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22

「キリたち、行っちゃったねぇ」

「行ってしまいましたねぇ」


 クエストを二つ受けたキリたちは、協会から飛び出していった。


「大丈夫かなぁ」

「大丈夫ですよ。出て行く時、格好良かったではないですか」


 ―――ヴェロニカ、満足に調査してやれなくてすまん。この件が終わったら行こう。マーベルさん、ヴェロニカを頼んます。


 そう言い残して出て行ったキリは強気だった。

 でも、わたしは分かっている。

 キリは自分を鼓舞して、不安をかき消そうとしていた。


 モンスターを倒せるのか?

 そもそも二つもクエストを受けて本当に上手くいくのか?

 それでもやらないと勝てない。

 勝つために他の三人も巻き込んでいる。

 勝たないとみんなに申し訳ない。


 複雑な感情で押し潰されそうな気持ちを、強気で必死にかき消していった。

 心配の一つや二つ、しちゃうよね。


 でも、格好良かった。


「信じるしかないよね」

「はい。キリヤさんたちならやってくれますよ」

 わたしたちは町に残る。ついて行くことは協会に止められたらしい。

 信じることしかできない。いつもなら傍にいるから、最悪魔法を撃ち込むことができるのに、それすらできない。

 でも、キリたちなら上手くやれる。そう思えるのが不思議だ。

「私たちは私たちのできることをやりましょう」


 *


「もうすぐか・・・」

 ノーボを出た俺たちは、ドッシュに揺られて目的地に向かっていた。


 カッターマンティスを討伐する。


 俺たちにとっちゃあ、相当レベルを上げたターゲットだが、これに向かう。

 ヴェロニカがざっくりと位置は把握していたから、大体の居場所は分かっている。俺たちはドッシュに乗って、可能な限り最速でそこまで移動している最中だ。

「本当に二体討伐に向かうとはなぁ」

「現実的にできるのが二体ってところだったからな」


 今回の問題は人員じゃなく、時間のほうだろう。


 日暮れまでにターゲットを討伐して協会に戻る。これを達成しないと、いくらクエストをこなしても意味がない。

 相手は当然野生だし、一ヶ所に留まっていない場合がある。パラライズバイパーはちょうど昼寝の時間だったからいいものの、あいつだってうろうろしている可能性はあった。ある程度生息域は分かっていても、そこから外れる可能性も否定はできない。

 移動している相手を早く捕捉する。これがクリアのための鍵の一つ。


 そしてもう一つ。相手を捕捉し続けること。

 つまり、監視が必要ってことだ。一体討伐した後、二体目を探してうろうろしていては、討伐完了までに時間が掛かる。そこに時間を取られると達成できないことにもなりかねない。


 可能な限り最速で、かつ効率的に対応しないと難しい。

 ということで、今回は二手に分かれた。


 一組目は俺、ジェシカ、リオーネ。俺たちはカッターマンティス担当。

 接近戦二人と、遠距離高火力が一人。ヒーラー・・・と言っていいもんなのかは定かじゃあないが、回復役も一人含まれているし、何があっても対応しやすい。

 二組目はキース。単独で動くことになる。

 キースは報酬金八万フォドルのマルエテを狙う。手長猿みたいなモンスターらしく、機動力があって、硬い毛を飛ばして攻撃してくるのが特徴だって話だ。機動力か、硬い毛の遠距離攻撃か、それとも両方なのかは分からないが、それなりに厄介そうに見える。

「あいつ、大丈夫かね?」

「そこは信じるしかないでしょ」

 単独討伐はハードルが高そうに思える。ただ、キース一人でどうにかできる・・・いや、今回の場合、一人である程度できるが正しいが、できると踏んでそうしている。

 キースはガードが主体。防御して耐えて、隙を見つけて攻撃するタイプ。限界はもちろんあるが、長期戦向きの戦い方だ。俺たちがカッターマンティスを討伐している間にサルを見つけて仕掛けて、少しでも削って、逃走したらそれを追いかける。それができる。

 それに、麻痺属性の剣がある。どうやら、効果が発揮してくると、モンスターの動きを鈍くできるらしい。耐性の弱い相手だと全く動けなくなることもあるそうだ。

 どれくらいの効果があるのかが今の時点で分からないが、それで相手をじわじわ削れる。寧ろ、上手くいけば単独討伐も可能なはずだ。

 それを踏まえれば俺も可能だが、マルエテよりもカッターマンティスのほうが町から離れている。

 長距離移動はドッシュを使うほうが絶対にいい。そのためにはコントロールが必要で、ヴェロニカから事情を話して受け入れてくれている俺がいることが必須。ドードだと頼りないって環境だと、これも制約になってしまう。

 キースは快く引き受けてくれたし、腕試しもしたいって言ってたし、ヤバいかどうかの判断くらいできる男だし、問題はないと俺は思ってるんだが、妙なプレッシャーを与えてしまっていないか、そこが心配だ・・・

「おい、あんま引っ付くなよ」

「しょうがないでしょ?引っ付いてないと振り落とされちゃうんだから」

 ジェシカとリオーネが二人でドッシュに跨っている。

 荷物は俺が乗っているほうに集約している。女二人のほうが軽いからって理由で相乗りさせてるんだが、ちょっと一緒になっただけで揉めそうになってるとは・・・

 そりゃあ、別に俺がどっちかと乗っても問題はないんだよ。ただ、それをすると、後から別のところから余計なプレッシャーを掛けられる・・・それも嫌なわけで、こういう割振りにしたけだ。

「キリヤくん、この辺りでしょ?」

「・・・そのはずだけど」

 すでに目標地点には着いている。この辺りにいるはずなんだが、らしいモンスターが見当たらない。

 移動した可能性がある。これが想定されるから二手に分かれたんだが、本当に分けてよかった。

「奥の林に入っていったか・・・?」

 今いる辺りは平原なんだが、もう少し北側に林がある。そっちに入っていった可能性もあるかも。

 とにかく、時間が惜しい。

「・・・あの岩の辺りにドッシュを留めて、林に偵察に行く」

 ドッシュのおかえで、ここに来るまでに多少時間は稼げた。捜索範囲を広げていく。

 こういう時にヴェロニカがいればテレパシーで探れるんだけど、いないものはいないで仕方がない。目の前の現実を見ないとな。

「よし、留めたぞ」

「行きましょう」

 ドッシュたちに待機してもらって、俺たちだけで林に入る。

「木と木の間が結構狭いな」

 ポイズンスパイダーがいた森は多少拓けていた。メリコとニギの交通事情に合わせて、多少手を入れているって話だったはず。

 ここはそのままのイメージだ。人が入っていじった様子が無い。

「ちょっと嫌だな」

「どうしてだよ?」

「鞭の扱いが難しい」

 何度か戦ってきて、思ったことがある。


 鞭は狭いところで振るうのに向いてない。


 鞭は振り回す必要がある武器だ。振り上げて下ろす。それだけだったら剣もそうだし、振りかぶって打つパンチなんかもそうだと言える。

 ただ、問題なのはリーチの問題。

 キースの剣は大体七十センチくらいの刃渡り。俺のバトルナイフが二十センチくらいの刃渡り。パンチはリーチ無し。それらと比べて、新しい鞭・ランドウィップは革紐の先端から柄の付け根までが長い。ざっくり三メートル強くらいある。

 そういう長尺の物を振り回すとなると、狭い空間だと障害物に当ててしまう可能性がある。だから、閉所よりは開所のほうが扱いやすい。

 それを振って的に当てるってのは、結構テクニックが要る・・・スキルの恩恵があって一端にできる風に見えるが、消したら途端にダメになるんだろうなぁ。

 ダメになるかどうかは置いておいて、とにかく閉所は好ましくない。できるだけ広い場所で戦いたいってのが本音だ。

「こんなところに入ってってるのかぁ?」

「黙って探しなさいよ。集中、集中」

「いるな」

 入って十分くらい経ったくらいで、

「本当かよ」

「これ見ろ」


 木に切り傷があった。


「これって・・・」

「たぶん、例のヤツだろ」

 木に何かで切られた跡がある。まるで野菜に包丁を入れたみたいな切り口だ。

 恐らく、カッターマンティスが付けたものだろう。

「何でこんなことしてるんだ?」

 周りを見回すと、他にもちらほら、同じような跡がある。

「たぶん、両手の刃を研いでるんじゃないか?」

 猫の爪研ぎなんかと一緒だろう。定期的に研がないと落ち着かないというか、習性というか。

「虫にもそういうのあるんだね」

「らしいな・・・」

 どういう意図があるかは謎だけども、切り口はまだ新しいように見えるし、この辺りにいるのは間違いない。

 それともう一点覚えておいたほうがいいこともある。

 両手の刃を研いでいるから、攻撃力が戻るか上がるか、どっちかにはなっているはず。下手に突っ込んで攻撃を受けたら痛い目を見るだろう。

 嫌に緊張感が出てきたな・・・


 正直、今回の作戦・・・上手くいく自信がない。


 パラライズバイパーで朝から夕方まで掛かっている俺たちが、あれより格上のモンスターを三人で倒せるかどうか怪しい。それに加えて、最速で討伐して、単独で動いているキースに合流しないといけないっていう二本目のハードルもある。

 武器が強くなったとか、リオーネが杖を持ったから火力が上がったとか、蛇の時より条件は良くなったと言っても、三人で大物を討伐するのは無茶だったか・・・?

 でも、それをしないと間に合わないかもしれないっていう懸念もあるし。

「・・・ふぅ」

 落ち着こう。こういう時、冷静になっておかないと判断が鈍る。

 それに、やっちゃいけないことは他にもある。


 二人に不安を感染させることだ。


 不安は判断を鈍らせるし、落ち着きを無くす。連携も不安定になる。

 一応、俺がこのチームのリーダーだ。指示するヤツが仲間を潰すわけにはいかない。

 そもそも、何で俺がリーダーなんだって疑問もあるが、やるからには役目は全うしないといけない。俺だけが死ぬならまだしも、二人を道連れにするわけにはいかない。あ、キースを放ったらかしもマズい。

「よし、周辺を捜索しよう」

 何かで読んだ気がする。


 不安な時こそ、強がれ!


「この辺りにいる可能性は高い。少しずつ奥に進むから、俺は正面、ジェシカは右側、リオーネは左側を集中して捜索しよう。木を観察して、切り傷があればそっちに向かっているかもしれない。モンスターだけじゃなく、そっちも見ていこう」

「おう」

「分かった。じゃあ、進みましょ」

 奥へ進んでいく。

 切り傷があるこたある。あるけど、少しずつ少なくなっている。

「・・・本当にいるのか?」

「左側はいないわね」

 木で刃を研ぎたいから林に入った・・・とすりゃあ、切り傷が少なくなっているってことは、満足するまで研げたってことか。

 ってことは、奥に入っていったか、林を出たか・・・

 動物なら縄張りとかがある都合で元の場所に戻るってことはあり得るんだろうが、昆虫ってそういうのあるのか?

 しばらくじーっとしてるところは見かけても、どこかに行って戻ってくるってのは見たことがない。

 カブトムシとかクワガタとかは木の蜜に集まったりするし、明るい照明に集まったりもするけど、こういうケースは分からん。

「いそうな感じしねぇぞ、大丈夫か?」

「焦るな。落ち着いて探せ」

 時間だけが進む。一分一秒が惜しいってのに、時が進むのが早く感じる。

 自分で言っておいて何だけど、焦る気持ちは正直俺もある。

 狭いとかどうとか贅沢は言わないから、この辺りでうろうろしててくれ。

「あっ!!あいつじゃねぇか!?」

 ジェシカが指差す先に、動く物体が見える。


 少し暗い林の中でもはっきり分かる緑色の甲殻。

 差し込んでくる光に反射してきらりと光る両腕の鎌。


「・・・あいつか」

 協会で見たイラストと一緒だ。

 アレがカッターマンティスか・・・別の緊張感が出てきたな。慣れんな、この感じ。

「ここから見ても結構大きいわね・・・」

 今いる場所から的までそこそこ離れているが、それでも大きく見える。

 パッと見、大の男くらいはあるだろうが、詳しくは分からん。こういう時に使える計測方法があったような気がするが、覚えていないのが俺っぽい。

 それはまあいい。あいつは俺たちに気付いてないっぽい。

「よし、行くぞ!」

「チョトマテチョトマテ」

 今にも飛び出していきそうなジェシカを抑えて、

「まずは観察だっつってんだろうが」

「・・・こういう時でもかよ。気付いてないし、すぐ殴れるだろうよ」

「そういうのも分からなくもないけどよ」

 分かってる時と分かってない時の差が激しいのよ。

 やっぱ戦闘になると殴ることが最優先になんのかね。

 それもまた別の話か。今は目の前のことに集中しないと。

「・・・多方向から攻めたいな」

 前回の蛇と一緒で、攻められるなら多方向から攻めたい。敵の意識を散らしたい。

 そういう意味だと、この林もブラインドで使えそうだ。木を使って身を隠しながら接近できるし、リオーネも魔力を溜めやすい。

 俺は攻撃しづらいが、ジェシカなら動きやすい。ジェシカが上手く立ち回れば、この場所でも戦えるはず。

 毎度問題の攻撃力問題・・・これは今回、手を打ってきた。

 上手くいくかはジェシカ自身の問題。逆に言えば、これが上手く機能しないとうちのチームは苦戦を強いられることになるわけだが・・・

「このラインは射線が通ってるな」

 見通しのいいラインがある。ここなら、シャインアローとシャインセイバーを上手く通せる。

「リオーネ、一発目はここで仕掛けよう」

「パラライズバイパーの時と一緒で、威力を溜めて撃てばいいのね」

 分かってくれて助かる。その理解力をジェシカに少しでも分けてくれまいか?

「矢と刃、どっちを使おうか?」

 ここはちょっと迷いどころだ。

「頭をピンポイントで狙えるか?」

「ここからでしょ・・・?ちょっと難しいかな・・・」

 カマキリの頭部は思いの外小さい。

 仮に二メートルくらいの全長だったとしても、頭だけが特別大きくなっているっていうわけでもない。見た感じは日本でもいるカマキリの体のバランスと変わらない。

 頭もそれなりに大きくなっているとしても、小さい的であることには変わらない。一流ピッチャーだって一発必中は難しい。

「なら、シャインセイバーにしよう」

 ある程度面で狙えるシャインセイバーのほうが当てやすい。しかも、威力もある。

 魔力の消耗が多いデメリットはあっても、不意打ちを仕掛けるなら確実に当てたい。

「一発で仕留められたら最高だな」

「それができたら、この辺りで最高の白魔術師になれるわね」

 一応、黒、白関わらず最高レベルの・・・いや、存在がチートの魔術師がいるけどな。悲しいかな、二人も・・・

 あれと比べるとちょっと弱いんだよなぁ・・・まあ、わざわざ言うまい。今はリオーネが頼りだし、実際実力はあるわけだし。

「ジェシカ、可能な限り接近するぞ。木を使って隠れながら行け」

「おう」

「虫に気付かれたら終わりだ。音を立てるなよ」

「分かってるって」

 本当だろうな・・・?これ、フリじゃないんだぞ。分かってんだろうな、ホント。

「リオーネ、準備頼む」

「了解」

 リオーネが杖を両手で持ち、魔力を溜め始めた。

 杖を持つと変わるって話らしいが、どこまで変わるもんなのか見ものだな。

「行くぞ」

 この時間を使って、詰められるだけ詰める。

 ジェシカを右側から、俺が左側から回り込む。

 俺たちは木の陰に隠れながら接近していき、

「・・・ジェシカ、もうちょい膨らめ。真っ直ぐ行きすぎだ」

 気付かれたら困るから、身振り手振りで離れたジェシカに伝えて、進行方向の修正をする。見つかったら元も子もないし、ただでさえ猪突猛進だし、注意しておかないと。

 こういう時にテレパシーがあると便利なんだけどなぁ。

 あれって使う人が少ないって話だけど、こういう時に便利だから流行ってもいいと思うんだが、考え方とか文化の違いって大きいな。

 それはまあ、それとして。

「こっちはいけそう!」

 あと数メートルくらいの距離まで詰めて振り返ると、リオーネが数回頷いているのが見えた。

「こっちもいけるぞ!」

 こっちもちょっと走れば届く距離。気付かれる前に突っ込みたい。

 幸い、カマキリの顔は他所へ向いている。動く様子もないし、俺たちに気付いてない。

「よし、行くぞ!」

 仕掛けるなら今しかない!

 鞭を持った右手を振ってジェシカと飛び出した瞬間―――


「!!」


 カマキリが振り向いた!!

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