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「お前が逃がすとはな」
「申し訳ありません」
薄暗い、冷たい空間。蝋燭の明かりだけがここを照らしている。
「村一つを吹き飛ばすのはやり過ぎだぞ」
「その件はある程度仕方がないかと」
そこに、クーピ村を吹き飛ばした、あの男がいた。
そしてもう一人・・・
「人口もそれほどでもない、小さな村です。大した価値はありません」
「それはそれだ。今はあまり他人の目につく行動は控えたほうが良い」
蝋燭の火が、一瞬だけ揺らいだ。
「事を成すためには・・・必要な時に必要なことをする必要がある。今はまだ、その時ではない」
不敵に笑う。
「まずは観察だ」
「・・・ハッ」
*
「ここがノーボか」
二回の休憩を挟んで、俺たちはノーボの町に到着した。
お茶とトイレ休憩、シンプルな休息。俺とジェシカはともかく、ヴェロニカには必要な時間だった。
それに、例の魔術師の警戒も。
ドッシュのスピードを活かして一気に到着を試みても良かったんだが、何せ相手は神出鬼没。身を潜めながら、移動する方向に変化を加えながら・・・少しでもかく乱できるように工夫した。
結局何もなかったが、それはそれでいい。あんなのにわざわざ会いたくもない。
「思いの外、早く着いたな」
町自体は結構大きく感じる。
そりゃあ、首都やメリコには敵わないが、ボルドウィン最北端の町っていう性質上、交通や商売の中継地点として重要度は高い。
それに加えて、人通りもそれなりに多い。今まで気にしてこなかった・・・っていうより、本当にあまり見かけなかった気がするんだが、エルフの姿が多く見える。町の門から見えるだけだと、ヒト族との割合は半々くらいか、ちょっとヒトが多いくらいか。
ここから南に向かうのか、それとも商売でここに来た連中なのか・・・まあ、それは何でもいいが、とりあえずやることをやらないとな。
「まずはドッシュを獣舎に預ける」
町の入り口にある獣舎まで移動して、
「こいつらをよろしく」
「お、おお、ドッシュか。あんたらすごいな」
こういうリアクションは初めてじゃない。レノトでもそうだった。
「知り合いの調教師が上手くてね。これ、ここの料金と餌代だ」
紙幣を渡すと、
「随分と多いな」
「三日くらいいるつもりだし、いい餌を与えてやってほしくてさ」
ドッシュたちとはそういう契約だったし、交わした約束は守らないと。これからまだ北に走っていかないといけないわけだしな。
「分かった。いい餌だな」
「キリ、あの緑の袋の餌だよ」
「あの緑の袋に入ってるやつだ。あいつらはアレが好きでね」
「おう、分かった。任せときな」
ヴェロニカから的確な指示が出るから、こういう指示は本当に楽だ。
「さて・・・」
獣舎でやることはやった。後は自分たちの行動だが・・・
「とりあえず、一旦見て回るか」
マーベルさんが来るまではここに滞在することになる。たぶん、早くて明日だろうが、常に最速で動けるわけでもないし、トラブルだってある。明後日、もしくは明々後日くらいを想定しておこう。
となれば、町の環境や店くらいは把握しておかないと。
「なあ、昼飯にしないか?道中、何も食ってねぇし」
移動に気を遣ったから、ヴェロニカのミルクを最優先にした。その結果、俺とジェシカは何も食っていない。
「そうだな・・・」
そこまでしなくてもよかったかもしれないが、念には念をっていうし、こればかりはなぁ。
でも確かに、もう昼は過ぎてる。腹も減るわなぁ。
「キリ、先に二人のご飯にしたほうがいいよ。必要な時に動けないと困るしね」
そりゃごもっとも。
「よし、飯行くか」
「よっしゃ」
俺も多少は腹が減ってはいる。
というのも、ドッシュに乗るのも結構体力が要る。
乗るのに体力が必要っていうより、騎乗して移動することがっていう表現が正しい。
そのまま跨って揺られると、落ち着かないどころか、振り落とされてしまう。そこで少し腰を浮かせて乗ることで、ショックをある程度拡散させる・・・所謂ところの乗馬のスタイルだろうが、それをしないといけない。
乗馬なんてしたことがない俺にとってはこれがなかなかしんどいもんで、体力もそうだが、腰が砕けそうになってるし、歩くのもだるいくらい足にきてる。
こういうことになるなら乗馬くらいかじっておけば・・・って、こういうことになるって誰も思わんし、それは今後の課題とするか。
「何食うよ?」
とりあえず、屋台で済ませることにするんだが、
「こんな時間だし、簡単な物でいいけど・・・」
「だったらパヌのサンドイッチ系か?」
「・・・それはいいんだが」
「どうしたよ?」
気になることが一点・・・
「お前・・・いつまで俺たちについて来るんだよ?」
そもそもの話、なんでこいつ俺たちについて来るんだ?
嫌とかそういうことじゃあなくて、その理由を知りたい。
大して交流もしていない、大して仲良くもないのに、ずっとついて来られるってのは結構しんどい。
理由を知ればついて来ていいとは言わんが、それなりに知っておかないと、ずっとなあなあのままじゃいられない。
「・・・別にいいだろ、何でも」
「いやいや、それがよくねぇって言ってるだろ」
「何だ?あたしが邪魔だってのか?」
「いやいや、そうは言ってないだろ?」
こいつ、何でこんなにややこしいんだ?
年頃の娘が生意気で、とかたまに聞くけど、こういう感じ?
いや、確かに年頃かもしれないが、もっと別の種類だよなぁ。ジェシカの場合は。
「そりゃあ、あんたら夫婦にとっちゃあ邪魔かもしれねぇけど」
「・・・う、ううん」
本当の夫婦であった場合はそうなんだろうが・・・
「チッ、邪魔者扱いしやがって」
「いやいや、別に邪魔だとかは言ってないだろ?ただ単にいつまで付いて来るんだって話をしただけだろうよ」
「うるせぇ!!」
ジェシカは一人で人混みに消えていってしまった・・・
「・・・そこまで強く言ったつもりはないんだけどなぁ」
邪魔じゃあないが、いつまで付いて来るんだって話だったんだが。
「なかなか難しいねぇ、あの子は」
「そんなに付いて来たいのかぁ?俺たちに」
「その理由を知りたいのだけどねぇ」
行動を起こすなら、何かしらの理由と思いがあるはず。
ジェシカが俺たちに付いて来るのも、行き当たりばったりってわけがないんだが・・・
「・・・まあ、しばらく放っておくか」
どこに行ったかも定かじゃないのに、知らない町をうろうろするのも今は面倒だし。
「時間が立てば、少しは話を聞くようになるだろ」
「話し合ったとして、また一緒に行動するのかい?」
「・・・そうだなぁ」
話をするってことは、大なり小なり関係性を改善したいということだ。
「・・・うぅん」
そりゃあ、今のままでいいってこたない。いいこたないが、話をして関係の修復を図ったところで、すぐにサヨナラする相手。ここで労力を割く必要がない。
ただ、それはそれでドライのような気もする。
―――そんなんだから、お前友達できないんだろ。
「・・・まあ、一応話くらいはしておくか」
いつ言われたんだっけか。
誰に言われたかも覚えてない。
でも、そんなことを言われたことだけは覚えてる。
全く・・・よく知らない他人のことを言いやがって。何様だよ。
「キリにも不本意な思い出はあるものなんだねぇ」
「そういうところまで読まなくてよろしい」
*
「ったく、なんだってんだ」
キリヤのヤツ、本気で腹が立つ!
あたしが何したってんだよ。
「どいつもこいつも・・・」
―――エルフのくせして、何で接近戦しかできないんだ?
―――なんでこうも好戦的なんだよ?
―――大した攻撃力でもないのに、しゃしゃり出てくんな!
あたしのことを分かりもしないくせに、好き勝手言いやがって。
どうせあいつも、あたしのことを厄介者扱いするんだ。
エルフの何が悪いってんだよ!!




