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ノーボ周辺の情報は集められるだけ集めた。
受けるクエストによって、すぐに目的地を定めて、環境を把握できる状態だ。
大型、小物のモンスターもざっくり把握できているし、心構えもできる。
残る課題は武器と立ち回り。
立ち回りに関しちゃ、正直俺だけの問題じゃない。少なからず、全員の協力が必要だ。
キースとリオーネは協力してくれるだろうが、問題はジェシカ。
あいつが俺の話を素直に受け止めてくれたらスーッと気持ち良く終われるし、立ち回りの特訓なんかをつけられる。ただ、あの性格だ。そんな簡単に理解するとは思えない。
どうしたもんかな・・・と、何で俺が悩まなきゃいけないんだって、そっちも悩みになる。負のループとは正にコレのこと。
とりあえず、先に武器を確保しておこう。
「どうも」
討伐勝負前日。
俺とヴェロニカ、マーベルさん、キースは武器屋に入店して、
「ああ、いらっしゃい」
昼前だけど、店は相変わらず繁盛している。
この町の武器屋はここ一択みたいだし、当然っちゃあ当然だが。
「鞭を取りに来たんですけど、できてます?」
「俺、キースっていいます。レノトの武器屋に依頼した剣が届くはずなんですけど」
スタッフはカウンターの下から布に包まれた長い荷物を取り出して、
「すみません、鞭は残りの作業があるので、剣を先に手渡させていただけると助かります」
「お、おう」
作業が残ってる・・・?
そんなに簡単に済む作業なんだろうか?まあ、一日使えるからいいとしても、その点は若干気になる。
「キースさんのパラライズバイパーの素材を使った剣、ちゃんと来てますよ」
包みを剥ぐと、明らかに金属製の剣と違う印象の剣が出てきた。
「おお、これが!」
スタッフが剣を持って、鞘から抜き取る。
一本の大きい骨をベースにしている。
確か、パラライズバイパーは大きい骨が採れないって話で、ボスゴブリンのを使うとか聞いたな。
「結構頑丈そうだな」
刃と柄が一体化されているような印象だから、フルタング構造と言える。刃の厚みもしっかりしているし、スカンジグラインドだから研ぎやすいだろう。
「へぇ、結構かっこいいな」
「色も無骨で男らしいなぁ」
どういう加工をしているのかは分からないが、蛇の鱗が刃にたくさん付いている。まるでノコギリみたいな感じだ。これはよく切れるっていうより、引き裂き能力が高い・・・っていう印象だろうか。
研ぐのが難しそうだな・・・と思うけど、そこは言わないでおこう。
「この刃の鱗から麻痺成分が染み出してきまして、斬りつけた相手に付着、浸透させることで麻痺を与えることが可能になります」
なるほど、そういう仕組みか。
「成分が染み出すって言ったけど、これってずっと出るのか?ある程度使ったら成分が尽きるとかだと困ると思うけど」
「そうですね。鱗に成分を吸わせているので、ある程度使用すると尽きてしまいます。なので、定期的にこの分泌液を塗り込む必要があります」
カウンターの下から、今度は瓶が一本出てきた。
「これってパラライズバイパーの素材?」
「そうですね。正確に言えば、採取した体液から分泌した麻痺薬になりますが」
パッと見、ちょっと黄色い液体だ。瓶を多少振ってみるが、そんなに粘度は無さそう。
これを剣に塗るの・・・?
まあ、ナイフの柄とか革靴にオイル塗るのと一緒と思えばそんなモンかなぁって感じだが・・・
「これって手に付いたりしたらどうなるんだ?」
「ああ、それは危険ですからやめてください。耐薬性のある手袋を着用して、刷毛を使って染み込ませてください。皮膚に付くとすぐに痺れて、量にもよりますが、酷いとかぶれて半日は痺れが残ります」
うん。分かっちゃいたが、普通に危ないな。
「これ・・・俺、ちゃんとできるかなぁ・・・今から心配なんだけど」
確かに慣れは必要そうだな。
「まあ、できるさ」
「できるもんか?すげぇ心配なんだが・・・」
「使う物が違うだけで、俺も同じようなことをやってるし」
俺のは普通のナイフだから、普通に砥石で研いで、ハンドル材は植物性のオイルをたまーに塗るくらいだけどな。
「こういう道具はな、使えば使うほど愛着が湧いてくるんだよ。手間を掛ければ掛けるほどさ」
「お客さん、分かってますねぇ」
スタッフも理解してくれている。地味に嬉しい。
「俺のナイフもそうだけど、色々世話になっててな」
荷物からグリューセンのナイフを取り出して、カウンターに置く。
「これで薪を割ったり、枝打ちしたり、野菜とか果物切ったり、ホント色々やってんのよ。使えば使うほど刃も落ちてくるから、研ぎもするし、柄が弱らないように油も塗ってる。使って、手入れして、また使ってって、そういうのを繰り返していくことで、本当に相棒になってくるんだよ」
「お客さんのナイフ、まだ新しいですけど、しっかり研がれてますね」
スタッフがしれっと鞘からナイフを抜いて、状態をチェックしていた。まあ、別に構わないけど。
「俺のナイフなんてまだまだ使って大した時間は経ってないし、これからこれから。キースのこの剣だって、これから使って相棒にしていきゃいい。やっていくうちに、手入れとか慣れてくる。まずはやってみたらいい」
鞘に戻されたナイフを回収して、荷物に戻した。
「手入れに関しては説明させていただきますから、安心してください。必要な道具は別途販売しますし」
「そこはセットにしていただけるとありがたいのですが?」
ここぞとマーベルさんの交渉が入る。
スタッフも若干引いてるが、相手が悪いと思ってもらうとしよう。
「えっと・・・では、まずは剣の取り扱いの説明を・・・」
それから十分くらい、剣の扱いの説明があって、麻痺成分補充の薬液と耐薬手袋、刷毛の価格交渉、販売と繋がって、
「では、次はキリヤさんの鞭ですが」
ようやっと俺の番か。
「本体は出来上がっているので、あとは合成だけです。ほんの少しの時間で終わりますから、少々お待ちを」
「・・・なあ、その合成っての、やってるところを見せてもらえないか?」
「・・・はい?」
気になってはいた。
ほんの少しの時間で終わる武器の強化。異なる素材を武器に合わせ込むなんて、ファンタジーの世界じゃ王道というか古典というか、定番のこと。
他の世界を見て回ってるわけじゃないから比較はできないが、ラヴィリアはこういう風にやっているってのが分かるなら知っておきたい。
これは単純な興味だから、知ってどうするってのは今のところはない。自分でできたら便利だろうな、というのはあるが。幸い、クラフト系のスキルはある程度持ってるし、将来的にはそれを仕事にするのも悪くはないか?
まあ、今はそれは置いといて、
「ええ、構いませんよ?」
案外、あっさり了承してくれた。
「いいのですか?」
マーベルさんも多少驚いてはいるらしいが、
「ええ、秘密の工程があるわけではありませんし。どうぞ、こちらです」
カウンターから出てきたスタッフが、工房に案内してくれた。
武器を作るための道具がたくさん壁に掛けられている。部屋の隅にランドリザードの鱗の破片と皮の切れ端が固められているし、この二日で作られたってのが分かる。
「ここで合成します」
そこは簡単なデスクで、鞭とマナタイト、クモと蛇の素材が置かれていた。
「・・・ここで?」
もっとこう、ごつい壺とか道具とかがあるイメージだったんだが・・・
「あはは、合成自体はそんなに道具が必要なわけではないんですよ。物を置けて魔法陣を描ける面積があれば成立します」
「魔法陣・・・?」
デスクを見てみると、天板に円形の図形が描かれていた。
図形の中に細かく文字が掛かれている。パッと見、どこかの文明の象形文字みたいだ。随分複雑に色んな図形や文字が書き込まれている。
魔法陣自体を描いているのは、質感からしてクレヨンみたいな固形の画材みたいに見える。
「場所を確保して、スキルを覚えられたら、誰でも合成可能なんですよ」
なるほど。秘密の工程があるわけじゃないってのは納得だ。
スキルを覚えたら、魔法陣を描けるようになるって寸法かもな。
「では、すぐに済ませてしまいますね」
スタッフが作業台の前に立って、鞭とマナタイト鉱石を魔法陣の中心に置いて、その脇にクモと蛇の素材を並べた。
「・・・合成」
ほんの一言つぶやくと、作業台の魔法陣がじんわりとした赤い光を放った。
鞭の両脇に置いてあるクモと蛇の素材が少しずつ中央に寄っていく。
「おお~・・・」
鞭本体とマナタイトが光っていく。二つの素材が鉱石に引き寄せられて、吸い込まれていった。
二つの素材を取り込んだ鉱石が、今度は鞭を取り込んだ。
そして光が収まると・・・
「はい、完成です」
物凄く・・・ものすごぉくあっさり、合成が終わってしまったらしい。
もっとすごいことが起こるんだと思ってたんだが、メチャクチャあっさりしてた。正直、期待していただけにガッカリした気持ちが無くもない。
「どうぞ、お受け取りください」
でもまあ、完成は完成だ。そこに変わりはない。
鞭を受け取り、
「・・・これが例の」
ランドリザードの素材ベースに、ポイズンスパイダーとパラライズバイパーの素材を合成した鞭。
「ランドウィップです」
ランドリザードで作られた鞭が、そういう名称らしい。
「強靭な革と鱗を織り交ぜて作ってあり、ハイウィップよりも打撃力が高く、鱗の効果で引き裂き能力も合わさっています」
攻撃力のアップに加えて、強靭性があって、引き裂き能力も加わったってのは嬉しいな。
・・・俺もこれを触る可能性あるわけだし、何かしら対策が必要かもしれんな。グローブとか買っておいたほうがいいかもしれない。
「ポイズンスパイダーとパラライズバイパーの素材も無事に合成できたので、毒と麻痺属性も発揮できます」
そうやって聞くと、かなり凶悪な武器だな・・・
どこまで効果があるのかはやってみないと分からないにしても、引っ叩いた相手に毒も麻痺も与えるんだろ?聞いただけに嫌になる。
「この辺りの冒険者が扱っている武器の中では相当優秀な部類です。自信を持ってお渡しできます」
まあ、ボルドウィン界隈で相当凶悪なモンスターを一まとめにしてるような武器だからなぁ・・・
そりゃあ、強くなきゃ困るんだが。
これがこれから世話になる武器か。頼りにしてるぜ。
と、気になることが一点。
「なあ、これもクモと蛇の素材を使って効果があるっていうなら、キースの剣みたく手入れが必要になるんじゃないか?」
相手に毒、麻痺の効果を与えるわけだし、先の説明を聞いていれば、そういう風な疑問の一つや二つ、出てくるもんだと思うが、
「ああ、その点は心配不要です。合成は元のモンスターの素材をそのまま合わせるので、薬液を塗るといった手入れは不要なんですよ」
「えっ」
「ええっ!?本当かよ!?」
俺も驚いている。
「我々クラフターが作った武器に関しては、どうしても手入れが必要になってくるんです。成分を分泌しない部位を使うこともあるので、高い効果を発揮するためには手入れが必要になってくる。しかし、合成は素材を丸ごと合成するので、分泌するかどうかの心配はないんですよ」
「・・・ってことは、合成するほうが手入れが不要な面も含めて、使う側からしたら得が多いってことになるかな?」
素人からするとそう思える。
「手入れの問題、維持の問題もありますが、一番の問題はマナタイト鉱石の入手が難しいと言ったところでしょうか」
・・・やっぱりそこか。
「入手さえできれば、合成のほうが都合がいいですね。使い慣れた武器や、性能のいい武器をそのまま使えますから」
「マナタイト鉱石なんてそんな簡単に手に入らないだろぉ。マーベルさんも取り扱いないんでしょ?」
「残念ですが、今のところは。たまに手に入ったりはしますが、本当にたまになので・・・」
うちの商売の鬼でさえこれだ。ボーマン、そんなレア素材をよく俺に渡したなぁ・・・こっちはありがたいけど。
「まあ、俺は地道にこの剣でがんばってくわ。みんなでがんばって狩ったモンスターで作った剣だしな」
「パラライズソードも十分、強力な武器ですから。マナタイトが手に入ったら強化を検討しましょう」
どっちにしても、火力は上がったわけだ。
残る問題は・・・
身内。




