15
メリコへの旅を再開した。
リーダー曰く、時間が相当押しているとのことで、どうしても早く移動したいらしい。
他の行商たちも時間を気にしている面々が多いらしい。
マーベルさんはそこまで気にしちゃいないようだったが、移動の要望を出している人が多いってことで、移動することとなった。
問題になったのは護衛のほう。
ランドリザード二頭との戦いで負傷したトールとジャン。
ヒーラーが頑張って治療しているらしいが、ジャンはともかく、トールは時間が掛かるらしく、一日や二日で回復するもんじゃないらしい。
二人は置いていく・・・ということになった。
出発の朝、二人の顔を見に宿舎に寄ってみると、
「悪いな。最後まで付いて行ってやれなくて」
「カッコ悪いったらねぇぜ」
ジャンは足に違和感があるらしいが、普通の生活はできるまで回復していた。
トールはベッドで安静にしないといけないらしいが、相変わらず口だけは元気。
「ま・・・その様子だと大丈夫そうだな」
俺も一安心した、と言ったところだ。
「俺たちはしばらく残る」
「今度会う時までに回復して、モンスターを狩りまくって強くなってるからよ。また会おうぜ」
「・・・そうだな。また会おう」
二人と別れて、リーダーが準備を済ませていた荷車に乗り込み、オアシスを発った。
正直、実力は微妙だったが・・・二人の感じは嫌いじゃなかった。
口が達者なトールと、寡黙なジャン。正反対の二人だが、やり取りは上手くできていたようだし、そんな二人とのやり取りにストレスを感じていたわけじゃない。話もそうだが、特に戦闘でやり取りに困ることが無かったことは大きいところだろう。
俺の性格的に、無理な人間とはとことん付き合えない。その点、あの二人とは自然と上手くやれていたんじゃないだろうか。
たぶん、相性がいいとか、そういうことなんだろうな・・・と思う。
で、移動中の俺はというと、見張りと休憩を適度に繰り返していた。
一晩、宿舎で死んだように眠った。
歩くのもしんどいくらい疲れたのが初めてだったのもあるが、戦闘の疲れは想像以上だったらしい。
ヴェロニカがトイレのために必死に呼びかけていたのも俺は気付かず、マーベルさんを呼ぶこともしたらしいが、ドアにカギを掛けていたために入れることもできず。
最終的に顔を叩かれて起きて、なんとか間に合ったんだが・・・それくらいの疲れだったってことだ。
だが、一晩くらいでは疲れが残っているらしく、やることがほぼ無い荷車では眠くなる。
だったら寝ればいいじゃない・・・ってなるんだが、できない理由が発生している。
護衛がいない。
トールとジャンが抜けたから、護衛がいなくなった。
オアシスで別の護衛を雇うことができたらよかったんだが、その時は雇用待ちの戦闘職がいなかった。
リーダーが他の集団に掛け合って、護衛を分けてもらえるように頼んだらしいが、ランドリザードの件が相当影響していて、分けてもらうことができなかったらしい。
しかも、護衛の連中も相当ビビッていたらしく、どっちかっていうとそっちのほうの影響が大きいんじゃないか・・・と俺は思った。
それだけ、ランドリザードってのがヤバい存在だったってことだな・・・
ということで、俺は疲れを抜くために休憩もできず、眠い目こすって見張りをがんばっているわけだ。
まあ、悪いことばかりじゃない。
見張りということじゃなく、護衛役として給料を払うと言われた。
一応、戦闘職寄りのジョブなわけだし、できないことはない。これは余計な評価だが、ランドリザードを倒せる実力があるっていうのも一枚噛んでしまった。
実質、戦えるのが俺しかない・・・ってことで、日当二千フォドルだった見張りの仕事が、一気に五万フォドルに割り増しにするという好条件になった。これが決め手になって、今日もがんばって見張っているわけだ。
「一気に資金が増えたねぇ」
本日一件目のオアシスに立ち寄り、休憩のために宿舎に寄った。
どういうわけか空調が効いているし、風呂も入れるし、飯も食えて正にオアシス。ありがてぇ。
「日当二千フォドルが五万ってのは大きいなぁ」
最悪、戦わないといけないわけだし、もっと寄こせって気持ちもあるが、あまり無茶も言っていられない。
マーベルさんも報酬の交渉に加わっていたんだが、曰く、五万は民間の護衛では破格の額らしく、出してくれる行商も少ないとのこと。
だったらそれでもいいか・・・ってことで了承したんだが、それだけ有事の際のハードルが上がるってことを忘れちゃいけない。
「それで、ちょっと聞いておきたいことがあるんだけど」
俺はパスポートを取り出して、
「これってどういう仕組みになってんの?」
確認したいのは、パスポートのとある機能のことだ。
「どういうとは・・・?」
「モンスターの死体を格納する機能のことだよ」
俺のパスポートには、討伐したランドリザードの死体と、回収できる分の部位が格納されている。
ランドリザードを一頭倒した時に、マーベルさんが回収して・・・なんてことを言っていた。
俺はこれが何のことだか分からず、二頭目が襲って来たことで、そのまま戦闘に突入。
戦闘を終わらせた後、ヴェロニカとマーベルさんの言うとおりにパスポートを操作したら、まるで転送されたように現場に死体が無くなった・・・
これが一体どういう機能なのか。それは知っておくべきだろう。
「それはやっつけたモンスターを回収する機能で、操作は昨日教えたとおり」
使い方はかなり簡単。
パスポートの回収機能を選んで、倒したモンスターに向けて、回収をタップ。
そうすれば、パスポートの裏面から細い光線が出てくる。それが死体に当たって少しすると、まるでヴェロニカやマーベルさんが使う転送みたいに現場から消える・・・っていう流れだ。
「そういうのは分かるんだけどなぁ・・・」
相変わらずスマホと操作が一緒。対象が違うだけで、QRコードを読み込む操作とほぼ変わらない。
その点はいいんだが、俺が尋ねたいのはそこじゃあない。
「俺が知りたいのは、どういう仕組みであんなでかいトカゲを、このカード一枚に収められるのかってことよ」
高々トレーディングカードくらいの大きさのパスポートに、あんなでかいモンスターが収まるわけがない。
まあ、転送されたような形だったことを踏まえれば、そういう構造で、どこかに保管場所みたいなのがあるってのは分かるんだが。
「うーん・・・それはなかなか、回答に難しい質問ですね」
マーベルさんは回答に困っているようだったが、
「キリ、パスポートを発行した時、わたしたちは知らないまま使っているっていう話をしたよね?」
ヴェロニカに頷いて返すと、
「あれも知らないまま使っているものなんだよ」
「・・・まあ、予想はできたけど」
「どうやらそういう機能らしいっていうのは、使っていくうちに分かってきたことでね。便利だから使っているんだ」
「モンスター・・・特に肉食のものは非常に厄介ですが、その分、人にとっても旨味があるんです」
例えば、とマーベルさんは一度手を叩いて、とある物を転送で取り出した。
「こいつは?」
何かの皮でできた財布っぽいが・・・
「これはガスパイソンという爬虫類系のモンスターからはぎ取った皮で作られたお財布でして、とても高く売れる商品なんです」
「おいくらで?」
「六万フォドルです」
「ろくっ!?」
六万てか!
俺が二日見張ってようやっと買えるのか、これ・・・
「ガスパイソンは有毒性の高いガスを吐き出すモンスターで、討伐に手間が掛かることで有名なんですが、とても綺麗な発色の皮が採れるんです」
確かに、赤っぽいような、オレンジっぽいような、艶がある綺麗な色をしている。
値段は置いておくとして、綺麗な物ってことは分かるし、単純に物欲は出る。
「特に豪商、貴族のような方々に人気でして」
そりゃあ、財布に六万はなかなか出せないよなぁ。成人して稼ぐようになったら、それくらいは買うかもしれないが・・・
まあ、俺の価値観はともかく、
「じゃあ、あのランドリザードも?」
「ええ。討伐したモンスターは生活者協会に持っていけば解体してもらえます」
また出た。生活者協会。
あいつら、マジで色々やってんな。
「結構細かくしてくれるみたいでね。お肉、骨、皮、牙、歯、鱗みたいに、細部に分けて解体してくれるんだよ」
「解体後の素材は討伐した方へお渡しする形になりまして、食べられる食材であれば食べるなり、素材として売却したりと様々です。私も素材を買い取ったりしていますよ」
協会で解体してもらった後は、討伐したヤツの自由か。
「素材にもよりますが、装備に使われたりすることもありますね。先ほどお話したガスパイソンなら、牙を矢じりにして、刺さった相手を毒にする矢にすることもできます。皮は装飾品だったり、服にしたりして対毒性を上げることもできますよ」
素材によっては武器にもできるし、装備品にもできる・・・
高値で買い取ってもらえるなら、こういう冒険者稼業だと旨味があるな。
「あのランドリザードも高価買取できるの?」
「それはもう、高く売れますよ。鱗は硬くて頑丈。皮も伸縮性が良いですから、衣類にも使われます。爪や牙は武器にも使われますし、骨は建材や荷車の補強にも。お肉もおいしい」
あの肉、うまいのかぁ・・・
まあ、カエルとか蛇もうまいって話だし、可能性はあるだろうけど。
「捨てるところがあまりないこともありますし、特に討伐が難しいことから、ノーラだけでなく、他の大陸に出しても相当高く売れる素材です。正直、ノマドの協会で解体が終わったら、私に卸していただきたいくらいです」
そこはさすが商売人。抜け目がないな。
「ということで、回収したらって話をしたわけだよ」
三メートルオーバーのトカゲを回収する・・・あの状況で言われたら驚きもするし、理解できなくても仕方がない。
ただ、その意味さえ分かればしないと損。
よく言ってくれたもんだわ。
「ただし、この機能にも問題というか、弱点がありまして」
「・・・ほお」
「討伐したモンスターだけしか回収できないんだよ」
つまり、荷物とか道具は転送できないってことか。
「これもどういうわけかは分からないんだけどね」
「でしょうねぇ・・・」
たぶん、スキルの転送と被らないようになってるんだろうな。パスポートがあれば、転送スキルが必要無くなるし。
一方で気にはなるのが、何でパスポートとスキルを分別する必要があったのかってことだ。
スキルポイントも無限じゃないし、そういう機能が便利だってなら、全員が使えたほうがいいはず。
まあ、誰も分からないものをいくら考えたって俺に分かるわけじゃないし、そういうことにしておくか。
「それで、もう一つ確認して欲しいことがあるんだ」
「ほう」
「パスポート出してごらん」
ヴェロニカに促されて、自分のパスポートをリグのポーチから取り出した。
「わたしに見せて」
「ああ、ほら」
ヴェロニカの前に持っていってやると、
「このリザルトが点滅してるでしょ?これを開けてみて」
言われてみると、確かに左端のほうに点滅しているアイコンがある。
剣が二振り、クロスしたアイコン。これがリザルトなのか。
試しに開けてみると、
「ランドリザードが二頭、討伐になってるでしょ?」
確かに、討伐の項目があって、そこにランドリザード×2と表示されている。
「これが討伐証明になっていて、これを協会に見せると経験値の手続きをしてくれて、レベルが上がるんだよ」
「・・・協会がやってくれるのか?」
「そう。じゃないと、誰でも簡単に勝手にレベルアップできるでしょ?それはズルじゃない」
そもそも、レベルが上がるとかいうのも初耳な気がするのは俺だけか?
いや、それはいいわ。置いておく。
協会に行くと、今まで得た経験値が反映されるようになっているのか。
言われてみると確かに、何かしら手続きがないと好き勝手されるっていう話は分からなくもない。
ゲームだとその場で経験値を得てその場でレベルアップ、みたいなことが大半だ。それこそ、仕組みが分からない。経験値を得たって言うが、その数値はどこの誰が決めて、どうやって与えられるものか分からないし、レベルが上がったってのも誰が教えてくれるのかも分からない。
キャラのパラメータがその場で上がるってのもおかしい話だよな。例えば体力が上がったとかだと、ランドリザードとの戦いが終わってヘロヘロの俺も、ちょっと体力が戻ったりするってこともあるはず。
それこそ、ワケが分からないシステムだよな。まだパスポートみたいに手元に見られる物があって、協会が手続きしてくれるんだって言われたほうが納得する。
「それでここが、攻撃を何回したかっていうことと、会心攻撃が何回出たかっていうこととか、モンスター討伐で出した実績の項目だよ」
そういう実績も出るのかよ・・・
「えー、なになに?」
攻撃回数、三十四回。
会心回数、三回。
急所攻撃、二回。
ノーダメージボーナス、止めボーナス、弱点攻撃ボーナス、指揮ボーナス・・・
「・・・このボーナスってのは?」
「二頭のランドリザードで出した功績って言えばいいかな?そういうことだね」
「ボーナスは経験値に追加の補正が入ります。どれくらいかは分かりませんが、出せば出すほど、多く経験値をいただけるということは間違いありません」
単純に討伐だけじゃなく、討伐するためにどれだけの攻撃をして、どれだけ活躍したかっていう実績か。その実績に応じて経験値の加算が入る、と。
なるほど・・・そういう風に経験値が決まっていくのか。どれくらいの計算がされているのかが気になるが、要は活躍すればするほど良い経験値が手に入るってことだ。
まさに異世界・・・いや、ここまでくるとゲームだな、こりゃ。
「じゃあ、ヴェロニカのも更新されてるのか?」
「一頭はわたしが倒したし、実績は残っているはずだよ」
気になるから見てみるか。
ヴェロニカのパスポートを抜いて、リザルトアイコンをタップ。
表示された内容を見て、
「・・・ああ・・・」
ランドリザード討伐。
攻撃回数、三回。
会心攻撃、三回。
急所攻撃、一回。
ノーダメージボーナス、オーバーキルボーナス、弱点攻撃ボーナス、止めボーナス、最少攻撃ボーナス、遠距離攻撃徹底ボーナス、援護ボーナス・・・
「とんでもない実績ですな・・・」
ボーナスがやたら付いてる。どうやったらこんな風になるんだよ・・・
などと思いながら、下にスクロールできることに気付いて、なんとなく表示をずらしてみると、
アングリーベア撃退。
攻撃回数、二回。
会心攻撃、二回。
急所攻撃、一回。
ノーダメージボーナス、弱点攻撃ボーナス、最少攻撃ボーナス、遠距離攻撃徹底ボーナス。
バグジシ六頭討伐。
攻撃回数、十五回。
会心攻撃、八回。
急所攻撃、十回。
ノーダメージボーナス、オーバーキルボーナス、弱点攻撃ボーナス、単独撃破ボーナス、止めボーナス、遠距離攻撃徹底ボーナス・・・
「・・・うん。すごいな。ヴェロニカさん」
他にもグランドコブラだとかフォレストスパイダーだとか、ヤバそうなモンスターの名前と実績がこれでもかってくらい出てくる。
見なきゃよかったわ。
「まあ、わたしだからねぇ」
そうですね。ハイ。すごいわ、あなた。
「協会に報告すれば、どれだけの経験値を得られるのでしょうね?」
その数値も恐ろしいことになりそうだが、
「ああ、わたしの分は協会に出さなくていいよ」
「何でです?」
「別に困ってないし、混乱をまねきそうだしねぇ」
そりゃあ・・・これを見て驚かない奴はいないだろうよ。
「というより、パスポートが無くても実績は残るんだな」
てっきり、リザルトはパスポートを得てからだと思ってたんだが、そうじゃないらしい。
「一応、モンスターは討伐されてるわけだし、そうなんだろうねぇ。キリが事前にある程度のスキルを得ていたのと一緒かもしれないよ」
そう考えたら自然か。
この辺りのシステムが分からないから、深く追究しても仕方がないんだが。
「もう一個気になるんだけど、これってモンスター討伐だけでしか経験値って入らないのか?マーベルさんみたいな商人は?」
俺たちはモンスター討伐で経験値が手に入るみたいだからいいとしても、戦闘系ジョブ以外の人たちはずっとレベル1のままか?
「いえ、商人だけでなく、非戦闘ジョブはそれに応じた実績が積まれるようになっていますよ」
例えば、とマーベルさんは自分のパスポートを見せてくれた。
「・・・なるほど」
いつぐらいからの実績かは分からないが、取引した案件が記録されている。
見覚えがあるのは、ボルドウィン城に入るために一緒に入ってもらった際の商売と、俺から巻き上げた千フォドル・・・他にもちらほら値段交渉したようだ。
実際に取引できた実績が経験値になるわけだな。
となると、農家だと採れた野菜の数と質で経験値を得るんだろうか。
それはそれで分かりやすくていいな。
「キリだって、他のことで経験値を得ているはずだよ。マーベルさんと交渉していた件も、廃工場から逃げることも反映されているはず」
戦闘職と非戦闘職っていう区別だけじゃなく、生活の些細なことも記録されているのか。
廃工場から逃げることが些細なことってわけじゃないけど。
「でもまあ」
パスポートをヴェロニカに渡して、地面に寝転がる。
「・・・分からないことだらけだな」
パスポートのことも、経験値のことも、スキルのことも、色々。
ヴェロニカの出生のこともそうだが、分からないの質が違う。
「キリが言うことも分かるけど、こればっかりは割り切るしかないねぇ」
「ですなぁ」
とりあえず、そういう便利なことができるってくらいの認識でいる。これは変わらない。
それでも、この世界の常識をもっと覚えておく必要はあるな。
「メリコに着いたら、まずは協会に行ってみようよ。ランドリザードのこともあるし、経験値も見てみたいよね」
「解体後はぜひ私にご相談を」
「アー、ハイハイ、ソーデスネェ」
好奇心と商魂の塊と旅をするのも、何かしらの経験値になってくれないかなぁ。




