17
「お待たせしました」
次の日、昼前に南門をうろついていたら、マーベルさんが現れた。
「あれ、思ったより早かったな」
早ければ今日中に着くだろうとは思っていたが、
「相乗りした荷車を指揮している方がせっかちな方でしてね。最低限の休憩だけで到着を目指していましたから」
「そういうことか」
とにかく早く到着して商売したい・・・ってところか。仕事熱心で結構なこった。まあ、その点はマーベルさんも負けちゃいないが。
「それにしても、二人も来たとはなぁ」
荷車から降りてきたのはマーベルだけじゃなかった。
「よお」
「どうも」
キースとリオーネ。二人も同行してきたらしい。
「二人ともどうしたんだ?こっちに用事か?」
「まあ、そんな大した用事じゃあないんだけどな」
「私はシルフィ出身ってことは話したよね?一度首都に戻ろうかと思ってたところだったのよ」
「俺は特に目標はないけど、北上していこうとは思っててな。ついでだから、同行させてもらったんだ」
まあ、目的が近しいなら、同行したっていいよな。
二人とは割とそれなりに関わりはあったし、そんなに関係が悪いわけでもないし。
「俺たちも護衛でちょっと稼げたし」
こいつらも割と上手くやってるなぁ。俺も見習わないとな。
「料金も奥さんのおかげで安く済んだし。ありがとうございました」
「いえいえ」
・・・やっぱり変わらんな、この人。
「ところで・・・」
リオーネが辺りを見渡して、
「あの子はいないの?」
・・・気付いてしまいましたか。ジェシカがいないことに。
「あいつと一緒にいたんだろ?どうしたんだ?」
「いや、それがなぁ・・・色々あって今は一緒じゃないんだよ」
別に話す必要性を感じないんだが、まあ、実際そうなわけだし・・・
「もう昼だ。腹も減ったろ。その辺の屋台で飯を食おうぜ」
*
「・・・なるほどなぁ。そういうことがあったのか」
屋台で飯を食いながら、今までの経緯を話した。
もちろん、謎の魔術師に襲撃された件は伏せてはいる。話すとしても、マーベルさんだけだ。
キースとリオーネは俺たちの事情は知らないし、仮に俺が異世界人だってことを知られる分はいいとしても、知ったことで巻き込んでしまうのだけは避けたい。
「全く、あの子は本当に・・・」
リオーネは呆れているようだが、
「何なんだろうなぁ。何があいつをそうさせるんだろうなぁ」
キースがつぶやくと、
「まあ、誰にでもそういうのはあると思うけどね」
所謂、コンプレックスってやつか。
そりゃあ、大なり小なり、誰にでもそういうのはあるだろう。
身長が低いとか、顔にでかいシミがあるとか、地味だとか、華奢だとか。その逆も然り。
「そういうのって羨ましいって思うだけだったりするよね」
そうそう、無い物ねだりとか、隣の芝生が青く見えるっていうやつ。
「まあ、そういう点もあるでしょうね」
「マーベルさんもそういうのあります?」
「私は身長が高いとよく言われますから、小柄な方を羨ましく思いますね。リオーネさんやジェシカさんみたく華奢が良かったなぁ、なんて思った時もありました」
確かにマーベルさんは少し背が高いけど、そんな気になるくらいじゃないだろう。ただ、リオーネたちと並んだら多少差はあるな、とは思うが・・・
でもまあ、あくまでも俺の感想だし、本人にとっちゃあ大きいことだ。決めつけないほうがいい。
「私ももうちょっと目が大きかったらなぁ~」
「リオーネさんはもう十分魅力的ではないですか」
「そういうの言ってくれるのマーベルだけですよぉ」
・・・ここはアレか?深夜のバーか?
「あいつのコンプレックスって見た目じゃないだろ・・・」
「・・・まあ、そうだろうな」
なんせ、考えや行動に難があっても、見た目だけは最高に綺麗。それこそ、絵画の女神をそのまま出してきたんじゃないかってくらいだ。
それが仇になるって面もジェシカが言っていたと思うが、平均的にエルフ族ってのは美形が多い。それは事実だろう。
本人はその点に不満を漏らしていたわけじゃないし、そういうことじゃないとは思う。
思い当たる節があるとすれば、
「あいつの存在感かなぁ・・・」
あの考え方と行動・・・たぶん、存在のことなんだろうなぁ。
「エルフってヒーラーとか狩人が多いんだろ?」
「まあ、そういうイメージはあるな」
「手先も器用だから、クラフターも多いしね。木工専門とか」
世間のイメージはその通り。アニメとかマンガの知識があるヤツにどういう印象があるか尋ねたら、大方そういう回答が返ってくるだろう。まあ、最近は逆を行く作品もあるけど。
「あいつは真逆だし、衝撃はあるよな。俺も結構面食らったし」
「格闘家なのも驚くし」
「それであの攻撃力だ。致命傷になるまで何発殴ればいいんだよ」
キースも思うくらいだから、世間のイメージは攻撃力が低いが一般か。
やる気はあるのに実力が追い付かない・・・ってところか。
本人もそれを自覚してるなら、これはこれでまたしんどいだろうな。
ただ、やりようによってはここにいる誰よりも活躍できる。本人も周りもそれを分かってない。
「・・・それに」
戦う意思、やる気があること。それだけがジェシカの強みじゃない。
あいつ、回復スキルを使うことにためらいがなかった。
自分を回復させることは当然としても、俺を回復させるために全力で走ってきて回復する・・・そりゃあ、ヒーラーだったらそれが当然だし、仕事なんだからしてもらわなきゃ困る。
ただ、あいつは格闘家だし、本人も殴るためにそれを選んだわけだから、回復に走ることを渋るはず。余計な力を割きたくないし、それを相手にぶつけたい。
それでも、俺を助けるために走って、スキルを使った。そこに迷いはなかった。
あいつの中に、ヒーラーとしての何かがあるのかもしれない。
「・・・まあ、ぼちぼち探してみるか」
「探してどうするんです?」
マーベルさんもヴェロニカと同じ質問をしてくる。
「・・・ま、どうもしないかな。なるようになる」
このままサヨナラってのも、さすがに後味が悪い。どれだけ時間が掛かっても、お互い気持ち良く別れたほうがいい。
「うーし、じゃあ行くか」
キースが立ち上がって、懐から財布を取り出した。
「この辺りのモンスターを狩りにいこうぜ」
「ついでだしね」
頷いたリオーネは財布からコインをテーブルに置いて立ち上がり、
「協会に行ってくらぁ」
「キリヤくんたちはどうする?」
「俺は武器屋に行ってみる」
「おお、例の合成か」
そう、この町の目的はそれだ。
今は人通りも多いし、危険感知も大人しいから落ち着いている。
あいつに攻撃するかどうかは置いておくとして、スキルとジョブでも結構後悔しているし、やれる時にやっておくに限る。
「じゃあ、夕方に合流するか?飯でも一緒に食おうぜ」
「おお、じゃあそうしよう。俺が世話になってるのは銅の宿ってところだ」
宿屋を教えておいて、二人と一旦別れた。
「じゃあ、行きましょうか」
屋台を出て、例の武器屋に向かう。
武器屋は昨日のうちに見つけておいた。
「あの蛇の素材はどれくらい取れたんです?」
「平均的に綺麗な状態で倒せていたので、美品は多かったです」
頭を豪快に砕いたが、そもそも本体が大きいし、ヴェロニカみたいに炎とか雷で焼け焦げにするってわけでもないし、取れるところは多いか。
「マナタイトの準備は済んでいるのですか?」
「ああ、それは大丈夫だと思う」
ここ最近、暇な時を使って、原石にくっ付いている石を除去していた。
斧の背中で叩いて、ざっくりと落とすことができた。研磨していないから使えないってことにならなければ、使えるはずなんだが・・・
「ああ、あれだ」
町の中心に向かって進んでいくと、メインストリート沿いに武具のマークの看板を掲げた店がある。
外観しか見てないから何とも言えないが、建屋はきれいだし、冒険者たちが表にたくさんいる。
「見た感じ、繁盛しているようですね」
メインストリート沿いに店を構えられているわけだし、訪問者の数もそこそこある。繁盛してなきゃこうにはならんな。
「よし、入るか」
店の扉を開けて入店。
「品揃えもしっかりされていますね」
首都の店ほどじゃあないが、キースが剣を買ったレノトの武器屋よりも数は多い。
それに、防具が充実している。金属製品よりも革製品が多いのも気になる。
「装飾品も多いねぇ」
木製の装飾品も確かに多い。
「これは・・・アクセサリーか」
イヤリング、ブレスレット、ネックレス。木と金属を組み合わせて作られた装飾品が多い。
「なかなか良い商品です」
試しに花のペンダントトップが付いたネックレスを手に取ってみる。
木を花の形に加工しているんだが、花弁の形状もきれいだし、細かい筋彫りも芸が細かい。熟練の職人の作品って言われても不思議じゃないくらいだ。
「この商品はどなたが作ったのでしょう。私も取り扱いさせていただきたいです」
「それは後で確かめてほしい、が・・・お」
店の奥から、革の防具を持ったエルフの男が出てきた。見た目は美形、歳は若い。たぶん、取ってても三十歳前半ってところか。
エプロンをしているし、店の関係者であることは確実。
「すみません、お店の方ですか?」
「ええ、はい。いらっしゃい。何かご入用で?」
話が早そうだ。
「このお店で合成をやってくれるって話を聞いて来たんですが」
「ああ、合成ですか。取り扱ってますよ。少々お待ちください」
店員が防具を棚に飾って戻って来た。
「どちらを合成いたしますか?」
「この鞭で頼みたくて」
ハイウィップを手渡すと、
「こちらを基礎にして、素材は何をお使いになられますか?」
「ランドリザードとポイズンスパイダー、パラライズバイパーだ」
伝えると、店の雰囲気が一気に変わった。
「・・・何て言った?あいつ」
「この辺りじゃ狩るのも苦労するモンスターばっかじゃねぇか」
「あんなガキが狩ったってのか・・・?」
この辺の冒険者たちなんだろうか。それとも俺たちみたいに旅の途中?
どっちでもいいし、狩ったのは事実だから否定のしようもないが、何であんなのがっていう雰囲気はやめてほしい。大半はヴェロニカの手柄だし、蛇に関しちゃ四人掛かりでようやっと仕留めたんだ。簡単に狩ったわけじゃあない。
「す、すごい素材ばかりですね・・・分かりました。マナタイトはお持ちで?」
「これでいけます?」
荷物からマナタイトを取り出して手渡すと、
「はい、問題ありません。では、カウンターで商談させていただきますね」
カウンターに移動して、
「合成ということで、こちらの鞭に三体のモンスターの素材を使うということでよろしいですか?」
「ああ、それで」
「かしこまりました。素材も出していただけますか?」
「お待ちください」
マーベルさんが転送で素材を取り出して、カウンターに並べてくれた。
「これは・・・随分と良質な素材で」
「そうなんですか?」
「ここまで綺麗な状態の物はなかなか出回らないですよ。基本的に大人数で討伐を行いますし、手当たり次第に攻撃しますからね。あっちこっち傷をつける上、モンスター同士の争いもあって、美品が残ることはなかなか難しいんです」
・・・そうか。頭だけを狙って攻撃し続けるとか実際に難しいし、モンスター同士で争うことだってあるわけだから、ボッコボコになってる場合もあるよなぁ。
トカゲとクモは別として、蛇は四人で掛かって攻撃してるし、一般的にそういうものなのかもしれない。
「しかし、これだけの素材があるのに、ハイウィップというのはもったいない・・・」
「・・・というと?」
話がトントン拍子で進んでいくと思ったんだが・・・
「いえね、せっかくの良質な素材なので、できればもっと良い武器にしたいと思いまして。職業柄、というものでしょうか」
武器屋だもんな。そりゃあ、良い武器があればそっちがいいと思うのは分かるが。
「それはまあ、そうできたらそれがいいとは思うけど」
「ですので、提案させていただきたいのですが」
店員はハイウィップを端に寄せて、代わりにランドリザードの素材を俺の前に置く。
「ランドリザードの素材を使って鞭を作り、それにポイズンスパイダーとパラライズバイパーの素材を合成しませんか?」
「・・・ほお」
「ランドリザードの素材で作った鞭のほうが、ハイウィップよりも攻撃力が高いです。自然素材ですから、マナタイト一つで二つまで合成できますので、残りの二種も合成できます。毒と麻痺属性が二つ付加できますから、そちらのほうがより強い武器に仕上がります」
・・・そう聞けば、確かにそうだな。
「マナタイト一つで合成できる最大数は二つまで、ということなのですか?」
「素材によって違います。自然素材は二つまで、金属製であれば一つ。ですが、数を増やすということができないわけでもないんです」
「その辺も詳しく」
合成でできる、できないも分かっていない。ついでだし、聞いていくか。
「最大数をお伝えしましたが、あくまでもそれは合成する素材の効力を最大限活かせる数なんです」
「・・・っていうことは、別にハイウィップに三つの素材を合成できるけど、その代わり付与できる効果が薄くなるってことか」
店員が頷いて、
「出していただいた素材は全て自然素材ですから、提案させていただいた内容であれば全て使うことができ、武器の性能も向上できます。いかがでしょう?」
まあ、そういうことであれば、断る理由はないよなぁ。武器の性能も上がるってならそれに越したことはないし。
ちらりとマーベルさんに目を向けると、
「良い提案ではないですか」
怪しいことはなさそう、と。
「じゃあ、そうするかな。お願いします」
「分かりました。ありがとうございます」
「どれくらいで仕上がりますか?」
「鞭本体に一日、合成はすぐに可能ですから・・・ええっと」
店員はエプロンに入れている手帳を取り出して、
「依頼が少し入っているので、それらの後に取り掛かります。最低でも二日はください」
「二日か」
思ったよりも早いけど、これはまあ仕方がないか・・・
ここの調査もしないといけないし、鞭本体を作らないといけないわけだし、そう考えると妥当だろう。
「料金は?」
「そうですね・・・鞭本体が九万フォドル、合成料金が一万フォドル、合計十万フォドルになります」
「・・・十万かぁ」
ハイウィップもそこそこしたけど、それを簡単に超えてきやがる・・・
それだけ性能がいいってことなんだろうが、それにしてもちょっと高いな。
「そこまで気にする金額かなぁ」
赤ん坊がセレブ発言をしてくるんだが・・・
「今のキリなら出せるでしょ?金貨たくさん持ってるんだから」
・・・そういえば、俺もちょっとした小金持ちになったんだっけか。
金貨を出すまでの値段じゃあないから、出すなら普通に紙幣になるけど、金貨があると思えばちょっと楽だな。後で今の価値を調べてみようかな。
「価格に関しては少しご相談させていただければ」
「は、はい?」
出た。商売の鬼。
この店員さんも酷い目に遭うんだろうか。今からでも手を合わせておいたほうがいいんじゃないか?
「見たところ、こちらのお店は製造、加工することがあるようですね?」
「え、ええ、防具やアクセサリーは私が作っています」
「であれば・・・」
商談が始まった。
長くなりそうだし、とんでもない話に巻き込まれてえらい目に遭わないように今から逃げておくか。
「・・・二日間、調査しようか」
「・・・そうだな」




