじゃなく、建物の一階に構えている店であったり、でかいカバンの中身を道端で広げた商人もいるし、屋台のスタイルで販売している人もいる。

 当然、扱っている物も千差万別。

 この状況で狙いの物を探し当てるのは骨が折れるな・・・

 ここが異世界だから土地勘がないってのも一枚噛んでるだろうが、それにしても酷い。

「・・・こりゃあ持久戦だな」

 元々、情報収集がメインなわけだし、ボルドウィンで長期間滞在するのは想定の範囲内。

 でも、その内容が道具の収集に切り替わると話が変わってくるし、ヴェロニカの機嫌を損ないかねない。

 かと言って、さっさと切り上げるのも難しい。

 とりあえず、塩梅はそれなりに見極めるとして、今日は時間が許す限り探すとするか。

「何が欲しいんだい?」

「うーん」

 欲しい物、というより、必要な物。

 有り過ぎて困っている。

「とりあえずは刃物」

「まあっ、刃物を欲しがるだなんて!育て方を間違えたかしらっ」

「どこの母親だよ」

 コイツ、やっぱり何かの魔法で日本のテレビでも見てるんじゃないか?

 そういうことができる魔法が何かあるんじゃないのか?後でパスポートを確認しよう。

「刃物なら何でもいいってわけじゃないけど、斧とか鉈があればある程度のサバイバルができる」

 斧、鉈。これで想定しているのは薪割りや枝打ちだ。

 今のところ、ヴェロニカのミルクを作るために必要な火や水は魔法に頼っている。

 これに対して何が問題なのか、とヴェロニカに尋ねられたんだが、今のところ問題はない。


 ないんだが、それは人目につかないことが前提条件だ。


 今のところ、宿屋の部屋だったり、道中であれば人目のない物陰であったり、周辺に人がいない状況であったから堂々と魔法を使えている。

 俺たち二人の事情を知らない誰かが見たら異常だろう。

 こっちの世界の赤ん坊は誰でも魔法を使えるのか?と尋ね返したところ、

「そんなわけないじゃない!異常だよ、異常!アハハハハ~」

 自分で言うのも何だけどね~、などとヴェロニカは笑っていた。

 ・・・そりゃあまあ、そうだよなぁ。

 いくら生まれ持っての才能だとか、それこそラッキーでポイントを産まれたすぐに所持できたとしても、それをいきなり使えるようになるわけでなし。

 仮にポイントを持っていたとしても、親が登録するとは思えないし。

 そんなこんなで、

「実はキリが使っているっていう風にしたらどう?違和感ないでしょ」

 それはそれで考えはした。

 したんだが、俺に演技なんかできる力はない。仮にしたとしても、ヴェロニカとの掛け合いをミスれば相手に違和感を生んでしまう。

 それに加えて、魔法に詳しい人間と遭遇してしまった場合、言い訳が難しくなる可能性は高い。

 そういった理由から、自分の手でミルクを作る手段を整えたいわけだ。

「うーん、ちょっと刃渡りが足りんなぁ」

「だったら、これ以上はウチにはねぇ。他所行きな」

 露店で鉈を売っている店を見つけた。

 ただし、俺が想定している使い方をするには心許ない条件で。

 それを口にしたら、追っ払われた。

 店主の人相はそこそこ悪いと思っていたが、それにしても商売する人間のそれとは思えん。

 冷やかし半分だったと思えば大して傷つかないが、それにしても腹が立つ。

「次だ、次」

 すぐ近くで斧を見つけたが、斧の割に刃の厚みが薄い。柄も頼りなさそう。

 ということで、この店も蹴ってまた次へ。

「何でもいいってわけじゃないんだね」

「まあな」

 刃物には、切る物に対して適度な厚みがある。

 例えば、果物ナイフは薄い。そんな物で薪を割るのは難しい。

 逆に、分厚い鉈で肉を切るのも、切り分けるのが難しい。

 無論、やればできなくもないんだが、刃物が折れるリスクや、無駄なストレスを受けながら処理をすることにメリットなどない。

 切る物に対して適切な厚み。これは案外、知られていないことかもしれない。

 さっき見た斧では、薪を割るどころか、刃が欠けて、柄が折れるほうが早い。そういうイメージの商品だった。

 二軒で見た、形はそれと分かるけども、性能的に目的を達成できるか分からない鉈と斧。それらをどういう目的で使う想定なのか、それを買っていく客がいるのかが何となく気になる。

 日本、ないし地球で売っている物はレベルが高いのかもしれない。

 レベルの低い物がないわけじゃあないが、専門店に行けばしっかりした、目的に合う物はあるわけだし。ホムセンでも最低限使える安い物があるし。

「仮に斧と鉈は適当でいいとしても、本命のナイフが問題だな・・・」

 俺はすでにナイフのスキルが二段階目に到達している。

 基本的な操作、応用技術ってのがどこまでの範囲を言っているのかが分からないが、これを活かさない手はない。

 それに、ナイフでも十分薪割りができる。

 ナイフで薪を割る場合、刃の厚みは最重要項目。

 人によって意見は違うだろうが、3ミリくらいあれば頑丈だ。

 それに加えて、フルタング構造と言って、刃と柄が一体化した物が望ましい。

 ナイフや鉈で薪を割る場合、バトニングと言って、対象の薪に刃を当てて、その刃を適当な薪や枝で叩いて薪に入れていって割る方法が一般的。

 棒で刃を叩くわけだし、相当な衝撃が加わる。

 刃と柄が分解できるようなタイプや折り畳みではもたない可能性があるが、その点をクリアできるのがフルタング構造というわけだ。

 家で使っていたのは、確かノルウェーのブランドのナイフだったんだが、これがなかなかタフで良かった。親父が買って使っていたんだが、値段はそこそこしたはず。

 タフであると同時に美しかった。

 柄が木でできていて、一本ずつ模様が違う。別にそこに性能は関係ない。けど、美しい。これに萌え要素があるわけだ。

 同じナイフがこっちにあるわけがないし、無い物ねだりになってしまうんだが、自分の理想がある。

 これからの生活を支える道具になるわけだし、贅沢の一つや二つ、言わせてくれ。

「しかしまあ、とりあえずある物から選んでいくしかないわけだが・・・」

 今のところ、大きな商店に出会っていない。

 行商みたいな連中の、一種の市場と言えるだろうが、そういうところで探している状態だ。

 大型店だと、ある程度の商品数はあるだろう。でも、行商はそういうわけにはいかない。カバンに入る量だけで勝負をしているわけだし。

 最早、運とか、一期一会というヤツだ。

「・・・ここには何があるかな、と」

 行商の連中が扱っている物は一点物が多い。

 そういう物は割高の可能性が高い。できるだけその辺りを選びたくはないんだが、金額のことは多少目を瞑って選ばないと終わりが見えない。

 探し始めて一時間くらい経ったくらいで、

「おっ、これは」

 若い男の行商が広げていた商品に目が留まった。

「このケトルと・・・おっ、スキレットもあるじゃん。いい感じだ」

 少し大きめのケトル。

 日本で言うならヤカンに該当する。

 ざっくり、1リットルくらいか、もうちょい少ないくらいの容量が入りそう。パッと見た感じはホーロー製のように見えるが、ここは異世界なわけだし、他の素材や加工で作られているかもしれない。

 枝に吊るして火にかけることができる取っ手も付いている。

 それに、頑丈そうなスキレット。

 大きさは8インチくらいか、もう少し大きいくらい。厚みは3ミリくらいか、ちょい薄いくらい。

 取っ手も長めで使いやすそうだし、縁もそこそこあるから、雑に炒めても具を落とす心配はなさそう。

 ビジュアルこそ違うが、日本で使っていた物、もしくは専門店で見かけたり、雑誌や動画で見た物に近い。

 これはいい収穫だ。

 あとは本命があれば言うことなし。

「斧とかナイフって無いんですか?」

 尋ねてみると、

「あー、すまんなぁ。今は何かとその辺りの需要があって、他の客が買っていっちまったよ」

 需要があるということは、それが適した何かのイベントや作業があるんだろう。

 ちょっとタイミングが悪かった。

「うーん、残念だな。じゃあ、ケトルとスキレットはもらうよ」

「まいど!合わせて一万フォドルだよ」

「―――おい、坊主」

 勘定を済ませようとしたところで、

「・・・?」

 この感じ、俺か?

 坊主って俺のことか?

 振り返ってみると、そこにえらく巨漢のおっさんがいた。

「・・・俺に何か?」

 目は間違いなく俺をロックオンしている。

 ケンカを売ってくるような感じではなさそうだけど、見た目がアレなだけに若干怖い。

「今通りかかって聞いたんだが、斧とナイフが欲しいんだってな?」

「おー、ああ、まあ、そうっすね。これ、一万フォドルね」

 とりあえず、ケトルとスキレットの勘定を済ませて、おっさんと向き合う。

「なら、俺が良い物を持ってるぜ。見てみな」

 見た目がたくましいから考えを外していたんだが、どうやら行商らしい。

 タフなのは見た目だけかと思ったが、商魂もなかなかたくましそうだ。

「これだ!」

 おっさんが荷物から斧を取り出し、

「これは質の良いアルマタイト鉱石で作られた斧でな!柄も固いカヌギ樹だ!」

 その鉱石やら樹の名前は存じないが、パッと見た感じは悪くない。今まで見た商品の中で一番まとも。

 ただ、ケトルとスキレットを俺に渡す待ちの商人が、かなり煙たそうにしているのが気になる。

 そりゃあまあ、目の前で商売を繰り広げられたら悪い気分になるのは分からなくもないんだが、それはそれとしてちょっと空気の質感が違う。

 他にも行商が周りにたくさんいるが、そっちの空気も悪い。

「・・・?」

「後はナイフ!これが一番のおすすめよォ!」

 次はナイフが出てきた。

「・・・ちょっと見せてもらっても?」

「おう、いいぜ」

 受け取って、細かい点を確認してみる。

 特徴的なのは刃が黒いところだ。いや、正確に言うと、一般的な包丁のような銀の光沢はあるが、あれより曇って見えるからグレーだと思うって感じか。

 地球でもカーボンで作っているナイフがある。あれの場合はがっつり黒いわけだが、それに似たような物がこっちにもあるんだろう。

 刃の厚みはそこそこある。3ミリか、それ以上はありそう。

 刀身も割と幅広で、長さもちょうどいい。

 気になる構造もフルタング。こっちに来て初めて出会った。

 柄の素材が何かは分からないが、何かしらの自然素材のようだ。パッと見、何かの動物の角とか骨のような感じだけど、よく分からん。

「・・・まあ、悪くはないかな」

 総合して悪くない出来だ。

 好みとしては木材がいいんだが、ここまでの好条件のナイフは今のところない。

「こっちのナイフもアルマタイト製で頑丈だが、これのセールスポイントは何と言っても魔法による加護が付与されているところだぜ!」

「・・・なに?」

 初めて聞いた加工内容だ。

 そりゃあまあ、魔法って段階で初めましてなのは当然だが。

「普通のナイフと違って、加護が付与されたこいつは相当切れ味がいい!薪どころか、石ころも真っ二つ!魔物にも効果てきめん!」

 切れ味がいいのは分からなくもないけども、魔法の加護を得られると石も切れるの?

 ナイフで?マジかよ。

 まあ、それはそれでいいとして、気になることを言ったな。

 魔物って言った?そんなのがいるの?マジかよ・・・

「うーん・・・」

 初めて聞く内容で、判断に迷う。

 魔法による追加工だとか、魔物がどうとかもあるかもしれないが、おっさんの勢いとか態度とか、それ込みで何かがガセっぽいようなそうでないような・・・

「どうだ?この逸品、良い出来だろう!」

 昨晩、隅々まで調べなかったから定かじゃあないが、パスポートには魔法で加護を与えるようなスキルは無かったような気がする。

 スキルツリーには無くても、応用でそういうことができるのかもしれないが・・・

「キリ」

 抱えているヴェロニカが、小さな手で上着を掴んできた。

「嘘を言っているよ、この人」

「・・・ほう?」

 ヴェロニカは大きな瞳でナイフを見つめ、

「あれは普通のナイフだよ。アルマタイト鉱石かどうかはわたしには分からないけれど。魔法による加護なんてあれには付いていない」

 あるにはあるの?

 だとしたら、加護が有る無しは正しい話ってことか。

「斧は二万フォドル!ナイフは五万フォドルだ!両方買ってくれるなら安くしとくぜ!」

 高いわ!!

 どんなブランド物だよ!!

 物にもよるし、確かにそれくらいの物はあることはあるけど、もっと高級に見えるわ!そういうのは!

 まるでちょいちょい話題に出てくる転売屋じゃないか・・・

「・・・ふぅ。ハッハッハ」

 ヴェロニカのおかげで状況は分かった。

 おっさんはぼったくりの値段で商売している悪徳商人。

 周りの連中はそれは承知済み。

 俺はカモられている真っ最中ってわけな。

「とりあえず、これは返しときます」

「おっ?」

 ナイフを返しておき、

「いやー、さすがに高いわ。買わない買わない」

「高いってか?そりゃあしょうがないぜ。加護はご高名なクーリエ様にお願いして付与してもらったモンだからなァ」

 何か有り得そうな話を付け加えてきよった。

「物がいいのは分からなくもないけど、こっちはこぶ付きでさ」

「わたしはこぶじゃないよ」

 赤ん坊のツッコミはさて置き、

「いくら何でもそんな高い物は買えないよ。ミルク代も残しとかないといけないし、何かと物入りでね」

 そのクーリエさんだっけ?その人がどんだけ有名人かは知らないが。

 こっちは存在自体がぶっ飛んだ赤ん坊がいるんだぜ?

「おい坊主。ここまでやらせといて買わないってこたァないだろ。こっちは荷まで解いてるんだ」

 おっと、まさか圧を掛けてくるとはな。

「勝手にやっといてよく言うわ」

「うるせぇ。買ってってもらわんとこっちが困る。ほら、七万だ」

「両方買うなら割引じゃねぇのかよ」

「ここまでバカにしてくれたんだ。そんなもんあるか」

 これは一触即発・・・ってやつか?

 いかん、ちょっとあしらい方が雑だったか?

 ・・・確かナイフレベル1って、単純に物を切る、割るだけじゃなく、武器スキルでもあったはずだ。

 最悪、護身用のナイフ・・・という運用は想定していた。

 でも、使いそうなこのタイミングで、こっちにはソレが無い。

 仮に持っていたとしても、ここで戦うっていうわけにもいかんだろうし、そもそも俺にはまともにナイフで戦うような訓練も受けていない。

 土壇場でできるようになることもないこたない・・・だろうけど、そんなモンは物語の中だけだ。

 どうにかしてやり過ごさないと、ガタイのいいおっさんの暴力が俺に飛んでくるぞ・・・


「―――おやおや」

 

 どうやって切り抜けよう。

 そう悩んでいるところに、

「随分みっともない商売をしますねぇ」

 にゅっ、と女性が割って入ってきた。

 少したれ目で、可愛い感じの顔つき。すっきりしたショートボブの金髪。

 女性にしては割と長身だ。俺が167センチくらいだが、それよりもちょっと高い。たぶん、170センチくらいか、まだもうちょい高いくらい。

 大きなリュックを背負っている。女性よりも荷物のほうが大きいくらいだ。

 ・・・すげぇパワーしてるな・・・

「何だ?お前」

「こんな若い子を相手に難癖つけるとは、いい歳をした大人の商売人のすることではないですよ」

 若いと言ったが、お姉さん自身も若いほうだと思う。

 たぶん、俺とそんなに変わらんだろ。雰囲気からして、年上ってことは間違いないと思うけども。

「お前には関係ないだろうが。引っ込んでろ」

「その斧もナイフも、アルマタイト製だと伺いましたが」

 ・・・その話、結構前だよな?

 えらく前から話を聞いてました?

「その割に刃の色味が薄いですね」

 俺の脳内ツッコミを他所に話が進んでいっており、

「アルマタイト製はもっと黒いはず。それ、普通の鉄鉱石に、少量のアルマタイトが混ざっているのではないですか?」

 おっさんの眉間のしわがぴくりと動いた。

 ・・・図星じゃねぇか。

「それに、クーリエ先生のご加護を受けているようですが、それにしては何の刻印も施されていませんね」

 流れがこっちに、もといお姉さんに来ている!

「へぇ、そういう先生はいるんですね」

 話に乗っかってみると、

「ええ、いらっしゃいます」

 お姉さんは小さく頷いて、

「いらっしゃいますが、先生は煎じた薬草で特殊な効果を生み出す薬品を作られる方です。魔法も使われますが、そんなサービスはしておりません」

 参考までに。

 そう言ったお姉さんは、大きな荷物を落とした。

 ドスン!

「・・・おおう」

 どんだけ荷物は入ってるんだよ・・・

 石とかコンクリでも入ってるのか?

「先生が作った薬品はこちらです」

 荷物のポケットから、瓶を一本だけ取り出した。

「ナイフ等に加工を施した場合、このラベルと同じ刻印を柄に施します」

 瓶には、葉っぱの柄のステッカーが貼られていた。薬を作る・・・薬剤師のような人みたいだし、薬草か何かの柄かもしれない。

 これを柄に彫るのか。

「どうします?もうすでに、あなたのタネはバレてしまいましたが・・・まだ続けますか?」

 斧とナイフがでっち上げ商品だということは、この場にいる行商だけじゃなく、通行人にもバレた。

 俺を相手に騙そうとしていたことは、すぐに広がり始めるだろう。

 商売人としての未来は・・・言うまでもないか。

「くっ、くそ・・・!」

 おっさんは斧とナイフを荷物に押し込むように入れて、逃げるように去っていった。

「・・・お見事」

 思わず拍手。

 俺だけでなく、この場にいた全員が、お姉さんに拍手を送った。

「あら、ありがとうございます」

 お姉さんは微笑み、

「あんな程度の方が商売をしているなんて、この辺りも相変わらずですねぇ」

 軽く髪をかき上げて、

「君も気を付けてくださいね。胡散臭い行商は信用しないように」

「あ、はあ」

 状況が状況だからスルーしていた部分がある。

 お姉さん、結構キレイですよね。

 そしてまあ、ナイスバディでまた・・・

「なあ、君。ケトルとスキレット・・・」

「・・・ああ、そうそう」

 すっかり忘れていた。先に買っていた物を受け取らなきゃだな。

「どうも」

 二つをバッグに詰め込んだ。宿屋に戻ったら洗って使えるようにしよう。

「君、斧とナイフを探しているんですよね?」

 お姉さんがまだそこにいた。

「あれ・・・?この流れ・・・」

 何だかさっきと同じ話を繰り返す感じになる気がするんだが・・・

「ああ、安心してください」

 お姉さんは右手を左右に小さく振りながら、

「私はさっきの方のようなあくどい商売はしていませんので」

 なら安心だな!

 ・・・といきたいところだが、さっきまでの一件がアレだ。同じ流れに乗るのはさすがに無い。

 警戒の一つや二つ、するだろ。

「あはは、大丈夫ですよ。商品をお出ししますね」

 警戒しているというのに、話を続けている。

 そして、他の行商も、野次馬もいるこの場で続けて商売しようとする。

 なんていうか、商魂があるというのもあるんだろうが、図太いのかな?

「ほっ」

 手をパシンと叩いて広げると、ひゅっと一瞬で斧とナイフが現れた。

 これは転送だ。

 このお姉さんはヴェロニカと同様、テレポートを覚えている。

「こちらです。お手に取ってご覧ください」

 それぞれの手が握っている道具を見てみる。

 思いの外良さそう。

「・・・見てもいいです?」

「どうぞ。まずは斧をご覧になりますか?」

 斧を受け取った。

 刃が厚めで重量感がある。それに、峰の部分もごつい。これをハンマー代わりにして何かを叩くことも十分できる。

 柄は不思議な握り心地だ。

 木材であることは間違いないんだが、それならさらっとしているはず。だが、これはざらっとしているというか、吸い付いてくるというか、何とも言えない感触を俺に与えてくる。

 特殊な素材が使われているんだろうか。でも、不思議と嫌ではない。

「うん、良さそう」

「次はナイフですね」

 斧を一旦返し、代わりにナイフを受け取る。

 刃渡りはざっくり13センチくらい。刀身も広めで、しかもフルタング構造。

 さっきのおっさんが出してきたナイフは、刀身が薄いグレーだったが、これは美しいシルバーだ。質感はステンレスっぽいような気がするが、そんな現代的な素材がこっちにあるんだろうか?

 まあ、素材かどうかはさて置き。ナイフとしての性能は十分合格だ。

 それに加えて、柄に木材が使われているのもポイントが高い。

 これは斧と違ってさらっとした仕上がりだ。木目もヒョウ柄っぽい感じで面白い。そういうところを製材した結果だ。

「・・・いいなぁ、これ」

 必要十分な性能。美しい見た目。

 両方ともタフそうだし、今まで見てきた中で最もイイ感じだ。

 最早、これを選ばない理由が見当たらない。

 ただし、最終的に物を言うのは・・・

「素晴らし出来でしょう?両方ともご購入いただければ、お安くさせていただきます」

 そう。お金。

 話の流れがさっきのおっさんと全く一緒よ。

「斧は八千フォドル。ナイフは二万フォドル。ご一緒で二万六千フォドルでいかがでしょう?」

「お、おおう・・・」

 ぼったくりの値段がまた飛んでくると思っていたんだが、思いの外、想定の範囲内だった。

 リアクションも中途半端になっちまったよ。

「後出し情報ですが、これらの商品は鍛冶の名工、グリューセンの作品です」

 周囲の行商たちがざわついた。

「グリューセンって、あの?」

「あのオヤジ、なかなか打ってくれないぜ?俺なんか、ちょっと前に買い付けに行ったけど、門前払い食らったよ。よく買い付けたな」

 その筋では有名な人のようだな。そのグリューセンってのは。

 周りから聞こえてくる感じからして、かなり職人気質の頑固おやじって感じのようだが。

「こちらは刃に刻印をされていまして、このマークがグリューセン作の証です」

 お姉さんが言うように、刃に刻印が打たれていた。

 こっちはホクスのような鳥のマークだ。この人は鳥が好きなのかもしれない。

「さらにこれをご覧ください」

 手を差し出してきた。

 ナイフを渡すと、お姉さんは陽の光に刃を当てる。

「・・・すげぇ」

 ナイフの刃に当たった光が、ゆらゆら揺れていた。まるで波のように。

「先生が打たれた刃物は、このように光が当たると波打つような刃になるんです。私は専門ではありませんので詳しい仕組みなどは分かりませんが、これだけで彼の技術が特別だとご理解いただけると思います」

 これは単純にすごいの一言だ。

 そういえば一時期、そういった特殊な刃をした食卓ナイフがあった気がする。あれと同じような感じなのか?

 それにしては、パッと見は普通のステンレス製ナイフだ。

「この二つが、グリューセン先生の業物である証拠です。いかがでしょう?」

 本物とか偽物とか。

 さっきのクーリエ先生の件もそうだし、このグリューセン先生もそうだが、こっちの世界でもそういう概念があるようだ。

 その道の玄人がいて、その人が作った名品があって、それを模造したレベルの低い物がある。

 ―――それが本物だという証拠。どこの世界でもそういうものが必要らしい。

「どうです?お買い得ですよ」

 刻印といい、刃物の質感といい、たぶん本物なんだろう。

 どうしよう。シンプルに悩む。

 値段的に妥当。ブランドにもよるけど、日本でも斧やナイフはそれぞれ同じくらいの値段はする。

 こっちの世界の素材が分からないから判断が難しいところもあるが、それは置いておくとしても魅力はある。あんな綺麗な刃は所有欲が上がる。

 今すぐにでもお金を渡して買いたいところだ。

 だが、そうしないのは、さっきのおっさんの一件が効いているからだ。

「なあ、少年」

 ケトルとスキレットを買ったところの行商が、

「しっかり見させてもらってないが、その斧とナイフは本物だと思うぞ。本物だったら、合わせて二万六千では買えん。かなりお得だ」

 あんた、もしかしてこのお姉さんとグル?

「キリ」

 しばらく黙っていたヴェロニカが、

「このお姉さんのことは信用してもいいんじゃないかな?」

「・・・何を唐突に」

 さっきまでの状況を見てただろうに。

「わたしも配達の仕事で、グリューセンさんのナイフを運んだことがあってね」

 意外な繋がりが!

「わたしたちが配送したのと同じ刻印だよ。刃のことは分からないけれど、いつも丁寧な文字でありがとうって手紙を入れてくれていたんだ」

 自分の仕事は頑固一徹でも、周りにはそういう一面があるのかな?

 それはそれで人として尊敬すべき点だ。

 そういう確信を得られたなら、迷うことはない。

「なら、両方もらおうかな?」

「あら、ありがとうございます。では」

「ただ、もうちょっと欲しい物もあって」

 本命はナイフや斧だが、他にも必要な物がある。

「今から言う物が手に入るなら、まとめて買います。その代わり、値段は交渉させてもらえます?」

 これから、町から町へ、旅を続けていく可能性が非常に高い。

 ボルドウィンでヴェロニカの親が見つかればそれでいいし、道具を買っても損はしないだろう。

 ただ、子供を捨てた親が、ボルドウィンで滞在しているとは思えない。

 大なり小なり、離れるだろう。

 旅をする・・・もとい、生存するための装備が必要だ。

 今ここで、揃えられたらありがたい。

「・・・例えば」

 お姉さんがにっこりと笑う。

「何がご入用ですか?」

 笑っている。爽やかな笑顔だ。

 でも、その奥で重い何かが見え隠れしている気がする。

 その何かが分かればいいんだが・・・


 うん、分からん!


「寝袋と、タープ、パラコード、ランタン、水筒とかですね」

 考えても分からないものは分からない。とりあえず、普通じゃないかも、というくらいの意識を頭の片隅に置いておくことにする。

「ふむ・・・なるほど。一部の名称はよく分かりませんでしたが、野営に必要な装備ですね」

 少し間を置き、

「ええ、ありますよ」

 あるんかい!

「先ほども言いましたが、一部の名称はよくわかりません。なので、物を見てもらう必要があります」

 一部・・・というのは、タープとかパラコードとか、かな?

「ここで広げるのもなんですし、移動しましょう。近くに私がよく行く、オープンカフェがあります。そこでお話をさせていただければ」

 オープンカフェ・・・なんか、一気に洒落た存在が出てきたな。

「まあ、行ってみますか」

 ヴェロニカは特に警戒することもないようで、

「おまっ・・・」

「場所にもよるけれど、吹っ飛ばせばいいもんね」

「・・・うん」

 吹っ飛ばすとか言った?

 何を?

 どうやって?

 ・・・想像するだけ怖い。聞かなかったことにしよう。

「分かりました。行きましょう」

「ええ、こちらです」


 *


「では、こちらでよろしいでしょうか?」

「うん、お願いします」

 キャンプ、もとい野営に必要な装備。

 人によっては生存装備とも言われるが、外で生活するためにはそれなりの装備を必要とする。

 

 まず、寝袋。

 これが無ければまあ、普通に死ぬ。

 ヴェロニカと出会ったあの日、シャツ一枚で寝たが、あれでは普通に死ぬ。

 夏場なら過ごしやすいかもしれないが、肌寒い、しかも森の中はマズい。よく生き残れたものだ。自分で自分を褒めてやりたい。

 こっちでも寝袋っていう概念はあったらしく、これはすぐに出してくれた。

 地球では羽毛だとか化学繊維だとか、マミー型だとか封筒型だとか色々あるが、こっちは羽毛一択らしく、使われているのはガチョスという鳥の羽毛らしい。

 だが、相当深い雪山に入らない限りは凍えないらしく、通気性も良いとのことで、冬用寝袋としては申し分ない内容だった。

 ただ、これがどれくらいまでの環境まで使えるのか分からない。

 適正温度というものがあるんだが、これを確認してみたところ、お姉さんは首をかしげていた。

 ざっくりと、たくさん羽毛が入っているから大丈夫、という認識なんだろう。

 後は、俺自身が使って試すしかない。


 次にタープ。

 ざっくり言うと広い面積の布のことを言う。

 タープは色々と使える。レジャーシートとしても使えるし、木に結んで屋根を作ることもできるし、枝を作って折り紙みたく型を作っていけばテントも作れる。

 俺がこれを欲した理由はテントの代わりを狙ったからだ。

 外で寝る場合、雨や風の影響下では相当体に負担が掛かる。虫が飛んできて寝たいのに寝られないということだってあるし、簡単に部屋とすることもできるからプライバシーも守れる。

 生きるために寝袋は必要だが、地味に俺たちに必要なのはこのタープだったりする。


 パラコード。

 ガイロープとも言うが、ざっくり言うとロープのこと。

 詳しく言うなら、ロープの中に樹脂の繊維が入っていて、かなり強度がある物になる。

 これは相当便利で、テントやタープを張る場合にきっちり張りたい場合、テンションが必要な個所に括り付けて引っ張ることでピシッと張ることができる。

 パラコードを解いて樹脂の繊維を出して、それをフロスの代わりにすることもできる。まあ、俺はやらないけど。

 あれば便利なロープ。それがパラコードである。


 ランタン。

 こっちの世界では野営用道具としてだけじゃなく、家の照明としてもメジャーらしい。これはすぐに出てきた。

 こっちだとオイルを燃料として紐に火をつける、いわゆるハリケーンランタンと呼ばれる物が近い。

 形状は某有名キャラが持っていたそれに近かった。


 タープとパラコードという言葉は、こっちでは通じなかった。

 まあ、ある意味では現代的な表現かもしれないし、中世時代のような世界のこのラヴィリアでは仕方がない。

 ただ、こういう物だと説明したら、それが出てきた。

 残念ながら、パラコードは難しいらしく、普通のロープが出てきたが、それでも必要十分な物だった。


 他にも必要な物をオーダーしたら、荷物から出してきたり、転送したりして次々と出してきた。

 このお姉さんだけでほぼすべてが揃った。今日の用事はほぼ終わったと言える。

 このお姉さん・・・何でも屋か何か?

 他の行商たちが情けないほど、とんでもない品揃えをしている。

 マジで助かった。


「確かに、ちょうどいただきました」

 お姉さんに紙幣やコインを渡し、精算が終わった。

 結構掛かったが、余計に歩き回らなくてもよくなったし、オーダーした道具も地球のそれと同レベルかそれ以上の物だったし、結果的に良かった。

 もうちょい早くお姉さんと出会っていたら、おっさんと揉めずに済んだのに・・・

 まあ、過ぎたことを言っても仕方がない。

「他に何か必要な物はありますか?私が取り扱っている商品なら、すぐにお出ししますよ」

「いや、こんな物ですね」

 消耗品もいくつか手に入ったし、いきなりキャンプができるようになった。

 これで街を出ても安心だ。

「助かりました。ありがとうございました」

「いえいえ、こちらこそ。良い商売ができました。お茶も出していただいて」

「これくらいは」

 カフェで何も頼まないというのも居づらいので、適当にお茶を買ったわけだが、次々と良い物を出してくれるし、割引も相当してくれたので、お茶代はこっちで持つことにした。

 これから会うこともないだろうが、良い縁だったことは確かだし、礼儀としてお茶代は出したわけだ。

「では、私はこれで」

 お姉さんはスッと立ち上がり、巨大な荷物を背負った。

 ・・・よく持ち上げられるな、それ・・・

「お世話になりました」

 俺も立ち上がると、

「こちらこそ」

 お姉さんがまた微笑み、

「また縁があれば、お会いしましょう」

 一礼したお姉さんが去っていった。

 俺たちは姿が見えなくなるまで見送り、

「ふぅ~・・・」

 大きく息をついて、もう一度椅子に座った。

「これで必要な物は揃ったのかな?」

 ヴェロニカもやれやれと言った表情で、

「今思いつく物はな・・・」

 抜けはあるだろうが、生存するための装備は大方手に入ったはず。

 もしこれからの生活で必要な物が出てきたら、後追いで揃えていくので十分だろう。

「今日はもうゆっくりしよう~。お腹空いた~」

「そうだな・・・疲れもあるし、ミルク飲むなら部屋に戻らないといけないし、帰るか」

 お茶代を支払い、俺たちもカフェを後にした。


 *


「不思議な子」

 カフェからあの男の子が出て行った。

「あの知識は一体どこから・・・」

 先に出たのは、単純に商売の都合もあった。

 けれども、気になる点があったのも確か。

「それに、まるで赤ちゃんとやり取りをしていたような・・・」

 すでに人混みで見えなくなってしまったけれど、

「・・・ふふっ。面白そう」

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