16
―――三日後、俺たちはメリコに到着した。
ノーラ大陸、ボルドウィンの領地の一つ、メリコ。
ボルドウィン最寄りの大きな街ってことで、それなりに賑わいはあった。
集団移動者たちが集まる停留所とでも言うのか、そこも人混みはしていたし、次の行先への同行者を求める商人たちも多い。
首都のほうが当然多いんだが、それでもメリコも多く感じるのは、ここがそこそこ大きい街ってのもあるんだろうが、停留所の周りでも商売をしている行商の多さもあるだろう。
何を目的で商売をしているのか分からないが、これから旅立とうって連中に目を付けるってのは間違いない。
肉食モンスターがウロウロしている世界だ。備えはいくつあってもいいし、買い忘れを事前に気付けていい面もある。
その分、もしかすると割高になっているかもしれないが・・・
そういうことを考えだすと、俺は高速道路付近のガソリンスタンドが思い浮かぶ。
まあ、俺個人の感想はさて置き、
「助かったぜ。これ、しばらく分だ」
荷車から降りたら、リーダーが見張りの日当をまとめて持って来てくれた。
「ああ、どうも」
結構な量の紙幣・・・ちょっとした小金持ちだぜ。
「結局、あれから何も出なかったな」
警戒していたものの、モンスターの一匹も出なかった。
出るかもしれないっていう緊張感はある程度持っていたし、出てきてくれって願ったわけじゃないんだが、そうなったらそうで肩透かしを食らうってのも事実・・・
「ハハハ。そんなもんだよ。そもそも、あんなところにランドリザードが出ることが珍しいかったんだ」
「そういえば、そういう話もしたな」
―――ランドリザード。
元々は森や水辺が近くにある場所に生息しているモンスターらしい。
丘や草原に出ないわけじゃないが、俺たちが移動していたのは生息域から外れた場所・・・つまり、人が調査と傾向の結果から割り出した安全圏だったわけなんだが、それから外れた二頭が俺たちに接触してきたってことになる。
俺たちが道を間違えたとか、うっかり生息域に踏み入ってしまったとか、そういうことはなかったようなんだが、異例の事態だったことは間違いない。
なんとかやり過ごせたから良かったものの・・・
「君らはしばらくここにいるのか?」
「ああ、嫁さんの商売の都合次第だけど」
とりあえず、夫婦だっていう設定は継続中。
適当な嘘で流しておいて、
「そうか。俺は予定されてる取引が終わったら、次の町へ行くつもりだ。早かったら、明日には出るだろう」
「じゃあ、ここでお別れだな」
軽く握手を交わして、
「またどこかで会うかもしれない。その時はよろしくなぁ、勇敢な探検家殿!」
リーダーが手を振って去っていった。
「・・・そういう肩書はいらないんだが」
「まあまあ」
抱えていたヴェロニカがにやにやしていて、
「称えられることはいいことじゃない。単純に恩を感じているんだし、そういうことにしておきなよ」
いいことなのかぁ?
そういう経験がないから、正直なんとも言えん。
「・・・まあ、そういうことにしておくか」
ここにいる理由もないし、動くとしますか。
「協会に行く?」
「おお、とりあえずは」
道中で説明があった、ランドリザードの解体と、レベルアップの件を見てみたい。
「わたしの分はいいからね」
「分かった」
ヴェロニカ自身はあまり気にしていなくても、俺個人としちゃあ、余計な情報公開は避けたい。
何より・・・ヴェロニカのレベルが上がった後のもろもろを見たくないっていう気持ちもある。
「あの、私も同行しても?」
マーベルさんは同行するつもりまんまんらしく、
「・・・協会までですよ」
狙いはランドリザードの素材だろう。
根っからの商売人だ。ある意味、正しいことではあるんだが。
「わたしがやっつけたのは粉々にしちゃったけど、キリたちがやっつけたのは体がしっかり残っているからね。期待できるね!」
死に物狂いで戦ったあのオオトカゲ・・・いくらになるんだ?
お金に関してもそうだが、経験値も。
「ここがメリコの協会です」
「ほう」
ボルドウィンの生活者協会がお屋敷だったから、そういう規模の施設なんだろうと思っていたんだが、ここのはちょっとしたビルのような見た目だった。
事務所がいくつか入っているビル、って言えば分かりやすいだろうか。岩っぽい素材で建てられた、三階建て。奥に工場か何かがあるのか、敷地自体はそこそこ広そう。
「とりあえず入りまして」
協会の扉を開けて、
「解体受付だよ」
一番奥のカウンターがそれらしい。
真っ直ぐに向かって、
「こんにちは。こちらは解体受付です」
なんとも業務的な挨拶のお姉さん。
それはどこの世界でも一緒か。
「解体してもらいたいやつがあるんですけど」
「はい、お伺いいたします。パスポートを提示お願いしますね」
「これで」
「確認させていただきます」
俺のパスポートを渡すと、お姉さんは慣れた手つきで操作して、
「・・・は?」
目を丸くした。
「は?え?ランド・・・リザード?」
それはもう、大変な驚き様で・・・
「え、あの・・・あれ?二頭も・・・」
そう、二頭分。パスポートにそう書いてるんだよ。
「ちょ、ちょっとお待ちください・・・!」
お姉さんがカウンターから離れ、上の階へ走っていった。
「・・・なんか、想像してたのと違うな」
もっと業務的で、淡々と処理をしてくれるもんだと思ってたんだが。
あのリアクションを見る限り、別の何かがあるってのは鈍感なヤツでも分かる。
「・・・なあ」
「なんだい?」
「これ・・・嫌な展開にならんよな?」
どう考えても、上のヤツ・・・例えば役職とか責任者とかを呼びに行ってるんだろ、これ・・・
「例えば?」
「偽証で捕まるとか、メチャクチャ尋問されるとか・・・」
この手のファンタジーだと、そういう展開も有り得る。
そうなった未来に、明るい展開なんてないと思うんだが・・・
「偽証で捕まることはないと思いますよ。何分、パスポートは偽装ができるものではありません」
マーベルさんは自分のパスポートを取り出して、
「これは協会で発行しているということはご存じですね。発行する方法・・・道具なのか、技術なのか、どういう風に発行されているかが分からない。過去、複製を試みた方もいらっしゃったようなのですが、そこに関しては効果は発揮せず」
「パスポート自体を操作しようとしても、する個所がないからねぇ。故意に改ざんすることは不可能なんだよ」
そもそも、パスポート自体がオーパーツ的な存在だったな。
発行方法が分からない物で、スキルで複製することもできず、そもそも操作する個所が限られている。
言われて気付いたが、確かに操作する個所なんてあまりない。例えばパソコンみたいに外付けパーツを介するなんてところもない。
偽証とか改ざんとか、そういうことがそもそも不可能だとも言える。
「ここまで来たらなるようにしかならないよ」
「そりゃそうだが・・・」
パスポートも持って行かれてるし、回収するまで離れることもできない。
どうしたもんかな、と思っていると、
「お前さんがタカミ キリヤか!?」
上の階から小綺麗な格好のおじ様が、受付のお姉さんと一緒に飛ぶようにやってきた。
「あ、おお、おう、俺ですけど」
「そうか!リザルトは見させてもらった!」
見た感じ、なかなか品が良さそうな人なんだが、勢いはまあまあ強い。
若干引いてる俺がいるんだが・・・
「ランドリザード二頭とは、大したもんだ!」
「あ、はあ、どうも」
内一頭は手元の赤ん坊が粉砕したとは言えず・・・
「解体は受け付ける。君、頼むぞ」
「は、はい」
お姉さんが慌てて手続きを始めた傍で、
「ランドリザード自体、この辺りを住処にしていないから、なかなか見かけることがないんだが、君が討伐した個体はボルドウィン政府も手を焼いていたやつかもしれん」
「・・・結構傷だらけの個体ですかね?」
「そ、それだ!!まさか、お前さんが討伐したのは、そいつか!?」
「可能性は・・・無くもない、かなぁ・・・」
「やっつけたのはわたしなんだけれどねぇ」
お前・・・聞こえるように言うなよ?
ただでさえおじ様に引き気味なんだからな。余計な手間を増やすんじゃねぇよ?
「支部長、奥の解体場へ向かいましょう」
「おお、そうだな!君たちも一緒に来てくれ!」
おじ様、支部長だったのか。相当偉いな。
っていうか、入っていいのか。
「おー、広いな」
連れられたのは、奥の工場の部分だ。
割と広く面積を取っているように見える。そこそこ規模があるカーディーラーくらいと言えば分かりやすいか?
「モンスターを出します」
お姉さんがパスポートを操作すると、回収した時と同じように細い光線が出た。
光線が床に当たると、その点を中心に、転送と同じような形でオオトカゲと残骸を召喚した。
「こ、これは・・・」
「お、大きいですね・・・」
作業員だろうか、工場にいた人たちも、ランドリザードを見た瞬間にざわついた。
一気に周りが騒がしくなる。
「結構でかいぞ・・・」
「こっちのバラバラになってるのもランドリザードか?」
「みんな、解体作業に取り掛かってくれ!」
支部長が指示を出すと、その場にいた作業員たちが道具を持ってランドリザードの周りに集結。
「工場長、どれくらいで解体が終わる?」
その場に、えらく体格のいいガテン系のおじさんがいて、
「こりゃあ一日じゃ終わらんぜ。最低でも二日くれ」
「分かった。キリヤ殿、解体は責任を持ってさせていただく。オフィスに来てくれないか?」
「あ、はあ・・・」
なんだこれ・・・展開が読めん。
「とりあえず、座ってくれ」
三階のオフィスに通された。
高そうなデスクとチェア。来客用の革張りソファと、広めのローテーブル。どういう製法で作られたか分からないが、高そうってことだけは分かる花瓶。
ちょっとした役員の部屋って感じだわ。
「申し遅れたが、俺はここの支部長のボーマンだ」
名刺をくれた。
「どうも。タカミ キリヤです。こいつは俺の・・・娘の、フェリーチェ」
こういう時の紹介も考えないといけないな。実際、娘って言わざるを得ないんだが、
「妻のマーベルです」
あんたは余計な紹介しなくていいんだよ!
しかも名刺渡してるし!
「キリヤ殿にマーベル殿、フェリーチェくんだな」
「わたしだけ殿じゃないの何で?」
深く考えるな。大抵、こういうのは大人だけにしか用事ないんだから、赤ちゃんは計算外なんだよ。
「まずは、ランドリザードの討伐、ありがとう」
「いや、成り行きだったから、お礼を言われるほどのことでは」
「どういう経緯があったかは分からないが、さっき話したとおり、ランドリザードは政府も頭を抱えるくらいの強力なモンスターだ。この辺り一帯だと、相当強い部類に入る」
ある程度は二人から聞いていたものの、協会もそういう認識は一応しているみたいだな・・・
「政府直轄の戦闘職でも手を焼くくらい獰猛で、硬い。一筋縄じゃいかん相手だ」
「まあ、確かに苦労はしましたけど・・・」
内二人はそこそこ怪我をしていたし、下手をすれば死んでたけどな。
「そういう相手を仕留める実力がある・・・しかも政府直轄の精鋭じゃなく、民間の方だというのは、協会の立場からすると驚きでね」
「・・・で、要件は?」
すごいと言ってくれる分はいい。ただ、最終的にヴェロニカのおかげで切り抜けられたってことを分かってる分、気分としては複雑。
そんなことより、今こんなところに呼ばれていることのほうが重要だ。
「ああ、すまない。そんな実力を持っている君に、やって欲しいことがあってね」
「やって欲しいこと・・・?」
「ああ、君」
解体カウンターにいたお姉さんも同席していて、何枚かの書類を俺たちに差し出して、
「拝見します」
俺の代わりに、何故かマーベルさんが受け取っていた。
「・・・これは?」
「この辺りで生息している強力なモンスターはランドリザードだけじゃなくてね。そのポイズンスパイダーも該当する」
「・・・えええ?」
マーベルさんが眺めている書類に、クモっぽい生物の絵が描かれていた。
「ランドリザードは巨体で硬く、獰猛だっていうことで手強いんだが、ポイズンスパイダーはその点は楽だが、とにかく数がいて、毒を吐く。これがなかなか強敵でね。我々メリコ領も手を焼いているんだ」
文字通りの存在か・・・
そのことはまあ、そういうもんなんだろうとは思うが、気になるのはそこじゃなくて、
「それを何で俺たちに?」
それこそ、民間の俺たちじゃなく、政府直轄の精鋭とやらにやらせればいいだけの話のはず。
「そうしたいのは山々なんだが、政府も何かと忙しくて、地方にまで手が回らんというのが現状なんだ」
「詳しい事情をお伺いしても?」
「ああ、依頼させてもらう以上、君たちにも知る権利はある」
案外、話せるおじ様だな。
俺の勝手のイメージだが、こういう無茶苦茶な依頼をしてくる上の人間って、お前らが知る必要はないからとっとと行けって言うタイプが多いもんだと思っていた。
「君、お茶とお菓子をキリヤ殿たちに」
「はい。少々お待ちを」
「わたしにはミルクを頼むよ、君ィ」
お姉さんが退室していった。
果たして、ヴェロニカにミルクを持ってきてくれるのだろうか・・・とまあ、それはどうでもいい。
「政府は今、大規模なモンスター討伐の作戦を実行中なんだ」
「大規模な討伐作戦・・・?」
ボーマンは小さく頷き、
「大規模と言っても、大量のモンスターを掃討するとかではなくてな。大人数で掛からなければ倒すのが難しいモンスター・・・君が倒したランドリザードもそれに該当する」
「確かにあれは・・・」
三人掛かりでやっと一頭・・・確かに難しい相手ではある。
「他にもいるんだが、メリコと首都、隣の町辺りに生息しているモンスターの個体数が多くなってきてね。それらの数を減らすことに人員を割いている」
「だったら、そのクモも一緒にやってもらったらいいじゃないですか。手間は一緒でしょ?」
「それがそういうわけにもいかなくてな・・・」
「お待たせしました」
お姉さんがお茶とお菓子を持って戻ってきた。
俺とマーベルさんの前にコーヒーと、クッキーと思われるお菓子を置いてくれて、
「・・・わたしには何も無し、か」
ヴェロニカは静かに文句を垂れた。
「依頼したいポイズンスパイダーはメリコと、隣町のニギとの間にある森に生息していてね。距離的に向かえないことはないんだが、大型肉食モンスターのほうが優先順位が高いと判断されているんだ。もちろん、私も政府に上申はしたんだが・・・」
「政府も脅威だってことは認識しているのでしょうか?」
「もちろんだが、直轄の部隊を送るほどではない・・・と判断されたよ」
優先順位の問題は分からなくもないんだが、
「ボーマンさんが気にする理由はありますよね?」
政府はたぶん、被害が相当大きいほうを優先している。地方の細々したところまで手を広げると、それだけお金が掛かる。
それを避けたい狙いもあるんだろうが・・・
「メリコとニギも、同じボルドウィン領の町だ。政治としての繋がりも当然だが、商売のやり取りもそれなりにあるんだ。最近はポイズンスパイダーの個体数が増えたことで、行商たちが襲われた報告も増えてきている」
「さすがに放置もできない・・・ってことか」
「そういうことだ」
被害が出ているなら、そりゃあ目を瞑ることはできないよな。
「・・・でもまあ」
目を瞑ることはできないのは分かるが、
「俺たちには関係ない話だな」
バッサリ、お断りさせてもらう。
「し、しかし・・・」
「あなた、そんなあっさりと断らなくても」
「そりゃあ、気の毒だってのは分かるけど」
淹れてもらったコーヒーを少し飲み、
「俺たちは傭兵でも何でもないんだ。ただのその辺にいる連中と変わらん」
政府から何かしらしてもらっているならまだしも、そんなこともない。パスポートの発行とかは別問題な。
「そういうのは政府の仕事だ。俺たち下々が手を出す案件じゃない」
「だが、君は実際にランドリザードを倒し、この辺りの安全確保に手を貸してくれているじゃないか」
「結果的にそうなるけど、自分から進んでやったとか、政府に貸しでも作ってやろうかって思ってやったことじゃない」
トカゲと出くわしたのは完全に偶然。倒したのも、やらなきゃやられるってだけ。
そこに政治的な・・・というか、必要以上の目的なんかない。
「そりゃあ、評価してくれるのはありがたいけど、トカゲの件は運が良かっただけだ。次も上手くいくかなんて分からない。ポイズンスパイダーにやられてそのまま死ぬことだってある。寧ろ、そっちの確率のほうが高いだろ」
実績は確かにあるが、俺はそれに自惚れるほど馬鹿じゃない。
「大体、ボーマンさんなら分かるだろ?俺は転移者だよ、あんたたちが言うところの。別世界の人間だ」
「そうだったな・・・」
パスポートを見れば、それくらいの情報は読めるだろうと思って言ったが、やっぱり分かるらしい。
それにしてはヴェロニカとマーベルさんに対して何も突っ込んできてないが、それはまた別問題か。
「俺がいた世界はこういう世界観のところじゃなくてね。モンスターだっていることはいるが、大抵それ相応の技術を持った連中が相手にするんだよ。いくら強いからって、俺みたいな一般人をかり出すなんてことはしない」
「だが、君は戦って勝ったわけだろう」
「さっきも言ったけど、結果論だよ、そりゃあ」
やらなきゃやられるなら、やるだろう。
逃げられるなら戦わずに逃げたけど、それすらできないのなら、腹をくくるくらいはする。それなりに覚悟があるやつなら。
「あのトカゲは運が良かっただけだ。トカゲを倒せたからクモもいけるとか、次も上手くいくなんて考えは甘いよ」
戦闘系のスキル・・・技って言えばいいのか、それをまだ一つも習得していない。
鞭自体はある程度狙い通りに操れるようにはなったが、モンスター相手に戦う機会があるのかどうかと考えた時、そこまで多くないだろうという結論に至った。
だが、トカゲの一件を忘れちゃいない。
これから旅を続ける上で、モンスターとの接触は避けられない。最低限、攻撃するスキルは得ておく必要はある。
そのスキルをどうするか・・・というのを悩んでいて、今のところ習得していないというのが現状だ。
「俺はその辺にいる一般人と一緒で、戦うのが得意なわけじゃない。こっちに来て最低限必要だなってことで、最低限の備えをしているってだけだ。そんな奴にそういう仕事を頼むもんじゃないよ」
「まあ・・・そういうことのために、協会で広く戦闘職を募集していますものね」
所謂、クエスト・・・っていう形で、一般に戦闘要員を募集している。
集団移動で世話になったリーダーとの話で出た、護衛を雇う件。あれもこれに当てはまる。
「実はそれなりに前から討伐依頼を出してはいるんだが、名乗りを上げる者がいない状態が続いているんだ。それほどにポイズンスパイダーは厄介だという認識なんだよ」
世間一般も、そのクモは強いっていう感じなのか・・・
だとしたら余計に行くのは嫌だ!
「・・・仮にそれをお受けするとして」
「え、ちょ」
マーベルさんが突然、
「報酬を上げてもらうことはできますか?」
話を進めようとしてる・・・
「街の税金から出ている分だから、それ以上は難しいんだが・・・」
「いやいや、断ろうとしてるのに、なんで話を進めようとしてんの?」
たまらず止めに掛かるが、
「報酬は割と良いので、つい」
「あのねぇ、金額が良ければ何でもいいみたいな思考はやめたほうがいいですって」
「そういうわけではありませんが、一応、お金が絡むお話でしょう?確認してみてもいいではないですか」
そういうのをやめろって言ってるんだけど?
「あー、ポイズンスパイダー二十匹討伐で十四万フォドルかぁ。確かに金額はいいねぇ」
一匹あたり七千フォドル?
確かにそう言われるとうまい。
うまい、が・・・
「ダメったらダメ!」
ここで受けたら負けな気がする。お金に負けた奴みたいな感じになる!
「えーっ、ポイズンスパイダーを焼きに行こうよー」
「こういった昆虫系モンスターの討伐にしては、相当良いほうですよ?素材もなかなか良い額で売れますし・・・」
赤ん坊のほうはまるで焼肉行こうよーみたいなノリだし、商人に関しちゃ商売する気全開。
こいつらといたら命がいくつあっても足りんな・・・
「ううん・・・よし、分かった」
「は?何が?」
「もし引き受けてくれるなら、もろもろに掛かる費用の世話をしよう!それでどうだ?」
何が何でもやらせようとするな、このオヤジ・・・!
「単純に報酬アップで構いませんが?」
「すまないが、そこは税金だから無理だ。協会の体裁の問題もある」
「その掛かる費用というのは具体的に?」
「移動の足、必要な装備品、応急用の医薬品でどうだろう?」
「いいでしょう」
うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉい!!勝手に決めてんじゃねぇよ!!
「契約書はこちらで?」
「うむ」
「ちょいちょいちょい!!」
サインしようとしているマーベルさんの手を、思いっきり掴んで止めるが、
「好条件ですよ、あなた。しばらく分の生活費になります」
「俺たちが旅してる理由は金儲けじゃないから!」
その辺りの説明はしてるはずなのに!
「まあまあ、キリさん。旅をするにも資金は必要だし、乗ってもいいんじゃないかなぁ?」
「相手も分かってますし、準備をするための資金は協会持ち。普通のクエストではありえません」
「細かく言えば、俺とニギの協会支部長と各町長のポケットマネーだが」
「出所が変わっただけで、提供していただける事実は変わりません」
こいつら・・・好き勝手言いやがる。
っていうか、マーベルさんの力が凄すぎる・・・!
俺も思いっきり掴んでるはずなんだが、ビクともしない!
「あ、あの、お姉さん?俺の名前を別の誰かがサインしたら無効ですよね?」
受付のお姉さんに助けを求めてみると、
「そうですね・・・ご本人のサインでなければ、何かあった際に問題になる可能性があるので、代筆はやめていただけると・・・」
「ほら来た!ちょっと書く手を止め―――」
「キリさん」
書類を書く手を止めさせようとする俺を、ヴェロニカが止める。
・・・手をこっちに向けていた。
「おい・・・」
こいつ、まさか俺まで脅すとは・・・!
「面白そうだし、お金も入るし、行ってみようよ」
そんな遊びに行くみたいなテンションで言うもんじゃないはずなんだが?
「頼りにしてくれている方に申し訳ないですし、やってみましょう、あなた」
この人・・・嫁役に慣れてきたな?
全く、しょうもないことを学習しやがって・・・!
「・・・はぁ・・・ったく、しょうがねぇなぁ・・・」
モンスターと戦うのが嫌だし、流れに負けるのも嫌なんだが、ヴェロニカがいつでも撃てる状態になってるのが一番嫌だ。
これはやるしかない、か・・・
渡してくれたペンを取って、マーベルさんのサインの下に俺の名前を適当にさらさらっと・・・
「助かるよ、キリヤ殿、マーベル殿!」
「本当にお礼を言うべきはわたしだよ?ボーマンくん」
ボーマンが喜んでくれているのがせめてもの救い・・・ということにしておこう。
つか、本当にヴェロニカのおかげだぞ、ボーマン。
ヴェロニカが手を向けてさえなければ、マーベルさんをここに残して立ち去るところだ。
・・・いや、最初から放って帰っておくべきだったか。
そもそも、この人と俺たちは一時的に協力関係になっていただけで、これを機に関係を切っても問題ないわけだし・・・
いかん。判断を誤った・・・
「それじゃあ、詳しい内容を説明する。時間は大丈夫かな?」
「問題ありません。あ、ついでに宿の手配と、この子が食べられそうなお菓子をいただけるとありがたいのですが」
「ああ、そうだな。手配しよう」
話がトントン拍子で進んでいく・・・
何でこんなことになるんだと、俺は進んでいく話を他所に、コーヒーを飲んで脱力する。
・・・ヴェロニカはともかく、マーベルさんとは早いとこお別れしたほうが良さそうだな・・・
命がいくつあっても足りないわ、これじゃあ・・・




