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ノーボ滞在二日目。
結局、あれからジェシカが戻って来ることはなかった。
地元じゃないわけだし、宿屋には来るだろと思っていたんだが、そこにも来なかった。
まあ、宿屋は一軒だけじゃないから、他に泊まってはいるんだろう。あいつもいい大人だし、どこかに泊まらないといけないことも分かるだろうし、手配の一つや二つ、一人でできるだろう。その点は心配しちゃいないんだが。
心配する点は一つだけ。まともなメンタルじゃないってところだ。
いや、最初からまともじゃないんだが。考え方とか。
それはまあそれとして、別れ際のあの感じだと、ちょいと荒れてるように思える。ただでさえ好戦的だし、時と場合によっちゃあケンカ騒ぎを起こしかねない。
相手次第ではあるが、一戦交えるってなったらまあ・・・負けるだろうなぁ。いや、長期戦になればジェシカ有利・・・いや、今はそういうことを考える時じゃねぇ。
とにかく、さっさと見つけておかないと、面倒事が増えることは間違いない。
「とは言っても、探すのも苦労するなぁ、コレ・・・」
朝一、出かける準備を整えて表に出たはいいが、ジェシカを探すってのも一苦労だな。
じっと一ヶ所に留まってくれているならまだしも、あちこち移動されていたらハードルが高くなる。
「テレパシーで探してみようか?」
「おお」
そういう方法もあるな。
「ただ、ちょっと時間掛かるよ。色んな人の雑念をかき分けて探さないといけないからね」
人がいればいるほど時間が掛かるやつだな・・・
朝一なんだが、この町もなかなか活気がある。そこそこ人が多い。時間が掛かるのは覚悟しておかないといけないか。
「そもそも、探す必要はあるのかな?」
・・・そこだよなぁ。
「・・・まあ、ボチボチ探索するか・・・」
わざわざ探す必要性はないんだが、面倒事が起こったら嫌だっていう、その一点だけなんだよな。
「キリも大概、お人好しだねぇ」
「・・・そうかぁ?」
「わたしとのこともそうだけれど、マーベルにもジェシカにも、それぞれに振り回されてるのに、関係を断とうとしないものねぇ」
断ちたくても断てない関係もあるんだが・・・
まあ、一つ言えることがあるとすれば、
「別に、わざわざ断つもんじゃあないとは思うんだけどな」
俺は別に全員と関係を断ちたい・・・いや、この場合は持ちたくないかな?そういう風に考えてるわけじゃない。
ヴェロニカの関係性はこの世界でも特殊。あまり他人に知られてはいけない。
そういう観点から、他人との接触を避けるべき・・・そう考えていた。正直、これは今も変わっていない。
だからマーベルさんともジェシカとも距離を開けようとしていたし、可能なら適当なタイミングでサヨナラするつもりでもいた。
ただ、上手くいかなかった。いや、状況上、そうならなかったって表現が正しいか?
「・・・断ちたくて断つヤツってのは、相当心が強いな」
「そうかな?」
「そうだろ?」
あくまでも、俺はそう思うってだけだけど。
「・・・まあ、いいか。その辺を歩いてりゃ会うこともあるだろ。その時に話せばいい」
早々にこの町を出たならもうどうしようもないだろうけど、大した準備もせずに飛び出していくことはないだろうし、適当にぶらついているうちに会うだろ。
年頃の娘を抱える父親の気分でも味わうとするか。本当は嫌だが。
「今日はどうするんだい?」
「・・・町を見て回ろうか」
とりあえず、町を見て回るとしよう。
例の合成とやらを試してみたい気持ちはある。
ただ、素材の一部はマーベルさんが持っている。全部揃ってから出向くのが当たり前だろうし、早くても明日になるだろう。
この町に来た理由の半分は合成で、残りは調査と補給。現状、半分以上の理由を遂行できないわけで、暇でしかない。本当に暇。
じゃあ調査しようぜって話になるんだろうが、やっぱり素人の調査には限界がある。
というか、マジでリアルでの調査って難しい!
ゲームとかだとその辺をぶらついている町の住人に話しかけたりするし、民家に入っていって宝箱漁ったりする。でもそれって現実的に無理だろ?
住人に話しかけるのはできるが、大半のキャラが好意的に話してくれるゲームと違って、現実はそう簡単じゃない。そりゃあ、好意的に話をしてくれる人もいるけど、中には冷たいヤツもいるし、現代だとナンパと思われて警察を呼ぼうとするヤツもいる。
話はいいとしても、民家に入っていって宝箱漁ると警察沙汰だよ?不法侵入だよ?当たり前のように入っていって棚とか本棚とか漁っちゃダメよ。大体、玄関に鍵の一つや二つ、掛かってるだろうし。
それに、リビングに無造作に宝箱置いてるのもヤバい。防犯意識無さすぎる。
宝箱の件は置いておくとしても、話しかけるのも家に突っ込んでいくのも、現実的にできることじゃあない。素人でなくても無理なことも多い。
こういう時に盗賊が役に立つんだろうが、こういうことだけに選ぶのはなかなか勇気がいるというか、賭けになるというか、だよなぁ・・・
「じゃあ、町を一通り観察してみるのはどうだろう?」
「・・・ふむ」
町全体を見回るってのは大切だな。
規模、人口だけじゃなく、土地柄も重要な調査。
特にノーボはボルドウィン首都やメリコと違ってエルフたちの姿が多く見える。その点は気になっている。
ノーボにたどり着くまでにそんなに見かけたことがない。俺が気にしてこなかっただけで、それなりにいたのかもしれないが、ジェシカに出会うまでに気付かなかった辺り、本当にいなかったのかもしれない。
どうしてエルフたちは首都周辺にいないのか・・・?
ヴェロニカの不思議を紐解く旅には不要な疑問かもしれないが、この世界で生きていく以上、把握しておいて損はないはず。
「じゃあ、早速行くか」
ただ見て回るだけだし、目標や方法は定めなくてもいいだろう。
ってことで、俺たちが通った町の門まで行って、そこから時計回りに外周を回ってみることにしよう。
「人通りはそれなりに多いねぇ」
門まで来ると、行商や護衛の連中たちで溢れていた。旅行している人もいるだろうが、これはまあ、予想通り。
「・・・こっち側はヒト族が多いような・・・」
エルフがいないわけじゃない。多少はいる。ただ、ちらほらってイメージだ。
ボルドウィン方面の門なわけだし、ヒト族が多いのは分からんでもない。
「とりあえず、回ってみるかい?」
「おお、そうだな」
今ここで考えても仕方がない。回ってみないことには。
時計回りに回っていくと、
「裏通りはあまり人がいないねぇ」
まあ、そういう傾向があるのはどこでも一緒だが、ちらほらいる。
「ここでお店を開くとは・・・」
見かける人は世間話をしている奥さんたちと、マーベルさんみたいな行商ばかり。
商品を広げ始めてすぐだったからか、置いている物が少ない。売る気があるのか疑問に思うくらいだ。
しっかし、こんなところで店を開いたところで、買いに来る客なんかいるのか・・・?
「・・・いや、そうか」
・・・ターゲットが違うのか。門のところにいる人じゃなく、町で暮らしている人とか、もしくは裏通りをよく利用する人狙いか。
だったら、寄って来る客だけの相手をしていればいいわけだし、呼び込みなんかしなくてもいいかもしれない。
「マーベルもこういうところで開くのかな?」
「狙ってる客層を変える場合は有り得るかな」
ただ、あの人の場合は収益優先のような気がする。
得意客を作らないってわけじゃあないんだろうが、マーベルさんのスタイルからして、固定の客を作っても次の町へ渡り歩いていかないといけないわけだし、その場での収益を優先するほうがいいはずだ。
「そういえば・・・」
ナイフと斧を作った鍛冶師のグリューセンと、薬品を製造しているクーリエ。
そういう人たちとはどういう風にやり取りしてるんだろう?
クーリエはボルドウィン首都にいるって話だったが、恐らくグリューセンもボルドウィン国内に拠点を構えているはず。
商品のやり取りをしないといけないわけだし、最低限コンタクトは取らないといけない。だが、当人は旅を続けていくわけで、コンタクトも最低限・・・いや、数年に一回とかも考えられる。
物が完成しても受け取りができない・・・商売にならない。
こういう場合、マーベルさんはどうしてるんだ?
まあ、話す機会はそれなりにあるだろうし、時間ができた時に聞いてみるか。
「町もしっかりしているね」
「おお、そうだな」
町全体を見たわけじゃないからなんとも言えないが、木造建築物が多いように見える。
中にはレンガとか石造りの家も見えるが、どっちかって言えば少数だろう。
首都とメリコはレンガとか石造りが多かったが、こっちは木造が多い・・・何か理由があるとは思うが、一体何だろう?
理由はまあ置いておくとして、外観はキャンプ場で言うところのロッジのような形式が多い。こっちの建築方式はロッジのようなスタイルが多いのか?
首都での生活がそこそこ長かったし、ベースが石造りだと思っていたが、そういうわけではないらしい。まあ、その土地の環境に最適なスタイルにした結果がこれだとは思うし、わざわざその理由を調べるまでしないから、そういうもんだと思うことにしよう。
「この少しずつエルフが多くなってきたねぇ」
自分の感覚的にはだが、三十分以上は歩いただろうか。
町並みはあまり変化はないが、エルフ族が多く見えるようになってきた。
「・・・大体、半分くらい来たからか?」
町全体を俯瞰して見てないから詳しくは分からないが、時計の文字盤でいうところの九時くらいの位置にいると思う。
ここでエルフが多くなってきたってことは、町を二分割したとして、北側がエルフ、南側がヒト族ってな具合で分かれているのかもしれない。
「北っていうと・・・」
マップポーチを開けて地図を見てみる。
ノーボから北上した先はシルフィ王国になっている。
「シルフィ王国はエルフが多い国だよ」
「なるほど」
ここはボルドウィンとシルフィとの境目の町・・・種族の割合も半々に近い可能性はあるな。
「やっぱりこうなるか」
更に歩いて北側の門・・・つまり、シルフィ王国側の門にたどり着くと、町の様子が少し変わった。
見える人の割合が逆転して、エルフが多くなった。
もちろん、ヒト族がいないわけじゃない。いないわけじゃないが、目に見えて分かるくらい割合に変化が出ている。
「・・・半々の割合というか、分布というか」
たぶん、反対側も同じような感じになっているはずだ。北から南へ向かうほど、ヒト族が多くなっていくんだろう。
「気になるかい?」
「いや、まあ、気になるっていうか何と言うか、何でこういう風になるのかなと思ってな」
疑問に思う風に言うけども、なんとなく理由は分かる。
たぶん、同じ種族同士で集まるんだろう。
ここでこういう概念が合っているかどうかは定かじゃあないが、日本人が日本で暮らすとか、日本人同士でつるむとか、何となくそれに近いように思える。
全く気にしないタイプ、目的以外が視界に入らないタイプなんかは外国でも平気で暮らしているわけだが、違う民族の中に一人とかだと、アウェー感というか異物感というか、そういうのは感じるものなんじゃないだろうか。
少なくとも俺は気にならないタイプじゃないから、エルフがいっぱいの中でヒト族が一人ってのは慣れが必要だと思う。住めば都ってやつにできればこっちのモンだけどなぁ。
「もちろん、シルフィにもヒト族はたくさんいるけれどね。どうしてもエルフのほうが多くなるっていうだけで」
「そりゃあそうだろうよ」
やっぱり、こっちも日本・・・もしくは地球に近しいものがあるみたいだな。
「まあ、それはいいか」
とりあえず、何となく雰囲気を感じることはできた。
少しの間は滞在するし、飯どころと、例の武器屋くらいは調べておくか。




