12
「・・・ん?」
「どうしました?」
レノトの市場で商売をしている最中でしたが、
「・・・何か、聞こえませんでした?」
買い物に来てくれたキースさんとリオーネさんは、
「・・・え?何か聞こえた?」
「いや・・・全く」
二人には聞こえていない。
という私も自信はないのですが・・・
「・・・二人が無事だといいんですが」
*
「おいおいおいおいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」
どういう状況だ、これは!!
頭上にバカでかい火の玉があって、徐々に地上に降りてきてる!!
「いよいよ熱くなってきたねぇ」
「いよいよヤバいんだよ!!」
この徐々に降りてきてるってのが腹が立つ!
まるで杖を突いた老人が歩いているような速度・・・走って逃げれば直撃は免れる!ただ、直撃しないだけで、爆風はもろに受ける!
だからと言って逃げなきゃ焼かれる!今もこうして徐々に俺たちは熱されてる!
直撃するか、二次被害をもろに受けるか、じんわりローストされるか・・・どれも正解のない三択だ。とんでもないクソクイズ!!
「くそっ」
冷静になって考えようとしても、これから逃げるにはあまりにも無理難題。
「全力で攻撃して弾き返せんか!?」
「うむむ。無理ではないだろうけれど」
おっ、光明あり!?
さすがは赤ん坊の姿をしたミサイル!!
「ただ、こっちもフレアバレットを使わないとダメだね」
「なんで!?」
「一番信頼できる魔法じゃないと、あれだけの規模を相殺・・・もしくは貫通させるのは難しいんだよ」
得意な魔法でないと最高火力が出ないって感じか・・・!
ただ、それをやるとヴェロニカ側の炎の熱も加わって、もうピーカンの砂漠で鍋焼きうどんとかの騒ぎじゃなくなる!
死期が早くなるのはごめんだ!
「どうする・・・!!」
近くにいる黒魔術師親子は腰が抜けて動けないらしい。これじゃ使い物にならん。
ヴェロニカの火力で切り抜けるのがベストと思ったが、上手くはいかない。
・・・というより、今ここで魔法を使って切り抜けたとして、その後をどうするのか・・・そこの問題もある。
さっきの口ぶりだと、この攻撃を凌げたらこっちの質問に答える、みたいなことを言ってはいた。
言ってはいたが、その先は結局俺を連れて行くか行かないかで、逃げられる算段もない俺はどうしようもない。
結局は捕まるのがオチ・・・ってやつだ。
そんな未来が待っているのに、ここで全力投球するのも旨味はない。全くない。
ダメだ。正解のない選択肢がまた増えた。
「・・・ちょっと危険だけれど、やってみようか」
「あん!?」
ヴェロニカが徐につぶやいて、
「今からみんなをわたしたちの傍に集めてくれないかな?」
「お、ええ!?」
「早くしたほうがいいよ。徐々に焼かれていっているし、迷ってる時間はないからね」
・・・何か秘策があるのか!?
「・・・おぉぉぉぉい!!ジェシカァ!!そいつは放っておけ!!」
こりゃあ、乗っかるしか方法がない!
例えそれがどんな方法であっても・・・!
「ああ!?今からそれに焼かれに来いってか!?バカじゃねぇの!?」
「いいから黙って来い!!全力で走って来いやァ!!」
ジェシカを呼びつけ、
「あんたらもこっちに来い!!できるだけ側に!!」
救ってやる義理もないが、ここで見捨てるのも後味が悪い・・・!
とりあえず、後のことは後で考える!今は人命優先だ!
「この状況を脱する術があるのか!?」
「・・・ある!」
あるらしいよ・・・!俺が背負ってる赤ちゃんにな!!
「とにかく来い!急げ!」
「・・・母さん、言うことを聞こう」
「あ、おう・・・」
敵だった関係性はどこへやら。まあ、今はどうでもいいが!
「どけコッ、ラァ!!」
ジェシカがまだ殴り合っていた・・・!
「これ以上はごめんだわ・・・!」
盗賊が走って村の外へ逃げていく。
「チッ、次会ったらボコボコにしてやる」
「いいから早く来いっつってんだろ!?バカなの!?」
「あ!?あたしのことバカって言ったか!?上等だ、やってやるぞコラァ!!」
バカの相手も大概にせにゃあなァ!
しかし、あの盗賊・・・生き延びられるのか?
あの感じからして、機動力自慢であることは間違いない。足は確かに速い。ただ、それでも爆風の範囲外に逃げるためには相当走らないといけない。スピードだけじゃなく、スタミナも必要だ。
外に逃げられるまで、走り続けられたらいいんだろうが・・・
「キリ、早くしないと死んじゃうよ」
「・・・すまん」
俺でも大概熱いのに、赤ん坊の体力じゃあもたない。
「キリに掴まってもらおうかな」
「みんな、俺に掴まれ!しっかりだぞ!」
「何やろうってんだよ!!いくらあたしでも、アレで生き残るのはちとしんどいぞ!!」
「いいから掴まれって言ってるでしょうがァ!!」
黒魔術師親子が、俺の腕を掴んでくる。
「チッ、何なんだよ・・・!」
ジェシカは俺の肩。
「よし、行くよ」
「・・・一応聞くけど、何すんの?」
「失敗したらゴメンねぇ」
「・・・え?何に?」
「転送」
―――フシュッ!!!
「・・・おや?」
気配が消えた、か?
*
「・・・あれ?」
いつの間にかドッシュの側にいる。
ドッシュたちが驚いた表情で俺たちを見てる。
・・・転送・・・って言ったか?
「お、おお・・・あたしたちが停めたドッシュの側か」
ジェシカも気付いたらしい。
「ここは・・・?」
当然、黒魔術師親子はここを知らないから、このリアクションは妥当か。
それはまあ置いといて、
「あっちは?」
「そろそろ着弾かな?」
ヴェロニカはすでに意識を村に向けていた。
「・・・キリ、見ておくといい」
寧ろ、見ろって言いたいんだな?
火炎弾が着弾した。
まるで映画のワンシーンだ。
耳を劈く爆音。
遠くに避難しているはずなのに、ここまで響いてくる地響きと熱風。
「・・・こりゃあ」
あんなところに残っていたら、骨まで吹っ飛んでいたろうなぁ。
「あれが、キリを狙っている男の実力みたいだね」
「・・・ああ・・・」
そういえば、そういう話だったなぁ・・・
「なんとか助かったな・・・」
例の親子は脱力モード、と。
「・・・アレはさすがにないぞ。アレはよぉ・・・」
ジェシカも異常事態だってお分かりのようで・・・
「とにかく、助かったは助かったわけだ・・・」
爆風が収まってきた。
あの威力だ。村は綺麗に吹き飛ばされただろう。
「・・・まだいるかね?」
村のことも、まだ残っていたであろう村の連中のことも気の毒だが、こっちはそれどころじゃない。
「さすがに遠いね。それに、さっきも言ったけれど、上手く読めない」
そう言えばそうだったな・・・
しっかし、テレパシーを遮断だと・・・?
そんな技術があるのか?それともスキル?もしくは専門の訓練か?
あのバカでかいフレアバレットといい、頭がおかしい。いや、こっちにはヴェロニカもいるし、頭がおかしい点ではどっこいどっこいかもしれんが。
「・・・よし、とにかく逃げるか」
ここは村からそこそこ離れた位置だ。
さすがに、あの爆発を側で見ているわけではないはずだ。あれだけの威力なら、自分への被害もあるだろうし、姿を消すか、もしくは遠くに避難するかくらいはする。
俺たちの近くに来ていたなら話は別だが、今のところ危険感知は何も察知していない。少なくとも、この辺りの安全は問題ない。
逃げるなら今だ。
「ジェシカ、ドッシュたちの係留を解け。すぐに出るぞ」
「おう」
ジェシカに作業をさせておいて、
「あいにく、俺たちのドッシュは荷物も載せている以上、あんたらを連れてはいけない」
最低限の野営装備をドッシュの背に載せている。そこに俺とジェシカが一頭ずつ使うわけだし、もう二人は無理だ。
「・・・ああ、分かってる」
「あたしたちはあたしたちで逃げるよ」
親子も分かってくれていた。
「悪いな」
「いや、そもそも、俺が金欲しさに乗ってしまったのが悪い。気にするな」
「どこにどう逃げる?」
「単純に思いつくのはニギだな」
人口も多いって話だし、ここからの距離もちょうどいい。メリコまで行ければもっといいんだろうが、やらかしている町に滞在するのも難しいし、妥当な線だろう。
「ドードも無いし、歩きになるだろうねぇ」
「だとすりゃ、相当遠いぞ」
「それも仕方がないな」
村の家畜も吹っ飛ばされているだろうし、今からドードの調達なんて無理。当然、歩きになるよなぁ。
「しんどいぞ」
「分かってる。これが俺の罰とケジメとでも思ってくれればいい」
こいつ・・・案外男気あるな。
出会い方がアレじゃなければ・・・もしかしたら、キースとリオーネみたいな関係になれたかもしれない。そう思うと残念だ。
「・・・そろそろ行くかい」
「そうだな」
親子は徐に立ち上がって、
「達者でな」
「赤ちゃんも元気でねぇ」
親子はニギの方へ歩き始めた。
・・・この先、あの親子はどうなるんだろう。
ニギに着いたらそこに住み着くんだろうか。
息子は傭兵稼業から地に足の着いた職業に就くかな。いや、傭兵を続けても、ああいうおかしいヤツと関わらないようにするかもしれないし、モンスター専門っていう道もある。
お袋さんはそこである仕事を探すかもしれないし、土地さえどうにかなったら畑とかもするかもしれないな。
ただ、あいつから逃げられたらの話・・・
発見されたその先は、言うまでもないだろう。
「おい、準備できたぞ」
ドッシュたちの係留が解かれて、ジェシカはすでに一頭に跨っている。
「キリ、行こう。わたしたちも逃げないと」
「・・・そうだな」
あいつらもヤバいかもしれないが、俺たちも危ない。いや、正確に言うと俺が。
「キリの気持ちは分からなくもないよ。わたしもあの二人は心配している。でも、あれは息子の選択の末だ。気の毒だけれど・・・わたしたちはわたしたちのことを心配しないとね」
ヴェロニカが言うこともごもっとも。さすがにこんなところで死にたくはないしな。
「よし」
ドッシュに跨り、手綱を握る。
「行くか」
踵で軽く腹を突くと、ドッシュがゆっくり走り出した。
ほんの数十分くらいの滞在で、村一つ無くなるとは・・・
とんでもない出来事に巻き込まれた・・・いや、巻き込まれてるらしい。
冗談じゃねぇよ、全く・・・
「進路はどうするんだ?」
いかん、全く考えてなかった。
今はゆっくり、適当に走っている状態。これはマズい。
「すぐ考える」
片手でマップポーチを開いて、
「・・・少し先までこのまま進むぞ!できるだけ森林の側を走って、障害物が減ったら速度を上げてノーボへ進む!」
森林を使えば、上空からの監視されたとしても、ある程度誤魔化せるはず。
身を隠せるような障害物が無くなったら、もうスピード勝負。ドッシュの脚力で、可能な限り最短でノーボを目指す!
「レノトに戻るっていう選択肢もあるけれど?」
一瞬考えはしたが、
「あいつが追って来るとしたら、マーベルさんたちを巻き込んじまう。それはちょっと避けたい」
レノトから来ているわけだし、あそこに茂みがあったとか、そういう情報はある程度分かっている。これを活かして可能な限り身を隠しながら逃げて、人の多いレノトに戻る。それもアリではある。
ただ、レノトはまだマーベルさんがいて、キースとリオーネもいる。他の住人もそうだ。ある程度戦える人材は揃ってるが、アレと戦おうとするのはちと無謀。数的有利を上手く活かせればいいんだが、チート級の魔法をぶっ放されたらどうしようもない。
今度は町を潰すってわけにはいかない。じゃあノーボなら潰してもいいのかって話になるんだろうが、そういうことじゃあない。
俺とヴェロニカにとっては新天地だが、
「おい、ジェシカ!ノーボは通過してレノトまで来たのか!?」
「あ、おう!」
「ノーボにああいう頭のおかしい黒魔術師はいたか!?」
「さすがにそれはないな!」
ジェシカが見てきた範囲だけであれば、アレを接触する可能性は低い。
マーベルさんとの約束もあるし、俺たちだけでも先に進んで、目立たないように到着を待つ。これがマシな選択じゃないだろうか?
「よーし、そろそろ進路を修正するか」
手綱でコントロールして、ドッシュたちに進む先を指示。進路を変える。
「・・・そういえば、一応聞いときたいんだけど」
「どうしたんだい?」
「逃げるために使ったのは転送ってことでいいんだよな?」
そう、逃走するために使用した技・・・あれが気になっていた。
てっきり物だけかと思ったが、生身の人間も転送できるならより便利。いざという時の逃走手段として使っていきたい。
「転送だね。まあ、転送を応用した別の転送技術と言ってもいいのだけれど」
「・・・ほお?」
結局は転送なんだろうが、何の違いがあるんだ?
「違いはそんなにあるわけじゃないんだよ。物を転送するか、人を転送するか。ただそれだけ。ただし」
「ただし?」
「調整を失敗すると大変なことになるんだよねぇ」
「・・・はい?」
調整を、失敗・・・?
「・・・失敗すると、どうなるんだ?」
「そうだねぇ。簡単に言うと、体が真っ二つになるねぇ」
・・・体が、真っ二つ?
「原理を教えようか」
ドッシュと俺に揺られながら、
「転送は転送元と先の空間を一時的に繋げて、そこを通すことで瞬間的に物体を移動させるスキルなんだ。最近はあまりしないけれど、キリの荷物をわたしの保管庫に転送しようとすると、今ここが転送元で、保管庫が転送先」
「おう・・・」
「その二点を一時的に空間で繋ぐ。道を繋げると思ったら簡単かな?そこを通して、荷物を送るわけだね」
ヴェロニカの説明は割と分かりやすい・・・というより、大体そういう感じなんだろうな、と俺も思っていたことだ。
転送っていう技というか、仕組み自体はファンタジーだけじゃなく、SFとかでも最早常識というか当たり前の話だしな。
「どれだけ遠くても、誰にも邪魔されることなく物を送ることができるわけだけれど、これの弱点が操作が難しいことでね」
「いつも簡単にやってるのに、そんなに難しいのか?」
何の迷いもなくポンポンやってることなのに?
「これは才能とか持ち前の技術とか、個人差というのかな?そういうのがかなり出るスキルなんだ。上手い人はできるけれど、ダメな人は大変なことになる」
「その大変なことが真っ二つ・・・ってことか?」
「転送元と先の話をしたよね?その二点を無理矢理繋げているんだ。もし仮に、転送中に空間が閉じてしまったらどうなると思う?キリの上半身が保管庫に出ていて、下半身が今ここだとしたら」
繋げた空間から出きってない状態で空間を閉じるの・・・?
真っ二つじゃねぇか!!!
ヤダ、この人・・・そういうことをさっきやったの!?
「当人の技術によって差も出るんだ。例えば果物一つ送るのと、人を自分を含めて五人も送るのとでは大きさや重さが違うし、余計な雑念も入ってしまう。雑念が入れば入るほど、集中が削がれる。だから失敗したらごめんねって言ったんだよ」
ごめんねで済まないけどな、失敗したら。
「一応確認しておくけど・・・成功率は?」
「相当練習したし、物なら今は大丈夫。失敗しないよ。でも、よっぽど眠い中で転送するなら別かな」
「人は?」
「正直、わたしだけならいいけれど、人を増やせば増やすだけ失敗する確率は高くなるよね。五人も同時に転送したことなんてないし・・・いいところ、一割くらいかなぁ」
この人・・・勝率一割の賭けを土壇場で仕掛けたのか。
スゲェな、色んな意味で・・・
「あの場で安全に脱出するためには仕方がないかな、というところだよね」
確かに、ああしないと逃げ切ることはできなかっただろう。
できなかっただろうけども、勝率一割だってことを知ったらやっぱ怖いよなぁ・・・
いや、それでもやってのけるのがヴェロニカのすごいところなんだろうが。
「いやー、成功してよかったねぇ。わたしもあんな死に方したくはないし、本当によかったよ」
「・・・ソウデスネェ」
結果はどうであれ、とりあえず無事だったし、これはこれで良しとしよう。
問題は片付いちゃいないが・・・
「結局、あの男が何者なのかは分からなかったね」
凌ぎきったら正体を話すとか言っていたが、まさかこれも予測していたのか?
どんなヤツなのかも分からないし、目的も謎。分かっていることは俺を狙っているってことだけ。
思いの外、とんでもない闇がありそうだ。
勘弁してほしい。マジで。




