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「キリさーん、そろそろ起きてくれないと大変なことになるよー」

「・・・む、んんん」


 起きた。

 とりあえず起きたが、本当にヴェロニカは起きていた。


「・・・おう、すぐに」

「私がやりましょう」

 体を起こそうとしたすぐに、別の部屋に移っていたマーベルさんが入って来て、

「本当にもう危ない」

「はいはい」

 ヴェロニカの世話をしてくれた。

 地味に助かるが、

「・・・おっかしいな」

 なんだろう?昨日、地球で言うところの二十二時とかには寝たはずなんだけど。

 個人差はあるにしても、普通、それくらいの時間に寝ればそこそこいい感じに疲れは取れるはず。しかも、三頭討伐をやった後だ。嫌でもすぐに眠れるもんだが、それにしては疲れが取れない。

 体力を使い過ぎたか、三頭討伐で気を張り続けたからか、あの頭のおかしい連中と揉めたからか・・・どれが原因かは分からないが、とにかくしんどい。


 それに、どこか気持ちもすっきりしていない。


 それに関しちゃ、何となく分かっている。アルテミナが妙な話をしてきたからだ。

 内容は鮮明に覚えてる。本間 勝教とかいうチート野郎のせいで、ラヴィリアが不穏な空気に包まれている・・・らしい。

 俺は実感がないが、どうやらそうらしいんだよなぁ。

 そりゃまあ、そうなるだろ。例のヤツは三百年以上もこっちにいるんだろうが、俺はまだ一ヶ月くらいしか滞在しちゃいない。それなりに活動してるにしても、不穏な空気とやらを感じるには短すぎる。

 それに、ヤツがビューラ大陸付近にいると想定したら、もっとそうなる。戦争をやってるって話だが、それにしちゃあボルドウィン界隈はそこまでダメージが無いように見える。

「・・・どうすりゃいいんだろうなぁ」

 ヴェロニカの親のことも大概だが、たった一人の人間を見つけることの難しさよ。

 それに加えて、この件はビューラまで行く必要があるわけで、ボルドウィンすら出ていない今の状況からしたらだいぶ先の話なんだよな。

 しかし、気になる点は他にもある。


 アルテミナはヴェロニカのことを知っている。


 どこまで知っているかは定かじゃないにしても、ちょっと知っているといった印象じゃなかった。全部じゃなくても、ある程度くらいは知っているんじゃなかろうか。

 だったら、本間ってヤツのことも分かりそうなもんだが、例の入れ替わり能力のせいで分からなくなってるのか?

 もっと別の理由があるのかもしれないが、今は全く分からん。

「キリヤさん、トイレと洗面台が開きましたよ」

「おまたせー」

「おう」

 雲を掴むような内容だってことは相変わらず。とりあえず、今の生活を続けるくらいしかできんな。


 *


「おう、お前さんたち、よく来たな」

 朝食と身支度を済ませた俺たちは、慣れたようにジェシカたちと合流。

 協会に報告に向かうと、あの頭のおかしい連中との勝負を仕切ってくれた受付嬢が、支部長の爺様のところへ案内してくれた。

 爺様は昨日と同じようにラフな格好をしている。汚れは見られないから、まだ畑仕事にゃ行ってないのかもしれないが、それはどうでもいい話か。

「昨日はご苦労だったな」

「お茶をどうぞ」

 話が始まった。受付のお姉さんはお茶を淹れて出してくれて、

「報酬は手続きもあるでな。後でまとめて支払おう。解体も受けるでな」

「それは助かります」

「しかし、ようやってくれた」

 爺様はクエストの貼り紙をシャツのポケットから取り出して、

「キラーラビットやマルエテくらいならまだしも、カッターマンティスはそこそこ厄介でな」

「やっぱりあれって強いんですか」

「実際対峙してみて分かったこともあるじゃろう?」

「まあ・・・そうですね」

 まずは魔法を弾く甲殻。あれは結構でかい。

 現状、ウチで最高火力を出せるのはリオーネだ。遠距離から仕掛けられるから安全な上、連射できないにしても一発がデカい。

 魔法を弾かれてしまうと攻撃力が半減・・・いや、半分以上削られると思ってもいい。あれに苦戦を強いられたのはこれが大きい気がする。

 それに加えて、動きも割かし機敏だったのもある。

 ジェシカはそこまでスピードがあるタイプじゃないから余計にそう思うんだろうが、一般的な人間よりも大きいくせに、機動力はそこそこある・・・それも地味に効いてはいたはずだ。

「それにあのテのモンスターは繁殖能力も高い。一体いれば数十体はいてもおかしくはない」

 虫は人間よりも繁殖能力が高いからなぁ。物にもよるが、なんせ一体から数十、数百は当たり前に出る。

 その中で大きくなれる個体が何体出るかは分からないにしても、その繁殖力が脅威だとも言える。

 実際、地球でも毒性の強い昆虫なんかが繁殖して、生息範囲が広がって、被害が出た話も珍しくない。ああいうモンスターは侮れないってわけになる。

「全て完璧とまではいかずとも、上手く倒してくれたのは素晴らしいものじゃ」

「そんなに褒められることではないと思うんですけど」

 とりあえず謙遜はしておくが、

「謙遜せんでもいいくらい、実際にそうなんじゃよ」

「近頃、モンスター討伐のペースが遅くなっていますからね」

「・・・ほう」

 ペースが遅い・・・?

「ここはボルドウィンとシルフィの国境際の町じゃ。環境的にちょうど中間地点とも言える」

 受付嬢がテーブルに地図を広げると、

「ボルドウィンとシルフィは環境が異なる。ボルドウィンは割と開けた個所が多いが、シルフィは森林地帯が多い国じゃ」


 森の面積からして、確かにそういう風にも見える。

 ボルドウィンが都会的、シルフィ王国が地方・・・って見るとそれなりに分からんでもないが。


「ボルドウィンは割と肉食のモンスターが多い。一方のシルフィは昆虫のようなモンスターが多い傾向もある。お互い、決して肉食や昆虫がいないわけではないが、傾向がある、という表現が正しいかもしれんの」

 傾向か・・・

 まあ、ゲームでもよくある話だな。森林地区には鳥とか虫が多くて、砂漠地区には爬虫類が多いとか、その土地の環境に合わせて進化、適応したモンスターがいる。

 爺様も言っているが、あくまでも傾向があるって話だから、絶対にそうだと言い切れるものじゃない。

 自然は日々進化していくし、生態系もまた然り・・・ってね。

「カッターマンティスも元々は国境から向こう・・・つまり、シルフィ王国周辺に生息するモンスターなんじゃが、それがこちらに見られるようになった」

「その理由は?」

「調査中でな、今のところ詳しい原因は分からん。昔から事例としてあることはあるんじゃが、一ヶ月に一度あるかないかくらいの程度じゃった。だが、近頃はそれよりも多く見られるようになった」

 野生の動物はそれぞれテリトリーがあるはずだ。縄張りとかがそれだ。

 あまり自分の生活区域から出ることはない・・・気温や土地の質が変わるくらい大きい変化がある場合は特にそうだが、それを無視するようなことがあるとするなら、

「生態系が崩れてる、のか・・・?」

 爺様は頷いて、

「わしもそれを危惧しておる」


 生態系。自然のバランスの事だ。


 簡単な話に置き換えると食物連鎖なんかがそれで、森なんかで言うと、草を虫が食べて、その虫を小動物が食べて、その小動物を猛禽類なんかが食べて、その猛禽類が死んで朽ちると、それは土の栄養になって草が生える。

 それは海や川なんかにもあって、その頂点が人間だなんて言われているが、頂点がどうこうは置いておこう。

 とりあえず、食物連鎖が機能しているから自然は今の状態を保っていられるわけなんだが、そのバランスが崩れると、生態系を崩しかねない。

 今回の件ではカッターマンティスが普段いないところに出現している。たまにあるってことは、迷ってボルドウィンに出てくるってケースも考えられる。

 だが、出現のペースが早まってきてるってことは、たまたまってことは考えづらい。何かしら理由があるはずだ。

 その理由を突き止めないと、生態系を崩しかねない。パラライズバイパーくらいならまだしも、昆虫は一度に多く卵を産むわけだし、カッターマンティスでも生態系を崩すことだって十分考えられる。

「その生態系ってのを崩す原因ってのは何なんだ?」

「そもそも生態系っていうのが私も分かってないんだけど」

 こっちはそういう教育に疎いのか?食物連鎖って小学校くらいで習う内容のはずなんだが。

「食物連鎖くらいの話なら、後でしてやるよ。生態系を大きく崩す原因はいくつかあるけど、大型モンスターまで狂うともなると・・・より強いモンスターが出るとかか?」

「わしもそれを考えた」

 爺様も考えは一緒らしい。

「より強いモンスターが出るって・・・そうなったら何でカッターマンティスがこっちに出てくるようになるんだよ?」

「・・・じゃあ、一つたとえ話をしてみるか。例えば・・・ううん、そうだな」

 どのラインまでかみ砕けば分かってくれるかは分からんが、

「例えばレッドゴブリン辺りが一匹でその辺をウロウロしていたとしよう」

「おう。あの雑魚か」

「お前・・・あれにも苦戦してなかっ・・・いや、今はいい。例えば、あの小物がその辺に一匹でうろうろしていたとして、カッターマンティスに出会ったとする。勝負して勝てるか?」

「まあ、相手にならんだろ」

 そう、相手にならない。

 ボスゴブリンがいれば少しは違うだろうが、基本的にはあの小物は集団で仕掛けて、相手の集中力を衰えさせるとか、体力切れを狙うとか、そういう風にしないと勝てない。

「だったら、あのカマキリに出会ったらどうする?」

「殴る」

「お前の話をしてるわけじゃないんだわ。レッドゴブリンの話をしてんの」

「大した力も無い小物じゃ。自分より大きく強い相手を見れば逃げ出すものじゃよ」

 そう、やられるのが目に見えて分かっているのに、仕掛けにいくバカはいない。

 人間はそういうわけにはいかない時はあるが、野生の連中は話は別。自分の命が最優先なんだから、基本的には逃げる。

 繁殖期の母熊が子供を守るために相手に突っ込むのはよくあるが、レッドゴブリンにそこまでの気合はないだろう。あっても、大したもんじゃない。どう足掻いても熊のほうが強い。

「この話はゴブリンで例えたが、それがカッターマンティスでも起きていたとしたら?」

「・・・カッターマンティスが勝てないと思うほどの相手が出てきた、ということでしょうか」

 そう、とマーベルさんに指をぴしっと鳴らしてやり、

「アレを他所に追い出させるほどのモンスターがいるってなら、しっくりくる」

「だとしたら、それって何なんだ?」

「それは知らん」

 単純に考えるなら、あれよりも報酬金額が高く設定されている相手・・・昨日のクエストでも出てたパワードオークとかいうのとか、ノンドバクなんかがそれに該当するんだろうか?

「この辺りでは見かけんモンスターの可能性は高いじゃろうな」

「となれば、シルフィ王国にいるモンスターが原因だと?」

「推測の域を出んがな」

 爺様の様子だと、オークとかバクじゃあなさそうだ。

 ってことは、もっと別のモンスターがいるってことになってくるんだが・・・嫌な未来しか想像できない。少なくとも、面倒事にはなるだろう・・・嫌だなぁ。

「ということで、この辺りのモンスターの生息域や個体数に乱れが出ており、我々の調査も難航しているのです。加えて、強力なモンスターに対抗できる戦闘職の方も限られている現状、討伐のペースが遅くなっているということになります」

 生態系が崩れている可能性がある中で、生息域やら個体数やらが乱れて、それに対応する人員も限られてるとなりゃあ、そりゃあ後手に回るよなぁ。

「カマキリを倒せる戦闘職って少ないんですか?」

「まあ、この辺りでは少数じゃな。マルエテやキラーラビットを討伐できるレベルの者はそこそこいるが、カッターマンティスくらいとなると町一つに指で数えるくらいかもしれん」

 となりゃあ、今のところ俺たちか、腹立たしいが鋼の剣の連中くらいか?

 そりゃあペースも遅いわなぁ・・・

「事態を憂いて、国が戦闘職の育成計画を実施していますが、それも順調とも言えず」

「・・・なんだ、そんなのがあるのか」

 育成計画ってことは、一種の教育プログラムだろ。

 学校か、訓練校か、予備校か?まあ、どういう形態かは知らないが、国がそれを主導してるってことは、それなりにできる人員もできそうなもんだが。

「まあ、いくつかすでに実施されておってな。それなりに効果が出ているのは確かじゃ」

「それじゃあいいじゃないですか。それをどんどん広めていきゃあいい」

「そう簡単に上手くはいかないんじゃよ」

 ・・・それなりに上手くいきそうに聞こえるが、

「育成に掛かる費用もバカにならんでな」


 なるほど、人件費か。


 そりゃあ確かにそうかもな。

 新規で一人を一人前のパイロットに育て上げるより、歴戦のパイロットを雇って中古の戦闘機を買ったほうが安いって話を聞いたことがある。

 日本で子供が成人するまでに掛かる費用が三千万以上掛かるって話らしいし、そこから更に教育プログラムや訓練期間、もちろん軍属になっているわけだし、給料だって発生する。諸々を加えると、新人を育て上げるのもバカにならんって話になる。

 だからそこそこ訓練を積んで、実戦を経験したパイロットを雇って、更には中古の戦闘機を用意して乗せれば十分って話になるんだろうが、これはあくまでも戦闘機パイロットの話であって、ラヴィリアの戦闘職とはレベルが違う。

 ただ、内容的には近しいはずだ。

「加えて、実戦経験を積むとなると、どうしてもモンスターと交戦しなくてはいけません。その際、不注意で負傷してしまい、戦列に復帰できない場合もあるんです」

「教育費と訓練期間に対して、実りが少ないってわけか」

「そういうことじゃ」

 となりゃ、そう簡単には済まないよなぁ。

 政府がどこまでの人間を欲しているか・・・いや、最低限のラインがどこなのかが正しいか?

 それによっちゃあハードルが高くなるわけだし、一ヶ月やそこらで解決する問題じゃない。こっちにはパスポートっていう便利アイテムと、そこから得られるスキルの恩恵があるにしても、実戦経験だけはどうしようもないし、年単位の計画と見て間違いはない。

「ある程度仕上がった者がいることは知っておるが、あれではなぁ・・・」

 爺様の様子からして、上手くいっても内容が伴っていない場合もある、と。

 まあ、俺たちには関係の無い話ではあるが・・・

「それで、私どもにどのようなお話があるのでしょう?」

 話が一段落したと見て、マーベルさんが切り出した。

「ふむ、話が逸れたな。報酬金の支払いとは別に、頼みたいことがあっての。まずは支払いを済ませようか」

「お持ちしました」

 受付嬢が札束を持って来た。この人、いつの間にお金を準備してきたんだ・・・?

「分配は任せる。解体の手続きは後で受けるでな」

「後で振り分けよう」

 大体、取り分は決めてある。後は話し合い次第だが、それは置いておいて、

「で、話って何です?」

「この辺りのモンスターの調査を手伝ってもらいたい」


 ・・・そう来たか・・・

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