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「・・・おい、みんな・・・生きてるか」
「お、おお・・・」
「なんとかね・・・」
「ったりめぇだろ・・・」
走り回ってまともに立てない。
汗と泥で体中がべっちゃべちゃ。
武器を持つ手も、固める拳も、握力が無くなってまともに握れやしない。
喉はカラッカラ。
俺たちはみっともなく、地面に座り込んでいた。
*
「リオーネ、最大出力じゃなくていい。普段撃つ倍くらいのパワーを溜めて撃ってくれ」
「了解。ちょっと待ってて」
リオーネが指定した岩の側に走っていき、
「よし・・・いくわよ」
両手を胸の前まで上げて、光の矢を生み出した。
少しずつ大きくしていっている。
「俺たちはこいつを囲うぞ。俺とジェシカは後ろ。キースは正面、あれとにらめっこだ」
「・・・笑えない冗談だな」
「そういう冗談もあるんだよ。さ、動くぞ」
キースが大蛇の真ん前に。
「ジェシカ、もうちょい奥に」
「なぁんでテメェに指図されなくちゃいけねぇんだよ。ったく」
文句を垂れながらも、ジェシカが蛇の左後ろに。
「嫌ならいいんだけど、あの方に言いますぞ?」
リオーネを指差すと、
「・・・お前も大概嫌味だな」
「俺は別にどんだけ言われたっていいんだよ。無事に事が済めばな」
そう、この蛇を倒せたら何でもいい。多少恨まれてもな。
「いいか?リオーネが撃ち込んだら、一斉に掛かるぞ。自信のある一発で行こう」
「おう!」
「っしゃあ!」
キースが剣を、ジェシカが拳を固めて、いつでも飛び出せる体勢になった。
「余計な欲は出さない、だな」
両足を肩幅くらいまで広げて、革紐を伸ばす。
「いつでもいいわよ!」
リオーネの準備もいいようだし、
「・・・うし、やってくれ!」
左手を振って合図をすると、リオーネは小さく頷いて、
「シャインアロー!!」
光の矢が放たれた!
離れた位置から発射されたそれは、ほんの一瞬で蛇に到達して頭を貫いた!
「!!!」
着弾してすぐに蛇が目覚めた!!
「・・・行けっ!!」
矢は頭に刺さってんのに動くのかよ!?
でも今は言ってられない!
「スピードウィップ!!」
攻撃スピードが速い俺の鞭が先にボディに直撃!
「クラッシュソード!!」
「スマッシュパンチ!!」
起き上がろうとしている蛇の頭に剣で一発、ボディに拳が一発めり込む!
だが、
「ギシャアアァァァァァァァァァァァァァ!!!!」
起き上がった大蛇の咆哮・・・!!
「うっ!!」
「キッツ・・・!!」
ランドリザードとは比較にならないくらいの咆哮・・・!!
鼓膜を持っていかれる!
「無茶苦茶だなぁ、オイ・・・!」
そもそも蛇って鳴くのか・・・?
あれって確か発声器官がないって聞いた気が・・・
いや、今はどうでもいいか!ホントどうでもいいわ!
「ごめん!!攻撃が浅かったかも!!」
頭には当たっていたはずだが、致命傷になってないのか!?
見た感じ、頭から血は出ているし、効いてないわけないんだが!?
「来るぞ!」
蛇が動き出した!
「シャアァアァアァアァアァアァ」
「うお!?」
とぐろを巻いていたボディを勢いよく伸ばして、尻尾を地面に叩きつける。
その先にジェシカがいて、思いっきりしばかれた・・・!
「おいおい!!」
どれだけ雑に見たって大人三人分くらいの体長だ・・・
そんなやつの体重なんて重いに決まってる。しかも、シンプルに物が落ちてくるわけじゃない。体重を乗せて振り下ろしてくる物体だ。食らってタダで済むわけがない。
「ぐふっ・・・」
い、生きてらぁ・・・
すっげぇタフだな。いや、タフどころじゃないわ、最早!
「き、キュア・・・!」
カッ!
薄い緑の光がジェシカを包む。
「ふぅ、あっぶねぇ・・・!」
・・・あれで生きてられるのかよ。
いや、そもそもアウトだよ!!
ってか、あっぶねぇじゃねぇよ!!
なんで攻撃受けてんの!?避けなさいよ!!普通なら即死だわ、あんなの!!
「とにかく動くぞ!」
ぐっちゃぐちゃだなぁ!!現場が!!
ツッコミ入れてる場合じゃないのに・・・調子狂うなぁ!!
「前線で止まる!」
キースが前へ詰めていく・・・!
「クラッシュソード!!」
距離を詰めて剣を一閃!
剣は蛇のボディを斬っていくが、
「シャアァアァアァ!!」
ちょっと痛いくらいか・・・?
「こいつ・・・!」
確かに斬っちゃいるんだが、ダメージが通っているか分からんな。
しかし、こいつのこの細かい声っていうか音っていうか・・・これって威嚇とかじゃないよな?
だったら攻撃が全く効いてないことになるんだが。
「これの攻略方法は言わずもがなだな・・・」
リオーネ頼りがモロに出るなぁ、これは。
「リオーネ!」
「大丈夫、分かってるわ!」
賢いのもあるだろうし、空気を読める点もあるだろうが、助かるぅ!!
「キース、ジェシカ!仕掛けるぞ!」
「おう!!」
「っしゃあっ!!」
とにかく、前衛は叩いてなんぼだな・・・!
「うおおっ!!」
キースが斬り掛かると同時に、
「グローパンチ!!」
反対側でリオーネが蛇を殴る!
「ギシャアァァァ!!」
「うし、手応えはある!!」
ホントあります?
あれ、シンプルに吠えただけじゃないの?
「ギィッ!!」
蛇が本格的に動き始めた・・・!
大きくなっても蛇は蛇。動き自体は地球のそれを大差ないが、
「うおっと!?」
少し離れて、すぐさま切り返して頭からの突進攻撃・・・!
キースは事前に察して避けていたが、
「こいつ、速いなぁ!?」
思いの外、スピードが速い。
「・・・むぅ」
いや、確かにスピードはある。あるんだが、たぶん大きさの問題による錯覚もあるだろう。
同じ速度でも、軽トラが突っ込んでくるのと、ダンプが突っ込んでくるのとじゃ迫力が違う。たぶん、それもあるんじゃないだろうか。
だが、だからどうしたって話だな。結局、目の前の状況は変わらないわけだし。
「そいっ!!」
スピードウィップで的をしばいてみる。だが、相変わらず効いちゃいない。
キースの剣でも大したダメージになってないのに、俺が一発、二発しばいたくらいじゃ気休めにしかならんか。いや、気休めにもならんわって、うるせぇよ!
「グローパンチ!!グローパンチ!!」
ジェシカが動き回る蛇を追いかけて、手当たり次第殴っている・・・!
グローパンチは打つ度にバフが掛かる技だから、これはこれで正解かもしれんが、いくらなんでも手当たり次第が過ぎるか・・・?
弱点が見えないうちは仕方がないか。
「キリヤくん、どこに撃ち込もうか!?」
問題は魔法を撃ち込む場所だ。
当然、頭を狙うほうがいい。いくら大きくても、頭を潰せば終わりだ。
もちろん、心臓でもいい。ただ、今回みたいな蛇の場合は、どこにあるのか俺が分からない。ヴェロニカみたいに火の玉を口にブチ込んで破裂させる・・・とかいう荒々しい芸当ができればそれもアリだが。
というか、ピンポイントで撃ち込めるのが前提の話だな。
蛇はもう元気に動き回っている。
「キリヤ、そっち行ったぞ!!」
蛇が物凄い勢いで突っ込んでくる!
「シャアァアァアァ!!!」
「ちょわぁ!!」
突っ込んでくるスピードが速い!!
全力で走って飛んで避けた!
「あっ、あぶっ」
あとちょいで轢かれたわ・・・!
「キシャシャシャシャシャシャ」
蛇は勢いを殺してすぐさまターン。俺たちを見下ろしてくる。
こいつ、戦い方がランドリザードと一緒だな。
蛇とトカゲの違いと、体のデカさの差があるくらいか。
だったら、まだ攻略法は分かりやすいかもしれない。
「キース、腹を狙え!たぶん、鱗は硬くて攻撃が通りにくい!」
「おう!」
「ジェシカはとにかく殴れ!とにかく攻撃力を上げろ!」
「テメェ、あたしをバカにしてんだろ!?なァ!?」
元気だなぁ。さっきのダメージは心配なさそうだ。
とにかく、これだけ元気だと攻撃を入れづらい。動きを鈍くさせて、動けなくなったところを集中攻撃で仕留める。
こっちの元気が無くなるのが先か、向こうが先か・・・なんか、こういうチキンレースをずっとやってる気がするのは俺だけか?
とにかく、
「叩くぞ!隙あらばブチかませ!!」
「おおっ!!」
「っしゃあ!!」
蛇は動き回って、尻尾も振り回してくる。
一人ならなかなか攻撃できないだろうが、三人もいれば的を絞れないだろ!
「一度撃ち込むわ!シャインアロー!!」
強力な光の矢が、再び蛇に突き刺さる!
「ギシャアッ!?」
蛇のちょうど半分くらいの位置に突き刺さった!
ダメージが大きいのか、蛇の動きが止まった。しかも悶えている。
「今のうちだ!!」
動きが鈍い今がチャンス・・・!
「矢のところを狙え!!」
矢が刺さっているところは貫通している。ここならダメージが通りやすいし、ダメージも大きいはず。
「クラッシュソード!!」
「グローパンチ!!」
二人の攻撃が矢が刺さっている側に打ち込まれた!
「グシャッ!?」
思いの外効いてるか?
なら、ここで追撃する!
鞭を捨てて、ナイフに持ち替えながら接近して、
「ハンティングブレード!!」
傷口にナイフを突き入れる!!
「ギシャッ!?」
「こんのっ・・・!!」
何だろう、この手応え。ぐんっと来るような、ずくっとするような。
「キリヤ、いいぞ!効いてる!!」
俺の攻撃が効くことあんの?ナイフで突き刺しただけだぞ?いや、それはそれでおかしい疑問ではあるんだろうが!
「クリティカルしてるわ!!」
クリティカルヒット・・・?
確かに、今までにない手応えだ。肉にナイフを突き入れるのも初めてじゃないが、トカゲと感覚が違うのかなぁとしか思ってなかった。
これが会心ってやつか。ナイフの一発もなかなか効くみたいだな。バカにできん。
これを鞭でもできればいいんだが、
「おい、気ィつけろ!!来るぞ!!」
「んん!?」
悶えている蛇が尻尾を振り上げている!
「やべっ、うおっ!?」
いかん、ダメージを入れることに集中し過ぎた・・・!
強引にボディで弾かれて、そのまま尻尾の叩きつけを受けてしまった。
「うっ―――」
ずんっ!!!
そんな擬音がぴったり当てはまるほどの重み。
尻尾で弾かれて、吹っ飛ばされてしまった。
「キリヤくん!!」
「キリヤ!!」
・・・どんだけ吹っ飛んだんだ?とにかく、弾き飛ばされて地面を転がって、動けない。
「・・・うっ、げほっ」
とにかく痛い。
咄嗟に受け身というか、身構えはしたものの、あの巨体で弾き飛ばされるのは結構こたえている。
まだ蛇はくたばっちゃいない。戦わなきゃいけないっつーのに、全身が痛すぎてどうこうできそうにない。これ、どこか折れたりしてないよな・・・?
「シャアァアァアァアァアァアァ!!」
何か鳴いてる・・・?また威嚇か?
とか思っていたら、何か降ってきた。
「うっ、ちょ!?」
なんだこれ!?いきなり体が痺れてきたんですけど!?
まさかこれ・・・蛇の体液か!?
「や、ヤバい・・・」
この痺れの感じ・・・麻痺っていうやつなんだろうが、想像以上だ・・・!
長時間正座をして立った後のあの感じの比じゃない・・・一種の痙攣みたいなもんだぞ、これ!
なるほどな。こうやって獲物を動けなくして丸飲みって寸法か・・・上手くできてやがる。
「動くな、そのままじっとしてろ!!」
・・・ジェシカか?
「おい、そいつを引き付けとけ!!」
「おっ、おう!!」
キースに指示を出してる・・・
「生きてるな!?すぐ回復する!」
走ってきてくれたのか・・・?息が荒いな・・・
「リカバー!!」
・・・何がどうなってんだ?
体が動かなくなるくらいの痙攣が一瞬で収まって、
「キュア!!」
急に体が温かくなった。
それに、痛みがまるで角砂糖が紅茶に溶けていくみたいにすーっと消えていく。
「左腕が折れてるな。あばらもちょっと怪しいけど、どうにかなんだろ」
あ、やっぱ折れてんの?おかしいと思ったんだよ。
「まずい、そっち行きそうだぞ!!」
「シャインアロー!!!」
キースとジェシカが蛇を引き付けてくれている。
「よし、これでどうだ?まだ痛いか?」
「・・・あれ?」
言われて気付いた。もうなんともない。
「・・・さっきまでの痛みが嘘みたいだな」
体も動く。左腕が折れてたらしいが、普通に動く。
「当たり前だろ。治癒魔法を掛けたんだぞ」
なるほど。治癒魔法ってのはこういう風な感じなのか。体が温かくなったと思ったらもう治ってる。それにリカバーが状態異常回復魔法で、麻痺が一瞬で取れる。
原理はでたらめ。たぶん、魔法っていう一言で片付けないとどうしようもないレベルだ。
「助かった・・・ありがとうよ」
だが、これだけは言える。
これはありがたいスキルだ。攻撃を避け続けるのも限界がある。攻撃を受けることもある。
一瞬で回復できれば、戦列に復帰もすぐにできる。それ以前に命が助かる。
「全く、手間掛けさせんなよ。あたしがアレを殴る機会が減るだろ」
・・・もうちょい可愛げがあればなぁ。
まあ、助けてもらったわけだし、あまり贅沢を言えたもんじゃないからこれ以上は言わないことにするが、それにしてもなぁ。
「っしゃあ!行くぜ!!」
「チョトマテチョトマテ」
駆け出しそうなジェシカを引き留め、
「ああ!?なんだよ!?」
「・・・思いっきり、殴りたいだろ?」
今のままだと、蛇が動き回っているせいで接近することすら難しい。よくナイフが届く距離まで接近できたもんだ。その返しがアレだったわけだが・・・
「・・・そりゃあそうだろ」
「だったら手伝え。作戦がある」
やっぱり、動きを鈍くさせないと仕留めるのは難しい。
であれば、有利な状況を作らないとな。
「俺は少し準備する。まず、リオーネにこう伝えろ。動きを一瞬止めるから、後頭部を地面に固定するように矢を撃ち込め、だ。その後はキースと一緒に蛇に攻撃してればいい」
「・・・それで思いっきり殴れるんだろうな?」
「・・・保証はしないけど、できる可能性はある」
ジェシカが心行くまで殴れるっていうより、これで少しでも時間を稼ぎたいっていうのが正解だ。
あの巨体を固定するのは、ぶっちゃけ難しい。というより、今の環境下だと不可能。
ちょっとでも攻撃を撃ち込むために・・・頭を狙いやすくするために、やるだけやってみる。もしダメなら長期戦覚悟で挑むか、一旦撤退することを考えないといけない。
「・・・分かったよ!」
ジェシカがリオーネの元へ走っていく。
「よし、やるかぁ」
鞭はどこかにいったし、ナイフは今も蛇に突き刺さっているはず。
「まずはあそこだ」
最寄りの岩に向かって走りながら、ベルトパッドに固定しているロープを取る。
「よし」
岩に到着したら、ロープワークで輪を作って巻き付ける。
しっかり固定できていることを確認したら、
「次だ」
ロープの端を持って、次のポイントへ急ぐ。
「どぅあ!?」
蛇が大暴れしている・・・!
キースも避けたり、甲冑で受けたりして応戦しちゃいるが、いつまでも保てない。
急がないと・・・!
「キュア!」
リオーネから離れたジェシカが、キースの元へ駆け寄って回復魔法を掛ける。
「おお、助かるぜ!」
「気ィ散らすぞ!!キリヤァ、さっさとしろよ!!」
「まあまあ、もうちょっと戯れたらどうだ?」
言われなくても急いでるんだよ!俺ももうああいう目に遭いたくないし!
「・・・よし、これでいけるはずだ」
もう一つの岩にもロープを括りつける。
ロープはガッツリ結んだ。あとは、
「よし、いくぞ・・・」
蛇をこっちに呼び寄せるだけだ!
「こういう感じでいいか・・・?」
針をイメージして、指先を蛇に向ける。
すると、風が少しずつ集まってくるのが分かった。
「キリ、魔法はね。想像で操作できるんだよ」
ちょっと前に、魔法をどういう風に発動させるのかとヴェロニカに尋ねたことがある。
剣とかなら、力を込めて相手に叩きつけるとかで済むんだろうが、魔法はさすがに分からない。魔法に精通しているヴェロニカは、どういう風に使っているのか気になったわけだ。
「想像と言えばいいのかな?例えばフレアバレットだと、火の玉を指先に作る。その火の玉をどれくらいの大きさにするのか、どれくらいの密度にするのか、それをどこに向かって撃つのか。それを想像するんだよ」
少しずつ針になっていく、風でできた針。
なるほど、確かにそういう風にできていく。風を一本の針にするようにイメージするだけで、目の前にそれができていく。
これが魔法か!
「うし、当たってくれよ・・・!エアニードル!!」
シュパッ!目に見えない針を発射!
針は真っ直ぐに飛んで、キースのほうへ向いていた蛇の後頭部に当たった。
「いけた・・・!」
発射できた!当てられた!
「・・・シャアァ?」
蛇の顔が俺のほうに向いた。
・・・思いの外ダメージがないな。一応、当たったこた当たったみたいだけども・・・
「ちょっとは・・・痛かったっすか?」
「ギシャアアァァァァァァァァァァァァァッ!!!」
お怒りかい!?
「うーし、掛かって来いやァ。やってやんぞ、コラァ」
こんな安い挑発が分かるような相手じゃあないだろうが、
「シャアァアァアァッ!!!」
蛇が突進の構えを取った・・・!
「来るぞ、リオーネ!!」
「今度はちゃんと当てるわ!!」
蛇が突っ込んできた!!
結構頭にきてるんだろう、相当なスピード・・・!
「それでいい。それが欲しかった!!」
突っ込んでくる蛇が大口を開けている。
程良い距離で思いっきり走って避ける。
どきゅっ!!!
「ギャアァア!?」
蛇が急停止した!
まるで、柔らかいバネを壁に押し付けたまま押し込んで、真ん中の部分が上の方向にはみ出てしまうみたいに、胴体の一部は空に向かって伸びた。
止まった理由は明白。ロープに引っ掛かったからだ。
「おっ、いいぞ!」
ぎちぎちぎちっ!
生々しい音が離れていても分かるくらい、ローブが開いた口に食い込んでいる。突進した勢いで裂けて、だいぶ血が出てるな。
「よっしゃあ、撃ち込め!!」
「シャインアロー!!!」
発射された矢が、蛇の後頭部付近に突き刺さった!
指定したとおり、大きい矢で地面まで突き刺している。
「よし、それでいい!!」
これで頭を固定できた!
「ギ、シャ、アァア・・・!!」
当たり所がいいのか、蛇の動きが一気にのろくなっている!
だが、まだ胴体が自由だ!
「キース、ジェシカァ!!頭をブッ叩けぇ!!」
「よし来たァ!!」
「やったらぁぁぁぁぁっ!!」
駆け付けたキースとジェシカが、
「食らえこの蛇野郎!!」
「スマッシュパンチ!!」
剣と拳で攻撃を加える!
「ギシャッ、シャァ!?」
前に進みたくてもロープが口に食い込んでいる。下がろうにも後頭部を抑えられているし、蛇は後ろ向きに進めない。
このまま頭を袋叩きにさせてもらう!
「このっ、こいつ!!」
キースが剣でめった斬りにする傍で、
「グローパンチ!!スマッシュパンチ!!」
ジェシカがひたすら殴る!
「くらっ!!くらァっ!!おらァ!!どらァ!!」
・・・こいつ、輝いてるなぁ。
なんっつーイイ顔をしてるんだ、お前。そんなに殴りたい?そんなに殴るの楽しい?こういう人、アクション系の洋画じゃ珍しくないよね?
「スマッシュパンチ!!!」
がつんっ!!
「ギッ―――」
蛇が動かなくなった・・・?
え?何?ジェシカのパンチが効いてくたばった?
「よっしゃあ、スタン取ったぞ!!」
スタン・・・気絶か!
なるほどな!スマッシュパンチはスタンを与える効果があるのか!頭に直接当てれば、確率で気絶するっていう。
気絶すれば攻撃しやすくなる。これはうまい。
・・・でもこれって、頭に当てなきゃ意味ないよな?あの人、ボディにも使ってたけど・・・
・・・なんかイマイチ釈然としないが、今は置いておこう。
「リオーネ、止めを刺してくれ!!」
「シャインセイバーを使うわ!!少し魔力を溜めたいから、時間を稼いで!!」
強力な魔法で、威力を出して止めを刺そうってわけか。正攻法でよろしい!
「こっちもがんばってみますか・・・」
武器は手元にないし、俺ができる攻撃はエアニードルだけ。
俺も溜められるだけ溜めて、こいつに撃ち込む!
「イメージ、イメージ」
針を作る。さっき撃ったやつよりも大きくて太い針を作る。
「いけるか!?またもぞもぞしだしたぞ!?」
スタンが切れかけてるのか・・・!
「リオーネ!!」
「よし、いけるわよ!!」
リオーネがいけるなら、こっちもいくか・・・!
「いくぞ!!」
「シャインセイバー!!!」
タクトを振るうように右手を振って、リオーネは光の刃を発射した!
「エアニードル!!」
ほぼ同時に、俺はできる限り太く作ったエアニードルを発射!
シャインセイバーが頭と胴体の付け根に直撃して、肉に埋まっていく。
エアニードルは蛇の眉間に突き刺さった。
「ギッ!?」
攻撃で目覚めたらしいが、
「ふんっ、んぐぐっ」
リオーネが力を込めてる・・・このまま断ち切るのか!
「これでも、食らえ!!」
キースがエアニードルが刺さった個所に剣を突き入れる!
「このままっ、いって!!」
「うおおおっ!!」
後頭部に埋まり続けるシャインセイバーと、額に突き刺して押し込むキースの剣。
「ギ、シャ、シャ・・・!!」
蛇の動きがどんどん弱まって、
「・・・シュウゥ・・・」
抵抗がなくなって、蛇が伸びた・・・
「・・・終わったか」
*
という具合で、どうにかパラライズバイパーを討伐できた。
前衛三人はぬかるんだ地面を走り回ってるし、特に俺は吹っ飛んで倒れたもんだから、色んな汚れでドロドロ。
剣を握る手も、拳を固める力も残ってない。ジェシカは強がっていたけど、傍から見ても分かるくらい手が震えていた。俺も慣れない魔法を土壇場で使ったからか、結構しんどい。
リオーネも最後の魔法に全力を出したらしく、もうすっからかん。立つのもしんどいらしい。終わって集まってすぐに座り込んでしまった。
「・・・あれ、どうする?」
全員が脱力してしばらく経って、徐にキースが口を開いた。
ちょっと離れたところに、大蛇の死体がある。
「・・・キース、動けるか?代表して回収してくれ」
「おう、分かった」
「戻ったら解体依頼して、報酬金と素材は仲良く四等分・・・が妥当かな?」
うちの商売の鬼がまた目をキラキラさせるのが目に浮かぶな。
「なあ、ちょっと相談なんだが」
蛇をパスポートに収納したキースが戻ってきて、
「おう、どうした?」
「こいつの素材、俺にいくらか譲ってくれないか?」
「ほお・・・これまたどうして?」
「こいつの素材で武器を作りたくてな」
素材で武器を作る、か。
「・・・詳しく」
おう、とキースはまた座って、
「骨の剣が欲しくてな」
「骨の・・・そういえば」
キースの剣は何かの金属製だったが。
「金属製と骨だと何が違う?」
「金属は頑丈だし、ちょっとやそっとじゃへたらないからいいんだけど、重いし、強化も鉱石が主な素材になるから、それの入手が難しいんだよ」
強化っていうと、マナタイト鉱石を使ったあれのことか?
まだやってないから分からないが、何でも使えるってわけじゃないのか?ヴェロニカたちの説明だと、何でもできるってイメージだったけど、そういうわけでもない?
「でも、骨だと割と軽量で、粘り強い切れ味になるって話でな。強度は金属ほどじゃあないにしても、ああいう大型モンスターの骨は下手な金属よりも頑丈らしい」
それぞれの長所、短所があるってことか。
「自然素材だと、強化の幅も広がるみたいだし、好んで使う人も多いみたい」
「なるほど」
「で、俺も剣を新調したかったところで、この依頼を受ける話になった。素材も手に入るし、依頼料も入るしでちょうどよかったってわけ」
骨の剣が欲しくて、素材としてもちょうどいい、と。
「俺が今使ってる剣なんだけど、これは武器屋で売ってる駆け出し用の物なんだよ。だましだまし使ってきたけど、もうそろそろ次の武器が欲しくてな。それで、ちょうど良さそうな物を探したり調べて、パラライズバイパーの素材で作れる剣がちょうど良さそうだったんだよ」
「それで素材が必要だと。んで、どれくらい必要なんだ?」
「骨と鱗と牙がいくらか。数は状態によるから、武器屋に確認してみないと分からん」
見てみないと分からないけど、骨で削り出して形を作るのか?それにしても蛇の骨って割と小さいし、剣ができるくらいの物が無さそうだが・・・
鱗と牙は装飾か、もっと別の用途?
まあ、剣の作り方はどうでもいいか。
「頼む!譲ってくれ!」
「ああ、理由が理由だしな。解体後に取り分を見て決めよう」
別に俺は要らないし、そもそも全長数メートルの大型個体だ。骨も鱗も腐るほど取れるだろう。
「なら、あたしもいくつか融通してくれ」
「あんたも?」
まさか、ジェシカまで言い出すとは。
「あたしもいい加減、手甲が欲しくてな。今回の素材で作りたい」
・・・そういえばこの人、素手で殴ってたな。
拳や足で相手にダメージを与える格闘家は、手と足は大事な商売道具であり、同時に最もデリケートな個所だろう。
ボクサーもグローブをする前にバンテージを巻くし、それだけ衝撃が加わるはずだ。
それを素手で・・・しかも、剣でもなかなか傷をつけられない鱗や皮膚で覆われたモンスターを殴ってる。例えるなら、素手でコンクリを殴ってるようなもんだ。
いくら回復するからと言っても、常軌を逸したことをしていると言っても過言じゃない。
・・・聞いていいもんかどうか分からんが、
「今まで何で手甲してなかったんだ?」
一応、尋ねてみる。
「そりゃあ、殴ってる相手の感触を噛み締めるためだよ」
・・・斜め上の回答だよ・・・
「当たり前だろ?殴るんだぞ?物の感触はしっかり感じたいだろ?」
「あ、そ、そうなの?」
「感じるだろ?相手にめり込む感触と、自分の手の痛み。命のやり取りを。それがたまんねぇんだよ」
・・・こいつ、相当ヤベェな。
こいつも戦闘民族か何かか?
耳の尖った戦闘民族いたっけ?皮膚の色が違う人はいたけど、こいつも同類か?
「手甲を付けると感触が薄れるから嫌だけど、殴れないのは嫌だしな。そこは目を瞑るから、殴る数でまかなえばいい」
とにかくヤバい。これ以上関わったらダメな気がする。
「お、おう、そうか。それもまあ、協会で話し合おうな」
とりあえず、この話題を終わらせる。
「さ、さて、そろそろ帰るか」
「ドードをあっちに留めてあるわ。帰りましょ」
キースとリオーネも俺と同じ気持ちらしい。早く終わらせたい空気がすごい。
「よし、帰ろう」
俺たちは帰路へ。
「それにしても、よくあんな罠ができたな」
キースが話題を切り替えてくれた。
「あれ、どうやってやったの?」
「あれも単純なロープワークだ」
首都でやったロープワーク。あれとは別の方式で罠を張った。
今回は相手が大型モンスターだし、単純な仕掛けだと解ける可能性があった。だから、負荷が掛かれば締まる結び方にしておいた。
それに、結んだ先の岩も都合が良かった。
蛇が通過できる程良い間隔があって、岩そのものが頑丈。そして、あれらが地面から見えている部分で、元は一つの大きな物だったってこと。
最後に、ロープが切れずにいてくれたこと。
この四つがちょうど良く作用してくれた。
蛇が通れる間隔でなければ、蛇は突っ込んでくることはなかっただろうし、岩本体が頑丈でなければ衝撃で砕けてしまう。岩が大きくなければ、蛇が掛ける負荷に耐えられずに固定できなかった。そもそも、ロープが切れたらお話にならない。
いくら踏破で分かったこととは言っても、運ゲーが過ぎる。
「ま、毎回上手くいくことじゃない」
今回の現場だから上手くいったことだ。同じような現場ならできるだろうが、毎回できるわけじゃない。
「それにしてもスゲェよ」
「そうね。また勉強になったわ」
「・・・ふん」
まあ、乗り越えられたから良かったとするか。
「今日は酒と飯がうまいな、これは」
「それより先にお風呂でしょ・・・これで酒場は行けないわ」
「・・・どうした?」
ふと視線に気づいて、ジェシカに顔を向けるが、
「・・・別に」
そっぽを向かれてしまう。
「・・・そうか」
別に、何でもいいか。何もないならそれでいい。
今日は祝勝会だな、こりゃあ。




