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ランドリザードは強敵だった。
ぶっちゃけ、異世界のモンスターをなめていた。
日本でも熊が出て人を襲うとか、イノシシが飛び出してきて撥ねられたとか、そういう話はよく聞く。
ただ、そういう状況は不意打ちに近い形で遭遇して、しかも被害者側の人間は丸腰・・・ってのがほとんどじゃないだろうか。
狩猟の知識が無い、遭遇することを想定していないから大変なことになっていると思っている。
猟師は猟犬を引き連れている場合もあるし、猟銃を携帯して狩りに挑んでいるわけだから、備えはきっちりしている。だからこそ危険な野生動物に対処できるわけだが、一般人は犬は連れて行けても、銃までは所持できない。
被害も山だけじゃなく、市街地にも広がってきている。
これは山や森の開発が進められて、元いた動物たちが住処を追われてしまった・・・これが大きいだろう。
食べ物もどんどん少なくなっているし、市街地に行けば残飯が手に入るケースがある。そういう風に一度学習してしまえば、そりゃあ下りてくるのが普通。
人が快適さ、便利さ、利益を求めて開発を進めていくほど、野生動物たちが追いやられて、丸腰の人間とエンカウントしてしまって、被害を生み出していく。
最終的に遭遇した動物は、最悪の場合殺処分されてしまうこともあるだろう。人間は自分の身を守るために当然のことししたと思うかもしれないが、動物からすればたまったものじゃない。
動物もある意味被害者だと言える。
少し話は逸れたが、そういう意味だと、俺たちは丸腰じゃない。
鞭とナイフがあって、同行している剣士二人は剣を持っている。
最低限戦える状態ではあった。
あったが、現実は甘くはなかった。
ランドリザードが強すぎた。
固い鱗で頭から尻尾まで覆って防御力を高め、体格を活かした体当たりとのしかかり攻撃は重量級。
爪は鋭いから、下手に引っ掻かれたら肉を抉られることは確実だし、四つ足での立ち回りも上手くて小回りが利く。
弱点は起き上がった時に見える、皮膚が薄い個所。それから剥き出しになっている目や口への攻撃のみ。
そんなもん、物語やゲームで言うところの駆け出し冒険者レベルの俺たちで歯が立つわけがない。
まあ、その点に関しちゃあ、トールとジャンの実力が想定より圧倒的に低かった・・・ってのもあるんだが、それにしても無理ゲーが過ぎる。
あれはちょっとやそっと鍛えたり技を覚えたり、装備を揃えたりしたくらいでは勝てん。
何度も自分に言い聞かせてきたつもりだったが、まだまだゲーム感覚が抜けない。
認識に関しても同様で、始まりの町から出て少しくらいの範囲で出るモンスターなら、大したヤツが出てこないと思い込んでいた。
それこそ、紫色のネズミとか、悪巧みしてそうな表情の犬だとか、そういうくらいのもんだと高を括っていた。
肉食モンスターが出るって聞いてビビッていたくせに、そんなに遭遇することもないし、ビビッて損したなぁと思っていた。
だが、蓋を開けたらどうだ。いきなりの大物だった。
自然が生み出す存在が、どこでどう住むのかなんて設定できない。どこでどう生きるかなんて、俺たちも例外じゃないが、モンスターだって自由。
森でエンカウントすることもあれば、人が多く行き交うような場所の場合もある。
それこそ、食べ物を求めて市街地に出る動物と一緒だろう。
実際にここで生きている・・・ここで生活している。
人も動物も生きている。
人はある程度の常識とルールで統制できているとしても、野生にそんなものは関係ない。
あんなオオトカゲが猛威を振るう環境がラヴィリアであるってことを、俺は未だに理解していなかった。
―――四件目のオアシスに到着してしばらく経過した。
ランドリザードを二頭倒した俺たちは、色々回収して、ボロボロのトールを支えながら歩き、途中で待機していたリーダーたちと合流した。
ドードたちの回復を待っていて、回復出来次第、オアシスまで走って戦闘職を引き連れて戻って来るつもりだったらしいが、俺たちのほうが早かったようだ。
俺たちの状態を見てリーダーは焦ったらしいが、三人それぞれ生きていたわけで、一応は安心したらしい。トールを荷車に乗せて少しして、オアシスへ移動を進めてくれた。
ドードたちの体調上、歩きになってしまったものの、立ち止まっているよりはいい。そういうことで、想定より随分と遅くなったが、オアシスに到着することはできた。
オアシスに着くなり、リーダーは荷車を飛び出して宿舎へ走って行き、ヒーラーを連れ出してきて、トールとジャンの治療を依頼。
荷車から降ろされたトールと、自力で下りたジャンの治療を始めた。
どうやら、トールは骨折している箇所が多く、内臓へのダメージも見受けられる、所謂重症。ジャンは骨折こそなかったものの、トカゲにプレスされたことで全身にダメージが見受けられたようで、こっちは軽症と言えるくらいか。
どっちにしても、とりあえず命は助かったってわけだ。
俺は特別ダメージを受けちゃいないが、歩くのもしんどいくらいフラフラになっていて、極度の緊張と脱水症状の可能性があるから水分を取って様子を見てくれと言われた。
とりあえず、血まみれになった衣類と装備を宿舎で洗濯に出して、ヴェロニカをマーベルさんに預けて風呂に入った後、宿舎で売られていた冷えた甘い果物と思われるジュースを買って飲んだ。
ジュースがうまかったってのもあるが、命のやり取りをした後のこの脱力感は言葉にできない何かがあった・・・
「・・・で、いつからこうしてんの?」
宿舎で寝間着を借りられたから、それを着て一旦外に出ると、遠くで焚火をしながら、地面に座ってくるろいでいるヴェロニカとマーベルさんを見つけた。
側に向かうと、ヴェロニカはマーベルさんに両手を向けていて、マーベルさんはそんなヴェロニカを抱えていることが分かった。
この感じは・・・
妙な真似したらいつでもぶっ放してやるぜっていうヴェロニカに対し、マーベルさんはいつ攻撃されるか分からないから逃げたいが、預かっている以上放っておくわけにもいかないっていう板挟み・・・って感じか。
まさに、額に銃口を突き付けられたってヤツだな。
よく分かったろ?うちの赤ん坊、拳銃どころか大砲・・・いや、下手をすればミサイルなんだぜ?
「・・・はぁ」
俺が風呂に入って一服してる間も、ずっとこの状態だったのか?
マーベルさんも相当ヤバそうな顔をしている。もう引きつって、顔面の筋肉がおかしくなってるんじゃないかって思うくらい。
これ以上は可哀想なので、
「はい、どうも」
ヴェロニカを回収して、焚火の管理ができるくらいの位置に座った。
「・・・はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ・・・」
とんでもない緊張感だったろうなぁ。今の息一つで分かる。
なんせ、三人がかりで一頭倒すのがやっとのランドリザードを、魔法三発で爆散させる赤ん坊だ。
ただでさえ信じられない存在なのに、そいつが手をずっと自分に向けてくるんだ。しかも、逃げられない超至近距離で。
俺はヴェロニカの存在を知っているから心構えはできても、知らない人は震えるだろうなぁ。
分かるよぉ。分かる。
「まあ、これでもどうぞ」
宿舎で買ってきたジュースを渡すと、
「・・・ありがとうございます」
疲れ切ったのが嫌でも分かるような小さな声でお礼を言って、ジュースを受け取った。
瓶の蓋を開けて、
「んぐっ、んぐっ、んはぁぁぁぁっ」
ジュースを一気飲み・・・まるで酒だよ、そのリアクションは。
「落ち着きました?」
とりあえず様子を伺うが、
「・・・あの、その子の手を他所へ向けていただけるとありがたいのですが・・・」
「・・・おい」
マーベルさんから返してもらった後も、ヴェロニカは両手でしっかりロックオンし続けていた。
「これ、もうやめなさい。お前もいい加減疲れただろ」
「えーっ、まだ安心できないでしょ」
「・・・何の安心を求めてるんだ?」
とりあえず、ミルクでも作りますか。
荷物からポットを取り出して、汲んできた井戸水を移し、焚火に入れる。
「とりあえず・・・もう黙っちゃいられないんで、俺たちのことを教えましょうか。気になるでしょ?」
あれだけ大立ち回りしちゃってるし、魔法の発生源が俺たちから離れていたならまだしも、マーベルさんの手元だったわけだし、隠しきれない。
記憶を消すようなスキルとか魔法があればそれで済むんだが、そういうのも無いようなので・・・
「それはまあ・・・はい」
本人も気にはなっているらしい。それはまあ、当然かもしれないが。
「ただ、聞いたら戻れませんよ。黙っていてもらわないと困りますし」
活動しにくくなるのが困る。少なくとも、メリコに着くまでは同行することになるし、リーダーを含めた他の行商たちの目もある。
「言いふらすならそれでもいいけれど」
ヴェロニカがまた両手をマーベルさんに向けた。
思わず、マーベルさんがビクつく。
「その時はわたしの魔法が炸裂するから、そのつもりでね」
雰囲気で分かる。
こいつ・・・本気でぶっ放す気だ。
「う・・・はい・・・」
マーベルさんも気迫に負けて了承しちゃってるし。
・・・というより、
「ヴェロニカ、マーベルさんにも声が聞こえるようにしてるのか」
マーベルさんにも声が聞こえているようだった。
「ん、まあね。もう隠す必要もないし、ランドリザードに魔法を撃つ時に、攻撃に集中し過ぎてテレパシーの分配を少し間違えたみたいでね。ちょっと前から隠してないんだよ。そっちのほうが都合がいいしね」
都合がいいってのは、脅すのにちょうどいいってことだな・・・?
とんでもねぇな、この赤ん坊。
「・・・例えば、何かしでかしたら何を撃つつもりだったんだ?」
ちょっと乗っかってみるか。
ずっとついてこようとして交渉が続いていることも、何かとお金を要求されたこともある。ちょっとでも憂さ晴らしをば。
「そうだねぇ。えへへっ」
可愛い声で笑ったが、
「フレアバレットがいいかなぁって思ってたんだよ。一番得意だし、熱くて辛いだろうしねぇ」
言ってることは悪魔そのもの・・・
「え、いや、うふふ・・・遠慮、しておきますね・・・ふふふ」
脳裏に浮かんだんだろうか。あの特別でかかったトカゲを爆散させた、あの一発を。
かなりビビってるな、これは。
復讐・・・完了。
「で、それはそれだ」
話が進まないし、憂さ晴らしも済んだので、
「説明しましょうか」
*
「え、ちょっと待ってください?キリヤさんは転移者で、ヴェロニカさんが?え?」
マーベルさんに俺たちのことを細かく説明した。
まあ、細かくって言っても、そんなにいうほど大量の情報じゃあない。
日本で事故に巻き込まれてこっちに来て、気付いた先が南の森で、そこでヴェロニカに出会って、その出生の調査のために一緒に旅をしている・・・そんなに困るほどシンプルじゃない。
途中で必要最低限嘘をついたことに関しては、シンプルにヴェロニカの親を探していると訂正した。
マーベルさんが混乱する要素はほとんどないはずだが、あるとすれば、転移者の存在と、ヴェロニカ自身が特殊過ぎるってところくらいだろう。
「キリヤさんはこの世界の人ではなく?」
「まあ、そうですね」
「ヴェロニカさんは生まれてからずっと赤ちゃんのままで、森で一人?」
「そうだねぇ」
ううん、とマーベルさんは眉間にしわを寄せて、俯いて黙ってしまった。
頭の中で情報を整理しているんだろうが、無理もないかな・・・って感じか。
俺もそうだったが、一般的に赤ちゃんの姿のまま生き続けているなんて話、信じられない。
どうやら、こっちのヒト科の生物は、地球と同じようにお母さんのお腹で育って生まれて、日々成長していくらしい。
その点も特に差がないってことだ。
それが常識の世界では、ヴェロニカのような異端な存在は驚きでしかないし、常識からかけ離れたものだ。そりゃあ驚くだろうし、混乱の一つや二つすることもあるだろう。
混乱に拍車が掛かるのは、バカみたいな威力の魔法を撃てたり、テレパシーで歳相応のやり取りができたり、何よりも動物の補助を受けながら生きてこられたこと・・・この三点はかなり効いている。
脅されていたこともあるかもしれないが、そこそこ重たい件ではあるかもな。
一方の転移者の俺のことは、驚きはしているようだったが、ヴェロニカほどの衝撃は無さそうだった。
無いわけじゃないんだろうが、生活者協会がそんなに珍しくないと言っていただけに、多少は知識としてあるように感じる。
実際に接触するか否か・・・そこくらいか。
「・・・なるほど、粗方分かりました」
ミルクを作ってヴェロニカに飲ませられるくらいの温度になったくらいで、マーベルさんが顔を上げた。
さっきまで困ったというか難しいというか、何とも言えない表情だったんだが、少しすっきりした顔をしている。
「少し認識が間違っているかもしれませんから、落ち着いてからまた質問させていただくかもしれません」
真面目か!
「いや、まあ、そんなにしっかり理解してもらう必要はないんですけど・・・」
正直、俺も飲み込めてない内容もあるし、適当に済ませている部分もある。
これ以上詳しく尋ねられても困るってのが本音なんだが・・・
「お話していただいて、少し納得しました」
「え・・・?」
何か疑問に思うことがあったってのか?
「例えば、何に対してかな?」
「ほら、とりあえずお前は飲め」
ヴェロニカにミルクを飲ませながら、
「何かおかしいとか、思ってたんですか?」
「そうですね。少しだけありました」
例えば、とマーベルさんは話を切り出し始めて、
「田舎から上がってきたという話でしたが、詳しく場所を教えてくださらなかった点が一つ」
「・・・え?」
全く考えてもなかった疑問点だった。
「私は商売人です。各地を回ってその土地の特産品や名品を買い付けています。ですから、全てでないにしても、それなりに回っているつもりだったんですよ。例えば、地図に載っている街や村なんかは、大抵訪問したと思います」
マーベルさんの商売の方法はそういう感じ・・・と理解していたつもりだった。
だが、行動範囲が俺の想定を超えていたらしい。
「ノーラ大陸はほとんど回っているつもりだったんです。ですが、よっぽど小さい村や集落であれば、時間の関係で見送ったり、そもそも発見できずに見落としたりしていることもある。だからどんなところで、どんな物があるのかとお尋ねしましたが、詳しく教えていただけなかったでしょう?」
「そりゃあ、教えることがないからなぁ」
嘘を伝えているわけだから、そこまで詳しく伝えられない。
その点で困ったと思っていたわけだが、地元の良いところは何ですかって尋ねられて答えに困るってやつと同じように、何もないですよってことにしておいて、適当にやり過ごしていた。
そこまでガッツリ目を付けられるとは・・・
「もう一点は、キリヤさんの道具の知識が私たちの常識からかけ離れている点です」
「う、ううん・・・」
いかん。また俺の不手際か。
「私の知識が浅いのかも・・・と思いはしましたが、使い方がとても具体的で、機能的な物が多かったですね。例えば、分割できる金属製の棒とか、頑丈ですけど熱で溶けるロープとか」
・・・テントとかタープを立てるためのポールと、パラコードか・・・
最近のキャンプ道具だと、ポール類は大抵アルミ、中にはカーボンなんてのもあるが、大体はコンパクトに収納できるように分割できるようになっている。
パラコードに関しちゃ、色々応用も利くし、あったらいいなぁってくらいの気持ちだった。
なるほど・・・分割する道具とか、科学的な素材が使われている物ってのは、こっちじゃオーバーテクノロジーだったのか。
パラコードは分からんでもないが、分割できたり、折り畳みができる道具ってのがそれに当てはまるとは思わなかったな。
これは俺の認識の甘さか・・・
「最後に、ヴェロニカさんとのやり取りです」
「え?」
「は?」
俺たちは二人してマーベルさんに顔を向け、
「私たちから離れたところで、お話されていたでしょう?てっきり寝かしつけたり、あやしたりしているものだと思っていたのですが、それにしてはお話が具体的でした。トイレのタイミングも的確で、荷車の中でお漏らしすることはなかったでしょう」
そりゃあ、迷惑掛かるし、漏れた後の対処で時間が掛かるし、ここだけは最低限やっておかないとマズいと、漠然と思っていた。
「極めつけはランドリザードが見えた時のやり取りです」
「・・・ああ、周りに気にせずに会話しちゃったねぇ」
俺も周りの目を忘れて、普段通りに会話してしまった・・・
冷静でいるつもりだったけど、結構焦ってたんだなぁ・・・
「田舎の件や道具の件はそういうものかと思えても、赤ちゃんとのやり取りはどうしても不思議に思えますからね」
こりゃあ、また一つ課題が増えたなぁ。
緊急時でも上手くやり取りできるように訓練しないと。
今回はマーベルさんだけで済んでいるかもしれないが、今後はまた別の誰かにバレるかもしれない。
「・・・話のついでにお伺いしておきたいんですけど」
もう、行くとこまで行くしかないし、確認できそうなことはこの機会にしておくか。
「なんでしょう?」
「ここの世界でも、ヴェロニカみたいな子は珍しいんですか?」
「珍しいどころか、いるわけもないのではないでしょうか」
・・・やっぱり、そうなりますか。
「私は独身で子供もいませんし、友人や知り合いの中での話でしか分かりませんが、十八年経っても赤ちゃんの姿のままだとか、その姿で莫大なスキルポイントを持っていて、しかもいくつもレベルの高いスキルを得ているなんて、有り得ませんよ」
良かった・・・こっちの世界じゃあ、ヴェロニカみたいなのがゴロゴロいるもんだと思ったこともあったが、そうじゃないらしい。
「それに、生まれたてでたくさんのスキルを覚えている点も聞いたことがありません。というより、恐らく一流の黒魔術師顔負けの実力ですよ、ヴェロニカさんは」
「そりゃあ、わたしだからねぇ」
この赤ん坊・・・すぐ天狗になりやがる。
それはそれとして、存在もスキルのことも異端だってことは確定か。
「・・・ふぅん」
手掛かりにはならないけど、認識として固められた。
ヴェロニカ自身が異端だって言っていたが、それは本人が言うだけで実は当たり前なんじゃないかって思っていた。
ただ、マーベルさんが知る中でも異常なことだと分かれば、ヴェロニカの認識も間違っていないこともなる。
だから調査が進展するのか・・・ってところは話が別だけど。
「あと、俺みたいな転移者に会ったことってあります?」
もう一点気になるのはそこだ。
転移者は珍しくない・・・って話だが、それってどのくらいのレベルなのかが分からない。
半年に一件、生活者協会にやって来る。やって来ない奴もいる。
協会にたどり着く奴は珍しい。途中で野垂れ死にする奴が大半・・・
となれば、世間がどれくらいの認識を持っているのかを知りたい。
「私は何度か見かけたことはありますよ」
「おおっ」
珍しいモンでもないんだな。
「ただ・・・」
「・・・えっ?」
ただ、何?
「キリヤさんのように自由に生活できているわけではありませんよ」
「・・・どういうこと?」
自由かどうかは定かじゃないが、
「あくまでも私が確証を持った方々・・・という範囲ですが、大半はある程度の財産を有している方のところにいらっしゃいますね。例えば、豪商であったり、軍人の家系であったり。その辺りが多いでしょう。まれに農家や漁師の方のところにいらっしゃる方もいますが」
豪商、軍人の関係者、か。
確かにそれなりの財力はありそうだな。
「まれな場合を除いた、大半の場合・・・拾われた後、その方のお屋敷で働いていると思います」
屋敷で雇ってもらってるだと?
イイ条件じゃないか。衣食住揃ってるだろうし、俺よりずっとイイ生活してそうだ。
「ただ、労働環境は過酷で」
「・・・え?」
「重い荷物を運び、お屋敷の修繕のための材料の切り出しに駆り出され、非常に過酷な労働環境です。体も瘦せ細っている方が多いので、労働量に見合った食事は出されていないでしょう」
「えええええ・・・」
「身なりも酷い物で、ボロの服をずっと着ているようですよ。汚れ方からして替えも恐らく無いでしょうね。暑い日も寒い日も変わらず・・・」
それってさぁ・・・奴隷とか捕虜とかいうアレじゃないの!?
「そんなに酷いのかい?」
何?
俺、ヴェロニカのところに転移してなかったら、そんな酷い目に遭う可能性あったの?
「ええ、とてもまともに働ける環境ではありませんよ」
ここのそういうのが想像できないんだが、映画とかのそれと一緒ってことでいいのか?
だったら耐えられんぞ、そんなの・・・
俺はキャンプに耐えられるくらいタフかもしれないが、現代っ子であることに変わりはない。そんなに打たれ強くはないですよ・・・
「詳しくは私も分かりませんが、中にはパスポートの発行もされていない方もいるでしょうね」
パスポートなんか与えたら、攻撃系のスキルを覚えて反乱・・・なんてことが想定される。
そりゃあ、労働させたい側からすりゃあ与えていいモンじゃないよな。
「中には安い労働力を得られるということで、自ら進んで探す方もいらっしゃるようですし、その方に見つかっていれば、大変なことになっていたでしょう」
衣食住はあっても圧倒的劣悪な労働環境。
パスポートも発行されず、攻撃したり逃げたりする手段も取られ、少ない食料で体力を削られる。
雇うというより、最早捕まえて飼っている・・・そういうイメージが正しいかもしれない。
そう考えると、俺はほぼ自由と言ってもいい・・・
「よかったねぇ、キリさん。わたしのところに出てきて」
「・・・全くです」
とんでもないトラブルはあっても、パスポートも発行できてるし、ある程度行動の自由はあるし、飯も食える。
他の連中には悪いが、俺は相当恵まれてるな・・・ありがてぇありがてぇ。
「・・・異端の赤ちゃんと、転移者の青年、か」
マーベルさんがぽつりとつぶやく。
察したヴェロニカが、
「・・・何を考えているかも読めるし、あんまり変なことを考えないほうが身のためだよ?」
「う、分かってますよ・・・」
しっかりと釘を刺していた。
こいつ・・・魔法の面だけじゃなく、そういう面でも無敵なのか。
「といわけでですね」
ヴェロニカがミルクを飲み終わったことだし、俺もいい加減眠くなってきた。
ランドリザードは相当ハードだったし、下手をすれば死んでいたわけで、ゆっくりさせていただきたい。
「俺たちのことは他言無用でお願いしますね」
「言ったってどうせ信じてもらえないだろうけれど」
そう、こんな馬鹿げた話、言いふらしたところで信用してもらえるもんじゃない。
頭がおかしいと思われて、マーベルさんの場合だと、商売に悪影響も出るかもしれない。
「分かっていますよ。ここだけの話、ですね」
「げっぷ!!」
ヴェロニカのげっぷで返事を返したところで、
「今日はもう休みます。焚火の片付けは明日の朝にでも」
「私がやっておきますよ。先に宿舎でお休みください」
「・・・いいんですか?」
「もちろん」
何かあるんじゃないか・・・と疑ったが、シンプルにもう眠い。
それに、何かあってもヴェロニカが察知するだろうしな・・・
「じゃ、よろしく。おやすみなさい」
「おやすみ~」
「おやすみなさい。ゆっくりしてくださいね」
俺たちは宿舎の借りた部屋に入って鍵を閉め、ベッドに横になった。
「ああ・・・死ぬかと思ったァ・・・」
「本当によくやったねぇ」
俺たちで一頭仕留められたのが、未だに信じられない。
その辺りも現実だってのは分かってるけど、実感がなぁ。
「あれを倒したことで、キリはとっても大きい経験値を得られているはずだよ。メリコが楽しみだね」
「経験値、かぁ・・・」
ゲームだと経験値が入る仕様なんだろうが、こっちはどうなんだろうな・・・
「また明日教えてくれ・・・」
「うん、そうだね。わたしも疲れたから寝ようかな」
ヴェロニカがころんと横になった。
掛け布団を掛けてやり、
「・・・生きてるなぁ」
「生きてますなぁ」
意識が落ちた。
*
パチッ、パチッ。
燃えた薪が、たまに爆ぜる。
一人ぼっちになった私を、焚火が温かく照らしてくれている。
「・・・転移者、でしたか・・・」
不思議だとは思っていた。
たくさんの人と会ってきたが、今まで会ったことがない子だと思っていた。
転移者だと聞いて納得したものの、どこかで事情を飲み込みきれていない私がいるのでしょうか。
別に、転移者だから怖いだとか、そういうことではない。
今までそういった方々も見てきましたし、もしかすると商売した中にキリヤさんと同じような方がいたこともあったかもしれない。
初めてまともに接触した方がキリヤさんだったというだけであって、特に何もないはず。
あくまでも、お客様でしょう。
いつもならそう割り切っているはずなのに、今回は上手く切替えられない。
何故なんでしょう。
キリヤさん本人に何か思うところがあるのか、特別なヴェロニカさんと一緒にいるからなのか。
「・・・それにしても・・・」
分からないことだらけだけれど、分かることもある。
これだけは間違いないこと・・・
ヴェロニカさん、怖かったぁぁぁぁぁぁぁ!!!
―――こうして一人、トラウマを植え付けられた・・・




