14
翌朝、俺たちはノーボに向かって移動を開始した。
ドッシュは今日も元気に走ってくれている。
ただ、ヴェロニカが餌の質が気に入らないと聞いたらしく、多少ごきげんを取らないといけなかった。
とりあえずノーボに着いたらいい餌を出すと交渉して、渋々了承を得て、こうして走ってもらっている。まあ、こいつらは餌が唯一の楽しみみたいなもんだろうし、それが満足なものじゃなきゃやってられないって気持ちにもなる。俺だってそれくらいは分かる。
時と場合を選んでさえもらえればなぁ・・・贅沢かなぁ、こういう気持ち。
「ノーボに着いたらどうするんだ?」
ドッシュに揺られながら、ジェシカが尋ねてくる。
「とりあえずマーベルさんに合流してだな・・・」
待ち合わせをしているわけだし、とりあえず合流を最優先にするべきだろうとは思う。
一点、懸念があるのは、あの男の存在だ。
ノーボはそれなりに大きい町だって話だし、それを吹っ飛ばすことはさすがにしないだろうが、村一つ吹っ飛ばした実績がある以上、警戒を続ける必要はある。もちろん、今も警戒している。
合流後にまたバカみたいな攻撃を仕掛けてきたら、また転送による荒業脱出を試みないといけないわけで、そのリスクも大きいと理解した以上、避けるほうがいいと分かっている。
簡単に合流していいもんなのか・・・っていう悩みもあるが、行く以上は合流することは決定事項。
こればっかりは出たとこ勝負をせざるを得ないか?
「結局、あいつの正体は分からないままかよ?」
「残念ながらな」
首都だとか、道中で出会った誰かの知り合いかと考えもしたが、そんな悪いことをしたわけでもないし、火の玉をぶっ放されるいわれもない。
首都はまあ別として、道中は寧ろ感謝されることしかしてないと思う。
この件はあいつをブッ倒して吐かせるくらいしか解決方法はないんじゃなかろうか。
「簡単ではないよねぇ」
「ヴェロニカでも難しいか?」
村では徹底抗戦じゃなく、離脱を選ぶくらいだ。ヴェロニカも相手の力量を察してはいるんだろうが。
「やってやれないことではないと思うけれど」
「えっ、そうなの?」
まさかの勝機あり?
そういえば、対抗するためには炎魔法を使わないと・・・とか言ってたもんな。ワンチャンあるのは確実か。
「ただし、周りの目を気にしないことが大前提かな?」
「・・・ほお」
「キリのおんぶをやめて、自分の力で浮遊して、全力で魔法を使えば勝てるかもしれないよ」
つまり、ヴェロニカが戦う様を包み隠さず公開するってことだよなぁ。
それってアリなの?ナシなの?
「別にキリのことを悪く言うつもりはないけれど、キリに移動の足を任せていると巻き込んじゃう可能性がとても高いからね。フレアバレット同士のぶつけ合いをする時は、熱を真っ向から受けてしまうわけだし」
あいつの火の玉も大概熱かったし、ああいうのは極力受けたくはない。
そりゃあ、離れられればそれに越したことはないんだが、そういうわけにはいかないってのが実情。
仮に敵と俺、マーベルさんだけならまだいいが、事情を知らない誰かがいるのは避けた方がいいと思うんだよな。
ジェシカがいつ離れてくれるのかが謎な点ではあるが、今は一緒にいるし、余計なことを言いふらされても面倒だし、隠せる内は隠しておきたいところだ。
「あれはあれでまだ序の口のような気もするから、本気で撃ち合ってみたい気もするけれど」
「うん、素直にやめとくれ」
村一つ吹っ飛ばす魔法を撃ち合う・・・結果は簡単に想像できる。村どころか、町とか国とか、簡単に吹っ飛ばすだろう。
バカでも分かる。本当にやめとけ。
「キリさんやい。ちょっと考えていたことがあるのだけれど」
「どうしたんだいヴェロニカさん」
「もしかしたらあのおじさんも転送で来てるのかもしれないねぇ」
・・・どうした、めっちゃ真面目な話じゃないか。
「村に突然現れたでしょ?あれって、浮遊と飛行スキルだけじゃどうしようもないはずなんだよね」
浮遊は自分や物を浮かすスキルで、飛行は高速移動スキル。
どれもいきなり現れるようなもんじゃあない。
「確かに技術と魔力である程度まではできると思うけれど、あんな風に突然出てくるのは難しいんじゃないかなぁと」
ある程度まではできるってのは、ヴェロニカ自身が浮遊持ちで使っているから分かることだ。
となりゃあ、
「・・・現れ方からしてそうなるか」
浮遊と飛行で限界があって、現れ方からしてそうなる。
あいつもヴェロニカと同じ芸当をやっている・・・?
いや、何かが違うな。その違和感が分からないから何ともだが。
「だったら、転送先に何か置いとかないといけないよな」
とりあえず、今はこの筋で話を進めるとして・・・
転送には自分の何かしらの痕跡を置いておく必要があるはず。
ヴェロニカの場合は倉庫に髪の毛を残しているって話だ。
となれば、当然あいつも同じように、何かしらの痕跡があるはずなんだが・・・
「キリの荷物に何かされたのかなぁ?」
「・・・俺の荷物に触る機会あるかぁ?」
俺の荷物はヴェロニカに預かってもらっている場合もある。
最近はドードとかドッシュの移動と野営をしているし、旅行者を装うために荷物を持っていることも多くなってきている。
それに触るタイミングって・・・そんなにあるかぁ?
すれ違いざま?それとも野営中にこっそり接近して荷物に仕込まれた?
町中ですれちがう相手の全てに反応はしきれないだろうが、野営中に接近されたら危険感知が作動するはず。さすがに気付く。
「すれ違いざまだとわたしも気付けるかもしれないし、もっと別の方法だと思うよ」
そうか。テレパシーでもう一枚包囲網がある。二種の包囲網があれば、気付く確率は高い。
「・・・もしくはあの黒魔術師か盗賊の二人のどちらかかな?」
「・・・なるほど」
となれば、黒魔術師のほうかもしれない。
俺とあいつはそれなりに近い位置にいた。そう考えるのが妥当か。
「・・・いや、転送か?本当に?」
「違うかな?」
違和感はそこか。
「転送って痕跡を残したところに出るわけだろ?もしあいつに髪の毛が仕込まれていたとして、あの距離感で現れるとは思えない」
仮に転送であれば、あの黒魔術師の傍に出てくるはず。それなのに、俺たちの頭上に現れた。
ヴェロニカが転送を使って村から出た時も、ドッシュたちのすぐ傍に出た。
「・・・そうか。確かに」
この距離感の差。これだけの差があれば違うと分かる。
だったら何だ?転送じゃない何か別のスキルがあるのか・・・?
パスポートを確認しないといけないな。
これが解決しないことには、こっちも安心して移動ができない。これはこれで大きな問題だ。
「それに別件だけれど、あのおじさんは黒魔術師だと思うんだよ」
次はそっちの疑問か。
「一応、そう思う理由を聞こうか?」
「あのフレアバレットの威力は、黒魔術師になっていないと難しいと思うからね」
・・・やっぱり、そうなるか・・・
スキルはそれぞれ、ジョブに対応している。対応していないジョブでも使えないことはないが、本来のジョブでないと高い効果を発揮できない。
実際、俺も風魔法を使えるようにしたが、ヴェロニカのそれとは雲泥の差のはずだ。まあ、そもそも実力差がありすぎて比較対象にすらならん気がするが・・・それはまあ、それとして。
「でも、ヴェロニカはまだ登録してないだろ?それで威力が出てるわけだから、あっちも違う可能性はあると思うけど」
「あそこまでになると、さすがに登録しているはずだよ。あれを未登録で出せるなら、さすがのわたしも勝てないかなぁ」
本人がそう言うんだからそうなんだろうが、だとしたら明るい未来はそこにないぞ・・・
「だったらヴェロニカもジョブの登録をするか?」
そうしたら正規の威力が出るだろうし、最悪の場合の対抗手段も最低限得られる。
あまりそうしない理由が見えないが・・・
「それはほら、単純な話だよ。わたしの手元にパスポートもないし、操作もできないからね」
「・・・おう」
ヴェロニカ自身に操作させたこともないし、そりゃそうなるわな。
「今日の晩にでも登録しよう。黒魔術師でいいな?」
「もちろん」
自分の方向性はきっちり決まってる。それはそれで助かる。
助かるが・・・
「なあ、ジョブとかスキルを選ぶのに迷いはないのか?」
それは俺の単純な疑問。
「迷いかぁ。そういうのはあまりないかなぁ。そういうのに関してはね」
「他はあるのか?」
「自分の存在に関してはそれなりに迷うよ」
「・・・そりゃあ、そうだよなぁ」
ただでさえ特殊だし、そこに疑問の一つや二つあるよなぁ。
「不思議とそれ以外はないかな?ジョブもスキルも、そういうのはなんとなく分かるしね」
こいつ、天災か?
いや、天才か。
「迷うことはいつも誰かとの関係性かな」
「・・・森の動物たちのことか」
そういえば、そういう話を前にしたなぁ。
「人と動物の差はあっても、他人は他人だからね。性格も好みもそれぞれ。素直に協力してくれる子もいれば、どうしても嫌だという子もいる。そういうところをわたしもすぐに分かれたらいいのだろうけれど、それがなかなか難しい」
人間関係って難しいよな。
ヴェロニカも言っていたが、性格も好みも人それぞれ。フィーリングが合う奴もいれば、そうじゃない奴もいる。
一度友達になっても、ちょっとしたことで決別することだってある。
それに今はSNSがあって当たり前の時代。遠くても、知らない誰かとも簡単に繋がれる。だから、色んな交流ができるし、色んな可能性が生まれる。ちょっとしたきっかけで人生が変わることだってある。
匿名で簡単に意見が言える。
ただ、それが傷つけることになることもある。
匿名だから、顔を見せないから、何でも簡単に言える。真剣に自分の意見を言う人もいれば、無責任で相手への思いやりに欠けることを言うヤツもいる。見知らぬ誰かのことでも、自分が知っている誰かのことでも簡単に。
SNSを否定はしないが、俺自身はあまりいい思い出がない。
「まあ、分かるよ」
俺もあまりいい思い出がない。それはSNSの件だけじゃなく、対面でもそうだが。
人付き合いが上手くないっていう自覚もあるが、難しいもんは難しい。
ヴェロニカは人じゃなく、動物とのコミュニケーションをずっと取ってきた。人と違う難しさがそこにある。
「幸い、キリとマーベルとは上手くできているようだから、少し安心しているんだ」
「・・・そうだなぁ」
そういえば、特に問題なく俺たちとはコミュニケーションを取れてるな。
いや、問題がないわけじゃないぞ?俺はともかくとして、マーベルさんは脅してるわけだし。そこは問題あるだろ。普通に。
単純にフィーリングの問題か?今はそれしか思い浮かばないが・・・
「それはそれとして、だ」
ヴェロニカのジョブの設定を今夜済ませよう。
あの男の転送の謎も解き明かさないとな・・・




