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ラヴィリアに飛ばされてからというもの、時計とか時間を気にしなくなった。
中世時代にも時計、時間という概念はあったはずなんだが、こっちでそれらしい物を見たことがない。
鳩時計とかでもあればそれっぽいんだが、日時計みたいな物もない。
そういう観点から、陽が落ちてくれば夕方、陽が出てくれば朝、みたいな感覚で生きている。
ヴェロニカのミルクが終わったこと。
歩き疲れたことでの眠気。
それらを含めて、大体21時くらいに寝たんだろう、と推察している。
普段なら22時とか23時とかで寝ているんだが、こっちに来てから正しい生活リズムに戻ってきている。
時間の感覚があやふやという面とは別に、久しぶりに夢を見ている。
ラヴィリアに来てまだ指で数えられる程度しか生活していないんだが、疲労度は相当高いらしい。
夢なんか見ることはなかった気がする。
それなのに今日は見ている。
いや、正しくは夢じゃない。
夢っぽい何か。
夢について詳しい原理は知らないんだが、夢の割に随分とリアルだ。
今いる場所は森のような場所だ。木の量や茂り具合、奥行きの深さからして樹海の可能性もある。
それにしても深い場所にいる。多少は光が差し込んできているが、本当に薄っすらだ。ほとんど無いに近い。
ここがどこかの森、もしくは樹海だということは分かるわけだし、深いことも暗いことも分かる。
意識はここにあることも自覚がある。
それでも、どこか自分がこの世界にいないような感覚がある。
最寄りの木を触ろうと手を伸ばしても、全く触れない。
地面に立っていると思っていても、なんだか地面に触れてもいないような気がする。
言葉にするのが難しいが、自分の夢の中なんだろうが、自分の感覚がないような・・・
何とも不思議な体験をしている。
「ようやっと意識が繋がったか」
奥に人がいるようだ。
いや、人か?
喋っているのは人間だと思ったのは先入観によるものか?
考えていると、奥から一頭の獣がやって来た。
姿かたちは犬のような四足歩行の生物。
犬のように見えるが、オオカミとかの可能性もある。犬にしては顔つきが鋭いような気もする。
「少年」
あれ?奥からまた別の生き物が・・・
今度は梟だ。これは独特なフォルムだし、ヴェロニカと出会った森にもいたから分かる。
それにしては、俺が知っているそれとは違って随分とカッコイイ風貌だ。
というより、動物が喋っている?
動物が喋っていると思っているのがヤバい?
ヴェロニカと出会ってから、テレパシーでやり取りするのに慣れてしまったからか、動物も意思疎通を図ってくると思うようになっているのかもしれない。
「こちらだ」
梟はしばらく俺の頭の上で旋回していたが、森の奥へ戻っていった。
そしてそのすぐ、梟を肩に載せた女性がやってきた。
どの辺りかは定かではないが、どこかの民族衣装のような服装だ。
煌びやかではあるが、過度な装飾は省かれており、どちらかと言えば、機能性を重視しているように見える。
所々宝石やアクセサリーが見えるは見える。だが、動きやすさを重視してか、タイトでスポーティなパンツルックだ。
それに加えて、手甲や膝当て、腰に道具を収納するポーチを装備している。
色々な要素から、俺は狩猟民族の女性かな、と思っている。
本当にどういう女性なんだろうか・・・?
風貌からして大人っぽく見えるから、自然と年上だと思っているんだが・・・
というより、それよりも気になるというか何というか・・・
なかなかにセクシーなのが気になる。
出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる。
ただ単にボリューム感があるわけではなく、体全体が引き締まっている。
しっかり鍛えられていると誰でも分かるくらいだ。
「よくここまで生き抜いてくれた」
声は落ち着いたトーンだ。
ちょい堅い口調なのは性格の問題か?
話しかけられているようなので、とりあえず何か返しておこうかと思ったが・・・
おかしいことに、声が出ない。
喋ろうとはしているんだが、声を発することができない。
息苦しくないからそうではないんだろうが、例えるなら、首を何かで絞められているような感じだ。
物理的のような気もしなくはないが、この不思議な世界観なら、別の何かがあるのかもしれない。
「む、喋ることができないのか」
そう、正にそれよ。
「何かしら不具合があるようだ。原因が何か特定できていないが・・・」
自分の夢なのに自由にできないの?
というより、自分の夢じゃないの?
いかん。こうなってきたらワケが分からん!
「むっ・・・もう切れるのか?」
お姉さんと、梟とオオカミの姿が少しずつ薄くなってきている。
お姉さんは少し不満そうな顔で、
「やっと繋がったというのに・・・」
梟は首をかしげ、オオカミは少し俯いている。
この一羽と一頭は何を思っているんだろうか?
「しかし、忘れるな、少年」
その鋭い眼差しが、
「この先、困難な道を歩くことになるだろう」
その微笑みが、
「それでも、自分を信じて進め」
その凛とした存在が、俺をしっかり捉えている。
「たとえ、その道が地獄であっても、な」
お姉さんたちの姿が消えた・・・