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「ほい、報酬じゃよ」
少ししたら報酬が入った包みを渡された。
「確認させていただきます」
その辺りはさすがマーベルさん。本人の前だろうが、お構いなし。当然かもしれないが。
俺は後でこそっと調べておこう。
「ところで、一点お伺いしたいことがあるんですが」
「ん?なんだい?」
「ノーボの支部長と面識があるんですか?」
一応、気になったことだったから聞いてみた。
たぶん、次に会う機会はもう無いだろうし。
「ああ、彼とは昔からの付き合いがあってね」
「ほお」
「よっこらせ」
婆様は自分の席に腰かけて、
「彼とあたしは同じような時期に協会の世話になっていてね」
「というと?」
「あたしも昔はあんたたちと一緒。冒険者だったんだよ」
「へぇ・・・」
「意外かい?」
「意外じゃないって言えばウソになりますかね」
品の良さそうな婆様だからってのは大きいが、傭兵稼業をするようには思えなかった。そりゃあ、意外って思われても仕方がないとは思うが。
「あたしはヒーラーで、彼が戦士だった」
エルフはヒーラーとか狩人とかになる人が多いんだっけ?
爺様は恐らくヒト族だろうが、話を聞いてしっくり来る気がする。
老いているとは言っても、体つきはしっかりしていた。てっきり農業で鍛えられたもんだと思っていたが、下地は傭兵稼業だったか。
それにしても、
「ボルドウィンとシルフィのちょうど間くらい・・・国境際ね。あの辺りで出会ったのさ。あたしがウトで、彼がノーボで地元で活動していた駆け出しだった」
「お互い地元が違うのに、何がキッカケで出会ったんです?」
「クエストだよ。緊急クエストだった。レッドゴブリン大量発生でね」
まるで俺とジェシカたちみたいだな。
緊急クエストなら話も分かる。あれは確か、大量発生現場付近にいる全員に発信されているものだ。ウトとノーボならそう距離は離れていないし、二人が出会うキッカケとしちゃあ持ってこいだ。
もう一つ思うのは、昔からレッドゴブリンってのは大量発生するんだなってことか。
あの連中、どういう原理で発生するんだ?あれも虫と一緒で一つの卵から複数出てくるのかね?
そんな今はどうでもいいが。
「当時は割と冒険者を志す若者が多くてね。そんな中で出会って、協力して、妙に気が合って、そこから今に至っているわけだよ」
一言で終わっているが、そこには長い歴史があるんだよなぁ。
でもまあ、言ってることは分かる気がする。
ジェシカはまあ・・・ちょっと難アリな感じだが、キースとリオーネはそれに近いし、出会い方は違ってもヴェロニカとマーベルさんにも通じるものがある。いや、マーベルさんはちょっと違うか。
「時が経つのは早いもんだね。あんたたちと同じくらいの頃なんて、そんなに昔じゃないような気がするのにね」
大人になったら時が早く感じるって話だが、俺もそういう風に思う時期が来るんだろうか。
「さあさ、もうお行き。時間は待ってくれないよ」
「はい。お世話になりました」
「はいはい。がんばんなさいね」
最後まで良い婆様だった。
ああいうのが上司だと働きやすいんだろうな、たぶん。
いや・・・俺はここの内情を知らんからな。実は相当ハードな環境の可能性もある。たぶんこうだろうってくらいで終わらせよう。
「じゃあ、服を買いに行くか」
「そうね。いい加減この格好でいるのも恥ずかしいし・・・」
年頃の女子だもんな。そういうのは気にするよな。さすがだよ、リオーネは。
「補修はしてるんだし、下着が見えてるわけでもねぇのに恥ずかしくなんかねぇだろ」
それに比べてジェシカよなぁ・・・
「あなたも買い換えたらどうなの?血の跡とか落ちてないじゃない」
ガノダウラスにしばかれた時の出血で服が汚れたらしいんだが、オアシスのクリーニングに依頼しても落としきれなかったらしい。
「こんなもん、大したことねぇだろ。別に死ぬわけじゃねぇし」
「あなた・・・嫁の貰い手がなくなるわよ・・・」
「別に行く予定なんかねぇし、余計なお世話だ」
これが女子の会話か・・・?
「まあ、興味が無い子はいるだろうし、こんなものなんじゃないかな?」
「マジかよ」
「それはそれとして、あの子は興味なさすぎるとは思うけれどね」
なるほど。あれが異常なのか。
「あ?なんだ?」
「別になんもねぇっす」
俺が間違えてた。始めから異常だった。うん。
「とにかく行きましょう」
「キースも行ってこいよ。お前もボロボロだろ」
「おう、そうだな。キリヤはどうする?」
「俺は特に問題ないけどな・・・」
俺もダメージがないわけじゃないが、みんなみたくズタボロになってるわけじゃないし、特に必要じゃないんだがな。
「キリの服もくたびれてきてるし、買い換えたらどうだい?報酬も入ったし、予備の服を手に入れておくのも悪くないでしょ」
くたびれてるかね?そんなに使い倒した記憶がないんだが。
他人が見たらくたびれてるのか?女子から見たらそう思うのか?ダサい服着た彼氏と一緒にいたくない的なアレなのか?
まあ、見た目に気を遣っておくのもどっちの世界でも共通項ってことか・・・
「おう、じゃあ俺も行くわ」
「じゃあ、アイシャさんに話を通してから行きましょう」
*
アイシャに服屋に行ってくるって話をしておいて、一通り買い物を終えて早一時間くらい。
「なげぇ・・・」
買い物を終えたのは俺とキースだけ。俺たちは店を出て、通りで待っている。
一方のジェシカとリオーネがまだ終わってない。
いや、正確に言うと、ジェシカは終わらせたいが、リオーネがなかなか終わらせてくれないが正しい。
「女の買い物って長いな」
「・・・こればっかりは仕方がないらしいぞ」
リオーネも年頃の女子だからな・・・見た目は相当気を遣ってるんだろう。
睡眠時間も気にしてたみたいだし、肌荒れとかも気にしてそうだ。
「キース、まだ長引きそうだし、防具の調整をしてきたらどうだ?」
ガノダウラスのブレスを浴びた影響で、甲冑が溶けている箇所があって、ボコボコにされて凹みが酷い個所、欠落してしまった部品がある。
調整というより、この場合は補修になるんだろうが、可能な限り手を入れておかないと、次は耐えられないかもしれない。
いっそのこと、新調するってのも一つの手だとは思うが、思い入れのある防具だとなかなか捨てられないだろうし、この辺りはキースの考え次第か。
その辺りはいいとして、女性陣の時間が掛かるなら、こっちはこっちで時間を有効活用しておかないと色々損だ。
「キリヤはどうするんだ?」
「俺は別に要らないよ」
元々、防具はしないっていう想定だったしな。戦闘を極力避けることが前提で動いてるし。
それに加えて、チェストリグやベルトの設計上、そこから防具を付けられないっていう制約もある。胸を防御したいのは山々だが、機能性を優先にしてしまったからそれができない。ヴェロニカを背負うのもしにくくなるだろうし。
チェストリグをやめたほうがいいのかなぁ。アレ、結構気に入ってるんだけどなぁ。
まあ、ガノダウラスみたいなのと戦わなきゃいいだけの話だし、この件も保留にしとくかね。
「そうか。じゃあ行ってくる」
リオーネだけじゃなく、ヴェロニカを連れたマーベルさんも一緒に服を見ている。
ヴェロニカが大きくなったからか、服のサイズが小さくなっているらしい。新しいのを買うとか言ってたから、こっちのほうも時間が必要だろう。
「ゆっくりして来いよ」
「おう、ありがとうな」
キースを送り出し、服屋に目を向ける。
中が騒がしい気がする。ジェシカがギャーギャー言ってるのが聞こえるから、たぶんリオーネと揉めてるんだろう。
こりゃあ、映画の一本や二本くらいは覚悟しとかないといけないかもしれん・・・
『少年』
「・・・アポロか」
向こうから仕掛けてきてくれるとはな。
「久しぶりじゃないか。長い休暇はどうだったんだ?ん?」
『嫌味を言うものではない。我々も色々と忙しいのである』
「・・・我々ってことは、アルテミナと話してきたってことか?」
『そういうことだ』
・・・ってことは、アポロは俺の中とアルテミナがいる世界と行き来できるってことか?
まあ、そういうこともできるか。確か、ダイブがどうとか言ってたし、アルテミナができるなら、その遣いのアポロもできるだろう。
「話してくれるんだろ?」
『今は全てを話しても仕方がない故、開示できる内容のみになるが』
「それは前も言ってたことだ。それは別にいい」
とりあえず、聞くべきことがあるとするなら、
「まず威嚇だ。あんなことになるって聞いてなかったぞ。殺す気か」
酷い目に遭ったわけだし、この点は早々に解決しておきたい。
『殺すつもりはない。アルテミナ様が気に留めておられる故、我も気を遣っている』
「本当かよ。それにしちゃあ待遇が冷たいが?」
『以前にも伝えたが、我はまだお主を認めているわけではない。その辺りは許せ』
「許せるかバカ。あとちょっとであの化物の腹の中だったわ」
『・・・威嚇の何を知りたいのだ?』
ちょっとは刺さったか?まあ、それはいい。どうせ同じ土俵で話す気が向こうにないわけだし。
「動けなくなるまで魔力を使うことになるとは思わなかったぞ。ヴェロニカに聞いたら魔力の枯渇じゃないかとか言われたが、本当にそうなのか?」
『うむ。表現の大半はそれで良いだろう』
下界の表現と、神様側の表現もある程度共通しているみたいだな・・・
『威嚇とバードアイに共通しているのは、神力であるという点である』
「じん、りき?」
『神の力で神力という。アルテミナ様を始め、我のような神獣から与えられるスキルを神力というのだが、双方が神力なのだ』
なんか分かり辛いな・・・
魔力と神力があって、魔力はスキルを使うためのエネルギーで、神力ってのは神が与えてくれるスキルってことか?
なんか間違えそうなんですけど・・・
『あの正体不明の魔術師との遭遇と、引き寄せられたガノダウラスとの交戦。この不測の事態を切り抜けるため二つの神力を与えたが、魔力の消費量は大きく違う』
「確か威嚇は相手に強い影響を与える、とかだったな?」
『その通りである。相手に強い影響を与える神力ほど、消費魔力は大きい。一方のバードアイは周辺観察、把握に特化した能力故、消費魔力は地上のスキルとほぼ変わらぬ』
自分だけに有効なスキルなのか、相手に影響するスキルなのか。これで大きく変わってくる、と。
『神力に関しては使用する者・・・つまり、少年の体質にも左右される』
「・・・合う合わないがあるってのかい」
『そういうことである』
「あのなぁ・・・そんな条件付きのスキル、使えるわけねぇだろ」
パスポートで使えるスキルは、基本的に万人に使えるものっていうイメージだろう。
使ったことがない武器でもある程度使えるようになるし、上手く組めばジェシカみたいなヤツでも上手く動けるようになる。
補助にもなるし、強化にもなる。それが地上のスキルだろうと俺は考えてる。
ただ、使う人間の体質に左右されるってのはいただけない。
強力なスキルであっても、使えないと意味がない。例え供給元が神様であったとしても、使えない物に価値はない。
せっかく貰ったのに使えない。しかもそれが体質だってなら、気持ち的に重くなる。
「何のための神様だい。下々にもっと寄り添ってくれてもいいんじゃないのか?」
『言いたいことは分からなくもないが、そういうわけにもいかないのが実情なのである』
「何だよ、その実情ってのは」
『アルテミナ様もおっしゃっていたが、神は下界に直接手を下せないのである』
そういえば、そういうことを言っていたな。
だから対象の異世界人の精神に飛び込んでコンタクトを取る、と。
『アルテミナ様をはじめとして、リュクス殿、モーナ殿はこの世界において最高神であり、支える柱である、と言えば分かりやすいか?』
「神様が三人して、それぞれが柱と例えたら、ラヴィリアは三本柱で支えられてるってことか」
『理解が早くて助かるのである。最高神故に非常に強力な力をお持ちなわけだが、その力を私利私欲で使うとどうなる?』
「・・・まあ、言いたいことは分からなくもない」
強い力を持ったやつが私利私欲で力を使えば、強い影響を及ぼす。
例えそれが神でなくてもそうだ。
日本でも、政治家でなくても、どこでもある。
ちょっと金を持っていればちやほやされるし、言うことを聞かせられる。強ければ力でねじ伏せることができる。権力を持つことができれば理不尽を通すことができる。
その辺にいる下界の民でそれだ。神様がそれをやれば、収拾がつかない。
『基本的には下界を見守ることがアルテミナ様たちの務めである。下界でどういった異変が起ころうと手を下すことはない。だが、それでも目に余る場合もある。それが』
「本間とかいう頭のおかしいヤツだろ」
『そうだ。今の下界の異変を放っておくことも、神故になかなかできない。だが、手出しもできぬ。そこで少年のように異変の解決を依頼するわけだが、この辺りは前回話したこと故に省略する』
「おうおう、で?」
『神力は神が持つ能力の一部なのだが、その性質上、体質によって左右される。強力故にだ。こればかりは少年だけでなく、他の異世界人も当然該当する』
俺だけじゃないなら仕方がない。
仕方がないが、それはそれとして納得しかねる。嫌なものは嫌だ。
『威嚇は他者を縛る。バードアイは自身にのみ作用する。そこの差である』
「ってことはつまりだぞ?俺の場合、自分にだけ作用するスキルじゃなきゃ魔力根こそぎ持ってかれるみたいなことになるんじゃないのか?」
『・・・その可能性は非常に高いのである』
マジかよ・・・そんなことある?
だけどまあ、そういうことなら納得できる。
バードアイは普通に使えてるし、強い疲れも感じてない。一方の威嚇はああいう状態になってしまう。そこにある差が他に影響を及ぼすっていう理由だけだとすれば、自然とそういう風に落ち着いてくる。
だけどまあ、それはそれで悔しいし納得しかねる。
となりゃあ、
「神様とやらも俺みたいな末端の民は救ってくれないってことね」
という文句を垂れるしかないのである。
『嫌味を言うものではない。我も神の遣いなのだが?』
「お前も大概、俺を救ってくれちゃいないが?」
『・・・むう』
切り抜ける力を与えてくれたものの、使えても後遺症がアレではどうしようもない。
一人だったら確実に死んでたわけだし、結果的には救っていないのと変わらない。
『だが、今後の成長で威嚇も使えるようになるかもしれないぞ』
「・・・そんなこともできるのか?」
魔力量が上がれば解決するって話じゃあないような気がするが、
『可能性がある、というレベルではあるが』
「どういう原理で?」
『今の少年は神力に対する耐性がほぼ無い状態である。唯一、体質的にバードアイが使えているというわけだが、神力を使っていくたびに耐性がついていくこともある』
・・・ってことは、神力を使い続けることで耐性がついていく・・・いや、馴染ませるっていうイメージか?
まあ、そういうこともあり得る、か?
スキルを道具に例えるなら、今の威嚇は真新しい道具だろう。
新しい道具だから俺の手に馴染んでいない。握り心地、使い心地がイマイチ分からない。それを使い込んでいくことで馴染んでいく。
仮にそういうことであるなら、使っていけば威嚇も使えるようになっていくっていう話も分からなくはないか。
『使うにしても、バードアイを無理のない範囲で使うことから始めるが良かろう。威嚇を使ってしまうと動けなくなる故、時間の消費も労力も激しい』
「バードアイも神力とかの一端だし、そっちでも馴染みはするか」
『だが、どれだけ馴染むかは分からぬ。それこそ、少年の才能次第であろう』
最終的に俺次第ってのが本当に嫌なんだが。
何回も思ってるけど、この世界って割と冷たいよなぁ・・・
『そろそろ女子たちが戻って来る頃合いであろう。話は一旦切り上げる』
いつの間にか服屋の騒ぎが落ち着いていた。アポロに意識を寄せていたからか、目の前の状況を察知しづらくなっていた。
「まだ話は終わってないけどな」
『しばらくは少年の傍にいる。いつでも我を呼ぶが良い。話せる状況であれば、応じよう』
ということであれば、適当な頃合いで呼べばいいか。だったら焦る必要もない。
神力のことも俺なりに整理して理解しておきたいし、下界の生活に目を向けるか。
「キリさん、戻ったよー」
「あなた、お待たせしました」
「おう」
服を新調したヴェロニカと、いつも通りのマーベルさんが戻って来た。
「結局、いつもの服装と変わらねぇじゃねぇか!時間がもったいねぇ!」
「違うでしょ!前のはこうで、今のはこう!」
ジェシカとリオーネも戻って来たが、騒ぎも一緒にこっちに来たらしい。
「・・・勘弁しろよ」
なんか地味に問題が増えてってるような気がするのは俺だけか・・・?




