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17

 ―――翌日。


 俺たちはボーマンの依頼を片付けるため、メリコからニギに向かっていた。


 隣町のニギとは、距離にして恐らく七キロくらい。

 規模としてはメリコより少し狭いくらいらしいが、距離も近く、双方の町長と生活者協会の支部長の関係が良好ということで、町の繋がりもそれなりにいいらしい。


 ボーマンが手配してくれた宿はそこそこグレードが良かった。

 程よく柔らかいベッドと、まさかの食事付きの好待遇。

 荷車に揺られて、道中のサービスエリアでの休息・・・それも悪くなかったし、屋台の飯は案外楽しみだったりもしたんだが、しっかりとした宿屋には敵わない。


 ゆっくり休んで、うまい朝食を頂いたら、協会の受付嬢がやってきて、移動の足・・・つまりはドードのような騎乗獣の手配をしにきてくれた。

 協会関係者がよく利用する店を紹介してくれたので、その中の騎乗獣をレンタルすることになったわけだが・・・


「こいつはスゲェ!」

 ダダダダダッ!

 軽快な足取りで、俺たちは騎乗獣に揺られて移動している。

「速いねぇ!」

「確かに、これはドードと違って快適です」


 俺たちがチャーターしたのは、昨日まで世話になっていたドードじゃなく、ドッシュのほうだ。


 首都で聞いた話だと、ドードと比べてドッシュは調教に難しい生き物だ。

 実際、訪れたレンタル屋も手を焼いていて、言うことをほとんど聞いてくれないらしい。ただ、体はドードより頑丈でスピードも速い。商売に活かしたいって気持ちもほとんど差はなかった。

 ただし、

「ヴェロニカ、やっぱすごいな」

「もっと褒めてくれたまえよ」

 うちには交渉人がいた。

 長年、動物と暮らしていただけあって、話をするのはお手の物。

 どうやら、餌がうまくなかったり、調教師が乱暴してくることに腹が立っていたらしい。

 ニギ行に協力する代わりに、環境改善をすることを条件に、俺とマーベルさんがそれぞれ跨っているドッシュたちが足になってくれているわけだ。

「これならすぐ目的地に着くな」

 ドッシュの走行能力は想像以上に高かった。

 足の回転が速い割に、しっかりと地面を蹴っていて安定した走りをしてくれる。体で衝撃を上手くいなしているからか、乗り心地も相当いい。それでいて、一日に五十キロ以上は余裕で走ってくれるらしい。

 レンタル屋が商売に活かしたいと思うわけだ。

「目的地はニギの森でしたね?」

「そうですね」


 俺たちが目指しているのは、メリコとニギの間にある森林。通称、ニギの森だ。


 地図で見る限り、ちょっとした山の三つ分くらいの面積だろうか。それくらいの規模の森林が、双方の間に存在している。

 その森を横断できるように、道を作って利用している・・・というわけだが、多少の問題はある。

 ニギの森にも元々住んでいる野生モンスターがいるわけなんだが、刺激しないように考慮された道であるにも関わらず、強力なモンスターがたまに見えるらしい。

 これに関しちゃ、ランドリザードの件と一緒で、自然に生きている連中を相手に統制も管理もできないし、どうやっても接触はある。交戦する可能性を踏まえて護衛も付けて森を通るようにはなっているものの、今回の相手のポイズンスパイダーに関しちゃ手を焼いている・・・というのが現状らしい。

 だから、こうして俺たちが討伐に向かっているわけなんだが・・・

「焼こう~焼こう~クモを焼こう~!」

 ヴェロニカはピクニックでも行くようなノリだし、

「ヴェロニカさん、加減はするようにしてください。ランドリザードの時のように、破裂させてしまうと解体できる部分が無くなってしまい、手に入る素材の量が減ってしまいます」

 マーベルさんは相変わらず商売のことしか考えていない。

「じゃあ、炎魔法はやめておいたほうがいいかなぁ。焼けちゃうし。雷魔法も森の中だと命中しないかもしれないし」

「そうですね。繊細な攻撃ができる魔法の方がいいでしょう」

「悩みどころだねぇ」

 ・・・君たち、いつの間に仲良くなったんだい?

「考えられるとすれば・・・」

 風呂とトイレか。

 ここしばらくは、ヴェロニカの風呂とトイレはマーベルさんにやってもらっている。

 単純に青年と赤ん坊ってことならまだいいんだろうが、青年と、中身が大人で体が子供の女性だったら話が変わってくる。精神的にもきつかろう・・・ってことで、自ら進んでやってくれるマーベルさんに、俺も甘えていた。

 慣れはしたものの、おかしいものはおかしい。俺が本当の父親ならまだしも、そうじゃないなら女同士のほうがいいだろう。

 まあ、女同士でもキツイものはキツイだろうが・・・

 最初はめちゃくちゃ泣いていたが、メリコに着く頃までには改善されて、待ってましたと言わんばかりの様子。関係性が良くなったのは、たぶんそこだろうな。

 ただし、だっこしたりおんぶしたり、寝るのは俺の担当・・・ってところは変わらない。

 できればそこも変えてほしいわけだが、言っても難しいかなぁ。

「それはそれでいいとして、だ」

 俺は手綱でドッシュをコントロールしながら、パスポートのスキル欄を開く。

 これからヤバそうなクモと一戦交えるわけだし、技の一つや二つは覚えておいたほうがいいだろう。

「うーん、どうしようかなぁ」


 俺が悩んでいるのは鞭の攻撃スキル。


 一つ目はブレイクウィップ。

 強力な打撃を繰り出して、相手を攻撃する。追加効果として、一定確率で防御力ダウン(小)を与える。

 二つ目はスピードウィップ。

 出が速い攻撃で、相手を叩く。技の発動スピードが速く、先制攻撃を取りやすい。


 鞭レベル2から先のスキル、特に攻撃系はここから始まるようだ。

 追加効果があるのは共通しているんだが、パワーかスピードかで分かれる。

 効果の内容は説明で分かっても、威力や使い勝手は分からない。

 威力は低くても使い勝手がいいならそれでいいし、逆に使いにくくても火力があるならそれも悪くない。


 悩ませる理由のもう一つはポイントの問題。


 首都で一通りスキルを覚えた段階で残り7ポイント。

 ランドリザードを倒すために鞭スキルのレベル1と2を習得して、残り3ポイントになっている。

 たった3ポイントでやりくりしないといけない中、攻撃スキルを獲得するというこの状況なわけだが、どっちのスキルも3ポイント消費してしまう。

 どっちか一つを選ばなきゃいけないわけだ・・・

 これが優柔不断の俺にはキツイ状況なわけで。

「・・・ううん」

 別に、レベルアップすればポイントもある程度入るだろうし、そこまで悩む必要はないんだろうが、それでもせっかくなら覚えてよかったわーって思えるスキルを覚えたい。使わないスキルを覚えてもしょうがないしな。

 パワーとスピード・・・どっちがいいのか。

「なあ、ヴェロニカ」

 とりあえず、この世界の先輩の意見を参考にしてみよう。

「なんだい?」

「このブレイクウィップとスピードウィップのどっちかを覚えようと思うんだけど、どっちが好み?」

「好みかぁ」

「使いやすさとか、第三者目線で意見が欲しい」

「そうだねぇ」

 ヴェロニカは少し黙って、

「ブレイクウィップがいいんじゃないかな?」

 パワーがお好みのようだ。

 ・・・まあ、この方はそうですよね。聞かなくても分かる気がした。

「パワーが出るのは単純にいいけれど、注目すべきは一定確率で防御力を下げられることだよ」

「ほお」

 思いの外、まともな考えを持っていらっしゃる・・・

「防御力を下げられるのはいいことだよ。わたしみたいに魔法で攻撃をするタイプは防御力はある程度無視できるけれど、剣士みたいに物理的に攻撃するタイプは、すごく影響がある。鱗とか皮膚が硬いとか、あるよね」

 先日のトカゲの件のことを思わせる。

「物理攻撃しかできないタイプの人が多いパーティだと、体力の問題もあるし、さくさく倒してしまいたいというのが本音だよね。黒魔術師や白魔術師がいるなら後方支援を得られるけれど、それがないのなら防御力ダウンは大きい効果だよ」

 ―――どうやら、防御力と魔法防御力の二種類があるらしい。

 前者は物理、後者は魔法に対する防御力になっていて、物理に強い敵は魔法攻撃の威力をもろに受けてしまうが、剣とかの物理攻撃に強い。魔法防御はその逆。

 物理で硬い相手に攻撃を通しやすくできるなら、防御力ダウンの効果はかなりでかい。

「この小ってのはどれくらいのもんなんだ?それによって旨味が変わるだろ?」

「さあ・・・その辺りは分からないねぇ」

 この曖昧な表記も直してほしいところだ。

 まあ、この辺りは実際に使ってみたら分かることだ。例えば、十回中何回効果が出たとか。それを統計すれば、発生確率は何割だってのが分かる。

 ・・・スキルを覚えて使ってみないと分からないってのが痛いところだが。

「ですが」

 今まで後ろのほうでドッシュを走らせていたマーベルさんがこっちに寄せてきて、

「スピードウィップも魅力的ですよ」

 あなたはスピード派でしたか。

「何せ、先制攻撃しやすいというのは重要ですよ。敵対する相手より早く攻撃できれば、こちらが有利になる可能性が高いということです」

 それも一理あるか。

 先手必勝って言葉があるように、先に仕掛けた方が有利ってことはあるな。少しでも攻撃を与えられるし、出鼻をくじけば相手の行動を遅らせることもできる。

 スピードウィップの場合、防御力を下げることはできないが、とにかくスピードを求める状況ではありがたいスキルだ。

「・・・ううぅぅぅん」

 迷うなぁ。

 ってか、これが俺の悪い癖か。結局、迷った挙句に問題を先送りにして、痛い目を見る。

「・・・よし、決めた」

 どっちにしても旨味はあるし、レベルが上がればポイントも増えるだろう。

 問題は先送りにはしない!

 スキルを選んで、習得!


 ピロン!

 

 軽快な効果音が鳴ると同時に、俺の保有ポイントがとうとう無くなった・・・

「どっちにしたんだい?」

「ん、使ってからのお楽しみ・・・ん?」

 ドッシュたちが軽快に走ってくれているからか、森までもうすぐの距離まで接近した。

「これがニギの森か」

 広いとは思っていたが、想像よりも広そうに見える。

「木が大きいね。一本一本が」

「確かにな・・・」

 広いのも事実だろうが、木の大きさでそう錯覚している面もあるかもしれない。

 なんせ、見える範囲の木の太さが相当ある。たぶん、樹齢百年とかじゃきかないレベルの木もあるだろうな。

「雰囲気はいいなぁ」

 森に突入した。

 道はしっかり作られてる。昨日まで利用してた荷車も、対向であっても余裕で通れるくらいの道幅だ。

 これなら戦いやすい。ここでやってくれたならの話だけど・・・

「ただ、わたしがいた森とは違うね」

 ヴェロニカが言うように、出会った森とは違う感じだ。

 同じ手付かずの場所であっても、樹齢の多い木が多いとか、葉っぱと枝で覆い茂っている分暗いとか、そういう見た目というか、感じる雰囲気は人それぞれ。

 俺は単純にキャンプしたら楽しそうってくらいのイメージだったんだが、ヴェロニカはそうじゃないらしい。

「例えば?」

「それこそ、雰囲気かな。空気感が違う」

 言われてみればそうかもしれない・・・とは思うが、そんなに違いが分からない。近くに小川でも流れてりゃ少しは違うかもしれないが。

「流れている空気が違うんだ。あの森は神聖な雰囲気で、背筋もスッと伸びるような感じだったけれど、ここは普通の森だね。何も感じない」

「・・・そういうもんかね?」

「あくまでもわたしはそう感じるだけだけれどね」

 俺にはよく分からない感覚だ。川とか湖とかがあって、そこに自生している植物とかがあったら少しは違うように感じることはあるけど。マイナスイオンとかの恩恵か?

 魔法を専門的に扱うヤツならではの感覚なのか?

 魔法系のスキルを覚えればそういう風に感じるかもしれないが、今の俺じゃよく分からんな・・・

 それはまあ、追々参考にするとして、

「話は変わるけど、この森をこのまま抜けるとして、片道どれくらいなんだ?」

「そんなに距離があるわけではありませんよ。ドッシュの速さなら、片道一時間も掛からないでしょう」

 この道を通ればそのくらいか。

 だったら、ドッシュのスピードだったら逃げることも簡単かな。

 一応、クモは全部しばくつもりだが、状況が悪化すれば逃げることもしないとだし、それくらいは考える。

「で、あんまり聞いてなかったから教えて欲しいんだけど、例のクモはどういうやつなんだ?」

「ボーマンくんが説明してくれてたのに、しっかり聞いておかないから~」

 その辺りは俺の責任だが、そうなったのはあなた方が無茶苦茶したからですよ?

 そうでなきゃ、しっかり聞いてる。

「一匹当たりの大きさはそんなに大きくないですね。大きい個体で・・・人の子の三歳児くらいでしょうか」

 でっけぇな、それ・・・

 三歳児くらいの大きさでそんなに大きくないって、ここの世界のクモはどんだけでかいんだよ。さすが異世界・・・

「毒性が強い針が武器で、粘着性の強い糸を吐いて動きを止めようとしてきます」

 地球のクモと一緒にするわけにはいかないが、モンスターだからか、攻撃的な思考があるんだろうか?

「何にせよ、毒と糸に要注意ってことか」

「そこも問題だろうけれど、周りを見てごらん」

 言われて周りを見て気付く。


 ガサガサと、木が揺れていた。しかも、一本や二本どころじゃなく、複数。


「・・・なあ、例のクモってさぁ。ちょっと毛深い?」

「そうだねぇ。足とお腹に多そうだねぇ」

 暗いから詳しい色合いが分からないが、全体的に深い紫色をしているその昆虫。

 手足と腹部に長い毛が生えていて、昆虫らしい複眼と、鋭そうな牙。


 これがポイズンスパイダーってやつらしい・・・!


 マーベルさんが言っていたとおり、確かにデカい。それこそ本当に幼児一人分くらいの大きさがあって、地球のタランチュラの比じゃない。

 デカい分、ディテールもガッツリ見える。結構気持ち悪い。

「ヤベェ!」

 そんな存在に、いつの間にか囲まれていた!

 静かだったから気付くのに遅れた!

「キリ、気付かなかったの?危険感知は?」

「うるさいから切ってた!ほら、走ってくれ!」

 とりあえず、ドッシュを走らせる。


 ―――ここしばらくの間、危険感知を切っていた。


 首都から出る時に、男爵芋とメークイン、警備隊の連中とひと悶着あったことで、同行することになった行商の連中の視線に危険感知が反応してしまった。

 四六時中、頭の中で黄色信号が点滅しているのも鬱陶しい・・・だから切ったわけなんだが、メリコに着いてオンにするのを忘れていた。

 もっと早くに気付いていたっていうのに、肝心なところで忘れてしまう・・・!

「このまま一旦、突っ切りましょう!」

「ですな!」

 ドッシュたちをこのまま道沿いに走らせる。

 足の回転を速くさせなくても、ドッシュのスピードなら振り切れるだろう。

「おお、なかなかやるねぇ」

 突っ切ろうとすると、クモたちは腹から糸を枝に向けて発射して接着。そこから飛び降りて、糸を接着させた枝へ飛び移る。

 こりゃあ、ハリウッドの有名ヒーローと動きが一緒だよ・・・

「感心してる場合じゃねぇよ!?」

 思いの外スピードが速い!

 しかも、的確に俺たちを追ってきてる!

「体が大きい分パワーがあって、それだけ重量もあるから飛び移る時にスピードに補正が掛かるのか?」

 たぶん、物理的な都合は大きいだろうが、それにしても速いな・・・

「・・・私のほうで確認できる数は十五匹くらいですね!」

「聞いてる数より少ないのか・・・?」

 ボーマンの依頼だと、討伐目標は二十匹のはず。

 依頼を出している連中が雑な管理をしていると思いたくはないが、それにしては五匹少ない。クモ自体の色合いが暗いから、見落としている可能性もある。

「・・・とりあえず、しばくか」

 どう考えても、あのデカいタランチュラ連中は俺たちを攻撃する気満々だ。

 二十匹の集団じゃないにしても、何が何でも食ってやるって意気を感じる集団をこのまま放っておくことも難しいし、

「マーベルさん、ちょっとこっちに!」

 やるしかないですかね。

「はい!」

「この方をよろしく!」

 だっこ紐を解いて、ヴェロニカをマーベルさんへ。

「キリさん!?またわたしを手放すんだね!?」

「またわたしを捨てるみたいな感じで言うなよ!?」

 別に捨てるわけじゃない!一旦預けるってだけだろうよ!

 いや、今はどうでもいい!

 とにかく目の前のクモをしばかないとだな・・・!

「こういう時こそ、これだよな」

 危険感知は役に立つな、やっぱり。

 パスポートで機能をオンにする。

 するとどうだ。真っ赤な反応が一気に増えて、

「・・・逆に多くなってどうする」

 二十匹だったはずが、どういうわけか二十三匹に増加していた・・・

 とまあ、こういうことも分かるわけだな。ありがてぇありがてぇ!

「シャッ!」

 何の音だ?クモが鳴いたのか?

 振り向こうとした瞬間、何かが物凄いスピードで俺たちを追い越していって、

「ギャギャッ!?」

「うおっ!?」

 俺が乗っているドッシュが、いきなり体勢を崩してこけた!

 スピードに乗っていたもんだから、俺も吹っ飛ばされてしまう。

「おー、いてて」

 なんとか受け身をとったものの、ちょっとした交通事故と一緒だよ・・・

「おい、だいじょう・・・おいおい」

 ドッシュも勢いよくこけたから、怪我をしている可能性が高い。

 どうなっているのかとドッシュを見てみると、足に白い塊が付着しているようだった。

 塊は膝からべったりくっ付いていて、地面にへばりついている。

「こりゃあ、糸か・・・!」

「ギャ!ギャ!」

 あの糸、固まるスピードがえらく速い・・・!

 必死に脱出しようとしているが、糸の塊は相当しっかりくっ付いている。騎乗獣のパワーで剝がせないとなると、そうそう簡単に取れるもんじゃないな。それこそ、人にくっ付きでもしたら終わりだ・・・!

「あっ!」

 倒れているドッシュの体に、クモが一匹乗った。

 続いて二匹、三匹目とドッシュに乗ってきて、前の手で口の周りをいじり始めている。

「食う気満々じゃねぇか!!」

 ドッシュを食われたらさすがに困る!

 メリコに戻る、ニギに行くのどっちになったとしても、ドッシュの体格からして大人二人は乗せられない!移動に時間が掛かる!

「食われる前に」

 鞭をポーチから外して伸ばし、

「叩くっ!!」

 意識を集中させて鞭を振るうと、目にも留まらないほどの速さで革紐が飛んでいき、ドッシュに乗っかっている三匹のクモを弾き飛ばした!

「うっし!」


 俺が覚えたのはスピードウィップのほうだ。


 威力よりも追加効果を求めた場合、双方旨味があるのは理解していた。

 ただ、今の環境下だと、俺はパワーよりもスピードを取ったほうがいいんじゃないか、と思ったわけだ。

 そうした理由の一つとしては、

「キリ!」

「キリヤさん!」

 後ろの二人のうちの一人・・・ヴェロニカ。

 俺が鞭で一生懸命しばくより、ヴェロニカが魔法を一発撃ったほうが火力もあるし、決定力がある。

 今の俺の実力じゃあ、どうやっても火力じゃ負ける。いや、もしかしたらずっと勝てないかもしれない。となれば、火力よりもスピードを取ったほうが、コンビとしてのバランスは良いと思ったわけだ。

「・・・先に行って、ドッシュを安全なところに隠せ!終わったら、魔法が届く範囲くらいでいいから戻って、援護してくれ!」

「分かった!」

 二人を一旦下がらせて、俺は可能な限りスピードウィップを駆使してクモを弾き飛ばす。

「案外硬いな、このクモ・・・!」

 昆虫にしてはえらく硬い!

 ガタイがいいこともあるだろうし、俺の鞭の攻撃力が低いってのもあるんだろうが、それにしても硬すぎる。

「シッ!」

「キシシ!」

 クモたちは跳んでドッシュから離れて、木の上に戻っていった。

「諦めてくれたらありがたいが・・・」

 そんなわけはなかった。

「シュッ!」

「ん!?」

 ガスッ!!

 木の上から何かが飛んできて、地面に刺さった。

「こりゃあ・・・」

 今度は針か!

 糸と、毒針を発射するって話だったな・・・

 今回は当たらなかったから良かったけど、地面に刺さるくらいだから威力は相当だろうし、毒ってのも追加でヤバい。

「・・・誰も引き受けたがらないわけだよ・・・」

 粘着力が高いだけじゃなく、固着するスピードが早い糸。毒性があって攻撃力の高い針。

 硬い上に機動力もあって、集団で襲ってくる。

 そりゃあ、危険な上に面倒なわけだわ。

 これを知ってたら俺だって蹴るわ、この依頼。

「まあ、言っても仕方がないんだけど!」

「シッ!シッ!」

 頭上で陣取ったクモたちが、毒針と糸で波状攻撃を仕掛けて来た!

 文句言って当たらなくなるならいいんだが、そういうわけじゃないのが現実・・・当たって良いことなんかないし、当然避ける!

「針が困るな・・・よく見えん!」

 糸はある程度の塊で飛んでくるからまだいいが、針は菜箸くらいの太さと長さみたいだから、その球筋が見えない・・・!

 ドッシュに攻撃をしているわけじゃないってところがまだ救いだが、

「このままだと追い込まれるな・・・!」

 倒れてジタバタしているドッシュはともかく、俺は連中の攻撃を避け続けないといけない。

 俺の体力も無限じゃないし、なんとかしたいところなんだが、えらく高いところに陣取っているから鞭が届かない・・・

「ん!?」

 どうしたもんかと思ったら、足に妙な感触が。

 足元を見ると、連中の糸を踏んでしまっていた!

「マズい・・・!」

 辺りを見回すと、一面に糸の塊が散乱していた。

 それだけじゃない。木と木の間にネットが組み上げられていて、包囲されてしまっていた。

 俺を一点に止められるならそれが最善。最悪、ちょこまか動かれても包囲網内に置いておけるから、体力が尽きたところを仕留められる。

 恐ろしい二段構えだ・・・!

 こいつら、マジでクモなのか?クモの姿をした別の生き物じゃないのか?

「―――キリ、伏せて!」


 ・・・そういえば、こっちには赤ん坊の姿をした別の何かがいたなぁ。


「フレアバレット!!」

 ブオッ!!

 大きな火の玉が、クモの巣を突き抜けて爆発した!

 相変わらずド派手な魔法だよ・・・

「お待たせしました!」

 ヴェロニカを抱えたマーベルさんが、そこそこ離れた距離まで戻ってきてくれた。

「ワクワク!!ワクワク!!」

 遠くても分かるくらい、ヴェロニカが意気揚々としている。

「都合で最初は炎魔法を使ったけれど、ここからはこれだよ!」

 ヴェロニカは両手を前に突き出して、

「エアニードル!!」

 魔法の名前を叫んだものの、それらしい物は見えず・・・

 本当に発動しているのか謎だったが、物凄い勢いで何かが通り過ぎていった。

「キッ!?」

 それはクモを一匹吹き飛ばしただけじゃなく、木に叩きつけ、張り付けにした!

 なるほど。風の針を飛ばして、クモに突き刺したのか・・・

「針対決と行こう!」

 何・・・?狙ってやってんの?

 まあ、フレアバレットと比べても被害は圧倒的に少なく済むし、攻撃が直撃したクモは一撃でノックアウトになっているし、火力も申し分ない。

「エアニードル、いくよ!!」

「キリヤさん、もう少しそのままで待機してください!今、そちらに行きます!」

 ヴェロニカは風魔法を連発していて、マーベルさんはそんなヴェロニカを抱えて、合流しようとしている。

「俺は大丈夫だから、離れてて!連中、遠距離がある!」

「動けないのなら、早く対処しなければ!」

 そりゃあそうだが、そんな簡単に取れる糸じゃないんですよ、これ?

「シッ!」

「シュッ!」

 クモたちもヤバいと思ったのか、ターゲットを俺からヴェロニカに変えたらしい。

 針と糸が二人に向かって飛んでいく。

「ちょっとでも弾ければ!」

 俺はスピードウィップで可能な範囲で針と糸を弾く!

 マーベルさんはそこまで運動が得意なわけじゃないらしいし、攻撃を躱せるか微妙らしい。

 だったら、俺のほうでできることをしないと・・・

「大丈夫!エアシェード!!」

 ヴェロニカが壁を作るように両手を大きく広げると、飛んでいっていた針と糸が、途中でビタリと止まった・・・!

「そういう使い方があるのか・・・」

 体温管理を基本としていたエアシェードで、空気の壁を作る。

 その壁で弾を受け止めることができるとは、意外な使い方をしている。

 これが普通なのか、それともヴェロニカが工夫して作り上げた芸当なのか・・・

「むっ」

 さっきまである程度まとまっていたクモたちが散開した。

「・・・なるほど、まとまってたらやられるって踏んだのかぁ」

 それだけじゃない。

 狙いをある程度散らして、数的有利を利用した範囲攻撃を仕掛けられる。

 エアシェードで遠距離を防がれたから、空間を使って攻撃するっていう方法も考えたのかも。

 あのクモたち・・・相当やってるぞ。

「うーん、じゃあしょうがないね。こっちも長期戦はしたくないし、一気に片付けようか」

 一気に片付ける手段とは・・・?

「ちょっと乱暴になるから、しっかり伏せてね」

 いつも大概乱暴な気がするのは俺だけか?

「エアゾーン!」

 急に風が吹き始めた。

「なんだこりゃ・・・?」

 単純に吹いてるんじゃない。

 ヴェロニカを中心にして、渦を巻いているような感じだ。

 その風は次第に強くなってきて、

「い、や、いやいやいや」

 俺も体勢を崩さないように踏ん張るのが精一杯になってきた。

 クモたちも木にしがみつくのが精一杯らしい。中には吹き飛ばされかけたものの、木に糸をくっ付けてここに残ろうとしている奴もいる。

 っていうか、マジで強くなってきてるんだが?

 俺たちはハリケーンの中にでもいるのか?

「伏せててね!いくよぉ!」

 足が固定されているから、伏せられん!

「ちょ、チョトマテチョトマテ!」

 糸が付いた靴を脱ぎ捨てようとしたが、靴紐でキッチリ縛っているから簡単に脱げない!


「エアサイクロン!!!」


 凄まじい勢いの嵐が発生した!

 台風なんてもんじゃない。それこそ、サイクロンそのもの。

 風は集められたクモたちだけじゃなく、クモたちが発射した糸や、周辺の枝葉や腐った木々をも吹き飛ばして、空中へ巻き上げていく。

「トドメだね。エアスラッシュ!」

 空中へ巻き上げたクモたちに、ヴェロニカはまるでタクトを振るうように手を振る。

 すると、一点に集められたクモたちが次々に切り刻まれた!

「おっ、おっ、おおー・・・」

 空気で刃を作って発射したのか。

 風の渦で的を逃がさないように留めて、嵐で空中へ吹き飛ばし、刃で刻む。

 確かに、一気に片付く方法だわ。

「ふぅー!終わったぁ!」

 空からぼとぼとと、バラバラになったクモの残骸が落ちてくる。

 この辺りもエアシェードか何かで上手く処理できなかったのか・・・?

 あと、

「なあ・・・一応、ちょっと待ってって言ったよなぁ?」

「え?ああ、言ってたかなぁ?」

「俺も下手すりゃあ、あの中に巻き込まれてたぞ・・・」

 クモの糸がガッツリくっ付いていて、靴紐をしっかり結んでいたから何とかなったものの、下手をすれば空中へ放り出されていたかもしれない。

 そうなったら、エアスラッシュで俺も細切れだ。

「さすがにキリが巻き込まれたら、エアスラッシュは使わないよ。回収してから攻撃するし」

「そもそも、巻き込まれることが恐怖体験なんですけど?」

「まあまあ、上手くいったからいいじゃないか?」

 結果的にはそれで済むけど。

 済むけど、それだけで済まなかったらどうするんだよ・・・

「なんとか落ち着きましたが、敵はもういませんか?」

 危険感知は反応していない。

「うん、大丈夫そうだ」

 序盤で攻撃したエアニードルで数匹、残りはエアサイクロンとエアスラッシュで掃討、と。

 とりあえず、依頼の二十匹と追加の三匹は倒したし、依頼は達成ってことでいいのか?

「あれだけの個体数はそうそういませんから、あの集団であることは間違いないと思います。あとは残骸を回収して、ボーマンさんに確認を取るだけですね」

 最終的に成功かどうかは、クモの残骸とパスポートに記録された成果と、ボーマン次第か。

「クモを回収して、メリコに戻ろう!」

「ドッシュも助けてあげないといけませんね」


 とりあえず、思いの外簡単にポイズンスパイダー討伐クエスト・・・クリア。

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